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宴-en- 〜閻魔美少年と行く冥界世直し珍道中〜  作者: 風島ゆう
死を儚んではならない。
21/31

21.その夢、誰の夢(1)


   *


 あんちゃん、と呼ばれた気がして、俺は目を覚ました。


 違う。呼んだのは俺だ。

 体が勝手に動いて、口が勝手に言葉を発しているのだ。


 鮮明さの足りない頭で状況を把握しながら、俺はこれが夢であることを悟った。




 逃走に遅れをとった俺達が後から合流できたのはアニだけだった。


 アニはご老体ズを逃がした後、物陰から俺たちを伺っていたという。

 焔のように戻る勇気はなかったけど、と苦笑していたが、心配してくれた気持ちは同じだ。ありがたい。


 ご老体ズがどこまで逃げたのかは見当がつかなかった。

 見失ってはしまったが、きっと無事に逃げ延びただろう。


 一旦身を隠せる場所に移動して、俺たちは休息を取った。


 時間外に鬼が出ること、一人の死者を執拗に追いかけてくること。これらはどうやら「ありえない」ことらしく、アニも焔も深刻な顔で意見を交わしていた。


 二人の声を聞きながら、俺は安心したのだと思う。


 助かった実感が後追いでやって来て、ほっとした俺は…………たぶん寝た。


 ここに来てから走り通しの叫び通しだったので、気力と体力と集中力と諸々が限界値を迎えたのだ。

 当然といえば当然だ。俺はもやしでへたれでゆとりなんだ。むしろ頑張った方だ、と自分を褒めてあげたい。




 それにしても妙な夢だな、と夢の中で舗装されていない道を走りながら俺は思った。


 幼い声。短い手足。低い目線。

 駆けている足には使い古した草履……え⁉︎ 草履⁉︎


 走る度に体に纏わりつくのは何度も継ぎ接ぎした跡のある着物。めくれて見える膝小僧は幼くて、俺はこの体の想定年齢が一桁であることを察した。


 待ってくれ。着物と草履っていつの時代? 昭和? 大正? 明治? まずいな後が分からない。


 歴史とかからっきしだけど大丈夫かな、俺の脳。と、無理めの設定で始まった夢を不安視する俺。ゼロ知識でも夢とか見れるのだろうか。


 よくわからない心配をしている間にも、俺の体はぐんぐん走って、とうとう目的の集団らしきものを捉えた。


「あ、あ」


 あんちゃん、と呼びかけたいのに、うまく口が回らない。

 年齢が足りないというより、脳と体の機能がうまく連結していないような感じだ。


 小学生くらいの異年齢の少年が五、六人集まった小集団で、俺に気づいた丸ハゲ……丸刈り? の少年が、輪の中心にいた少年に何か言う。


 周りより少し高い背。柔和そうな顔立ち。他の子供達の様子から、彼がこの集団の中心人物であることがうかがえた。


 どこかで見たような顔だなとも思ったが、まあ夢なので誰かの顔を流用している可能性は高い。


 示されて、少年がこちらを振り返る。

 途端に、俺の中で喜びにも似た親が湧き上がった。


 何だこれは。まるで俺の感情が誰かに支配されているようだ。


 違和感に戸惑っていると、俺を見た少年がふいに顔を歪めた。


「なんだ。ドベか」


 ドベ。

 その言葉自体は聞いたことがなかったが、何となくニュアンスで馬鹿にされたことはわかる。


 嫌なやつだ。


 そう思うのに、一方で込み上げる嬉しさを感じて、乖離する感情に俺は困惑した。


「あ、お、あ、あ」


 ――あんちゃん、おれも、あそびたい。あそぼう。


 懸命に動かす口が言うことをきかない。

 俺の夢のはずなのに、俺が主体ではないような感覚だ。

 幽霊になって誰かに取り憑いたらこんな感じなのだろうか。とにかく気持ちが悪かった。


「ねえ、――の弟って、何でちゃんとしゃべれないの」


「馬鹿なの?」


「病気なの?」


 残酷な子ども達が俺の目の前で少年……あんちゃんに尋ねる。

 恥ずかしくて、いたたまれなくて、あとちょっと不安になって、俺……いやもうこれ俺じゃないな、ドベ(仮)だ。ドベがもじもじ視線を彷徨わせた。


 ――いやだな。それいうと、あんちゃんすごくこまったかおをする。


 いやいや。俺から見たあんちゃんはあからさまに嫌そうな顔でこっち睨んでるぞ。困ってんじゃなくてあれは蔑んでるんだ、気づけドベ!


 案の定、口を開いたあんちゃんからは、思いやりのかけらもない言葉が吐き出された。


「知らないよ。出来損ないだって、父さんは言ってた。こいつ俺の後ばっか追いかけてくるから邪魔なんだ」


 出来損ないとか言うなああああああっ! 邪魔とか言うんじゃありませええええん!


 憤慨する俺の気持ちに反して、ドベが懸命に訴える。


「あ、あ」


 ――あそぼう。あんちゃん。


 こいつにとってのあんちゃんは、ただ「好き」の対象なのだ。

 みんなの中心にいるあんちゃんを格好良いなと思っていて、憧れていて、一緒にいたいと思っている。


 純粋な憧憬は、噛み合わない分哀れで、切なかった。


 はーっ、と息を吐いて、あんちゃん言う。


「じゃあ隠れ鬼しよう。鬼から逃げて、隠れるやつ。見つかっても捕まるまでは逃げられるからな。あれならお前もできるだろ」


 遊んでくれると知って、ぶわわ、と嬉しさが込み上げる。

 その横で、丸刈り君が「お前、またかよ」とあんちゃんに耳打ちした。


「毎回それだと良いかげん、良いように追い払われてるって気づくんじゃないか」


「大丈夫。こいつ馬鹿だから」


 コラコラコラコラ――――! 聞こえてんぞクソガキども――――っ!


 ひそひそと交わされる言葉が悪意に満ちていて、俺は胸が悪くなった。

 ドベは聞こえないのか、意味がわからないのか、ウキウキそわそわしたままだ。


「じゃあ、俺が鬼な。百数えるからできるだけ遠くに行って隠れてろ」


 言うなり、いーち、とあんちゃんがカウントを取る。


 慌てて背を向けると、ドベはやって来た道を戻るように駆け出した。

 アハハハ、と耳に付く笑いが後方から聞こえる。

 それでもドベは一生懸命走って走ってあんちゃんから離れていった。


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