Chapter1 剣を手に取る
視点:山田ひろみ→蔵野まち
今まで閉じていた目を開く。見ないと決めていたものを見る。私は、人間になりたい。普通に、なりたい。
もしかしたら「そういう存在」なんじゃないかと疑ったことがあった。突きつけられたくなかった。気付きたくなかった。知らされたくなかった。
ああ、銃口が見える。私を貫く言葉を発するその銃口。
だけど、どんな銃弾だって……私の刃で切り裂いてやる。
☆
春の嵐が吹き荒れた。春は人を狂わせるらしい。春で私は狂ってしまったのだろうか。春で私は、私は、私は。……私って……何だろう。
私はその時、これほどの感情が自分にあるのかと思った。
それを知って、心のどこかで安堵していた。安堵していたことに気付いてしまった。
ショックだった。
――ひろみが、死んだ。
山田ひろみが死んだ。
泣いた。どうしようもないくらいに涙が止まらなくて、止めたくもなかった。
天国のような死後世界があるんだとして、あると信じたくて、少しでもひろみをその世界に押し上げられるなら、体中の水分を絞ってでも涙を流したかった。
ひろみは〈器〉だった。
でもその前に人だった。
霧野みやこも同じ。
森岡レイコもそう。
白石レイコもそう。
もしも、もしも〈器〉という造られた人間が死ぬ運命にあるんだとしたら、私は…………。
――こわかった。
こわくて、
「ヒロアキ……」
彼にしがみついていた。
「まち……」
心配そうだった。
誰に言われたんだったか、私は人形だと言われたことがあった。
それは確実にトラウマになっていた。
だから、涙を流して、悲しみながら…………安堵したんだ。
なんて自分勝手……。
最低だった。
季節はめぐっていく。魔法みたいに花が咲いていく。
四月。
春になって、少しのこと。
三年生になった。G組になった。クラスがえというものがなかったので、三年G組担任はまた相馬先生で、クラスメイトも二年次と同じメンバーだった。新鮮味がないなと思ったけど、第七帰宅部の皆と、絶対に離れたくなかったから、これで、いいんだ。
空席が、ひとつ、あるけど、これで……。
始業式が終わって、帰りのホームルームの最後に、担任の相馬先生は言った。
「……えーとそれから……蔵野まち……は、ちょっと残ってくれ」
「はい」
私は返事をする。
あまり嗅ぎ回ると危ないと、もう一度釘さそうと思っていたから、ちょうどいいと思った。
他の生徒たちがいなくなって私達だけになった。
「……俺が呼び出したのは蔵野だけなんだがな……」と先生。
「まちを呼んだってことは、俺達も呼んだってことだよな」
新渡戸が言った。
「新渡戸……」
と、私が呟いたとき、ぱしっ軽く頭を叩かれた。優しく、撫でるように。
「なんてカオしてんだよ、級長」
胸がしめつけられた。
私はもう、「級長」そう呼ばれただけで、胸が締め付けられるようだった。
「新渡戸」加賀遊規……がっくんの普段より冷たい声。新渡戸を咎めるような声だった。
「何か、あったのか?」と相馬先生が訊く。
誰も、なかなか口を開けなかった。沈黙を破ったのは、
「…………ひろみちゃんが、死んだの」
高島さきがそう言った。
「え?」
先生の驚きの顔。
そして私は、あっという間に冷静でいられなくなった。
「これ以上、嗅ぎ回らないで! 死ぬわよ……ころ……さないけど……」
思わず、とんでもないことを言うところだった。言ったも同じだったけど。
ああ、嫌だな。
暴言や酷い言葉が口癖みたいになってしまっているんだ……。
嫌だな……。
「まち、俺から説明していいか?」
ヒロアキが言った。
きっと見かねたんだろうと思う。
私が、こんなだから、こんなに、感情的で、うまく説明できるような状態じゃないから。
