解体屋の小さな助手
それから神は、その子を自らの子として、そして仕事の弟子として大切に育てた。
何万年という歳月が流れただろうか。世界から生まれたあの赤ん坊は、人間の言うところの「十歳」くらいまで成長していた。その間に、寿命を迎えたり自滅したりした「終わった世界」をいくつ閉じた(消去した)だろうか。神も子も、いちいち数えていないのでわからない。
「おい、不届き者の弟子。寝るな。次の現場に着くぞ」
「寝てないよ、クソ親父。ちょっとこの、父さんが仕入れた高級枕の性能をまぶたの裏でテストしてただけ……。あ、でもなんか、最近いつもより眠い気がする。あと、無性に甘いものが食べたい」
「お、マジか? そろそろお前も『その時期』かもな」
次元の狭間にぽつんと浮かぶ、とある「終わった世界」の扉の前。白い解体屋のツナギを着た神が、同じデザインの小さなツナギを着た十歳児の頭をパシッと叩いた。
この世界において、神は十歳前後で性別が決まる設定である。何万年もの間、性別のない「子ども」として過ごしてきた彼女だが、いよいよどちらかにパチッと決まる臨界点が近づいているようだった。
「男になったら親父を力ずくでベッドから引きずり出せるし、女になったら親父に可愛い服買わせて破産させられるな……。あ、でもやっぱり、女の子になって親父に可愛い服を死ぬほど貢がせるほうが僕の勝ちだな」
「おい待て、どっちになっても俺への嫌がらせしか考えてないだろ。ほら、鍵開けるからツナギのチャックちゃんと閉めろよ。呪いの残滓を吸い込んだら、性別パラメーターがバグるからな」
「へーい」
カチリ、と神が指先をひねると、虚空に古い石造りの扉が現れ、ゆっくりと開いた。2人が足を踏み入れたのは、かつてはきらびやかな魔法都市だったであろう、灰色に干からびた巨大な廃墟の世界だった。空気は冷たく、生命の気配は微塵もない。
「うわぁ……。相変わらず、父さんの担当する現場って、片付け甲斐のない更地ばっかりだね」
「しょうがないだろ、俺は『終わった世界を閉じる係』なんだから。賑やかな世界に行きたきゃ、隣の部署の『創世担当』に転職届でも出してくれ。あいつら、いつも予算足りないって泣いてるけどな」
神はそう言って笑いながら、いつものように二本の指をすっと突き出した。ここに残された「滅びの歴史」を完全に消去するためのポーズだ。
「よし、サクッとデリートして、帰りに時空の歪み(パーキングエリア)で美味いアイスでも食うか」
「あ、私チョコバニラのミックスね。……あ、やっぱり甘いものが食べたいから、生クリームも乗せて」
「贅沢言うな。じゃあな世界、すまんね――」
神が指先に力を込めた、その時だった。
「待って、父さん」
子どもが、神のツナギの裾をぎゅっと引っ張った。いつもなら淡々と消去を見届けるはずの弟子が、珍しく真剣な目で廃墟の奥を見つめている。
「……あそこから、変な匂いがする」
「匂い? 呪いのガスか?」
「違う。なんていうか……あいつの匂い。ほら、私を拾う前に、父さんがサクッと消しちゃったっていう、あの二メートルの『箱アメーバ』。私の本当の親代わり」
「お前、その言い方やめろよ! 根に持ってるみたいじゃん! あの時は不可抗力だったろ!?」
神が本気で焦って手を振る。何万年経っても、神はこの子に対して少しだけ後ろめたいのだ。
「冗談だよ。でも、本当に似てるんだ。この世界の底のほうで、何かがすごく一生懸命、魔力を集めてる」
子どもは、世界(魔力生命体)から生まれた特別な存在だ。だからこそ、他の神々には聞こえない「世界の最後の足掻き」を察知することができる。神は突き出していた二本指を渋々おろすと、水晶端末を取り出して画面をスクロールした。
「えー、マジで? スキャン中……あ、本当だ。地下三千メートル、なんかバグみたいな高エネルギー反応がある。おいおい、人類は全滅したのに、自動防衛システムだけが永久機関で魔力をかき集めてやがるぞ」
「それ、放っておいたらどうなるの?」
「数百年後にエネルギーが臨界点を迎えて、爆発して、この扉ごと消し飛ぶ。そうすると俺の始末書が何枚あっても足りなくなる」
「じゃあ、やっぱり消さなきゃダメ?」
子どもが少しだけ、寂しそうな目で神を見上げた。かつて自分の「親」がそうだったように、そのバグもまた、世界のゴミを必死に片付けようとしているのかもしれないのだ。神は大きくため息をつき、頭をバリバリと掻いた。
「はぁー……。しゃあない。おい、不届き者の弟子」
「なに? クソ親父」
「これより、解体作業を一時中断とする。その代わり、お前があの地下の『ヤバいの』のところに行って、エネルギーを安全に引き抜いてこい。お前なら、同じ魔力生命体出身だからできるだろ?」
「えっ、私が? 父さんは?」
「俺はほら、ここで不法投棄された魔法具とかの中に、いい感じの枕がないか漁ってなきゃいけないから」
「ただサボりたいだけでしょ!」
子どもがジト目で叫ぶと、神はニカッと白い歯を見せて、弟子の背中をポンと叩いた。
「バカ言え、現場監督の重要な仕事だよ。ほら、行ってこい。アイス、チョコバニラじゃなくて、奮発して高級メロン味にしてやるからさ」
「……言ったね? 絶対だからね!」
子どもはツナギのポケットに小さな魔法のバール(解体用工具)を突っ込むと、廃墟の地下へと繋がる階段へ向かって、十歳児らしく元気に走り出した。
「気をつけてなー。ヤバそうならすぐ親父って叫べよー」
遠ざかっていく小さな背中を見送りながら、神様は「いやはや」と苦笑して、空っぽの灰色の空を見上げた。
「……閉じる専門の解体屋が、2人揃って何やってんだか。まあ、あの魔力の集まり方……あいつの性別決定のいい『起爆剤』になるかもな」




