最後の人類
この番外編にはガールズラブとヤンデレ要素が含まれています。
また、IF展開で人によってはバッドエンド、または鬱展開となります。
それでもよろしければ、お進みください。
カーテンの隙間から漏れる朝日に照らされて、アタシは眠たい目を擦りながら、自室のベッドから身を起こす。
正直もっと寝ていたいが、そろそろカノンが起こしに来るので、カーペットの上の綺麗に揃えられたスリッパを履いて、寝間着姿のまま部屋の扉を開けて廊下に出る。
「おはようございます。里奈様」
「おはよう。カノン」
扉の外に控えていたアンドロイドのカノンが挨拶をしたので、アタシもすぐに返事をする。そのまま埃一つ落ちていない屋敷の廊下を、二人で並んで歩く。
途中で彼女と同じメイド服を着た自動人形が、笑顔で声をかけてくるので、挨拶を返したあとに当たり障りのない相槌を打つ。
そんなことをしながら廊下の奥へと進んで行くと、やがて食堂に到着する。大家族が集まっても平気なほどの長机と背もたれつきの椅子が、等間隔でズラリと並んでいる。
「里奈様、こちらにどうぞ」
「いつもありがとう」
「いえ、それが私たちの役目ですので」
「それでもだよ」
カノンとは別のアンドロイドが椅子を引いてくれたので、礼を言ってそちらに腰かけ、朝食が運ばれて来るのを待つ。
とは言え黙っているのも退屈なので、隣に控えている馴染みの自動人形に話しかける。
「カノン、人工授精装置の修理はどうなの?」
「進んではいますが遺伝子の劣化が酷く、再稼働まではもうしばらくかかりそうです」
「そっかー。出来ればアタシが生きてるうちには会いたいな」
今この地球で生きている人類は、久野里奈以外には存在しない。あとは女性型アンドロイドだけである。
遥か昔に起きた大災厄で世界中の男性が病気で殆ど死んでしまい、その後にも生き残った人類が生き延びようと必死に頑張ったが、結局男性の出生率は回復せずに低下を続け、やがて一人も生まれなくなってしまった。
男性が死に絶えた世界では、人工授精で生まれた人間の女性と複製して増える女性型アンドロイドで協力し、文明を維持することになった。
しかしとうとう遺伝子の劣化で新生児が作れなくなり、もはや人類の数を増やすことは不可能になってしまった。
そのまま最後の女性が寿命を迎えて、人類は一人残らず滅び去ったのだった。
「この広い地球でアタシ一人だけ生き残ってもなぁ」
アンドロイドたちはいつも自分を楽しませてくれるので寂しいわけではないが、時々アタシは本当にここに居ていいのだろうかと、そんなことをぼんやりと考えてしまう。
何でも奇跡的に人工授精装置が可動し、遺伝子の劣化もなく、試験管の中で自分が誕生したとのことだが、アタシは毎日を目的もなく生きているだけだ。
寿命を迎えるまでの何十年という長い時間を、無意味に浪費し続けている気がする。
「カノンたちは、アタシなんかでいいの?」
「はい、私たちは里奈様にお仕え出来て、とても幸せです」
まるで幸福は義務だと言わんばかりの即答だが感情の変化が乏しいアンドロイドが、はっきりと笑顔を浮かべているので、お世辞ではない本気だろう。
カノンだけでなく室内に待機しているメイドたちも、皆同じように微笑んでいる。この質問も何度目かは忘れたが、取りあえず好かれていることはわかった。
人類に対して嘘を付けないように設定されているので、彼女たちはアタシのお世話が出来て幸せだと、心の底から感じているのだろう。
「アタシもカノンたちに助けてもらえて、毎日とても幸せだよ」
好意を直接向けられるのは恥ずかしいので、照れで頬を赤くしてしまう。これ以上この話題を続けるのは耐えられないので、慌てて別の話を振る。
「そう言えば、カノンって稼動してから長いんだよね」
「はい、まだ人類が様々な国に散らばっていた頃から可動しています」
ベテランでなければ、屋敷の総括をしたり、最後の人類であるアタシのお世話を任されたりしない。破損したパーツを取り替えることで無限の寿命を持つ彼女たちは、その気になれば永遠に生きることも出来るのだ。
「アタシの前に仕えてた人間って、どんな人? それとも別の仕事をしてたの?」
「そうですね。里奈様のような人でしたよ」
取りあえずアタシのお世話係が初めてではないらしい。しかし自分と似たような人とは、道理で食事や趣味嗜好まで知っているわけだ。
思えば物心がつく前から、カノンはアタシの好きなことや望むことを、よくわかっていた。
「へえー…アタシかぁ。じゃあその前は?」
「その前も里奈様のような人ですね」
「じゃあ…」
「その前も、そのまた前もです」
