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第22話:4階層:天空の宿場町と、長期滞在システム

「ガルバさん、この三十秒でいくら稼げました?」

「ふん、ざっと一万二千DPというところだな。我ながら、これほど数字を叩き出すとはな」


 第3階層のバックヤードで、ガルバが血のついた出刃包丁を布で拭いながら、不敵に髭を揺らした。 彼が神速の包丁さばきで食材を「調理」するたびに、システムバグによって集中豪雨のように注ぎ込む莫大なポイント。


 アキトはその潤沢な資金源を、一切の躊躇なく次なる大工事へと注ぎ込んだ。 ターゲットは、未開拓のまま眠っていた空間──『第4階層』だ。


 ──ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!


 ダンジョンの深淵で、再び世界の再構築が始まる。 アキトが提示した設計図は、異世界のいかなる建築様式とも異なるものだった。石造りの無機質な街並みでも、堅牢な砦でもない。 光が収まったその場所に姿を現したのは、しっとりとした湯煙が漂う、美しい木造建築の「和風温泉旅館街」であった。


 黒塗りの柱に、温かみのある漆喰の壁。長く連なる純和風の瓦屋根。 道行を優しく照らす竹灯籠の淡い光が、石畳の小路を美しく彩っている。どこからか微かに聞こえるのは、心地よい鹿威ししおどしの音と、鼻腔をくすぐる硫黄の微かな香り。 この弱肉強食の異世界において、そこだけが周囲の時間を切り取ったかのような、圧倒的な「静寂と癒やしの空間」となっていた。


「……はぇぇ。アキト、何よこれ。今度はお家をいっぱい生やしたの? 凄く落ち着く匂いがするけど……」


 どぶろくの入ったお猪口を片手に、ルミナがふらふらと空中に浮きながら新しい階層を見下ろした。


「ルミナさん、これこそが俺の最終内政戦略──『長期滞在システム』の全貌だよ」


 アキトは腕を組み、これまでにないほど深く、邪悪な「世界の改ざん者の笑顔」を浮かべた。


「神様が作ったこのダンジョン、よく仕様書を読んでみたら、面白い基本コードが眠ってたんだ。それが【滞在時間DP】。本来は、侵入した冒険者が迷宮内で迷い、恐怖し、足止めを喰らっている時間に比例して、微量のポイントがマスターに還元されるシステムだ。……なら、こう考えたらどうだ? 『恐怖』じゃなくて、圧倒的な『快楽』と『癒やし』で、自発的に足止めさせたらどうなる?」


 アキトの言葉に、ルミナは酔いが覚めたように目を見開いた。


「自発的に、足止め……? 罠で閉じ込めるんじゃなくて?」

「そうさ。罠で閉じ込めれば、いつか力ずくで突破されるし恨みも買う。だが、極上の温泉と、ガルバさんの美味い飯、ふかふかのベッドを用意して、冒険者たちが『一歩も外に出たくない』とダラダラ滞在し続けたら? 彼らは笑顔で、合法的に、24時間ノーコストで俺たちにDPを毟り取られ続けることになる。こちらも料理を出すだけでDPが稼げる。これぞ、誰も傷つけない、引きこもりマスターのための完璧な『集客ビジネス』だ!」

「あははは! 最悪! 本当にあなたって悪い男ね、アキト!」


 ルミナは再びお腹を抱えて爆笑した。


 だが、この天国のリゾートを運営するにあたって、アキトには一つだけ絶対に守らなければならない絶対防衛ラインがあった。 自分が「ダンジョンマスター」であるという正体を、絶対に人間に明かさないことだ。最弱のFランク冒険者が世界を揺るがす迷宮の主だとバレれば、国や大教会が黙っていない。


「というわけで、俺の表向きの立場は、『この安全地帯でたまたま隠れ宿を見つけた、しがない雇われ管理人』だ。よし、さっそくサクラ……いや、最初の『無料モニター客』を招待しに行こう」


 アキトが向かったのは、かつて泥臭く薬草を採取していた頃の地元の街。 最初に声をかけたのは、いつも怪我だらけで、カチカチの黒パンと乾燥肉を齧りながら「金がねぇ、身体が痛ぇ」と愚痴り合っていた、Fランク時代の貧乏な昔の仲間たち。そして、ギルドの窓口で山積みの書類に追われ、過労で完全に死んだ目をしていた受付嬢のサトラだった。


「おーい、みんな。ちょっと、安全なエリアですごい隠れ宿を見つけてさ。管理人にモニターを頼まれたんだ。旅費も飯代も全部タダでいいから、今から行ってみないか?」

「あ? アキト、お前何言ってんだ?」

「タダで飯が食えるってマジかよ!? 行く行く!」

「……アキト君、私、もう一週間もまともに寝てないの。もし騙してたら、ギルドの裏に連れて行くからね……」


 死んだ目のサトラと、無邪気な貧乏冒険者たちを連れて、アキトは第四階層への転送陣を起動した。 まさかその先に、自分たちの常識を、そして異世界の概念を根底から覆す「楽園」が待っているとは、彼らは夢にも思っていなかったのである。

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