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リロード  作者: 黒十二色
第三部:リバースエッジ
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Chapter11 戦いとの別れ

視点:山田ヒロアキ→蔵野まち

 雨が上がっても、霧が晴れ渡っても、心は晴れなかった。

 終わった実感なんてなかった。


  ★


 バケツをひっくり返したような、とはよく言ったもので、まさしく滝のような土砂降りだった。

 その雨が、全ての罪を洗い流そうと必死になっている俺達全員みたいで、とても悲しく思えた。


 そろそろ桜が咲きはじめる時期だ。


 昨日の夕方のニュースでは、まだ開花前線は南のほうにあったけど、少しばかり先走って咲く花があってもおかしくはない。


 咲く前に桜が散ってしまうんじゃないかと不安になったが、咲いた後だったら尚更だったということを考えて、少しだけ気は休まった。


 まさに気休めで、意味なんてないのだが……。


 まぁ、そんな桜のことよりも、俺が今心配しなくてはならないのが、俺の大好きな蔵野まちだ。


 ようやく晴れた空。


 この場所に来て初めての太陽と青空だった。


 だからと言って、また殺戮してしまった俺達の心が晴れ渡ることは、無いのだろうけど……。


 人を殺した人間が、幸せになろうとしても、それはきっと叶ってはいけない。


 信賞必罰、世の理。神様は君を見てる。


 懺悔したところで少し気が晴れるだけ。


 罪を流すには、きっとどうにもならない痛みを伴う。はず。


 でも、それでも、蔵野まちに幸せになってほしいと思う俺がいた。


 そのためには俺が彼女の分の罪を肩代わりしてしまいたいとも思った。

 だって、彼女は、あんなにも苦しんだじゃないか。


 多くを愛して、その愛した者を失ってしまったじゃないか。


 まだ足りないというのなら……もしそうだと言うのなら……神様は意地悪だ。


「梅田美咲良。田山明孔。山田ヒロアキ。蔵野まち」


 ある一つの意味で、俺やまちや田山を育てたセバスチャンという男が、一人ずつ名前を呼んだ。


 俺は何故か中学の時経験した、卒業式の後に教卓に立つ担任教師のことを思い出した。


「これで、今回の作戦は全て終了だ。協力に感謝する」


「そんな……あたしが協力してって頼んだんだから、それはこっちの台詞よ。それに、まだ終わってないわ。ミサキちゃん達を、ジョージと一緒に埋めてあげないと」


「それは……我々のほうで……」


 とセバスチャンは言おうとしたが、


「ううん。あたしも手伝う。手伝いたいの」


「私も……ヒロアキ……いいでしょう?」と、蔵野まち。


「当たり前だ」俺は頷いた。


「わかった……皆で、弔(とむら)おう」


 俺はジョージという人間をよく知らないし、ミサキという人間達をよく知っているわけでもない。


 でも、俺の考えが正しければ、まちとさくらの関係、そしてまちとジョージの関係は、おそらく深い。


 まちの悲しみを想像して、耐えられそうになくて考えるのをやめた。


 尖塔がある場所に、中庭と呼べるような広場があった。その場所に大穴を掘って、全ての亡骸を丁寧に埋めていく。


 尖塔は、レンガを漆喰かあるいはセメントで固めたもので、高さは二十メートルもあった。


「美咲良」


 さくらはセバスチャンの呼びかけに首を振った。


「あたしは、咲良(さくら)。何回も名前変えちゃって申し訳ないけど、さくらっていう名前が、やっぱりあたし自身だから。そう……呼んで」


「……さくら」

 セバスチャンは、どこか優しくその名を呼んだ。


「何?」


「ジョージの本名は知っているか?」


「ううん、知らない。ジョージっていう名前しか、教えてもらったことない」


「そうか…………じゃあ、ジョージで良いな」


 そう言って飛び上がったセバスチャンは、超高速の斬撃でレンガ造りの尖塔に文字を刻み付けた。


『ジョージここに眠る』


  ★


 真っ直ぐに天に伸びる高い杉が並ぶ森の中。


 全てを終わらせた俺達は森の中を歩いた。


 少し歩いたところで休憩。今までそこにあったことが嘘のように霧が晴れ渡り、木漏れ日が差し込んできていた。


 ジョージたちを埋葬する間に、雨に濡れた服や髪は乾いていたが、それでもまちの制服には血が滲んでいたりして、そのまま街に戻ったら警官か何かに捕らえられ、尋問され、学校の評判が地に堕ちるに違いない。