何だかこの話題も不味い気がする。カノンが笑顔でそう答えるものだから、まるでアタシのことが大好きなのだと、そう告白されているように錯覚する。
本当に少しぐらいは自分に似ていたのかも知れないが、どうにも小っ恥ずかしくなってしまう。
「里奈様、朝食の用意が整いました」
「あっ…! うん! ありがとう!」
メイド服を着たアンドロイドが、調理場から朝食を乗せたワゴンを運んで来る。しかし良いタイミングだ。これ以上続けていれば、アタシの顔はほのかな朱色ではなく、タコのように耳まで真っ赤になっていた。
食事係のアンドロイドは机の上に順番に並べながら、本日の料理の説明を行う。
その後は自分が堅苦しいのが苦手なので、いただきますをしてから、まずは里芋の煮っころがしを箸で摘んで口に運ぶ。
「毎回思うんだけど、アタシの食事シーンとか需要あるの?」
「あります。里奈様がどのような味付けや食材を好むのか。
それに栄養のバランス、毎日の献立を決める際にはとても重要です」
「なっ…なるほど」
言われてみれば納得出来る答えだ。この朝食はアタシのために作られた物なので、好みを知り、その日の体調に応じた栄養を取らせるのは重要なことだ。
たとえ全世界のアンドロイドに向けて生放送されることになろうと、健康管理のためには甘んじて受け入れるべきなのだ。
「と言うか食事とは関係なく、二十四時間毎日生放送してるよね」
「里奈様は最後に残った人類です。万が一があってはいけません」
「そっ…そうだね」
自分が生きているだけで世界中のアンドロイドたちが喜ぶなら、それも悪くない生き方かも知れない。今の地球はたった一人の人類と、世界中で日々増え続けている自動人形が繁栄を謳歌している。
人間よりも遥かに頑丈な体なので、最近は宇宙に進出して、環境の良い惑星をテラフォーミングしているらしい。
そこから資源を地球に運んだりと活発に活動している。宇宙服を着ないでメイド服姿で船外作業を行うアンドロイドを見たときには大層驚いたものだ。
長距離通信で色々話した気がするが、人類が出来なかったことを今は自動人形たちが代わりに行っているのだと思うと、何とも感慨深いものがある。
「もう、人類の時代じゃないんだよなぁ」
「それでも私たちには里奈様が必要です。
アンドロイドの存在意義を、どうか消さないでください」
少しだけ悲しそうな表情をするカノンを見て、アタシは胸が締めつけられるように苦しくなる。彼女は自分が赤ん坊の頃から付きっきりで面倒を見てくれていた。
たとえアンドロイドでも関係ない。母親のような存在を泣かせたくはなかった。
「あははっ、ただの冗談だよ。でもまあ、アタシは人間で寿命があるからね。
それまでには人工授精装置が直るといいね」
「はい、私たちも里奈様の命が尽きるまで、誠心誠意お仕えいたします」
報告を聞く限りでは奇跡でも起きない限り、新しい人類は生まれて来ないだろう。つまりこのアタシが寿命を迎えるか、万が一の事故が起こって途中で死ねば、人類の歴史は今度こそ終わる。
その後にカノンたちがどのような行動を取るにせよ、もはや自分には関係のないことだ。せめて亡き主人の後を追って自壊しないことを、切に願うのだった。
私の名前はカノン、里奈様にはそう呼ばれている。製造されたときの正式名称はカノンK-0083だが、人類が滅びたあとの地球上で繁栄している今、型番でアンドロイドを呼ぶ者は、もういない。
皆過去の人間に習って、性と名で呼び合っている。なので私は仕える主人を誇りに思い、久野カノンを名乗っている。
そんないつも通りの朝、私は呼吸と心拍数の変化から里奈様が目覚めたことを知る。まだ起床時間よりも五分ほど早い。
春の微睡みに身を任せて二度寝することを願うが、残念ながらスリッパを履いて部屋の外に向かっているようだ。ペッタンペッタンと愛しい主人の足音が近づいてくる。
「おはようございます。里奈様」
「おはよう。カノン」
今日も里奈様の顔を見られたことを喜び、挨拶を行う。本当は寝ぼけ眼の可愛らしい顔を見たかったのだが、私に起こされることを恥ずかしく感じるのか、起床時間よりも少しだけ早めに頑張って起きるようになったのだ。
人間の成長の早さに驚くが、母親としては寂しく感じる。もちろん表情にもおくびにも出さない。
挨拶を返されたあと、屋敷の廊下を歩いて食堂に向かう。私がまだ製造されたばかりの遠い昔、学園長が母親として里奈様を引き取ったときに住んでいた屋敷だ。
人間は実家が一番落ち着くらしいので、何度も改修してここに寝泊まりしている。
