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第21話:我らがダンジョン、最強の戦闘員

「……おいアキト。ここが、お前の言う『宿』なのか?」


 ダンジョンの最奥、第1階層に広がるエメラルドグリーンの内海と、白く輝く砂浜の前に立ち、ガルバは愛用の巨大な包丁を肩に担いだまま呆然と立ち尽くしていた。 街の薄汚れた安宿からアキトに連れられ、秘密保持の「奴隷契約(表向きは超高待遇の雇用契約)」の魔術書にサインした直後、転送陣をくぐった先に待っていたのは、内陸都市にあるはずのない「本物の海」だった。


「ええ。正確には俺が管理人を務めるダンジョンリゾート、その『厨房』ですよ。ガルバさん、紹介します。こっちが俺の相棒で、このダンジョンの大精霊ルミナさんです」

「よろしくね、頑固そうなドワーフのおじさん。あなたがアキトの言う『厨房の支配者』かしら?」


 ソファの上でどぶろくの杯を傾け、すっかり出来上がっているルミナが、ふにゃふにゃと手を振る。


「だ、大精霊だと……!? お前、しがないFランク冒険者のフリをして、一体どれだけの規格外を隠し持っていやがる……!」


 ガルバが驚愕に髭を震わせる中、アキトはフッと不敵な笑みを見せると、砂浜の生簀いけすから、先ほど釣り上げておいた体長一メートルを超える巨大なクロマグロを贅沢に丸ごと一匹、調理台の上へとドスンと乗せた。


「驚くのは後にしてください、ガルバ長。契約通り、ここはあなたの戦場だ。思う存分、その腕を振るってください。食材なら、山ほど用意してあります」


 その瞬間、ガルバの目の色が変わった。 驚きや怯えは一瞬で消え去り、職人としての、そして人類最高峰の料理人としての恐るべき覇気がその巨体を包み込む。


「ふん……粋な真似を。よかろう、このガルバの『解体』、特等席で拝むがいい!」


 ガルバが調理台の前に立つ。 丸太のように太い腕が、愛用のドワーフ鋼の包丁を握った瞬間、その動きは完全に「神速」の領域へと達した。


 ──シュバババババババババッ!!!


「なっ……!?」


 横で見ていたアキトの目が点になった。 残像。文字通り、ガルバの腕が十数本に見えるほどの超高速の包丁さばきだ。 巨大なマグロの巨体が、ガルバの流れるような身のこなしに合わせて、一切の無駄なく解体されていく。エラを落とし、頭を断ち割り、一瞬にして見事な「三枚おろし」へと姿を変える。


 内臓の処理から血抜き、皮引きに至るまで、流れる水のような美しさ。 王宮の頂点に登り詰めた男の包丁さばきは、料理という名の、完成された一閃の「武芸」だった。


 だが、アキトが最も驚愕したのは、その華麗な職人技の背後で、脳内のシステムが完全にバグを起こしたかのように狂い鳴き始めたことだった。


 ──ピコーン!

【回遊魚のキルを確認:DP+45】

 ──ピコーン!

【部位解体(大真面目な生命の完全停止)を確認:DP+20】

 ──ピコーン!

【中骨の処理(命の完全刈り取り)を確認:DP+15】

 ──ピコーン!

【キル、キル、キル確認──!!】


 チリンチリンチャリンチャリンチャリン!!!


「な、何これぇぇぇぇ!?」


 どぶろくを飲んでいたルミナが、勢いよく酒を吹き出してソファから転げ落ちた。 アキトの視界の端で、保有DPのカウンターが、ガルバが包丁を動かすたびに「集中豪雨」のような爆音を立てて爆速で跳ね上がっている。


 50、100、300、700……。


(おいおいおい、嘘だろ……!?)


 アキトは冷や汗を流しながら画面に張り付いた。 前回の検証で『調理=キル確認』の仕様は掴んでいた。だが、アキトのような素人の手つきと、ガルバのような「一秒間に数十回、完璧に命の構造を断ち切る職人の神速解体」とでは、システム側のキル判定の『密度』が根本から違っていたのだ。


 システムは、ガルバの超高速の刃物さばきの一太刀一太刀を、すべて「個別の致命傷」として過剰にカウントし、莫大なDPを雨あられと吐き出し続けている。


「おい、アキト! 次の魚をよこせ! まだまだ俺の包丁は鈍っちゃいねえぞ!」

「あ、ああ! どんどんさばいてくれ!」


 火がついたガルバは、生簀から次々と運び込まれる巨大魚や、第3階層から運ばれてきた家畜の肉を、恐るべき速度で次々と「調理」していった。 わずか数分の間に、バックヤードには部位ごとに完璧に切り分けられた、息を呑むほど美しい食材の山が築かれていく。


 そして、作業が一区切りついたとき、アキトの脳内のカウンターには、たった一連の調理から生み出された【累計:12,000 DPオーバー】という、カンスト寸前の異常な数字が刻まれていた。


 強い魔物を召喚する必要も、命がけで冒険者と戦う必要もない。 ただ、このドワーフ親父が厨房で魚や肉をさばくだけで、最強のボスをハメ殺す以上のポイントが、完全な安全圏で、無限に湧き出てくるのだ。


「ふぅ……。ひとまずはこんなところか。どうだ、アキト。文句はあるまい」


 ガルバは額の汗を拭い、ふんと鼻を鳴らす。 アキトはゆっくりと顔を上げると、ガルバの両手をがっしりと握りしめ、過去最高に輝く、臨戦態勢の「悪い笑顔」を浮かべた。


「ガルバさん。あなたが……あなたこそが、我がダンジョン『最強の主力戦闘員』です」

「は? 俺はただ魚をさばいただけだが……?」


 首を傾げるドワーフの厨房長を迎え、誰も殺さない永久機関は、誰も予想しなかった「大量生産」からアクセルをさらに踏み込む。 一瞬にして莫大な軍資金(DP)を手に入れたアキトの脳裏には、すでに次なる「天空のリゾート計画」の設計図が完璧に出来上がっていた。

(第3章・完)

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