「ごめんなさい……お願い……」
頷いた後にそう言った。
「一体、お前らは何なんだ……」
先生の問いに、
「第七帰宅部よ……」
弱々しく、私は言った。
「ひろみは」とヒロアキが穏やかに言う。「ひろみは、俺や、まちにとって家族だったんだ。でも、あ、その前に……相馬先生。これは、絶対に誰にも言わないって、約束してくれますか?」
「ああ。もう、あんなこわい奴らに追いまわされたくはないからな」
「え?」
戸惑うヒロアキに説明する。
「相馬先生は、組織に捕らえられていたの。バカよね」
「まち、先生に言う言葉じゃないだろ」加賀遊規が言った。
「がっくん……」
私は、そう声を発した後に顔を押さえた。ひろみが、こういう風に彼のことを呼びはじめたんだということを思い出したら、視界が涙で埋め尽くされて、息ができなくなった。
「まち!」
みんなの声。
そして私は、保健室に運ばれたらしい。意識を失ったんだと後から聞いた。
★
保健室で目覚めた私を、第七帰宅部の皆が囲んでいた。
「相馬先生には俺から全部話しておいたから」
「ヒロアキ……ありがとう……彼は何て」
「もう関わらないって……それと、山田ひろみの卒業証書、用意するって」
「……そう」
見上げた窓の外は、なにもない空、青空だった。
「ね、ヒロアキ、さき、新渡戸、がっくん」
私は皆の顔を見て、皆の名前を呼んで、それから言った。
「死ぬって、何かなぁ」
誰も、何も、答えない。沈黙だった。
――回想する。
あの日、時計を見たら午後八時を少し過ぎた頃だった。
そんなはずはないんだけれど、アナログ時計の指した時刻はそれだった。
寒い日だった。
カーテンを閉めて数十分、暗くなったから電気を点けた。
コタツで眠ってしまったひろみを抱えて、ベッドに運ぼうと背中から羽交い絞めにするように引っ張った。
いつもなら「うにゃ」とか「うにゅ」とか言って目を擦ったりしていたが、その日は違った。
……冷たかった。
「ひろみ」
呼びかけた。
「ひろみ!」
揺すった。
「うそ……」
血が凍った。鳥肌が立った。
一瞬が永遠に感じられた。
時計を見た。少しも進んではいなかった。実際の時間は、たぶん夜遅く。
止まってしまっていた。
「ひろみ! ひろみ!?」
「何で、冷たく……え? 嫌……」
独り言になってしまった。
男性陣には内緒のチョコづくりをしていた関係で、ヒロアキには「明日まで帰ってくるな」というようなことを言って、追い出してしまっていたから、ひろみと私しかいなかった。つい数時間前にはさきが来ていたけれど、もう帰ってしまっていた。
私はパニックになりかけた。
どうすればいいのか、全くわからなかった。
ただ一つわかったのは、もうバレンタインデーなんてどうだって良いということだった。
ヒロアキを電話で呼び出した。
私の口からはうわごとのように「ひろみが、ひろみが」と出るだけで、状況を伝えることができなかった。
言葉にしたくなかった。
――絶対に言葉にしたくなかった。
ヒロアキが来た。
私はしがみついて「助けて、助けてよ」と言った。
ヒロアキは、泣くのを我慢して、「ゆっきー」と「がっくん」を電話で呼び出した。
私も、覚えたてのメールで、さきを呼び出した。
皆が来た。泣いた。新渡戸が窓を殴った。窓は割れなかった。
七の時は終わってしまったんだ。ただ、名前だけを残して……。
魔法があったらなって思った。
新渡戸の描いた舞台は、フィクションだってわかってる。
だけど……もしも時間を巻き戻せる魔法があったらなって思う。もしも人が生き返る魔法があったらなって思う。
だって、おかしいじゃないか……。
死ぬなんて。
――死ぬって何だろう?
