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第26話:小悪党貴族と、ルミナの強制排出

「おい、管理人を出せ! この俺を誰だと思っている、この街の筆頭関税徴収官、ケセラン男爵だぞ! Fランクの泥ネズミ風情が、美味い汁を独占しおって!」


 高級温泉旅館『極楽亭』の豪奢な白木造りのロビーに、ひときわ下品な怒声が響き渡った。


 そこにいたのは、丸々と肥太った体躯に悪趣味な宝石をいくつも身につけた成金貴族、ケセラン男爵。その後ろには、威圧的に剣の柄に手をかけた、鼻持ちならない私兵たちが十数人も控えている。彼らは我が物顔で宿の畳を泥靴で踏みにじり、怯える一般人のアルバイト従業員を値踏みするように睨みつけていた。


「低級冒険者の間で『天国ダンジョン』などと不穏な噂が流れていると思えば……なるほど、これほど見事な保養地を隠匿していたか。良からぬ不純異性交遊や、王宮への反逆の企てが行われているに違いない!」


 ケセラン男爵は、その脂ぎった顔を醜く歪めて下卑た笑みを浮かべた。


「この素晴らしい権利は、本来ならば我ら選ばれし貴族が管理すべきものだ。おい、ガキ。お前がここの『雇われ管理人』か? 命が惜しければ、今すぐこのエリアの全権利を俺に譲渡する書類にサインしろ。さもなくば、この宿ごと叩き潰してやるぞ!」

「い、いやぁ、困りましたねぇ……。私どもは、ただ安全なエリアを偶然見つけて、細々と旅籠を営んでいるだけのしがない一般市民でして……」


 ロビーの奥から、両手を揉み合わせながらペコペコと頭を下げて現れたのは、アキトだった。 その姿は、どこからどう見ても強大な権力に怯える「無力な雇われ管理人」そのもの。私兵たちはそれを見て「ハッ、腰抜けが」と鼻で笑う。


 だが、アキトの胃袋を完全に掴まれている従業員一同や、厨房の奥で包丁を研いでいるガルバだけは知っていた。 ペコペコと下を向いているアキトの口元が、過去最高に引きつった、極悪極まりない「悪い笑顔」になっていることを。


(泳がせてみれば、本当に教科書通りの分かりやすい小悪党だな……)


 アキトは心の中でくつくつと笑った。 温泉旅館が有名になれば、こうして力ずくで利権を奪おうとする無法者が必ず現れる。それは百も承知。そしてアキトは、この手合いを「合法的に、かつ徹底的に分からせる」ための防衛システムを、すでにルミナと共に完璧に組み上げていた。


「……おい、ガキ。聞いてるのか! サインするか、ここで全員切り刻まれるか、今すぐ選べ!」


 しびれを切らしたケセラン男爵が、ぶよぶよの手でアキトの胸ぐらを掴もうと腕を伸ばした、まさにその瞬間だった。


「──ルミナさん。お客様が『チェックアウト』をご希望だ。丁重にお見送りして差し上げて」


 アキトが小さく呟く。


「わかりましたわ、管理人さん。──不法侵入の害虫ども、一秒残さず退散しなさい!」


 ロビーの天井付近の空間が不自然に歪み、そこから圧倒的な神聖魔力をまとった大精霊ルミナが姿を現した。彼女が冷徹な瞳でその小さな指先をパチンと鳴らす。


──固有防衛結界:【強制排出アウトリカバリー】──


「なっ──なんだこの光はぁぁぁ!?」


 ド、ン!!! と、宿全体が揺れるような、しかし誰も傷つけない不思議な衝撃波がロビーを駆け抜けた。


 ケセラン男爵、および私兵たちの足元に、眩いばかりの魔法陣が展開する。 次の瞬間、彼らの全身から「すべての装備品」が文字通り物理法則を無視して剥ぎ取られ、虚空へと吸い込まれていった。男爵の豪奢な貴族服も、私兵たちの頑丈な鉄の鎧も、鋭い剣も、身につけていた下着に至るまで、すべての物質が「ダンジョンへの供物(DP)」として強制変換されたのだ。


「ひぎゃあああああ!? 武器が、服がァァァァ!?」

「ま、前が見えん! 身体が浮いて──」


 キィィィィィン──!!!


 耳鳴りのような音と共に、すっぽんぽんになった小悪党たちは、光の粒子となって空間から完全に消滅した。


 ところ変わって、街の中央に広がる「冒険者ギルド前広場」。 白昼堂々、大勢の冒険者や市民が行き交うその一等地に、突如として空間の裂け目が現れた。


「ぶへべっ!!!」

「痛てぇっ!?」


 ぐしゃり、と派手な音を立てて、広場の石畳の上に「肉の塊」が次々と降ってきた。 市民たちが何事かと目を丸くして見つめる先──そこに転がっていたのは、糸一本すら身につけていない、完全なる全裸姿で折り重なったケセラン男爵と、その私兵たちであった。


「……あれ、ケセラン男爵じゃねえか?」

「おい見ろよ、あの腹、見事な脂肪の塊だな!」

「ギャハハハハ! 何だありゃ、昼間から男だらけで何の変態プレイだ!?」


 大衆の面前で、社会的にも精神的にも一瞬にして「詰んだ」男爵は、股間を両手で隠しながら、


「ひ、ひぃぃぃ! 見るな! 見るなァァァ!」


 と涙と鼻水を撒き散らして絶叫し、そのまま屈辱のあまり気絶した。


「ふぅ、スッキリしたわね。あの泥靴、畳の掃除が大変そうね」


 極楽亭のロビーでは、あっさりと掃除(駆除)したルミナが、ふんぞり返ってどぶろくを煽っていた。 カウンターの上には、男爵たちから剥ぎ取った高級な武器や宝石が山積みになっており、コアを通じて【防衛による戦利品:+3,500 DP】という美味しいボーナスが計上されていた。


「ダメージは一切与えない。だけど、一瞬で身ぐるみを剥いで街のど真ん中にポイ捨て。……これ以上ない、最高な『防衛劇』だったな」


 アキトは従業員たちに向けて、爽やかな笑顔を向けた。


「皆さん、もう安心です。うちの旅館を怒らせたら、どんな権力者だろうと一瞬で『社会的破滅(全裸)』を迎えることが証明されました。さあ、お掃除をして、次のお客様をお迎えしましょう!」

「「「お、おぅ……(管理人さん、怒らせたら一番ヤバいのはこの人だ……)」」」


 従業員たちが引きつった顔で掃除を始める中、この噂は瞬く間に街中に広まり、「あそこの宿には絶対に手を出すな」という、これ以上ない強力な安全神話(防衛力)が公式に証明されるのだった。

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