閑話休題①済南国太守荀緄
中立であった青州が完全に十常侍派閥の手に渡ったわけではなく、済南国の太守を務めていた荀緄は、何進派閥に属していた。
黄巾の乱が起こる前のこの国は朝廷を裏で操る十常侍派閥と帝をお救いし、朝廷を正常化するために奮闘していた何進派閥に分かれていた。
まぁ、どちらも権力闘争を繰り広げて地方の政治を疎かにしていたので、救おうとしてるのか廃らせようとしているのかはわからないのだが…その1番の被害を受けたのが中立であった青洲であり、今や十常侍派閥の龔景が青洲刺史として力を奮い始めるほどであった。
こんな中にあり、荀淑と呼ばれる荀子十一世の孫を父に持つ荀緄は、お家を守るために宦官の権勢の前に膝を折り、息子の荀彧と今は亡き唐衡の娘で現在は十常侍の管理下に置かれていた唐衡の娘と婚姻を結ぶこととなった。
当時、荀彧は4歳…唐衡が晩年に妾に産ませ養女とした娘は8歳。
荀彧は僅か4歳で漢の都洛陽での半ば人質生活を送ることとなる。
それ以降、十常侍も一応は満足したのか…荀緄への圧力を弱め3年経つ今に至っていたのだが…。
龔景「で、結局のところお前はどっちなの?俺たち?それとも何進?」
不遜な態度で物を申し荀緄に威圧的に話す男は、十常侍から新しく青洲刺史に任命された龔景という男である。
荀緄「言わなくてもわかるでしょうに」
荀緄は父が清廉潔白な人物で宦官だろうが悪いことをしたら排除するために動いた人だったので、昔から警戒されていた。
彼自身には父のような度量も頭もなく、どちらかというと書物を黙々と書き記すことが趣味で、こうして十常侍の権勢の前には頭を垂れるしかできないというのに。
龔景「だから、それを態度で示せって言ってんだよ!お・れ・は!」
荀緄「態度でですか?」
龔景「言わないとわかんねぇのお前?」
荀緄「はぁ。態度でと言われますと…」
龔景「んなもんわかるだろ?冀州で意気が良いのがいるよなぁ。確か何進派閥に属してる王宏だったか。お前、兵を率いて殺して冀州を奪ってこいよ。それが俺たちに真に仕えるって証明だろ?息子を張譲様が養女にした唐衡様の娘に迎え入れられたからって、それだけで何もしなくて良いなんて思ってねぇよな?」
荀緄「いや…それは…その…我が領地はこの通り兵も少なく…玉砕するのではないかと」
龔景「んなこと俺が知るかよ。俺は青洲刺史だぜ。張譲様から直々にここを任せるって言われてんだよ!俺の命令は張譲様の命令だよなぁ?従わねぇってなら仕方ねぇよなぁ。お前のガキに死んでもらうか…そうしねぇと動けねぇか!アァ?どうなんだよ!」
荀緄「ひぃっ。わかりました。わかりましたからどうか彧のことだけは…」
龔景「へぇ。お前のガキの名前荀彧って言うのか。俺様が都に呼ばれた時、たーっぷりと可愛がってやるからよ。俺はよ。男娼もいけるからよぉ。わかったら、とっとと兵の準備をして攻めろや!アァ!」
荀緄「はひぃぃぃぃぃぃ」
荀緄はこのように小心者であり、太守の器などではない。
父と共に兄が討ち死にして、勝手に家督を継いだ可哀想な男なのである。
同年の数ヶ月前の漢の都洛陽。
1人の少年が屋敷をこっそりと抜け出して、宵闇の中へと消えようとしていた。
???「お待ちになって」
荀彧「麟杏、僕を連れ戻しにきたのかい?」
麟杏は、唐衡の娘であり張譲の養女に迎え入れられた女子である。
麟杏「えぇ、幼い貴方がここから逃げ出して、何処に行くと言うの?」
荀彧「父は宦官の権勢に負けて君と僕の婚姻を許したことからもわかる通り、小心者だ。張譲が送り込んだ龔景に脅されれば、荀家を破滅の道へ進めてしまう。小心者の父でも今は荀家の主だからね。父が言えば皆んなが動く、例えそれが間違っている道だとわかっていても…これは非常に良くないことだよ」
麟杏「だからって幼い貴方に何ができるの?行って、養父の差し向けた龔景殿を前に啖呵でも切る?それこそ破滅の道だと思うのだけれど」
荀彧「君は聡明で美しい。僕にとって勿体無い妻だよ」
麟杏「い、いきなり何を言い出すのよ!」
荀彧「だからこそ、君があんな奴に従っているのが非常に残念だよ。いっそのこと僕と一緒に済南国に行かないか?」
麟杏「唐突ね。貴方自分の立場がわかってらっしゃる?私が一言大声を出せば終わりよ?」
荀彧「そんなことしようとしたらもっと辱めるよ。例えば君の唇に僕の唇を重ねて…」
麟杏「や、やめて!本当に7歳?」
荀彧「書物の中にそういうことが書かれている物も紛れていただけだよ。で、どうする?大声を出す?」
麟杏「出さないわ。これも惚れた弱みって奴かしら」
荀彧「何か言ったかい?」
麟杏「いいえ。今日のところは私と一緒に戻ってくれない?勿論、貴方の洛陽からの脱出に手を貸してあげる。明日、済南国へ向かう商人の荷台に紛れてこの地を発つというので如何かしら?」
荀彧「僕に言葉だけで信じろってこと?」
麟杏「えぇ。そうね。嫌なら大声を出すわ。み」
荀彧「わかった!わかったから!」
麟杏「そう。わかってくれて良かったわ。今宵は冷えるから貴方がまた抜け出さないように一緒の布団で寝て差し上げようかしら」
荀彧「え?それは?うん、男女で良くないんじゃないかなぁ」
麟杏「あら?私たちは、夫婦ですわよ」
荀彧「…。」
こうして、麟杏に抱き締められる形で夜を明かすことになる荀彧であった。
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