私は考えた。
死って、それ自体が呪いのようだって頭に浮かんだ。
考えたくなくなって、自分の頬を両手で叩いた。痛かった。
わからない。何も、わからない。
よのなかは、こわいものだらけだ。
「――まち」
私がまたひろみが冷たくなってしまっていた時のことを思い出していると、ヒロアキが私を見据えて呼びかけた。
いつのまにか、私は家に帰って来ていた。ひろみが亡くなった、その家に。
「将棋しよう」
そう言って、ドン、と九×九、八十一マスの網目が描かれた板と、安っぽい木箱を力強く卓袱台の上に置いた。
「将棋?」
訊き返す。
「将棋」
ルールは知っていて、何度かやったことはあった。
チェスに似たルールだった。
「何で将棋?」
「別に将棋でなくてもいいぞ? まちと遊びたいの。だからほら、オセロ的なものでも……」
「それは嫌」
白か黒かしか認められないのが、何となく嫌だった。
「じゃあ、将棋」
「いいけど……」
「よし、決まり」
私はヒロアキの真似をして、駒を並べ、ヒロアキと将棋をした。
結果はすぐに出た。
「負けました」
私は言った。
「あ、詰み筋見えた?」
「ええ、こう取って、こう指せば、私は取るしかなくて、持ち駒に金銀があるか……らっ!」
私は負けた。
気に入らなかったので、卓袱台ごとひっくり返していた。
激しい音が響いた。
床の傷を隠すように敷いた絨毯に、駒が落ちた。
少し……すっきりした。
はぁ、とヒロアキは溜息を一つ吐いて、
「修学旅行での加賀といい、まちといい、何でひっくり返すかなぁ……」
「将棋は、和風だから苦手なの」
「いや、和風って言っても発祥たぶん日本じゃねえぞ……?」
「チェス。チェスで勝負よ」
「ったく……」
ヒロアキは呆れたように言いながら卓袱台を元の場所に戻す。
私は座って待った。
すぐにヒロアキがひろみの部屋からプラスチック製のチェス盤を持って出てきて、それを目の前に置いた。
「安っぽいわね」
「いちきゅっぱだからな」
大体二千円か……。
「高いの? 安いの?」
「さあ、俺じゃなくて新渡戸が買ったからなぁ、他にどんなのあったか見てないし」
「そうなんだ」
八×八の、六十四マスの盤上に駒を並べながら、そんな話をした。
そんなことはどうでもよかった。
負けたのが悔しかった。
「まち、ビショップとナイト逆」
「わかってる! わざとよ!」
嘘だ。
私が白で、ヒロアキが黒だった。
結果はすぐに出た。
「チェックメイト」
冷静な声。ヒロアキの声。
長い長い沈黙の後、
「……ポーンなんてポーンッ!」
とか言って、投げた。壁に当たって、落ちた。
「ちょっ!」
「ナイトなんていらナイトォー!」
また投げ飛ばした。
「……あのなぁ、まち」
「……何よ」
「今投げたのビショップだ」
「うるさい!」
チェスで負けたのなんて、一回か二回しかなかったのに……。
とてもとても、悔しかった。
ひろみがいなくなってからの私は、どうにも調子が出ない。ひろみがいた頃なら、私は何をやっても負ける気がしなかった。
私は後ろに倒れこむと、目を閉じた。
「ねるわ」
チェスの駒も、白黒だった。
敵同士になって戦うくらいなら、灰色の平和でいいじゃない。
でも……戦わなくちゃ、掴めないものも、あるのかなぁ。
――そこで、考えるのをやめた。
「まち」
「何よ」
「布団に寝たら?」
「嫌、いいの、ここで」
「あのなぁ、以前から言おうと思ってたんだが、床で寝るのはだらしないぞ」
「うるさいわね、いいのよ」
「お前がよくても俺が気になるってーの」
「おやすみ」
言って、すぐに意識は飛んでいった。
いいのよ、だって、ここは――ひろみの場所。
いつも座っていたところ。
★
目を覚ましたら、深夜だった。
ケータイの画面を見ると、午前三時。
掛けられた羽毛布団を弾くように体から引き剥がし、板張りの床に立った。
「おはよう」
私は一人、そう呟いてから、台所に行き、グラスいっぱいの水を飲んだ。
リビングに戻り、電気をつけずに、カーテンを全開にした。
真っ赤なコートを着た。
一度割れて、強化ガラスに張り替えた窓から外に出て、その窓を閉めた。
不意に、涙が出た。
拭う。
今はもう、涙を流したくなかった。涙と一緒に、ひろみとの記憶が、流れていってしまうような気がして、……でも、止まらなかった。
都会の街は眠らない。
真夜中なのに、どこかに灯りは確実にあって、それが、更に闇を深めているような気がした。
