第27話:一晩で12年熟成する琥珀色の液体
「極楽だわぁ……。この『どぶろく』ってやつ、お魚の塩焼きにも、ガルバの作った鳥の煮物にも完璧に合うのよね。あぁ、大精霊やってて本当によかった……」
夜の帳が下りた『極楽亭』の管理人室。ルミナは畳の上で完全に寝そべり、お猪口を片手に早くも酔っ払っていた。 温泉旅館の営業は大繁盛、強制排出の件で不逞な輩も寄り付かなくなり、リゾートの経営は軌道に乗っていた。
だが、アキトはそんな平穏な空気に流されることなく、次なる一手へと動いていた。
「ルミナさん、どぶろくも美味いが、そろそろ『夜の部』を本格的に始動させたい。高位の冒険者や、これから来るであろう金持ちの商人を本当に骨抜きにするには、今のラインナップじゃまだ足りないんだ」
「えぇー? まだ新しいお酒を作る気? 今のでも十分美味しいじゃない」
「いや、次は毛色が違う。俺の故郷で『時間の結晶』と呼ばれた、至高の蒸留酒……『ウイスキー』だ」
アキトは不敵に笑うと、すでに第3階層のバックヤードでガルバに命じて作らせていた「ある物」を部屋へと運び込ませた。 それは、第3階層に自生していた最高品質のオークの木を切り出し、内側を炎で限界まで焦がした、頑丈な木製の丸樽だった。
「ガルバさん、例の『原酒』は?」
「おう、言われた通りに第2階層の極上大麦を発芽させて乾燥させ、パチパチに燻して最高の酵母で発酵・蒸留させたぞ。無色透明で、アルコールだけはやたらと強え。おいアキト、本当にこんな水みたいなキツイ酒が美味くなるのか?」
職人肌のガルバも、今回の試みには半信半疑だった。アキトは無言で、樽の口からその無色透明な荒々しい蒸留酒をたっぷりと注ぎ込み、しっかりと栓をした。
「ガルバさん、ウイスキーってのはな、この焦がした樽の中で何年も、何十年も寝かせることで、木のエキスと環境が混ざり合い、奇跡の液体へと化けるんだ」
「何年もだと!? おい、またお得意の『待てない病』が始まるぞ!」
ルミナがすかさずお猪口を突き出してきたが、アキトの悪い笑顔はすでに絶好調だった。
「そう、普通ならな。だが俺たちには、世界最高位のエアコン──じゃなかった、大精霊様の固有魔法【時間加速】がある。醤油の時は樽の中に数ヶ月分の時間を流したが……今回はレベルが違うぞ、ルミナさん」
アキトはダンジョンコアに手をかざし、これまでに稼ぎ倒した潤沢なDPを一気に収束させた。
「この樽の『内部空間』だけをピンポイントで指定。大精霊の魔力と、1万ポイントを超えるDPを触媒にして、時間の流れを数百万倍に加速させる! ルミナさん、狙うは『12年』だ! 一晩で、この樽の中だけに12年の歳月を強制的に過ごさせる!」
「じゅ、12年!? あんた、本当に大精霊の魔法を何だと思ってるのよ!?」
文句を言いつつも、ルミナの目は「美味い酒」への好奇心でギラギラと輝いていた。 ルミナが樽に両手をかざし、空間を固定する古代魔法を展開する。アキトがそこに濁流のようなDPを注ぎ込むと、樽の周囲の空間だけが、まるでブラックホールのように激しく、妖しく歪み始めた。
ゴオオオオオオオオオ……!!!
密閉された樽の中で、12回もの過酷な冬と、燃えるような夏が超高速で繰り返される。木肌が息を吸うように原酒を吸い込み、吐き出し、荒々しかった無色のアルコールが、オークの成分を吸い尽くして円熟していく。
「──ふぅ! これで、12年分の時間書き換え、完了よ!」
翌朝。 徹夜の魔力制御で少し眠そうなルミナの前に、アキトは静かに樽を置いた。ガルバも固さに唾を呑んで見守る中、アキトが樽の栓をコン、と叩き落とす。
「……ッ!?」
その瞬間、部屋の中に満ちたのは、これまでに嗅いだこともないような、圧倒的な香りの奔流だった。 バニラのように甘く、それでいて気高く芳醇な木樽の香り。ピートの心地よい燻製香が、重厚な層となって鼻腔を優しく愛撫する。
アキトはDPで生成したクリスタルグラスに、樽から液体をそっと注いだ。
トトトト……。
グラスに注がれたのは、朝の光を浴びてキラキラと輝く、完璧な「琥珀色の液体」。 一晩前まではただの水のような透明な酒だったものが、神のシステムの穴を利用したことで、12年の歳月をその身に宿した本物のウイスキーへと昇華していたのだ。
「綺麗な色……。ねぇ、早く、早く飲ませて!」
ルミナが我慢できずにグラスを奪い取り、まずはその香りを胸いっぱいに吸い込んだ。それだけで、彼女の白い肌がふわっと赤みを帯びる。 そして、小さな唇をグラスに当て、琥珀色の液体をほんの一口、舌の上へと転がした。
「──つ、……~~~~~~~っっ!!!」
ルミナは両手で頭を抱え、あまりの衝撃に羽をバタバタと震わせた。
「何これ……! 醤油の時も脳が弾けそうだったけど、これは次元が違うわ! 喉を通る瞬間はシルクみたいに滑らかなのに、口の中でドライフルーツみたいな濃厚な甘みがブワッと爆発して……そのあとに、もの凄く高貴な煙の香りが鼻から抜けていく……っ! 体中の魔力が、このお酒の美味さに共鳴して震えてるわ!」
「どれ、俺にも煽らせろ!」
ガルバもグラスをひったくり、豪快に口に含む。
「……ば、馬鹿な……っ」
頑固なドワーフ料理長の目が、これ以上ないほど丸くなった。
「ドワーフ族は酒の扱いに長けているが……こんな、時間の深みをそのまま凝縮したような芸術品、見たことも聞いたこともねえ……! これをたった一晩で? アキト、お前は本当に恐ろしい男だ……!」
「ククク、大成功だな」
アキトは自分のグラスを軽く揺らし、琥珀色の波紋を見つめた。 これだけの代物、バーに出せば街の有力者や高ランク冒険者が大金を積んで押し寄せるのは確実だ。
極楽リゾートの「夜の罠」の準備は整った。この禁断の琥珀色の液体が、次なる大物──街の冒険者ギルドの最高権力者を完全にハメ落とす決定打になることを確信しながら、アキトはその圧倒的な威力を解き放つ瞬間を楽しみに待つのだった。




