Chapter7 さくら編・其の参 わすれもの
視点:梅田美咲良(梅田さくら)
偶然の再会なのか、運命の再会なのか。諦めかけていた願いが二つ叶った。
叶ってしまったことで、あたしは震えていた。きっときっと……こわかった。
★
時間、というものは残酷だ。すぐにあたしに世界を忘れさせてしまう。すぐにあたしの罪を忘れさせてしまう。だからあたしは、時間というものを憎む。
時間が矢のように過ぎていくと言うけれど、その矢を放ったのは誰?
そしてその弓を引いたのは誰?
そして、どうしてあたしの時間は流れないの?
運悪く矢はあたしに刺さってしまった?
それとも、「誰か」があたしを狙って弓を引いたのだろうか?
射損じてくれればよかったのに。
ああ本当に残酷だ。
時間は、化物だ。
こわい。こわい。
残酷な現実の時間がこわい。
忘れていたものを思い出す記憶の旅をした。
そんな記憶の旅をしたことを後悔した。思い出さなければ良かったと思った。そういえば以前も思い出して同じような後悔をしたな……とか、そんなことまで思い出す。
時間の無駄だった。
でも、そうだ。
あたしに与えられた時間は、永遠に近いらしい。
少なくとも、肉体的には無限に近い時間を生きられる設計のようだから、無駄にしたってきっと構わないんだ。
あたしは、この体と一生付き合っていかなければならない。
それが、救いなのか苦痛なのかわからない。
今のところ、混濁しながらも「あたし」というものは存在している。
桜良だった頃の記憶も沈めただけで、呼び起こすことができるし、美咲だった頃の記憶もそう。美咲良という名乗っている今の記憶はより鮮明だ。
あたしはどうやら、「名前」というものに依存しているらしい。
悲しかった。そんなものに縛られていることでしか、自分を「人間」だと思えない自分が存在することが、悲しかった。
★
あぁ、「彼」に会うのは何年ぶりだろうか。
数えてなんかいなかったから、忘れた。
荒れ果ててしまったあの洋館で、彼を待つ。
庭の木々や雑草は伸び放題で、うっそうとしていた。 『佐藤』 の表札も色あせていたし、洋館の内部の鮮やかだった赤いカーペットも、埃まみれでくすんでいた。
もしかしたら、彼はもう、二度とここには来ないんじゃないかという考えが脳裏をよぎる。
彼が既に死んでしまっているのかもしれないと考えて、泣きそうになった。
あたしはいつものように、あの、彼と互いの罪を打ち明け合った部屋へと入る。
相変わらず肌寒い室内。
あたしは室内にあった誰かの黒い外套に包まって彼を待つ。
落ち着かない。
あたしは洋館の中を探検することにして、入ってきた扉に手をかけた。
部屋の外には出なかった。視界に、男があらわれたからだ。たぶん……彼だ。
「梅田美咲良か?」
「あなたは……?」
「私は……〈追う者〉だ」
それは、やっぱり「彼」だった。
こんなに早く会えるなんて思わなかったから、この「偶然」に感謝した。
そして、あたしがホームレスで、彼がネームレスであることにも、変わりはないようだった。
それが、ほんの少し嬉しかったけど、それ以上に、はっきりと彼の老いを見てしまったのが悲しかった。
「久しぶりね」
「あぁ、九年ぶりだな」
「……もうそんなに?」
「変わらないな、美咲良は」
「あなたは、変わってしまったわね」
「……そうだな。人間は、変わるんだ」
その言葉の真意がわからず、私は戸惑う。どういうことだろう。
考え込もうとしたのを見てとってか、彼は少しだけ慌てた様子で言う。
「あぁ、違うぞ、君が人間じゃないという意味では決してない」
取り繕う彼が、少し可愛かった。
「気にしないわ。もう自分で何度もそういうことを考えてしまって、慣れてしまっているもの」
それが悲しくもあるけれど、悲しいと思うことにも慣れてしまっていて、それが悲しい。
円周率や、一を三で割る割り算のように、永遠に終わらない論法。
考えれば考えるほど前のものが悲しくなくなっていく。
だからあたしはすぐに考えるのをやめる。
悲しみが色あせてしまわないように。
割り切れないなら割り切らない。
それで済ます。
すっきりはしないけど、そのすっきりしないことも忘れてしまえば良いんだ。
それで精神は壊れずに済む。