気が付けば、私のサンダルを履いた足は、ベランダを蹴っていた。
そのまま、街を飛び回る。
――ここが、狙撃手を倒したビル。
――ここが、ヒロアキと戦った公園、霧野みやこを殺した場所。
――新渡戸の父親の、パン屋のビル。
――新渡戸の家。
――ひろみが迷子になった駅ビル。
――学校。
――地下鉄のホーム。
――「がっくん」の家。
――組織の白い建物。
――私が幼少期預けられていた施設……。
太陽が顔を出す頃には、私は、あの場所にいた。
――レイコが死んだ場所、森岡や岩城が死んだ場所。
「もうここには、二度と、来たくなかったけど……」
相変わらず、トンネルの先は闇だった。
あの時の光景が甦る。
あの時の悲しみが甦る。
「ひろみ……レイコ……」
名前を呟いたとき、どこからか寒気がやってきた。
私の意思とは関係なく、奥歯が、ガタガタと音を立てた。
その時、ガタ……と、別の音がした。四角柱の木材を転がしたような音。音のした方に目を向けると、男がいた。
「ったく……あのジジイ……」
誰に言うでもなくそう言った黒いスーツの男に、見覚えがあった。
「お前は……!」
その男は、崩壊した器を生む者の本拠地があった穴から煤まみれになって出てきた。手にはどこかで見たような、長い刀が握られていた。
あれはたしか、岩城のいた機械室のようなところに飛び込んでいったときに、岩城の近くにいた集団の一人が持っていたものだ。
その刀は鞘越しにもわかるくらいに、水を得た魚のように光輝いていて、以前見たくすんだものではなかった。刀も持ち主を選ぶのだろうか。
「金髪……」
「蔵野……まち?」
ひろみの命を狙い、ヒロアキを追い詰め、そして敗れたあの金髪の男だった。
「こんな場所で、何をしてるの?」
「ああ、あのジジイに、調査して刀取ってこいって言われてな」
あのジジイ……というと、名前のない男。組織のトップ。私にリグレットをくれた男のことだろう。
「よく、見つけたわね、こんな広い森の中で、この場所を……」
「……人が、通った跡を辿って来たら、な」
「生きてる人……」
「はは、いるわけねえよ……」
「そう……よね」
「もう一つ、人が通った跡があったんで、これから向かおうと思ってるんだが、一緒に来るか?」
敵意はなさそうだった。
仮に敵意があっても彼に負けることはないと思ったから、私は、
「ええ、行くわ」
と言った。
★
長身の金髪は、森の中を、ゆったりと大きな歩幅で歩きながら、私に話しかけてくる。
「その後、山田ヒロアキはどうしている?」
「どうって……変わらないわ……元気よ」
私は、必要のない嘘をついた。
「そうか、イノセンス、あの刀は?」
「あれは、どう転んでも凶器でしょう? 必要ないと思って、ある場所に置いてあるわ」
「そうか。そうだよな……お前たちは、戦いの人生から、外れたんだよな……」
少し寂しそうに、金髪の男は呟いた。
歩きながら話していると、開けた場所に出た。
大きな岩があった。
不自然な形をした、その岩。不自然な自然石。
もしかしたら、と思って私はその岩の裏側に回った。
「…………」
思った通り、そこは……。
「墓?」
金髪が言った。
「そうよ。岩城、森岡、松島、レイコの魂が、ここに、眠ってるのよ」
ここに埋めたのは松島だけだけれど。
そう、そこは、私とヒロアキで、二人で作った墓だった。
不意に、私は名を呼ばれた。金髪の声ではない。それは……。
「まち……」
「え?」
「よかった……まち……」
ヒロアキだった。呼吸が荒かった。走って来たのかな。
「どうして……ここに?」
「起きたらまちがいなかったから、ここかなって思って、走って……」
「そう……」
「心配、したよ」
そう言った後、ヒロアキは鋭い目を金髪の男に向けた。
「何で、お前がまちとここにいるんだ」
「いや、偶然だ」男は自らの眼前で手を横に振って冷静に返す。「ここに来たのは上の命令でな。〈器を生む者〉の本拠地の調査と、ここに乗り込んだはずの戦士たちの安否確認。それから刀の回収、それだけだ。俺がこの物干し竿みたいに長い刀を見つけて出てきたところに、偶然、蔵野まちがいたってだけだ」
「ええ。そして……ここに、来た」
私はそう言いながら、前屈し、二振りの刃、リグレットとイノセンスを手に取った。
「きっと、まだ、戦う、運命なのね」
私は、
「まち……それは、『逃げ』だよ……」
ヒロアキの言葉で、胸が痛んだ。ひどく、胸が苦しかった。