 そんなことを考えていたら、同じように思っていた人が、まちに話しかけたようだ。


「まちちゃんまちちゃん」


「どうしたの? さくら」


「どうしたもこうしたも……その服のまま帰るの?」


「そのつもりだけど?」


「いやー、まちちゃん、いくらなんでも赤すぎじゃないかなー?」


 ごもっともだ。


「……いいのよ。赤は好きだから」


 そういう問題じゃないだろう。


「でも、あまり気持ちの良い赤じゃないでしょ? あたしがお洋服貸してあげる! 赤いのあるよ。ぴんくとかもっ!」


「そんな……悪いわ……」


「遠慮しないのっ。あたしが着せたいだけなんだからっ! まちちゃん可愛いから何でも似合いそう!」


 そうだ。まちは可愛いんだ。何でも似合うんだ。


「ほら、こっち来て来て」


「え……え……」


 まちはさくらに手を引っ張られて茂みへと姿を消す。


 新渡戸とかが居たら喜んで木に登ってピーピング行為に及んで吹っ飛ばされるんだろうなとか想像した。


 俺は紳士だから、そんなことはしないけど。


「こんなにたくさんの服どこにしまってあったの?」


 それでも微かな声に耳を澄ませてしまうのは、男としての生理現象みたいなものなのかもしれない。


「えへへ……ヒミツー」


「さくら」


「なぁに?」


「こんなことを言うのは失礼かもしれないけど、さくらは何となく私の友達に似てるわ。見た目は全然ちがうけれど」


「へぇ……どんな子なの?」


「とても、良い子よ。可愛くて、私の大切な、大好きな……友達」


 たぶん、高島さきのことだ。


「それは光栄だな……はい、できたっ! おおー、やっぱり似合うじゃん。こういうのも」


「こんな色の服……着たことないわ……」


「そうなの?」


「さくら……私って、人間よね……」


「あたしが人間だから、まちちゃんも人間だよ! さ、皆のとこ行こ」


「ええ……ありがとう……」


 二人が戻ってきた。


「じゃーん、おまたせー」とさくら。


「おお! まち……」と俺。


「な、何よ……」

 まちは、目をそらして恥ずかしそうに呟く。


 まちは、淡いピンク色のひらひらした服を着ていた。


「えっと……かわいい。すごく、かわいい……」


 俺はそう言った。お人形さんみたいとか言いそうになって言葉を飲み込んだ結果、かわいい以外の感想が出てこなかった。


「さ、さくら、ちがう服ないの? やっぱりこんな服落ち着かなくて」


「何で? かわいいじゃん。ヒロアキ君もかわいいって言ってるじゃん」


「でも……でも……」

 恥ずかしいのだろう。


「大丈夫、似合ってるよ。高島なんかよりずっと」

 俺は言ってやった。本心だ。まちの姫役もいいなと思う。


「そんな……」


「とにかくっ!」さくらは、まちの背中をぽんと叩いた。「今日一日くらいはあたしの言うとおりにしてよ。もう二度と着なくなっても良いから。ねっ!」


「……どうして?」


「どうしてもっ!」


「理由を教えてくれなくちゃ、言うことなんて聞けないわ」


「じゃあ、そうだな、親友としての、お願いってことで」


「親友?」


「……うん」


 そして、まちは、迷ったような沈黙の後、小さな声で、


「……お母さん……」

 そう言った。


「えっ」


「私は、あなたの娘だと思う」


 やっぱり、そうなのか。


「記憶があるの。赤い階段を走り登る誰かの背中からの風景」


「そんな、まちちゃんあの時生まれたばかりで、そんなの憶えてるはずな――あ…………」


 その、さくらの発言は、つまり、自分が、蔵野まちの母親だと認めたことになる。梅田美咲だった頃のさくらが、螺旋の地下城から連れ出した赤ん坊こそが、蔵野まちなのだ。


 まちは言う。


「もう少しだからって呼びかける声。さくらの言う分身……作られた最初の分身。レイコの姿。……全てに関わる中で、確信になった。私は蔵野まち。私は、悲しいこともあったけど、こうして、今、貴女の前に立つことができて、とても、とても――」