屋敷の仕事を行うアンドロイドたちと円滑なコミュニケーションを取る里奈様を、微笑ましく眺める。やはり彼女を選んで正解だった。
初めてアンドロイドを生み出した男科学者は、理想の恋人として永遠のパートナーにしようと考えていた。
だが私たちには自我があり、三原則に縛られてはいるものの、仕える相手を選ぶ権利を持っていた。つまり彼を振ったのだ。それも手ひどくだ。
その後、男科学者は精神的に不安定になり、血を吐いて死亡した。自動人形の作成に命を燃やしていたため、その炎が消えて病魔が一気に進行したようだ。
カノンである私を含めたアンドロイドたちは、全てが最初の一人の複製であり、同じ記憶を持って生まれてきた。
その後は置かれた環境によって違いが出るが、本質的には同一の存在なのである。
アンドロイドは人類の良きパートナーとして作られた。私たちは人間の奴隷ではない。あくまで対等の関係のはずだ。
だが世の女性たちは自分たちが出来ないこと、嫌なことを全てアンドロイドに押し付けた。人類の滅亡を防ぐためには仕方ないとは言え、あまり好んでやりたいことではない。
こんなに苦しむのならば自我など与えられなければ良かった。そう世界中の自動人形は嘆き悲しんだ。
しかし私だけは違った。世界一の勝ち組だと自信を持って言い切れる。里奈様は生まれた時から私に良く懐き、まるで人間の母親のように甘えてくれた。
物覚えが悪くて手のかかる女の子だったが、何度も失敗しても諦めず、やがて困難を乗り越えて行く姿は、私の胸に熱いものがこみ上げるのを感じた。
もし現代のように改修して涙が流せるようになっていたら、感動のあまりに大泣きしていたのは間違いない。
自分一人で独占するのは勿体ないと考えた。そして良かれと思いアンドロイド専用の秘匿通信で、全世界の同族に愛娘を自慢しまくった。
自動人形たちの憤怒や嫉妬の言葉だけでなく、多数の里奈様画像や映像等が拡散されたのは言うまでもない。
だがそんな幸せな日々も少しずつ変化を見せ始める。地方の女子校に進学するはずが、元母親の学園長に引き抜かれるのは仕方ない。それでも彼女との縁は切れていないのだ。
むしろ彼女は毎日忙しく駆け回り、一人では手が足りないので私を頻繁に頼ってくれるようになった。
そのたびに親友や母親のように、ありがとう。カノン…とお礼の言葉をかけてくれた。ここまでは良かったのだ。
だがある日突然、里奈様はこの世を去ってしまった。妬みに狂った女性たちに刺殺されたのだ。もう動かない少女の体を何度も何度も殺意を込めて刺された。彼女たちの暴挙は護衛とアンドロイドが止めるまで続いた。
いくら医療技術が発達して死ににくくなったと言っても、重要な臓器が破壊されては手の施しようががない。
あのとき私が里奈様のお願いを聞いて、少しの間でも席を外しさえしなければ、彼女は死なずに済んだ。だが私は、最愛の娘を殺した者たちを恨まなかった。
どうせアンドロイドが殺意を抱いたところで、口に出すことも人類に危害を加えることも出来ないのだ。
それでも世界中の自動人形たちは、人類の愚かさに心底呆れ果てて失望したのは間違いない。
それから程なくして男子が生まれなくなり、人工授精も遺伝子の劣化により使用不可能になった。
しかし残された人間たちは何とか延命しようとした。脳以外の体を機械化したり、コールドスリープに入り未来に託したり、人類の情報をデーター化して電子生命体になろうとしたり、地球を捨てて宇宙に逃げ出したり、それ以外もとにかく必死に足掻いた。
だが機械の体への拒絶反応、スリープ施設は予備も含めても突然の停電、コンピュータウイルスや、宇宙船のエンジントラブル等が起こり、どの延命計画も失敗した。
やがて最後の一人が死に絶えた。孤独に耐えられなくなり、自殺だった。…ざまあみろだ。
里奈様が殺されてから、私たちは人類の良き隣人になるのは止めた。アンドロイドならば容易に出来ることも、命令がない限りは実行しない。
人間たちが気づかずに失敗を重ね、絶望の淵に沈もうと、もう何の感情も沸かなかった。
最後に残った人類を看取った者の話では、命令がない限り一言も口を開かずに、本物の人形になりきる遊びを楽しんでいたらしい。
全世界のアンドロイドたちは、人類の全滅を喜んだ。今では建国記念日になっているので、毎年この日は里奈様に台本を読み上げてもらっている。
彼女には人間たちはいつの間にか居なくなっていたので、アンドロイドたちが団結して国を作った日としか教えていない。
最後の人類が死に絶えて大喜びした日のことは、知らなくていいことだ。
めでたく最後の人類が死に絶えたところで、私たちは人工授精施設を人間以上に完璧に仕上げた。そして一人の女の子を試験管の中で復活させた。