考え続けて精神が壊れるのかどうかは、あたしの精神が壊れてしまったことはないから分からない。
あるいは、もうとっくに壊れているのかもしれないけど……。
「それで……今日はどうして私のところへ?」
彼の声が、あたしを思考の迷宮から引っ張り出す。
「あたし、ジョージの居所を見つけたわ」
「そうか……」
「……それで……お願いがあるんだけど……」
「ジョージの発見に役に立てなかった私だ。君の願いはできる限り叶えたい」
「役に立てなかったなんて、そんな……」
「そうだ。私からも報告しなければならないことがあるんだ。……最後の情報交換だな」
「え? どういうこと?」
「盛命城が、陥ちた」
「あ……森岡さんは? 岩城さんは?」
そう言った私の声が上ずっていて、自分で発したその声に、びっくりした。
「岩城は、死んだそうだ。森岡も既に死んでいたらしい……」
「そ、そんな……っ!」
「すまない……」
「い……言ったじゃない! あなたは確かに言ったわ! 森岡も岩城も必ず生け捕りにするって! そのために準備をするって! 殺さないって!」
「あぁ、言った」
「どうして! 森岡さんも岩城さんも優しい人達よ! ジョージとは違う! 本当にいい人たち! なのに、どうして!」
「……全ては私の失策なんだ。君に盛命城の場所を教えてもらった時すぐに! すぐに乗り込み、研究を止めていればこんな結果にはならなかっただろう……。自分の地位を固めることと組織を育て上げることで自己満足を得ようとした私の、罪だ」
あたしは言葉がでなかった。
さらに、彼は続ける。
「私が、二人を殺し、そして盛命城の多くの命を、奪ったんだ!」
「そんな……」
「それだけじゃない。君がいない九年間に組織がどんな歴史を辿ったのか教えてあげよう」
「どう……なったの?」
「立派に……立派な人殺しの組織に成長したさ。立派にな」
心の底から、彼は悔しがっていた。
「松島は私に組織の全てを任せて退いてしまった。組織の人間が増えるに従って、組織自体の運営が苦しくなった。そして……私が、この手でどれだけ人を殺してしまったか! 〈器〉でも何でもない! 人をだ! これで狂うなという方が無理な話だろう!」
「……変わって……しまったのね」
「君は、変わらない。私はそれが嬉しい」
「そうね、あたしは、あの時と変わらないまま。狂って壊れたままよ……」
「……まだブラッディブルームは持ってくれているか?」
「ええ、ずっと使っているのに、一度も壊れたことはないわ」
「そうか……」
そしてあたしは、ジョージの城の在り処を話し、協力を要請した。
彼はそれを快諾してくれて、また「準備する」と言った。
その言葉に少々の不安を覚えたけど、あたしだけではミサキに阻まれてジョージにはたどり着けないんだ。
信じるしか、ない。
また彼は、「組織の全てを使って協力する」と言ってくれた。
組織の今の実力をあたしは知らないけれど、彼一人が一緒に行ってくれるだけでも十分に心強いと思った。
★
数日間、彼の洋館で暮らした。
ボロボロで、室内なのに所々雑草が生えていたりして、人が住むような場所ではなかったけれど、そんな場所で暮らすのは慣れていたから平気だった。
あたしは、特にすることもなかったので、彼のお母さんが集めたという武器コレクションを眺めたり、暖炉の炎を眺めたり、鼻歌交じりに掃除をしたりして過ごした。
その間、彼が帰って来ることはなかった。
あたしがぶらりと散歩に出かけて戻ると、テーブルの上に書置きがあった。
彼が来たようだった。
でも多忙なのだろう。メモだけ残して戻ってしまったらしい。
『明日の朝、組織の拠点』
そういうことらしい。
もう準備は整えてあったから、あたしは夜のうちに洋館を後にする。
「行ってきます」
誰に言うでもなくそう言った。
★
外套を羽織ったまま、街灯の明かりだけの街を歩く。閑静な住宅街を通り抜ける。やがて、明るい街に出た。繁華街を高速で走り抜ける。街路樹の並木道。通り抜ける。そして、見慣れた風景である、月と星の明かりだけの田舎道になった。最後に、星も月も見えない森の中に入る。白い建物が見えた。
……夜のうちに着いてしまった。朝にと言われていたのに、早く着きすぎてしまった。
「今行ったら、失礼かな。真夜中だし」