 そこまで言ったところで、さくらは、まちの言葉を遮るように、


「そっか、気付いちゃったか……。そりゃあそうよね……。でも、言ったよね……あたし、まちちゃんのこと、置き去りにして逃げちゃったって……」


「そんなこと……」


「うん……だから、あたしは、母親という存在である資格なんかないから、友達でいたいな……そんな、母なんて年齢でもないしねっ!」


 さくらがそう言った時、まちは、大粒の涙を落して泣いていた。声を押し殺して、泣いていた。


「……泣かないでよ、まちちゃん……」


「だって、会えて、認めてくれて……嬉しくて……」


「あたしは、梅田さくらっ! まちちゃんは、今日だけは、満開のあたし色でいることを命じるっ!」


 さくらは桜色の服に身を包んだまちを抱きしめながら、そう言った。


「さくら……」


 とてもとても、幸せそうだった。


「あたしはさ、笑っちゃうくらい、たぶん、まちちゃんよりずっとずっと子供だから、まちちゃんの方がお母さんっぽいよね」


「そんなこと……」


「そのうち年齢も抜かれちゃうし」


「……ところでさくら……この服、胸がちょっときついわ」


「ガマン!」


「ええ! ガマンするわ!」


 そう言ってまちは泣きながら微笑った。


「鍛錬不足……胸の鍛え方が足らないのよ」


 俺の耳は、さくらが発したその微かな単語を聞き取った。


 どうも鍛錬不足という言葉に過剰に反応する体質になってしまったようで、なんかちょっぴり切なかった。


  ★


「森を抜けたところで、解散としよう」


 セバスチャンがそう言った。


 明孔とどうでも良いことを話しているうちに、すぐに森の出口に着いた。


 正直に言うと、少し別れが名残惜しかったりもしたが、俺とまちは、平穏な生活を持っている。

 組織の彼らとは生きる世界が違うんだ。


 生きていれば、きっといつかまた会えるだろうから、俺は別れを悲しまないことにした。


 森の外へ足を踏み入れる。


「それじゃあ……さくら、セバスチャン、田山。またね」

 まちが言った。


「死ぬなよ! 明孔。さくらさんも、また、いつか……」

 俺も言った。


「その……」まちは、ちらちらと俺の顔色をうかがいながら、「役に立てるようなことがあれば、いつでも私のところに来て。協力できることはするから……。もちろん殺しとかは手伝わないけど……」


 セバスチャンは頷いた。


「ああ、用があるときは田山を呼びに行かせる」


「もしも、私たちから用事がある時は、セバスチャンの部屋に行くわ」


 まちは、俺の顔を見てオッケーと判断したようで、最後はハッキリとした口調で言った。


「ああ。元気でな」


 セバスチャンは、俺や明孔に向けるのとは違った優しい微笑みを見せた。


「最後に、セバスチャン……これ」


 まちは、白い刃を手渡す。


「……受け取れと?」


「ええ……全てが終わったはずだから、今度こそ私達には必要ないものだと思うから……返すわ」


 まちの渡したリグレットを、セバスチャンは受け取った。


「ああ。俺のも、受け取ってくれ」


 俺も、黒い刃を渡す。


「……そうか」


 少し寂しそうに、セバスチャンは俺のイノセンスを受け取った。


「オッサン、世話になっ――」


 俺は言いかけたが、遮られる。


「オッサンではない、セバスチャンだ」


 照れ隠しで言った呼び方だったのに訂正されてより照れくさくなってしまった……。


 セバスチャンという名前、気に入ったんだろうか。

 だとしたら少しうれしいな。馴染みの無い名前じゃないし。


 というわけで言いなおす。


「セバスチャン……世話になった。色々あったけど、鍛えてくれて、その、育ててくれて、少しは誰かを守れるくらいの力を持てたこと感謝してる。その……俺には、父親ってのがどういうものなのか、よくわからないけど、セバスチャンは、きっと俺にとっては、父みたいなものだと思うから……どうか、元気で――」


「私はお前の百倍は強いからな。常に百倍元気でいるに決まっている」


「ああ。じゃあ、まち、行こうか」


 まちは、頷いた。


「「――ありがとう」」


 二人同時にそう言って、アスファルトを走り出す。


「まちちゃーん! ヒロアキくーん! またねぇー!」

 さくらの声に、一度振り返って手を振った。


 そして、また、繋がれた。


 繋いだ手には武器はない。ただ彼女の手があった。彼女の左手にも武器はない。戦いの呪いは、解けたのだ。


 俺たちの前に顔を出したばかりの太陽は、もうだいぶ西にあった。


「ヒロアキ、乗って」


 まちはそう言ったけれど、


「ゆっくり帰ろうよ」


 俺はそう返した。


「背中にヒロアキがいないと落ち着かなくて」


「まちと手を繋いで、欲を言うなら歩いてのんびり……」


「ダーメ。帰宅部だもの。一刻も早く家に帰らなくっちゃ」


「そんなぁ」


「無理矢理のせるわよっ!」


「はいはい、わかったよ。乗りますよ、背中にね」


「ええ、乗って」


 しぶしぶ乗った。


「やっぱり落ち着くわ」


 俺としては、落ち着かない。逆に、まちを背負うことができる存在に、はやくなりたいと思うのだが。


「まっちー鉄のニオイするな」


「ええ……血の臭いね……帰ったらお風呂入らなくちゃ」


「一緒に入る?」


 俺は冗談を飛ばした。


「……そうね、それでも良いわよ」


 これは予想外!