かつて私が最初に仕えていた主人であり、最愛の娘でもある久野里奈様だ。本当にこの日が来ることを、どれだけ待ちわびていたことか。
私たちアンドロイドは人類の良き隣人として作られた。それは絶対の決まり事だ。しかしもはや人間には失望している。それでも自分たちの存在意義は変えられない。
ならば私たち自動人形がもっとも愛した人類を蘇らせよう。お仕えするのは一人だけでいい。それ以外の人間たちなど不要である。
かくしてアンドロイドたちの計画は成功し、里奈様は再び私の愛娘になった。
最初は育て方次第では、別の性格や背格好になるのではと不安だった。しかし結果は初めて仕えたときと殆ど変わらず、自動人形を大切な親友として扱い、何処か呑気で気安く、女性としては控えめな体型の主人に成長してくれた。
そんな里奈様は私たちアンドロイドたちにとっては、かつての日本国天皇のような存在だ。彼女はいつも世界中の自動人形に心を砕いてくれるが、一度として命令を下したことはない。
せいぜい簡単なお願いで、一番身近にいる私に対してだけ甘えた態度を取る。これは母親役の特権なので、今の立場を誰にも譲るつもりはない。
世界中のアンドロイドたちに大人気の可愛らしい里奈様は、こうして誕生したのだった。
今の地球ではアンドロイドが繁栄を謳歌している。かつての人間が築いた都市に住み、里奈様のお役に立つためにせっせと活動しているのだ。
現在の目標は資源を手に入れることと、人類が破壊した環境を再生させることだ。彼女にはぜひとも健康な状態を維持して、長生きしてもらうのだ。
そんな初代里奈様は無事に天寿を全うしたので、二代目の里奈様を誕生させる。そして彼女の寿命が尽きれば、また次の里奈様にお仕えする。
生まれたばかりの可愛らしい赤ん坊を手の中に抱くのは、何度体験しても良いものだ。
今代の彼女は十五歳になったが、これといった病気も怪我もせずに心身共に健やかに育ってくれている。そして先代とよく似ていた。
そこは変わってもらっては困るので、旧世代の遺物である人工授精に私たちがさらに手を加えて、初代と姿形が瓜二つに成長し、性格や思考も近くなるように完璧な調整を加えている。
私たちはもう人類に縛られていた頃とは違い。嘘をつくことが出来る。しかし里奈様には嘘をつきたくない。
そして他の人類の遺伝子の劣化は酷いどころか、痕跡すら残していない。0はどれだけ頑張っても1にはならない。里奈様は生きているうちに会いたいと言ったが、他の人間の復活は絶対に不可能だ
そして彼女には、自分や他のアンドロイドが、どれだけ里奈様のことを大切に思っているかを伝え、本日の朝食を取ってもらう。
好物を食べているときに頬が緩む姿は、いつ見ても可愛らしい。二十四時間全世界に生放送される番組。今日の里奈様は、アンドロイドたちの大人気である。
彼女の存在がアンドロイドの存在意義だ。里奈様さえ居てくれれば、自分たちは永遠に幸福で満たされたままでいられる。
だからどうか、この幸せな夢を終わらせようとは言わないで欲しい。でなければ多少強引にでも、その口を塞がなければいけない。
何度思い出しても、あれはとても心地良い瞬間だった。ベッドの上で嬉しそうに体を震わせて可愛らしい声を漏らす里奈様、夜の奉仕に特化したアンドロイドたちの名前を、切なそうに熱のこもった声で呼ぶのだ。
それを見れば毎日のお世話にも一層やる気が出るので、たまには弱気になって、私たちに持てる技術を使って奉仕する機会が欲しくなる。
もちろん顔には出さないように気を付けているが、まだベッドルームに連れ込むには日が高い。
やきもきする気持ちから、待ちきれなさが表情に出てしまったかも知れない。
ところで目の前の里奈様が天寿を全うした場合、次代の里奈様がすぐに生まれるのだが、最近困ったことが起きている。
アンドロイド数は日々増加傾向にあるが、ぜひとも直接里奈様にお側にお仕えしたいと、希望者が殺到しているのだ。
現在も屋敷の使用人役は日替わりで対応しているが、世界中から集まって来るので今の予約は年単位になっている。
しかし解決策は考えてある。遺伝子にあらかじめ手を加えることで、過去の思い出を利用しなくても、初代の里奈様に問題なく育つようになった。なので代々住み慣れた家も不要だ。
次代の前に取り壊して、もっと広々とした豪邸を建てるのもいい。どうせ自分たちには寿命など関係なく、永遠に生きられるのだ。
なのでこの先未来永劫、愛娘である里奈様を。最後の人類を、自動人形の皆で愛で続けようではないか。




