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リロード  作者: 黒十二色
第二部:RE LOAD
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Chapter25 収束-2

 四階建てのビル。地下を含むと五階層。


 人数のみの戦力で言えば十分の一。


 手前味噌ではあるが、俺一人でたぶん三人力くらいはあるとは思う。


 それにしたって三対十以上。

 しかも、俺は守りながらの戦いをしなくちゃならない。


 少数の精鋭に対するは大量の精鋭……さらに守勢。


 逃げ道はあるように見えても詰んでいる。


 ――チェックメイト。


 その道筋が敵にはハッキリと見えているだろう。


 俺にはぼんやりとしか見えない。


 ただ、このビルから早く逃れないと終わる。


 攻勢に転ずる隙など無い。


 俺は窓に近づく。

 窓から出たかった。

 割れて、次の瞬間、床にたくさんの穴がドッドドとあいた。


「な…………」


 足元に無数の弾丸。

 床に穴を開けた。


 これは…………散弾……?


 ショットガンだって……?


 もうこんなの狙撃じゃねえよ……。


 しかも散り方が不規則すぎて反則だろこれ……。


 五メートルの範囲に散ってるぞ……。


 ひどい無差別凶器じゃねえか……。


 今のは運良く当たらなかったが、ひろみを背負ったままだと回避行動も極端に制限されてしまう。


 だがひろみを捨てるのは本末転倒すぎる愚行。

 窓には近づけない。


 外から見える場所に行くのは死にに行くようなもの。


 体のどこかに当たって動きが鈍れば更に勝ち目が無くなる。


 俺の目の前で殺させてたまるか。

 目の前じゃなくても殺させてたまるか。


 上に六人……銃口は俺たちを常に捉えている。


 上への逃げ道が無いとなると下しかない。


 しかし、下に行くほどに上に敵が増えてしまう。


 だけど、こうなってしまった以上、しかし……しかし…………。


 危険を承知で上に逃げるべきだったか。


 思考停止の末に軽率にも下へ逃げて袋のネズミ……。


 くそ……。


 ああ、こいつらが俺をどこに追い込もうとしてるかわかった。


 あの地下室だ……。


 かつて霧野みやこが横たわっていた場所。級長に圧倒的な力の差を見せ付けられた場所。


 あそこに入ってしまえば、防音が必要以上にしっかりしてるからな、音も外に漏れず、銃火器使い放題のやり放題。


 もっと強烈な罠がそこにあるかも知れない。


 どう転んでも敵の優勢。


 どうやら時間をかけて追い詰めて、完全な敗北を味あわせたいらしい。


 最上階の穴は塞がれた。


 不自然に安全な下り階段を慎重に下りて行く。


 周到に用意された一本の隙だらけの道。


 いつこの道を外れようかと考えても……どんなに考えてもタイミングが無い。


 そして一階まで来てしまった。


 この通路を左に折れれば、かつてパン屋があった場所。


 今は何も無い。


 ほとんどガラス張りなので、あの散弾でも撃ち込まれたら動きは奪われる。


 詰む。


 と、なれば残りの道は……。


 通路を真っ直ぐ進む。


 既に露(あらわ)になった地下への道。


 罠だろうと理解していても、その場所に入る以外に道は無かった。

 敵はどうしてもショー的なことがしたいらしい。


 性格が悪い。


 乗ってやろうじゃないか。


 文化祭では舞台に上がれなかった。


 加賀が高島に愛を告げた舞台では脇役だった。


 脇役な上に完全な失恋をして散々だった。


 つまり、一度目は舞台に上がらず、二度目は舞台に上がった。じゃあ、今度は、誰だか知らないがお前のショーで俺が主役を奪ってやる。


 妙な決意をしたと自分でも思いながら階段を下りる。


 扉が切断された地下室。

 俺は入って左側にある蛍光灯を制御するスイッチを入れた。


 点灯。


 電気は生きていた。


 バスケットコートくらいの大きさの部屋。


 大きさは変わらなかったが、内容が、がらんと変わっていた。


 当然と言えば当然なのだが、そこにあったはずの巨大なコンピュータ類は消滅し、霧野が横たわっていた台も消え去っていた。


 あるのは、床と、細長い蛍光灯と、壁と、天井と、多くの弾痕(だんこん)や刀傷。


「っふぅ」


 俺は溜息を吐く。


 安心などしない。


 覚悟を決める意味での溜息。


 カツン、とコンクリート製の灰色の床が鳴いた。


 床を叩く革靴の音。


 ひろみを降ろしながら振り返る。


「アッキー……あれ、誰?」


「あれは、悪い奴さ。今から成敗するんだ」


