第3話:異世界の魂への丸投げ
「はぁ、はぁ……っ! もう信じらんない! 何が『世界のバランスを保つための新事業』よ! ただの気まぐれじゃない!」
ゼェゼェと肩で息をしながら、大精霊ルミナはなおも天を睨みつけていた。その凄まじい剣幕に、アキトは完全に気圧され、床にへたり込んだまま身動きが取れない。
と、ようやくルミナは目の前で転がっている「闖入者」の存在に気がついたようだった。 青い瞳が、すっと細められる。超高解像度カメラでスキャンされるような、肌がピリつくほどの魔力の視線。アキトは恐怖で背筋を凍らせたが、ルミナの反応は予想とは少し違っていた。
「……あれ? あなた、この世界の人間じゃないわね?」
ルミナは台座からふわりと浮き上がると、アキトの目の前まで滑るように近づいてきた。神秘的な美貌が間近に迫り、極上の甘い香りが鼻腔をくすぐる。しかし、その双眸に宿る光は、完全に「窮地を脱する手駒を見つけた肉食獣」のそれだった。
「魂の形が妙に四角くて、この世界の『神の設計図』と噛み合ってない。……なるほどね。あなた、異世界からの転生者でしょ?」
「な, なんでそれを……っ!?」
ギョとしたアキトは、思わず数センチ後ろにずり下がった。 転生者であることは、この五年間、誰にも明かさずに隠し通してきた最大の秘密だ。神のシステムに完全に管理されたこの世界で、それが公になればどんな目に遭うか分かったものじゃない。
しかし、ルミナは警戒するどころか、ポンと手を叩いて、これ以上ないほど邪悪で嬉そうな笑みを浮かべた。
「やっぱり! あはは, 最高! あのバカ神、また転生者の魂の処理を適当にやったのね。システムに欠陥を残したまま放置するからこんなことになるのよ」
「は、はあ……」
「ねえ、あなた。名前は?」
「あ、アキトです。アキト・イガラシ……今はただのアキトですが」
「アキトね。覚えたわ。私は大精霊ルミナ。このクソみたいな、何もない未完成ダンジョンの管理を、神の気まぐれで無理やり押し付けられた被害者よ」
ルミナは大きなため息をつき、先ほどアキトが触れたダンジョンコアに冷ややかな視線を向けた。
「聞いてよアキト。あの神、私に『ちょっと面白いダンジョン作って~』ってコアを丸投げしてきたの。でもね、初期投資用のダンジョンポイントはほぼ雀の涙。魔物を配置する余裕もないから、今のここはご覧の通り、ただの『ただっぴろい岩の穴』よ。このままだと、監査にきた神に『サボるな』って怒られて、私の人事評価が下がるの!」
「精霊の世界にも評価制度とかあるんですか……」
異世界の裏事情がリアルすぎて、アキトの頭痛が痛くなってくる。
「そこでよ!」
ルミナはバッとアキトの両肩を掴んだ。冷たい、けれど驚くほど柔らかい感触が手のひらから伝わる。ルミナの瞳には、限界を迎えた社畜が泥縄式に見つけた「救世主」を見るような、どこか狂気的な光が宿っていた。
「アキト、あなた転生者ってことは、前世の知識とか、神のシステムを客観的に見れる目があるわよね? ――私の代わりに、このダンジョンのマスターをやってみない?」
「……はい?」
あまりにも突然で、あまりにも無茶な役職の押し付け(引き抜き)に、アキトは間抜けな声をあげることしかできなかった。