「何か、あったのか?」
金髪が私たち二人を交互に見ながら訊ねた。
「そうだ、あの〈器〉……じゃなかったな。名前は、たしかひろみ、山田ひろみはどうしている?」
私とヒロアキは黙り込んだ。
「どうした?」
私は首を横に振った。
「何だと? 我々の誰かに殺され――」
「違う!」
私は、金髪の言葉をさえぎって、叫んだ。
心を落ち着けるのに時間がかかって、私はついに、彼女の死を口にした。
「違うわ……きっと幸せに、死んだわ……。ちゃんとその瞬間を看取ってやることはできなかったけど……」
「そう……か……何と言ったらいいのか、な」
「何を言われても、どうにもならないわ」
死んだ人間は、生き返ったりしないのだから。
そこで、話題を変えようとしたのかもしれない。ヒロアキが、金髪に話しかける。
「その刀、〈追う者〉の連中のだったのか?」
長い刀を見ながらヒロアキは言った。
「ん、〈追う者〉のっていうか、ジジイのコレクションだな」
「ってことは、つまり、俺達が部屋に入ったときに岩城を取り囲んでいた奴らは……」
「あ……あの六人は、〈器を追う者〉たちだったってこと?」
「六人……ふむ確かに、六人が〈器を生む者〉の本拠地を見つけたから侵入するっていう報告があったな。祭りだから帰って来いってジジイが命令してたんだが、無視して乗り込んだらしい」
「その六人も、私が殺してしまったのね」
起こそうとしたけれど、起きてくれなかった。今振り返れば、もっと真剣に起こすことができたかもしれない。そう思った。
そうしたら、ヒロアキが怒った。
「まち。何でそうやって、自分が殺した殺したって言うんだよ!」
「だってそうじゃない! 起爆させたのは私よ!」
「ちがう! まちは何も自分を責めるべきことはしてない!」
「嘘よ!」
「お前ら……ケンカするなよ……」と金髪。
「金髪は黙ってなさい!」
私は金髪を制する。部外者には黙っていてもらう。
ヒロアキは、落ち着いた声で私に言う。
「まち、どうしてそうやって、自分を責め続けるんだよ。どうして俺に押し付けてくれないんだよ。俺だってその場にいた。岩城の陰謀に気付かずに起爆させてしまったのは俺にも責任が!」
「ないわよ! 私のせい! 私が悪い! 私の存在が皆を殺したの! 殺してしまうの!」
「じゃあ……ひろみも、まちが殺したって言うのかよ」
「そ……そんなわけ、ないじゃない」
「そんな、自分が存在したこと自体悪いみたいに言うな!」
「私、私。わからないの……もう、どうすればいいのか……ここにきて、金髪がいて、私は戦う運命だと思って。でもヒロアキがここにいて……ひろみはもういないのに、私の居場所……私……わからないのよ。何も……もう」
私には、自分というものがないから。アイデンティティというものがないから、金髪と出会ったという何でもないただの偶然を、運命だとしてそれに身をゆだねてしまおうとした。けど、ヒロアキが止めようとしていて……どうすればいいのか、わからなくて、また揺らいでしまった。
私は、私。
でも、私の中に私はいない。
私自身がどこにもいない。
これって、私って――
「人形……」
私は呟いた。
「違う! まちは、蔵野まち。そういう名前があるだろ! 俺は蔵野まちが好きなんだよ!」
「嘘よ。あなたが、私を、人形って、言ったんじゃない……」
本当は、誰が言ったのか忘れた。だけど、私にこんなに突き刺さっているんだから、きっとヒロアキの言葉なんじゃないかと思う。
「馬鹿! もうあの頃とは、違うだろ!」
ヒロアキは否定しなかった。あの頃の私を『人形』だと思っていたのは確かだ。
と、そこに、戸惑ったような声で金髪が割り込んだ。
「あ、あー。お前らに、ちょっと話があるんだが、聞いてくれるか?」
「どんな話だよ?」とヒロアキ。
「大事な話だ」
「何?」と私。
「仕事の話。もしも協力してくれるなら、頼みたいことがある」
「仕事?」とヒロアキ。
「最後の、後始末だよ」
「回りくどいわね。さっさと言いなさいよ」
私は殺気を向けて、そう言った。
男は話す。
「あぁ、いや、実は、〈器を生む者〉の中から、一つ抜け出ていた勢力があって、それが不穏な動きを見せているという情報を掴んでだな。〈生む者〉についてはお前らも関係あるから、耳に入れてやったほうがいいかなと、思いついたんだがな」
「協力するわ!」
私が言うと、
「まち!」
即答した私を責める様な声が響いた。