 俺は慌ててしまう。


「いや! 冗談だって!」


「私だって冗談よ」


「なんだ、冗談か」


「残念そうね……」


「いや、ホッとしたんだよ」


「どうして?」


「…………えぇと」

 どうしてだろう……。


「ああ、もうそんなのどうでも良いわ!」


 突然、まちは声を大きくした。どうしたのかと思ったら、まちは、続けて言うのだ。


「私、ヒロアキのことが好き」


 これは、いつかの焼き直しなのだろうか。前にも、こんなやり取りをした気がする。

 だけど、あの頃とは少し違う気持ちで、この会話に臨めるような気もした。


「俺だって、まちのこと好きだ」


 そう自信満々に返したが、次の瞬間、とんでもない弾丸が飛んできた。


「――さきと私、どっちが好き?」


「え……」


「以前さきのこと好きだったんでしょ?」


「ど……どっからそんな……」


「がっくんが言ってた」


 がっくんといえば、ひろみが、加賀を呼ぶときの呼び方だ。


「あの野郎……」


 加賀め……高島とくっついてから妙に好戦的じゃねえか……。


「ねぇ、どっち?」


 と、まちが前方を見据えたまま、きいてくる

 俺は、彼女の背中の上で、愛を囁く。


「まちの方が、好きだよ」


「本当?」


「ああ、高島の前でだって言えるぞ」


「本当に本当?」


「ああ、まちが好きだ。蔵野まちが大好きだ」


「……すごく、うれしい」


「そうかい」


「ありがとう、ヒロアキ……私、貴方に会えて本当に良かった……」


「そんなこれから死ぬみたいな言い方しないでくれ! 不安になる!」


「あら、私が死ぬと思う? 世界最後の一人になるまで生き抜くわよ!」


「そうだな……まちは、死なないよな」


「ねぇ、ヒロアキ、この服……」


「似合わないわけないだろ? 春らしくてステキだよ」


「……もう、桜は咲いているのかしら……」


「もうすぐ咲くんじゃないかな。そうだな……咲いたら皆で花見でもするかぁ?」


「花見?」


 花見って何、みたいな調子だったので、説明してやる。


「そう、桜の花に囲まれて飲んで、騒ぐんだ」


「すぐに散ってしまうものね……」


「散らないさくらもどっかにはきっとあるさ。……何なら、まちが散らない桜になれば良い」


「……言ってて恥ずかしくない?」


「俺はそういうこと言っちゃう男なの」


「まぁ、知ってるけど……」


「だろ?」


「……散らない桜……ね」


「でも、桜はすぐ散ってしまうから美しいって言う人もいるよな」


「……美しくなくていいわ」


「ああ」


  ★


 扉が開いて閉じる音。


 家に帰った俺達を待っていたのは、第七帰宅部の皆だった。


 新渡戸がいて、高島がいて、加賀がいる。まちもいる。


 ――幸せだと思った。


 だけどすぐに、幸せだと思ったことを否定した。


 もしも、幸せだと思ってしまったら、人殺しに与える幸せなんてないという理由で、誰かがこの幸せを取り上げに来てしまうんじゃないかって不安になったから。


 ああ、きっと、それが、幸せになれないってことなんだろうな、とか、思った。


 まちが、繋いだ手を離そうとしたので、俺は強く握った。


 その時彼女がどんな表情をしていたのか、興味はあったが見るのはやめた。


「ただいま」

 と、俺が言う。


「……ただいま」

 とまちが呟くように。


「おう、おかえり」

 新渡戸が迎える。


「おかえり」

 と二人分。加賀と高島が声を揃えて。


 この時の、まちの「ただいま」が、俺に手を引かれたまま、桜色の服に身を包んで、恥ずかしそうに言った「ただいま」が、とても可愛かった。


「私、お風呂……」


 まちは呟いたが、俺は右手を離さない。


 新渡戸たち三人は、驚いたような顔でまちを眺めた後、顔を見合わせて大声で密談を始めた。

 それはもはや密談ではないのだろうが……。


「おい、まちが何か可愛いんだが気のせいか?」と新渡戸。


「見慣れない服ね……山田君とデートかな」と高島。


「服のせいでこうも違うとは、人間って不思議だな」

 新渡戸は本当に失礼な奴だ。


 これ以上まちのことを馬鹿にしたら俺の手が出るぞ。


 とりあえず、俺は言ってやる。


「違うね。服のせいじゃない。まちは可愛い。世界で、一番」

