第13話:次の投資先は『食のインフラ』
「ぷはぁーっ……! 美味しかった、本当にお世辞抜きで天界を超えてたわ!」
すっかり空になった木のプレートとスープの器を前に、ルミナはソファの上でだらしなくお腹をさすっていた。その頬はほんのりと赤みを帯び、青い瞳はとろけそうなほど潤んでいる。さっきまで「人間の料理なんて」と見下していた大精霊のプライドは、今や完全にアキトのフライパンの中に置き去りにされていた。
「ねえアキト、次のご飯は何!? 明日は何を作ってくれるの!? ほら、システムログを見てみたら、あなたの『おもてなし』のおかげで、私の【滞在時間DP】が微妙にボーナス加算されてるわよ! もっとDPをあげる(便宜を図る)から、次もすごいやつお願い!」
身を乗り出して詰め寄るルミナを、アキトは手のひらで制した。
「落ち着きなさい、ルミナさん。グルメに目覚めるのはいいことだけど、毎回俺が街の市場まで買い出しに行ってたら、すぐに怪しまれる。現に、そろそろ『次の火種』が燻り始めているんだ」
アキトの言葉通り、人間界ではすでに「純白の塩」を巡る不穏な動きが始まっていた。ギルドに持ち込んだ白塩の噂は、またたく間に街の商人の耳へと届いていたのだ。
つい数時間前、アキトが市場で肉を仕入れていると、街でも指折りの大商会の息がかかった男たちに背後をつけられた。低級冒険者として培った「危険を察知する嗅覚」が、彼らのただならぬ執着を捉えていた。
『おい、そこのFランク。お前がギルドに持ち込んだあの塩……出所を教えろ。あれを俺たちの商会に独占で回すなら、今の百倍の金を約束してやる。断るなら、お前のような身寄りのない冒険者一人消すなんて、この街じゃ簡単なことなんだぞ』
酒場の裏路地でそんな風に脅されたアキトは、お得意の「気の弱い、しがない低級冒険者」の演技で切り抜けた。
『ひえぇっ! 勘弁してください! 俺はただ、危険地帯の魔物の巣の近くで、命からがら表面の結晶を削り取ってきただけなんです! 次に行ったら確実に殺されます、もう場所もよく覚えていません!』と、涙目でガタガタと震えてみせたのだ。
商人の手下たちは「使えないゴミめ」と吐き捨てて去ってい点いたが、それも時間の問題だ。利権に群がる大物たちが、いつ本格的に動き出すか分からない。
「……なるほどね。人間界の強欲な連中が、アキトの塩を狙って動き出したわけね」
ルミナがソファから起き上がり、大精霊らしい冷徹な目で腕を組んだ。
「だったら、そいつらがこのダンジョンに一歩でも踏み込んだ瞬間、私の魔法でミンチにして──」
「だから、殺すのは無しだって言っただろ。俺たちの基本戦略は『完全安全なる引きこもり』だ」
アキトは呆れたように首を振ると、コアのステータス画面を呼び出した。
「街の屑魔石も、俺が買い占めたせいで一時的に流通がストップしてる。これ以上ループを急げば、俺の奇癖以上に怪しまれる。……だからこそ、今ある1,400以上のDPを、すべて『次のステップ』に投資するんだ」
アキトはコアの画面をスクロールし、ダンジョンの「階層拡張」と「環境テラフォーミング」の項目を指差した。
「次の投資先は──『食のインフラ』。つまり、完全なる自給自足だ」
「自給自足……? ダンジョンの中で?」
「そうさ。ルミナさん、俺はさっきの肉炒め程度で満足するような安い男じゃないんだ。前世の日本にはな、もっと繊細で、涙が出るほど美味い食文化があった。……炊きたての白米。大豆を丁寧に発酵させて作る味噌と醤油。そして、新鮮な魚の刺身だ」
アキトが熱弁を振るうたび、その「食への執念」に圧倒されたルミナがじりじりと後退する。
「お、お米? ミソ? ショウユ? 何よそれ、聞いたこともないわ……」
「食べればわかる。そのためには、外からの買い出しに頼らず、このダンジョンの中で『地球の自然環境』を再現しなきゃならない。米を作るための広大な水田。牛や鶏を育てる牧場。そして、新鮮な魚が泳ぐ美しい海だ。幸い、うちのコアには、あのクソ神が設定した『地形召喚リスト』が山ほど眠ってる」
アキトはニヤリと、これまでで一番深い「悪い笑顔」を浮かべた。
「溜まりに溜まったDPを全額ベットして、この殺風景な岩穴を、俺たちのための『極上の楽園』に改造しよう。──ルミナ、大精霊の本気、ここで見せてくれるかい?」
アキトの壮大な野望と、その先にあるであろう「まだ見ぬ未知の美味」を予感したルミナは、ごくりと喉を鳴らした。もはや彼女に拒否権などなかった。
「……いいわ。そこまで言うなら、私の古代魔法、フルパワーで使ってあげる。覚悟しなさいよ、アキト。明日からのこのダンジョン、腰が抜けるほどド派手になるんだから!」
利権を狙う街の商人の鼻を明かし、完全なる「引きこもり食環境」を構築するため。 溜まりに溜まったDPが、コアを通じてダンジョン全体へと解き放たれようとしていた。




