プリンのような臨界点
地下三千メートルへの階段を、魔法のバールを片手に下りながら、子どもは自分の身体の奇妙な違和感に小首を傾げていた。
「うーん……やっぱり、いつもよりツナギの胸のあたりが少し窮屈な気がする。親父の言ってた性別決定の前兆ってやつ、本当に始まってるんだなぁ。さっきから無性に甘いものが食べたいのもこれのせいか。よし、女の子確定の記念として、親父には死ぬほど高い服を買わせよう。私の勝ちだな」
不敵な妄想を膨らませているうちに、階段は最下層へと行き着いた。重苦しい空気の先にあったのは、親父のスキャン通り、永久機関の防衛システムが作り出した「エネルギーの過密地帯」だった。
「……っていうか、何これ」
そこに鎮座していた「ヤバいの」を見て、彼女は思わず声を上げた。かつて自分を育ててくれたという、あの伝説の「二メートルの箱アメーバ」の面影はそこにはない。そこにいたのは、世界に残された最後の魔力をギュウギュウに吸い込みすぎて、今にも「ぷるぷる」と爆発しそうな、巨大な金属製のプリンのような代物だった。
「緊パン感のない形だなあ……。よし、サクッと魔力を抜いて、親父にメロンアイス奢らせよっと」
彼女が魔法のバールを構え、その金属プリンの表面に触れた、その瞬間だった。
ドクン、と空間が大きく脈打った。
「わわっ!? なにこれ、抜けない! 逆に吸い込まれる――っ!?」
金属プリンが蓄えていた五億年物の濃縮魔力が、バールを伝って彼女の身体へと濁流のように流れ込んできたのだ。普通なら一瞬で消滅するエネルギー量。だが、この子は「世界そのもの」から生まれた魔力生命体の申し子である。異質な魔力は消滅を拒絶し、体内の魔力パラメーターと激しく混ざり合って暴走を始めた。
その頃、地上。
「お、いい感じの固さの枕を発見。……って、おいおいおいおいマジで待て!!」
不法投棄の魔法具を漁っていた神は、足元から伝わる、世界がひっくり回るような魔力の暴走に飛び上がった。スキャン端末が真っ赤に点滅している。
「デリートの臨界点より、うちの子のエネルギー暴走のほうが先に来てんじゃねえか!! 何が起きてんだ俺の可愛い娘に!!」
神は慌てて空間を転移し、地下三千メートルへとすっ飛んだ。光の渦が巻く地下室で、神が見たのは、金属プリンの魔力を全身に浴びて、パチパチと怪しい光を放ちながら宙に浮かぶ我が子の姿だった。
「おい! 大丈夫か!?」
「親父……! なんか、私の身体が、すっごい熱い……!?」
光の中で、彼女のツナギの隙間から夜空のような深い闇の魔力が溢れ出す。それはかつて滅びゆく世界が、自らの命をすべて喰らってまで守り抜きたかった、未来の神としての力の片鱗だった。だが、彼女はまだ十歳の女の子。完全な覚醒には至らず、身体がその強大すぎるエネルギーに振り回されている。
「くそっ、世界五億年分の質量をまともに吸い込みやがったな! おい娘、そのままその魔力を全部自分の内側に閉じ込めろ! お前なら『器』になれる!」
「ん、んんーー……っ! 閉じ込め、ろ……っ!」
光が収まり、金属プリンの魔力は完全に彼女の身体の内側へとホールドされた。
静かに床へ着地した娘は、ふぅ、と荒い息を吐きながらツナギの胸元をパタパタと仰いだ。
「……うん、なんか、すごくお腹いっぱいになった。でも、身体のむず痒いのがちょっと進んだ気がする。これで完全に女の子に決まったね、父さん」
神はゴクリと唾を読み込み、我が子の無事を確認して本気でホッとした顔で歩み寄った。
「おお……びっくりさせやがって。一瞬、めちゃくちゃ神聖な女神に変身しちまうかと思ったぞ。中身がいつもの不届きな弟子のままで良かったわ」
「何それ、私が綺麗な女神様になったら困るの?」
娘は、持っていた魔法のバールを肩に担ぎ直し、ニカッと不敵に笑った。
「早く地上に戻ってアイス食べよ、クソ親父。もちろん高級メロン味ね。生クリームもトッピングして」
「……うん、喋ると本当にいつもの食い意地張った弟子だな!!」
神はガクッと肩を落とした。見た目のツナギ姿も、口の悪さも一ミリも変わっていなかった。
「はぁ……。まあいいや、爆発も止まったしな。ほら、鍵閉めるぞ。お前が吸い込んだおかげで、この世界の最後の残骸も綺麗に片付いた」
「はーい。……世界さん、お疲れ様。すまんね」
親父神が二本の指を空に向け、パチンと指を鳴らす。灰色の廃墟都市は、今度こそ何の未練もなく、サラサラとした綺麗な光の粒子となって虚無へと消えていった。
「よし、パーキングエリア行くぞ! 暴走阻止祝いだ、メロンアイスに生クリームも山盛りにしてやる!」
「やった! 父さん大好き!」
「現金なやつめ!」




