第16話:ピコーン!『調理=キル確認』のバグ
「よし、暴れるなよ……。一思いにいかせてやる」
アキトは砂浜の上で、暴れるマグロの巨体を左膝でガッシリと押さえつけた。右手に握るは、この日のためにDPで生成した、鋼の鈍い光を放つ特製の出刃包丁。 前世の記憶にある職人の手つきを思い出しながら、アキトはマグロの胸ビレの付け根に、迷いなく刃を突き立てた。
ザシュッ。
手応えと共に、包丁の先が背骨に達する。マグロがピクピクと痙攣し、アキトが手首を返して一気に刃を横へと滑らせると、丸々と太ったマグロの頭が、綺麗な断面を見せてゴロリと砂浜へ転がった。新鮮な血がドッと溢れ、波に洗われていく。
五年ぶりの生魚解体。その感動にアキトがじわっと目を潤ませた、まさにその時だった。
──ピコーン!
波音が漂う第1階層の砂浜に、あまりにも場違いな、耳慣れた電子音が響き渡った。アキトの視界の端で、システムウィンドウが狂ったように明滅を始める。
【──固有識別コード:アキト・イガラシ、対象の生命活動停止を確認──】
【──ダンジョンルール第3条適用:命の刈り取りを検知──】
【──ダンジョンポイント(DP)+45 ──】
「……は?」
出刃包丁を握ったまま、アキトの思考が完全に停止した。 今、システムは何と言った? キル確認? 命の刈り取り?
「ちょっとアキト、今の音……。あなたの脳内のシステム音声、外まで漏れ聞こえてきたんだけど……」
横で見守っていたルミナが、青い瞳を点滅させながらカタカタと震え出した。
「ルミナさん、これ、何かの間違いだよな? 45ポイント増えてるんだけど」
「間違いじゃないわよ! 画面を見てみなさいよ、あなたの保有DPが本当に45増えてるわ! ちょっと待って、これって……お魚を『さばいた』だけよね!?」
「ああ、ただ頭を落としただけだ……」
アキトとルミナは、目を合わせたり、砂浜に転がるマグロの頭と、脳内のカウンターを何度も繰り返し見つめた。
この世界のダンジョンシステムにおける『命の刈り取り』とは、本来、迷い込んできた冒険者を罠でハメ殺したり、侵入者を魔物で惨殺したりした際に発生するものだ。神が設定したその本質は「人類の間引き」であり、血生贄の儀式である。
しかし、神の構築したシステムは、あまりにも「穴だらけ」だった。 システム側からすれば、【ダンジョン領域内で、生き物の命を奪った】という事実のみが判定基準であり、それが『人類』なのか『ただの魚』なのかを区別する高度な識別コードが組まれていなかったのだ。
「つまり……」
アキトの顔に、これまでにないほど邪悪で、鳥肌が立つような「悪い笑顔」がじわじわと広がっていく。
「ねえアキト、その顔やめなさいよ! 凄く悪いこと考えてる時の顔よそれ!」
「いや、ルミナさん。これは大発見だ。神のシステムにおいて、『調理(解体)』は『戦闘』と同義なんだよ! 誰も殺さず、傷つけず、ただ俺たちが美味い飯を食うために食材をさばくだけで、無限にポイントが湧いてくるってことだ!」
「な、なんて罰当たりな仕様なの……!」
ルミナは口をあんぐりと開けて戦慄した。だが、限界社畜の血が騒ぎ出したのか、彼女の目にも徐々に怪しい光が宿り始める。
「待って。もしそれが本当なら、他の生き物でも判定が出るか確かめてみなきゃダメよ。データは数が多いほど信頼できるわ!」
「さすが大精霊、話が早い。よし、次は第3階層の牧場へ行くぞ!」
二人はすぐさま第3階層の牧場へと移動した。 アキトが目をつけたのは、カゴの中で大人しくしている、前世の鶏にそっくりな鳥だ。
「ルミナさん、有精卵と無精卵を区別できる?」
「ええできるわよ、これとこれね」
「まずはこの有精卵と無精卵、それから鳥本体でどう判定が変わるか実験だ。いくぞ」
アキトは鶏の首を落とし、手際よく血抜きを始めた。
──ピコーン!
【鳥類のキルを確認:DP+3】
「やっぱり出たわ! 3ポイントよ!」
ルミナがシステム画面に張り付いて叫ぶ。
「じゃあ次だ。この卵(有精卵)を割って、スクランブルエッグにするぞ」
コンロのフライパンに卵を割り落とした瞬間──。
──ピコーン!
【未孵化生命の活動停止を確認:DP+0.1】
「嘘でしょ、卵を割ってもポイントが入るの!? 小細工が細かすぎるわよあのクソ神!!」
「じゃあ、こっちの生命の宿っていない無精卵はどうだ?」
パカッと割る。……しかし、数秒待ってもシステム音は鳴らない。
「無精卵はゼロね。なるほど、あくまで『命の停止』がフラグになってるわけか……」
ルミナは顎に手を当て、なにかを探すかのように虚空を真顔で凝視していた。
「素晴らしい。完璧に仕様を理解したぞ」
アキトは血のついた出刃包丁を掲げ、ククク、と低く不気味に笑った。
人間を殺せば、街のギルドが動き、討伐隊が編成され、いつか破滅する。だが、魚や鳥をさばく分には、誰にも文句は言われない。それどころか、ただひたすらに美味い飯が食卓に並び、副産物として莫大なポイントが手に入るのだ。
「誰も殺さない、完全無欠の『調理レベリング』の完成だ」
楽園の砂浜で、最弱のマスターと大精霊は、神のガバガバな初期設定を骨の髄までしゃぶり尽くす快感に、声を合わせて大爆笑するのだった。