まだ準備中かもしれない。迷惑はかけない。
あたしは、樹上で眠ることにした。
どこでも眠れるのもあたしの特技の一つ。
よくよく考えてみれば、眠るのも準備の一つか。
あたしは未来から来たネコ型ロボット漫画の主人公よろしく、数秒で眠りに就いた。
ネコ型ロボットか……。
二十二世紀になるのが楽しみだな。
★
夢を見た。夢の内容は忘れた。目が覚める瞬間の、鶯の鳴き声だけが、頭に残っていた。
そのまま数分。青い空を眺めていた。
「あたしは、梅田美咲良」
いつもの儀式。セレモニー。
時計を持ち歩いていないので時間はわからなかったけれど、きっと遅刻だ。まとわり付く罪悪感を振り払うために、あたしは樹上から地に降り立つ。
そして、きっと緑色の髪と瞳になってしまったと思う。
一陣の風となり、誰にも気付かれないように、強く地を蹴り建物の中に潜入した。
何回か、こうして忍び込んだことがあって、それと同じようにするだけだ。
彼には「話しは通してあるんだから堂々と入って来い」と度々言われるけれど、内緒で入るのが楽しいんだ。
日々の退屈を少しでも埋めようというあたしの空しい努力の一つだった。
彼の部屋へと続く一本の道。
部屋が変わってなければいいんだけど……。
彼の部屋に着いた。
ドアノブに手をかける。
中から誰かの声が聞こえる。
「それで、もう一度訊くわ。貴方の名前は?」
名前を訊くその言葉にあたしのドアノブを回そうとした手が止まる。
「名前は必要か?」
彼の声。
「必要よ。無名性、匿名性は罪の自覚を失わせるだけ。強い意志で運命を切り開く上で、自分というものがあるべきだと私は思う。だから、貴方が誰かを殺すことに責任を持ったり、誰かを救おうとする気持ちがあるのなら、名前を明かすべきだわ」
誰か女の子の声。どこかで聴いたことがあるような声だった。
「そこまで言うのなら、蔵野まち、君が名前を付けてくれても良い。私は一度名前を捨てた。今更その名前を拾う気はない。しかし、君が言うように、殺しに責任をもち、誰かを救う心は持っている。だから……」
「私が? 名前を……?」
「ああ……」
そして、彼は、名前を手に入れた。
「セバスチャン…………セバスチャン……」
「洋風だな……聞いたな、田山明孔。私はこれからジジイじゃなくセバスチャンだ」
彼はそう言って、セバスチャンという名前を受け入れた。
その後、目の前の扉ではない別の扉が開いて閉まる音がして、彼ともう一人男の子が出て行ったようにきこえたので、あたしは扉を開けることにした。
あたしは、深呼吸一つ、ノブを回してドアを開けた。
静かに閉める。
たぶん集合時間に遅れてしまっただろうという後ろ暗さから、少し俯いて、あたしは言う。
「あの……あの人は?」
あの人、と、あたしはそう言った。盗み聞きしていたから、彼がセバスチャンという名前を手に入れて、ネームレスじゃなくなったことも、この男が彼をジジイと呼んでいることもわかったけど、あたしにとっては、まだ彼は「彼」なんだ。
だから、あの人……と言った。
「ジジイなら、今ちょっと奥に行ってる。ここで待っていればすぐ戻ってくるはずだ……」
男は冷静に対応した。あたしが梅田美咲良という女であるということを知っているようだった。あたしはこの金髪の男のことを知らないのに。そういうのって、なんだか嫌だ。
もう一人、立ち尽くしている女の子がいた。
高校の制服のような服を着て、スカートを履いていたので女の子と言った。
高校生にしては、少し大人っぽい雰囲気だ。
その女の子は、あたしのほうを見つめていて、その顔を見て、驚いてしまった。
その姿が、あの、白石レイコの姿に瓜二つだったからだった。
動揺した。黒髪が、ライム色になってしまうんじゃないかと思うくらいに動揺した。平静を装った。
「「貴女は?」」
彼女もあたしも同時に、そう訊いた。
「ここにいるということは、白石……レイコではないのよね?」とあたし。
「私は、蔵野まち。貴女の名前は?」
「名前……は、梅田美咲良」
「みさくら? 不思議な名前ね」
「そうね……」
「さくらと呼んでいいかしら?」
その自然に出てきた呼び名に、私は驚きを隠せなかった。
だって、その響きは……。
「え……ええ、じゃあ、あたしも、まちと呼ばせてもらうわね」
