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第25話:口コミの爆発と、天国ダンジョンの防衛力

「──なぁ、聞いたか? 『迷い子の森』の奥に見つかったダンジョンに、本物の天国があるらしいぞ」

「ああ、ギルドのサトラさんが死にそうな顔から一転、ピチピチの美肌になって『あそこは聖域よ……』ってうわ言みたいに呟いてるのを見た。いつも干し肉齧ってたFランクの奴らも、見違えるほど血色が良いんだ」


 街の酒場やギルドのロビーでは、連日その噂で持ち切りだった。 街に戻ったモニター客たちの口コミは、過酷な現実を生きる冒険者や、ストレス社会に擦り切れた大商人たちの間で急速に拡散し、まさに爆弾のごとく炸裂したのだ。


【あのダンジョンには、どんな傷も癒やす極上の湯がある】 > 【王宮料理長すら過去にする、未知の調味料を使った神の飯が出る】 > 【雲の上に浮いているかのようなふかふかの寝床がある】


 噂が噂を呼び、第4階層への「宿泊予約」は一気に数ヶ月待ちの混乱状態に陥った。


 一方、その頃。第4階層の高級温泉旅館『極楽亭』の管理人室では、アキトが歓喜の悲鳴をあげていた。


「おいルミナさん、見ろよこの数字……! 客が温泉に浸かって腹いっぱい飯を食って、布団でダラダラとヨダレを垂らして寝ているだけで、滞在時間DPがとんでもない速度で限界突破し続けてるぞ!」


 視界のシステムウィンドウには、かつてない勢いで右肩上がりに増え続けるDPのグラフが表示されていた。 命を奪うリスクを一切冒さず、客を最高に幸せにすることで合法的にエネルギーを毟り取る──アキトの「長期滞在システム」は見事に大嵌まりしたのだ。


「嬉しい悲鳴だけど、これじゃ私たちが倒れちゃうわよ! 毎日毎日、お風呂の温度管理をして、お部屋を掃除して……大精霊の私がなんでこんなに忙しく働かなきゃいけないのよーっ!」


 ルミナがふかふかのソファに転がり、ジタバタと足を暴れさせる。 そう、口コミの爆発によって、圧倒的な『人手不足』が再燃していた。毎日数百人の客が押し寄せる巨大旅館を、アキト、ルミナ、ガルバの3人だけで回すのは物理的に限界だった。


「ククク、分かっているさ。だから街から『口の堅い一般人のアルバイト』と『引退した元冒険者』を大量に雇い入れてきた」


 アキトは管理人室の窓から、新しく建設した大厨房を見下ろした。 そこでは、集められた数十人の従業員たちが、ガチガチと歯の根を鳴らして直立不動で並んでいた。彼らの前に立つのは、腕組みをした厨房長ガルバだ。


「おい、そこの元冒険者! 皿の並べ方が歪んでいるぞ! 客に極上の癒やしを提供する戦場で、そんな弛んだ緊張感が通用すると思っているのか!」

「は、はいっ! 申し訳ありません、ガルバ長!」

「返事は一回だ! 次に米の研ぎ方を間違えたら、その腕を叩き折ってマグロの出汁にしてやるからな!」


 ドワーフ族の頑固親父にして元王宮料理長のガルバによる、「恐怖の料理長研修ブートキャンプ」である。 かつて王宮の厨房で何百人もの料理人を統率していた彼の支配人力と覇気は本物だった。どれだけ荒くれ者の元冒険者であっても、ガルバの一喝の前に震え上がり、瞬く間に完璧な動きの「一流のホテルマン」へと調教されていく。


「……ガルバさん、相変わらず現場をシバき上げるのが上手いなぁ」


 アキトが感心していると、従業員の一人が血相を変えて管理人室に飛び込んできた。


「か、管理人さん! 大変です! 街の筆頭関税徴収官が、私兵を従えて『今すぐ最上級の部屋を空けろ、さもなくば力ずくでこのエリアを叩き潰してやる』と、受付で大暴れしています!」


 成金商人や強欲な権力者からの、強引な予約のねじ込みや脅迫。リゾートが有名になれば、必ず現れるお約束のトラブルだ。 従業員たちが怯える中、アキトは「やれやれ」と肩をすくめ、実に頼りなさそうな『しがない雇われ管理人』の顔を作って見せた。


「困ったなぁ。うちはただ、安全なエリアに建てられたしがない旅館なんですけどね。……よし、ルミナさん。ちょっと、うちの『防衛設備』のテストを兼ねて、お掃除おもてなしといこうか」

「ふふん、任せなさい。私のエアコンとしての本領発揮ね(違います)」


 アキトは腰を低くしながら、傲慢な徴収官が待つロビーへと向かう。 その背後では、ルミナが青い瞳を妖しく光らせ、ダンジョンマスターの指示を今か今かと待ち構えていた。リゾートの繁栄の裏で、誰も殺さない、だが絶対に逆らえない「天国ダンジョン」の真の防衛力が、ついに発動しようとしていた。

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