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大災厄

 ある日の夕食後、いつものように屋敷の居間のソファーにもたれながら、ノートパソコンを操作して、ネットサーフィンをしていた。

 そこであるサイトを見つけて、アタシ手を止める。メガネのズレを直してマジマジと観察する。


「ん…? 大災厄の真実?」

「へぇ…よく調べてあるじゃない」


 いつの間にか、隣にお母さんが座っていた。そしてアタシと一緒にパソコンの画面を覗き込む。中年女性のはずなのに肉体はとても若々しく、何だか良い香りがするし大人の色気まで発している。

 自分のように手入れは適当な癖っ毛に視力が悪いので眼鏡をかけ、地味な顔立ちに控えめな体型とは正反対だ。

 そんな彼女が何故アタシに目をかけて、母親として引き取ってまで育てることにしたのか。理由を尋ねたが、秘密…と、可愛らしくポーズを取るので、本当にわけがわからなかった。


「ねえお母さん。このサイトは信用できるの?」

「うーん。半々かしら? 里奈ちゃんは大災厄が気になるの?」

「少し前までは気にもしなかったけどね。でも今は、面倒ごとの根っこには必ずこれがあるから」


 少し前までのアタシは、独り身を満喫して終末が来るまでのんびりと過ごすつもりだった。それが隣に座っているお母さんに捕まり、人生設計が根本からひっくり返されてしまう。

 男子に積極的に関わらざるを得なくなり、女性の不満や世界の汚さを直視することが何度もあった。

 そんな時に必ず原因の一つとして出てくるのが、大災厄だ。もしこんな悲惨な出来事が起きなければ、人類は暗い未来に怯えることなく、今もなお地球上で繁栄し続けていたことだろう。


「私が教えてもいいけど、聞きたい?」

「まあ…一応、学校の授業でも習ったけど、復習としてね」

「いいわよ。それじゃ、聞かせてあげるわね」


 少し話が長くなりそうなので、お母さんは近くに控えていたカノンに、お茶とお菓子を用意するように命令して、軽く姿勢を正す。

 そのままアタシのノートパソコンを隣の席から操作して、日本政府の運営するあるサイトを開く。


「ここの情報は信用できるわ。私はそれに補足する形で伝えるわね。

 ええと、それで大災厄だけど。今から百年以上も昔にアマゾンの奥地で、ある新種のウイルスが発見されたの」


 カノンが運んできてくれた緑茶とどら焼きを受け取り、アタシはすぐにお礼を言って後ろに下がらせる。

 お母さんは日本政府が公表している大災厄のページを、何度かクリックする。


「大地震によって地面に裂け目が生まれて、何千年も昔の地層が表に出てきたわ。

 それに興味を持った各国から、すぐに調査団が派遣されたの」


 何でもそのアマゾンのとある国はあまり裕福ではなく、各国に調査団を派遣する権利を売ることで、利益を得ていたらしい。


「古代の地層が表に出たときから災厄は始まっていたけど。それを加速させたのは、間違いなく他国から派遣された調査団ね」


 知られざる古代の地層を調査したかったのだろうが、結果的にそれが大災厄の引き金になってしまった。


「各国から派遣された調査団は皆、致死性のウイルスに感染してしまったの。潜伏期間が長く人間の男性にしか発病しないので、気づくのが遅れたのでしょうね。

 そしてそれは空気中を漂い人から人へと移り、世界中に広がっていったわ」


 世界中を忙しく飛び回る各国の調査団だからこそ、感染ルートには事欠かない。しかもそれが呼吸で近くの人間に移動するのだとしたら、あっという間にパンデミックになるのは目に見えている。