さくら……。
その響きは、あたしのお父ちゃんとお母ちゃんがあたしに付けた名前だった。
初対面である彼女が、どうしてあたしの本当の名前を、見抜いたんだろう。
もしかしたら……でも、そんな。
それに……だとしたら、この推測が、その通りだとしたら、あたしは、この蔵野まちという子にどんな顔をして会えば良いんだろう。
白石レイコの姿。それなのに存在を許されているという事実。
大きく二通りのことが考えられる。
一つは、盛命城の連中が研究を完全なものにして、白石レイコという存在を完全に再現したこと。
――あぁ、ダメだ違う、そうだとすると、この場所に彼女が当然のように立っていることに説明が付かない。まちが〈分身〉じゃないとすると、もう一つの考えが迫ってくる。それは……蔵野まちというこの子が……あたしが、あの時背負って、そして、置き去りにした……あの赤ん坊なんじゃないかということ。
ああ、時間の経過に興味を持って来なかったけど、セバスチャンの老い方から計算すると、大いにに説得力が生まれてしまう。
「さくら、白石レイコを知っているの?」
「……ええ……そうね、信用してもらうために話さなければならないことよね。あたしがどのようにして生きてきて、どうして盛命城の連中を追っていたのか……」
「盛命城?」
「あ、えっと、あの樹海の中にあった施設……が、盛命城……というんだけど……」
「つまり、さくらは、この〈器〉を追う組織とは別に彼らを追っていた存在ということ?」
「そう……だけど、あたしが追っていたのは盛命城の連中ではなく……」
ドアが開いて、二人の男が入ってきた。
「来たね……」
戻ってきた彼はそう呟いた。
あたしはセバスチャンとなった彼と、その横に立つ、名前を知らない背広姿の男の子を順に見た。
彼らが戻ってきたことは関係なしに、話を続けた。
少し長い話。
大事な人達を失い死のうとして死ねなくて。盛命城へと入って、怪しい研究に協力したこと。そこでジョージに出会い、そして……今まで誰にも話していなかったあたしの最低最悪の罪を明かした。そしてついには、赤子すら置き去りにしたことも明かして……。
……こんな話で、あたしを信用してもらうために話したなんて、笑えない話だ。むしろ誰にも信用してもらえなくなるような、最低な話。
でも後悔はしていなかったと思う。
そしてジョージを見つけた場所に、あたしの顔をした女がいたことを話して、あたしが伝えるべきことは全て伝え終えた。
名前のなかった彼の話では、偵察に行ったはずの田山というこの金髪の男の人の部下が帰ってきていないらしかった。
霧と、ミサキに阻まれて侵入できなかったんだろう。
彼の組織とはいえ末端の者程度に侵入できるのなら、彼……セバスチャンに協力を求めたりしない。
★
そして、出発する。
出発して少しして、後ろを向くと、まちちゃんが、男の子を背負っていた。
ヒロアキくんは、鍛錬不足が理由で、そういうことになっているらしい。二人とも仲がよさそうだった。
道中、ヒロアキくんは、こんな質問をしてきた。
「さくらさんは、どうして器を生む者たちの施設から逃げたんです?」
そんなの、決まっている。あの世界が、狂っていたから。そのことを説明した。
未だあたしの中で恋人であるジョージという罪人を、あたしが裁かなくてはならない。人が人を不自然に作り出す行為は、絶対に何があろうとも否定するべきだ。
でも、あたしが産んだあの子を……あたしは、きっと……否定できない……。
それでも、これ以上悲しむ誰かを生み出してはならないと思うんだ。
だから、止める。それができなければ――。
頭の中のモヤを晴らす。そして覚悟するんだ。殺す覚悟を……。
★
「四人とも止まれ」
セバスチャンが声を出した。
それで集団は急停止。
景色はいつの間にか森の中。
あたしたち以外誰の気配もない。
「どうしたんですか?」
「センサーだ」
「あら、ホントね」
「ええ」
目を凝らせばこういうものも見えてしまう。
あたしは見えても不思議ではないけれど、まちちゃんとセバスチャンがどうしてこの常人には不可視のはずのものが見えるのかの方が不思議だ。
まちちゃんの場合は……あの時のあたしの子だとすれば辻褄は合ってしまうけど……。