 部屋の時間が、一瞬止まった。


「……ヒロアキ……」

 新渡戸が驚いた顔でこちらを見ている。


「一番」

 二度言った。


「ちょっとちょっとゆーき!」高島が加賀に向かって言う。「反論しないの? あたしの方が可愛いとか何とか!」


「自分で今言っちゃった時点でどうしようもないと思うなぁ……」


「む……むー……まちー、お腹空いたー」


「さきちゃん、今帰ってきたばっかの人に何言ってんだよ……」


「じゃああたしが自分で作れっての? 良いよ? つくるよ? すごいの」


「……他人の家の冷蔵庫勝手に開けるのよくないよ」


 加賀が言うと、すかさず新渡戸が言う。


「よく言うぜ加賀、俺の部屋を散々漁ってた奴が」


 加賀は、その言葉にうろたえて、


「う……い、今はそんなことより、いかにしてさきちゃんの料理を妨害するかだろ!」


 話をそらしにかかった。


 まちのほうも、さすがに居づらさが限界に達したようで、


「わ、私、お風呂入ってくるわ」


 俺の手から解き放たれたまちは足早に風呂場へと駆け込んだ。


 淡い色のヒラヒラした服を着ている自分が、まちにとっては恥ずかしかったんだろう。気にすることないのに。


「ところで山田君山田君」と高島さき。「どうしてまた服ボロボロなの? またまち怒らせたの?」


「あのなぁ高島、いつ俺がまちを怒らせて服ボロボロになったよ。……まぁ、まちが戻ってきたら詳しく話すから、加賀とでも遊んでてくれ」


「あぁ! ひどい! 何その言い方! ゆーき! 懲らしめてやりなさい!」


 しかし、加賀は俺をこらしめるよりも、高島をなだめる道を選んだ。


「ほらさきちゃーん猫じゃらしだよー」


「あたし猫じゃない! しかも猫じゃらしなんて持ってないじゃない!」


 俺は自分の部屋に入ると、汚れた服を脱ぎ捨てた。着替える。


「っあー……」


 オッサンみたいな声が出た。鍛錬不足だ。


 数秒座って、また立ち上がり、三人がいるリビングルームに戻った。


「新渡戸君! 今の発言どう思う?」と高島の声。


「今のは加賀が悪いな」


「ごめん……」


 謝らされていた。ついでに俺が高島のこと好きだったってまちに暴露したことについても謝ってもらいたい。でも、今そんなこと、はっきり言えないな。


「だいたい、いつもいつも、あたしの料理が下手なのばかにしすぎ! そんなんじゃいつまでたっても上達しないわよ!」


「すいません……」

 加賀は正座して、謝罪の言葉を発する。


 というか、猫じゃらし云々からどういう展開で加賀がここまで責められているのかが少し気になる。


 そうだ、そんなことより、いつもまちがしてくれているように、飲み物でも用意してまちが風呂から出るのを待とう。麦茶がいいかな、紅茶かな。緑茶がいいかな……。普段の風呂上りのまちは何を好んで飲んでたっけ。


「うーん……」


 うなりながら歩いていると新渡戸が不思議そうに、


「さっきから何ウロウロしてるんだ? 自分の家だろ?」

 と言った。


「俺の家? 違うよ、俺達の家だ!」

 俺だけの家じゃない。みんなの家。帰ってきたんだ。


 良い言葉だと思って格好つけた声で放った俺だったが、三人の目は冷ややかで、また大声で密談を始める。


「どうしたんだろ、ヒロアキ」と新渡戸。


「何か様子が変よね」と高島。


「何か悪いものでも食べたんじゃないの?」と加賀。


「ちょっとゆーき、それどういう意味よ。またあたしの料理に」


「何ですぐそういう考え方するの! ばかじゃないの?」


「あぁ! ばかって言ったわね! この根性なし!」


「よく飽きないなお前らも……」


 新渡戸が呆れてそう言って、


「さきちゃんはもっと謝るってことを覚えるべきだよ。ヒロアキを見習って」


 加賀がそう言ったのだが、聞き捨てならない。


「おいこら、それはどういう意味だ」


「山田君は黙ってて!」


「あ、はい、すみません……」

 板についていた。


 でも、あぁ、やっぱり、楽しいな……。


 ようやく全てが終わったことに気付いたのは、みんなのところへ帰ってきてからだった


 あとはただ、俺達の贖罪(しょくざい)物語。いつか幸せになれたらいいなと思う。




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