「感染してから数年後、調査団の男たちが突然血を吐いて死亡したとき、人類はようやく致死性のウイルスの存在に気づいたわ。

 当時の医療技術は今よりも劣っていたけど、それでもきっと乗り越えられると信じていたの」


 これはもうバッドエンドが決まっているのだから、アタシはその後の展開を想像しながら、粒あんのどら焼きを一口齧る。

 甘さ控えめだと感じるのは、きっと絶望的な話を聞いているからだ。


「結論から言えば、特効薬は間に合わなかったわ。世界中で男性が次々と倒れていった。大人も子供も老人も関係なくね。

 でも、女性はウイルスでは死ななかった。心を病んだり、自ら命を絶った人は、かなりの数出たらしいけどね」


 説明を聞くだけで、大災厄で世界中が地獄絵図になったのは容易に想像できる。アタシは現代に生まれたことを感謝した。

 もし当時を生きたなら、モブのアタシは気が狂った暴徒に襲われて、何も出来ずに死ぬ役になりそうだ。


「そんな状態で社会基盤を維持できるはずもなく、人類は徐々に疲弊して衰退し、数を減らしていったわ。

 でもある男性の科学者が、高性能な女性型アンドロイドを完成させていたの」


 それがすぐ側に控えているカノンの元となったのだろう。彼女は感情の変化殆ど顔に出なないので、普段から何を考えているのかよくわからない。その辺はやはり人形に近い。

 逆に里奈様は顔に出やすいですね…と、無表情でも心なしが微笑んでいるように言われるぐらいだ。


「でも既にその科学者は病気で亡くなっていたの。そして彼が作ったシステムは。現代になっても解析出来ていないわ。

 でも、女性型アンドロイドの複製は可能だった」


 どうやって動いてるのかはよくわからないが、役に立つので複製して使おうぜということだ。

 不足している労働力の確保や、人間の女性が出来ないこともアンドロイドならば可能だ。


「それ以外にも人工授精や試験管ベビーでの人口を補ったり、僅かに残った男性を保護して法律に変えたりと、文明の崩壊は危機一髪で食い止められたのよ」


 そこで人類は救われました。めでたしめでたしとはいかなかった。だから現代のアタシが苦労しているわけで、緑茶と同じように自分も苦い顔をしている。


「ウイルスに感染した女性からは、抗体を持った男児が生まれるの。だから大災厄の病気で死ぬことはないわ。

 しかし母体が男の子を身籠る確率は大きく低下してしまったの」


 薬や医学的な処置を行っても、男子を生み出すことは出来ない。これはウイルスの抗体が妨害しているというのが、専門家の意見だ。

 男性の致死率が異常に高いウイルスなので、生きるためには女性の体のほうがいいと、そう抗体が判断する気持ちはわかる。

 そして人工授精では女性しか生まれないので、これはほぼ詰んでいる。


「崩れかけた文明を立て直すために、人類は多くのものを犠牲にしたわ。

 皆生きていくのに必死だったから、仕方ないけど」


 過去を捨てて前だけを見ていなければ、とてもではないが地獄のような世界で生きてはいけなかった。

 面白おかしく生きようなどといった心の余裕は、当時の人々にはこれっぽっちもないのだ。


「サブカルチャーもそうだけど、今まで男性が中心になって築いてきた文化は、現代では殆ど残ってないわ。

 今を生きるためには、仕方ないけど捨てるしかなかったのよ」


 人類は守られた。しかし辛うじて生き残ったはずの男性は守られていない。最優先保護対象として生命は保証されているが、それだけだ。

 女性のアタシにとっては、過ごしやすい平和な世界だ。しかし彼らは大災厄が終わってもこの世は変わらず、地獄のままなのだろう。




 大災厄以前のワールドネットワークも修復不可能なレベルで破損してしまい、人類は復旧を諦めて新たな通信網をその上に築くことを決めた。

 そんな中でアタシは、ほんの好奇心で放棄された情報の一つに触れて、かつてはこの世に溢れていたサブカルチャーを知った。


 それからはアンドロイドのカノンに頼み、今の人類が仕方なく切り捨てた形のない何かを集めだした。

 だがやはり上限は設けておくべきだった。旧世代の遺物とはいえデータ量は膨大で、ハードディスクやクラウド契約が必要になってしまった。

 なので他の女性とは異なり、女子力を磨くお金や時間が乏しく、日々の暮らしだけで精一杯なのだ。

 そんな底辺に近い状況が続き、身なりにだらしがなくて学力も中の下、癖っ毛地味顔にメガネをかけた、野暮ったくて平凡な女子高生に育ってしまった。


「はぁ…男性の科学者が、女性型アンドロイドを作った気持ちがわかるよ」

「彼は未来を悲観し、男性を決して傷つけることがない、理想のパートナーが欲しかったんでしょうね」


 だがその理想のパートナーは現代社会では女性のみに使われている。男性には人間の女性以外は近づけさせず、彼女たちがこぞって世話を焼いているのだ。

 人類が生き延びるためには仕方ないとは言え、闇が深い世界である。


 なお男科学者は病気で死亡したが、理想の女性を完成させたので、きっと幸せな最後を迎えたことだろう。


「大災厄に関しては大体こんなところだけど、参考になったかしら?」

「うん、ありがとうお母さん」


 大きく息を吐いてソファーに身を沈めて天井を眺める。お母さんから大災厄の説明を聞いたものの、よくわからなかったというのがアタシの感想だ。


 色んな人が未来を掴もうと必死に手を伸ばして頑張って、何とか人類は生き延びることが出来ている。だがそれも陰りが見え始めている。

 遺伝子の劣化により人工受精出来ない割合が増えてきた。予想ではあと百年も保たずに、次世代が生まれなくなるらしい。


 ただでさえ世界人口は低下し続けているのに、これ以上人間が居なくなれば文明の維持すらできなくなる。

 それとも次の地球上の主役は映画と同じように、人間ではなく猿…いや、カノンのようなアンドロイドになるのだろうか。


「里奈様、どうかされましたか?」

「いや、アタシが死んだあとの主役はカノンたちなのかなって」


 無意識にカノンの顔をじっと見つめていたらしく、無表情な彼女に声をかけられる。


「過去の映画の見すぎです。私たちはあくまでも人類の良き隣人に過ぎず。

 そんな大それたことは考えていませんよ」


 地球の支配は考えていないとなると、最後まで人と一緒に歩いて行くつもりだろう。しかし人類の歴史も、解決策が見つからなければあと少しで終わるのだ。

 そのあと、アンドロイドたちは一体どうするつもりなのか。


「それに里奈様は死にませんよ」

「…えっ?」

「私たちアンドロイドが、決して死なせたりはしません」


 アタシの身辺警護を固めてくれるということだろう。だが彼女の言葉通りに、本当に死なないわけではない。

 自分は人間なので寿命がある。医療の発展した現代でも、百歳の壁を越えるのは難しい。


「そっか。それじゃこれからもよろしく頼むよ」

「はい、生涯お仕えします。私の里奈様」


 もうカノンだけが母親ではなくなったが、それでも彼女はアタシと一緒に歩いてくれる。たとえ自分の頑張りが無駄に終わったとしても、今は未来を繋ぐためにもやるだけやってみよう。

 そう考えてアタシはノートパソコンの電源を、静かに落とす。やるにしても明日からで、今日はもう夜も遅いのでゆっくり休むのだ。


 新しいお母さんにお休みなさいと挨拶をし、カノンを連れてアクビをしながら屋敷の廊下を歩く。そのまま窓の外の景色をぼんやりと眺めながら、自室へと戻るのだった。

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