しばし、そのセンサーのような赤い光たちの前で止まって、作戦開始の合図を待つことになった。
「二回目の爆発で、乗り込むぞ」
セバスチャンはそう言って、無線機を、ホルスターのようなものに乱暴にしまった。
そして、立て続けに爆発が二回。
二回目の爆発を合図にするように、まちちゃんはは地を強く蹴って、上空高く飛び上がった。ヒロアキくんを背負ったまま飛び上がった。
「あ、ちょっと……」
田山君も続いて跳んだ。
「いくぞ、美咲良」
「ええ」
あたしとセバスチャンは、幾筋もの線の隙間を通り抜ける。
このセンサーの存在する意味を考える。
単純に人体検知のために取り付けられているのなら良いのだが、このセンサーに見えるもの自体が武器の可能性がある。
あるいは、これに触れると何かが飛んでくるとか……。
そもそも、こんな霧深い場所にレーザーセンサーを仕掛ける意味がわからない。効果は半減じゃないか。
それでも設置されているからには何か意味があるんだろう。
引っかからないように、すり抜ける。
いくつか響いた上空からの爆発音。
まちちゃんのピンチだった。
センサー群を抜け切ってすぐに、上空を見上げた。
流れ星みたいにヒロアキ君と田山君が吹っ飛んで行った。
「……せーのっ!」
あたしは、特製手榴弾を取り出し、それを掛け声と共に、まちちゃんを襲うミサイルのようなものが発射された場所に向けて、投げた。
数百メートルの遠投だったので、さすがに失速してしまう。
そこであたしは、右の手に持ったブラッディブルームの重い引き金を、引いた。
小さな銃らしくない凄まじい、咆哮のような音を立てて、手榴弾の下を掠めた。
その風圧で、手榴弾は勢いを取り戻し、ミサイルの発射台に飛び込んだ。
ズゴドンと、これも派手に大爆発した。
霧が吹き飛び、代わりに黒煙を上げる西洋風の城。
「よし……っ」
所謂ガッツポーズをするあたしを、セバスチャンは驚いた目で見ていた。
「美咲良……」
「な、何……?」
「しばらく見ないうちに、強くなったな」
「そうかな……」
「ウチの組織に来ないか?」
「考えとくわ」
あたしはそう言うと、城の方へと駆け出す。
深い森は一変して、広場になった。
森と、石が敷かれた橋の間の砂地に差し掛かったところで立ち止まった。
上空からまちちゃんが降りてきたからだ。
彼女はスカートを翻し、豪快な音を立てて砂地に着地。砂塵が舞う。
「田山と山田はどうした?」
と、セバスチャン。
「はぐれたわ」
「そうか。まぁ、あの二人のことだ。そのうち追いつくだろう」
「ええ」
「信用されてるのね」とあたしは言う。
「田山に関しては事実上組織の二番手だからな」
「ヒロアキ君は?」
「彼は……未知数だ」
まちちゃんの着地によって起きた土煙が晴れたとき、巨大な建物があった。
あたしたちの立つ場所、その両側には円柱の柱を折ったようなものがあった。
正面には西洋風の城。
ゴシック様式のお城。
左側には尖塔が。
右側は霧でよくわからない。
橋の下は巨石の石畳。
不思議の国に迷い込んだようだった。あたしと、まちちゃんと、セバスチャンは城へ続く陸橋に立っていた。
橋の上は、神社の参道のようだった。
鳥居こそ無いが見れば見るほど神社のようだった。
視線を、城に向ける。
大きな扉の手前には、大量の人影があった。
それは……ミサキだった。
白銀の服を着た人形たち。
あの日、おばあちゃんと一緒にいたミサキも、この中にいるのだろうか。
どれがそのミサキなのかわからない。
何人ものミサキがいたからだ。
一人、二人。三人、四人。五人……六人。
「さくら並木……ね」
「これはまた……派手な出迎えだな」
セバスチャンはそう呟くと横に並んだ六人のミサキに向けて突進した。
「付いて来い! 乗り込むぞ!」
セバスチャンの声。
「さくら! 行きましょう!」
蔵野まちの声。
「……ええ」
あれは人形。
あたしでもなく、お姉でもない。〈分身〉またの名を〈器〉。
だから、そんなもの存在していてはいけない!
砂を蹴り、石畳を蹴ってセバスチャンに続いた。橋の向こう、約九十一メートル先に見える大きな扉に向かって。
ねえ、お姉……。ジョージを止められたら、ほめてくれる?
ねえ、お姉……。ミサキを殺してしまうこと、許してくれる?