そうだ、私は、戦いに逃げようとしている。
戦って、気を紛らわせようとしている。
戦いが、霧野みやこを殺したのに。戦いが、加賀遊規を苦しめたのに。新渡戸夕貴を閉じ込めたのに。戦って、その結果勝ったって、得られたものなんて、ほとんど、ないのに。
「だって」
「だってじゃないだろ……戦うことが、悲しみを生むことなんて、もう何度も戦って、身にしみてるはずだろ?」
ヒロアキは優しく言った。でも、
「だって、私は……」
私は戦う理由ってやつを探した。
理由なんか見つからなくて、言葉が出なかった。
「たぶん、これが、〈器〉に関連する最後の戦いになると思う」と金髪。
「……ずいぶん、急展開ね」
「本拠地が落ちればこんなものなんだよ。だから、城は堅牢でなくちゃならない。物理的にも、精神的にもな」
私が頷くと、それを見て、金髪も頷き、続ける。
「今までよりも狂っていて、そして強力な奴が相手って話だから、戦力は少しでも多いほうがいいと思って誘ったんだが、乗るか?」
「乗るわ」私はヒロアキを見つめる。「ねぇ……いいでしょう? ヒロアキ」
「本当に、〈器〉に関連してるんだろうな」
金髪は、「はっは」と乾いた笑いを漏らしてから、言う。
「疑うなよ。俺は意味のない嘘は吐かない。だから、そうだな、近いうちにまた呼びに来ることになるだろうから、準備しておいてくれ」
「ええ」
と、私だけが返事をした。
背中を向けて手を振りながら金髪の男は去っていった。
「ヒロアキ……」
私は、呟くように彼の名前を呼んだ。
叱られるのはわかっていた。
「まちらしくないよ。どうしたんだよ! そりゃひろみが……死んでしまってっていうのは……わかるけど、それにしたって……」
――らしくない、か。
「ねえ、ヒロアキ……」
「何だよ」
「私らしいって、何?」
わからなかった。
彼も、答えなかった。かわりに、「帰ろう」と言った。
私は蔵野まち。
背中にヒロアキを乗せてヒロアキの家に向かう。
「ヒロアキ、背伸びた?」
「え? あー……いやぁ、自分じゃわかんねえな、柱とか壁に傷いれて測ってるわけじゃないし」
「伸びたわ。少し」
「まちは、髪が伸びたな」
「……そうね」
「…………ちょんまげ」
私の髪の毛で、遊んでいるようだった。
「振り落とすわよ!」
いつもより強く、言ってみた。
でも、絶対に振り落としたりなんかできない。
私は、ヒロアキに依存してしまっている。
髪に触る手の動きは優しくて、反対に、私が優しくないのが悔しくなる。
殴ったり、蹴ったりすることでしか、自分から触れられないのかもしれないと考えて、また悔しくなった。
「さきとがっくんは付き合ってるのよね」
「ああ、加賀は奥手だから、まだぎこちないけどな」
「私たちって、付き合ってるの?」
「俺、さっきみたいなまちとは付き合いたくないよ」
「……ひどいこと言うわね」
「どっちが……」
「新渡戸は、どうかしら?」
「……新渡戸は……俺達にどうにかできるんだろうかって思うけど……」
「そうね……私達にできることなんて……ほとんど――」
「まち」
ヒロアキは私の名前を呼んで、私の弱音をさえぎった。
背後から抱きしめて、彼の手が首筋、鎖骨の辺りを撫でた。
くすぐったかった。
「まちが戦うなら、俺も、戦うから」
私は何も答えなかった。
「まちが死ぬなら、俺も、死ぬから」
私も何も答えなかった。
「私達、置いて行かれそうね」
「まぁ、そうだな……でも……それでいいんじゃないか? とりあえず俺はあれだよ、もうしばらくは過去に生きるんだよ。加賀たちには先に進んでもらわないとな。なに、俺たちは足が速いんだ、いつだって追いつけるさ」
「ひろ――……アキ」
私は、歩みを止めてしまったひろみのことを言いかけて、やめた。途中から誤魔化すように彼の名前を呼んだ。
ひろみが生きていたら、どんな人生があったんだろうか、なんていう想像は、開けてはいけない箱のようなものだ。その想像を膨張させてしまったら、きっと私は死ぬまで泣いてしまうんじゃないかと思う。
「うん? どうした、まち」
「いえ、なんでもないわ」
「何だよ?」
「何でもないって言ってるじゃない」
彼は私を縛り付ける。私はそれを心地良いと思う。私は縛り付けられる。それは自由に似ていた。
肯定されたかった。否定されたかった。
私は、自分にとっての「世界」というものが、よくわからなくなっていることに……気付いた。




