リバースエッジ エピローグ3 梅田咲良
視点:セバスチャン→梅田咲良
あたしは泣いた。
涙の理由。それは、悲しみだった。
ジョージが、いくつもの〈分身〉を作っていたことでも、狂ってしまったことでもなかった。
私の名前が「桜良」から「美咲」になり、「美咲良」になり、「さくら」と呼ばれ、最終的に、過去を受け入れて「咲良」を名乗ることにしたってことでもない。
「美咲お姉」
呟き、最後のミサキに引き金を引いたとき、雨音に消されてしまうようなか細い音で、お父ちゃんの白い銃は鳴いた。
「ご……めんね……」
涙が止まらなかった。
どうせ雨で流れてしまうんだろうけど、涙を拭って拭って拭った。
「あたしは、梅田さくら……。もう、そう名乗っても良いよね……」
誰に言うでもなくそう言って、倒れかけたミサキを支える。
「また、次に生まれたときに、会おうね」
ミサキとジョージの二人にそう言った。
あたしは、ジョージのことが好きだった。
愛していた。
でも、「桜良」っていう本当の名前で呼んでもらったことが一度も無かったから、それを思い出して悲しくて、泣いたんだ。
本当の名前を教えてもいないのにそんなことで泣いたりして。
そんな風に限りなく身勝手な涙を流す自分に気付くのが悲しかった。
あの時、死の直前に彼女は言った。
「おばあちゃんに……もう行けないって……ごめんなさいって……」
あたしは「わかった」と言った。
彼女は「ありがとう」と言った後に、「引き金を引いて」と言った。
「おばあちゃんに、長生きしてねって言って」
とも言った。
「それから――」
とも言った。
伝えたい言葉は尽きないようだったけど、あたしがそれを黙らせてしまったんだ。
彼女達にとって、あのおばあちゃんはどういう存在なんだろうか、と考えたけど、きっと言葉で説明できるような関係ではないんだろうな、と思った。
そう思いたかっただけかもしれないけど……。
あたしは、おばあちゃんの家の前に立った。
おばあちゃんは縁側で一人、佇んでいた。
そして、あたしの姿に気付いて、微笑み、手招きした。
それに応えて、門を開け、抜け、閉め、彼女の真横に座る。
ミサキがそうしていたように。
「どうしたんだい? そんな他所へ行くみたいな格好して」
黒い外套が、どこか遠出する格好に見えるらしかった。
今の時代、こんな格好で都会の街を歩いていたらきっと奇妙な目で見られるに違いないが、おばあちゃんにとっては、そう珍しいものでもないらしかった。
「あの、あたし、もう、ここに来れないかもしれない」
「……そうかい……寂しくなるねぇ」
おばあちゃんは遠い目をして言った。
「ごめんなさい……」
「何で謝るんだい。人それぞれ事情ってもんがあるんだろうからね、こうして挨拶に来てくれただけでも、あたしゃ嬉しいよ」
「……うん……あたしね、旅に出ることにした。旅に出て、色々なものを見て、感じて、そして、またこの場所に来て、おばあちゃんにね、その話をするの」
「そうかい、楽しみにしてるよ……」
「必ず来るから……」
「……ああ、待ってるよ」
「長生き、してね」
「ああ、するよ」
「うん……それじゃあ……行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
歩き出した私。何度も振り返って、その度手を振るおばあちゃんが見えた。
――行ってきます!
もう一度、心の中でそう言った。
ふと立ち止まって思い返してみると、おばあちゃんと話しているときに緑色の髪の毛が何回か視界の中で踊っていた気がしたんだけど……きっと、気のせいよね。