「せいばいって何?」


「コテンパンにすることだよ」


 俺達に向かってゆっくり歩いて来る長身の男。

 黒の背広に身を包み、薄いグリーンのワイシャツを着て、ネクタイは無し。


 髪の毛は俺達の高校では重度の校則違反となる金髪に染色。


 俺から見て二十代に見える。


 その鋭い目が俺を見下ろしていた。


「山田ヒロアキくんだね?」


 金髪の割りに丁寧で落ち着いた発音だった。

 かえってそれが不気味。


 って、これ偏見か。偏見は危険だな……。


「違うと言ったら?」


「どっちにしても黙らすけどね」

 溜息混じりに男は言った。


「随分回りくどいことするんだな」


 部屋の外にはここへの外部からの侵入を防ぐように八人もの人間を配置。


 二人がその金髪の男のすぐ背後、王に侍る金将のようにして立っている。


 ひろみはすっかり萎縮(いしゅく)してしまって、俺の上着の裾を放そうとしない。


「このビルに君が立ったのは偶然だった。私はこのビルにこのような地下室があるという情報を聞いていたから、咄嗟に何人かを使って内部を調べさせた。あとは三人がかりで窓を見張らせ、この場所に誘導した。この部屋に来させようとしていたことには途中から気付いていたようで、それは驚きだよ」


「何で地下なんだ?」


「あぁ……君と戦いたくなった。というのは信用できないかな?」


「そんな簡単に信用が成立していたら戦いなんか無いだろう?」


「はっは」

 男は棒読みで乾いた笑いをした。


「私は今回の作戦の指揮を任されたんだけど、やっぱり君達は優秀だよ」


「光栄ですとでも言えばいいのか?」


「……惜しいね。たかだか一つや二つの〈器〉のために裏切ってしまうなんてね」


「誰だか知らないが、お前は倒さなくちゃいけないことだけはわかったよ」


「威勢がいいな。どうしてそんな風でいられる? この絶望的な状況で」


「大事なものを守っているからだろ? 壊すだけの奴とは違うんだよ」


「うーん、君と、あの彼女の処遇については全て私が判断を下していいという話になっているんだが……」


 ピーピー……ピー。


 不意にアラーム。


 俺はこの音を知っている。この音は、撤退命令の音。全ての行動を中断してでも拠点へ戻れという絶対指令。


 てことは、まちが何とかしてくれたのか……たすか――


 ……っ!


「っく!」


 一瞬、気を抜いた一瞬に、金髪男の横に侍っていた二人が同時に動いた!


 壁を蹴って目の前で交差。

 乱されるな! 狙いは、ひろみだ!


 二人とももう一度壁を蹴ってくる、その後だ、すぐにこちらに来るのかどうか!


 金髪男は動かない。


 あいつが動いたらまずい……だが優先すべきは、二方向からの攻撃をどう凌ぐ?


 ……凌ぐ?


 そんなことをしていては、死ぬ。


 俺はひろみが掴んでいる俺の背広を掴まれている部分だけ切り捨てて、床、コンクリートを蹴った。


 敵の一人が壁を踏むその瞬間、顔面を殴りつけた。これで一人目。


 敵ごと壁を蹴り、ひろみとひろみを襲ってきた奴の間に高速で割り込む。


 間に合った。


 耳障りな金属音。鼓膜に響く。


 刃物と刃物がぶつかって、弾ける。


 俺は見様見真似、まちがやったように、後ろ回し蹴りを繰り出し、ヒット。


 敵の二人目は、後頭部を壁にぶつけて沈黙した。


 打ち所が悪くて死なないといいんだが……。


 静寂。


 助かった。


 金髪野郎が動いていたら少なくともひろみは傷ついていた。


 危なかった……。


 ピーピーという軽い音の中、拍手。パチパチパチと、男が手を叩いている。


 何の合図だ?

 ショットガン?


 俺は身構える。


 しかしどうやらそうでもないようだった。


「いや、見事。不意を突かれたのにその二人を叩き伏せるなんてね」


「どういうことだ?」


 まだ、アラームの音はやまない。この先ずっと、鳴り続けるだろう。


「何がだい?」と男は言う。


「撤退命令だろ? それ」


「ああ、この小うるさい機械ね。随分前からピーピーうるせえよな」


 無音になった。


 宙に浮いた四角い小型機械が十字に割れた。


 それが床に落ちて、小さな音を立てた。


 それっきり沈黙。


 破壊された。


「どういうつもりだ? 命令違反、重罪だろ?」


 と俺は言ってやった。自分のほうがはるかに重い命令違反をしている身だが、組織の中で命令違反の罪が重いのは事実だ。


「目の前に? 壊せる〈器〉が? ある? それを見逃す方が――」


「ないだろ? お前には殺せない」


 俺は虚勢を張った。


「ヒロアキ、さっきの見えたか?」


 男が言ってきた。さっきの、とはこいつがアラームを叫ぶ機会を斬った動きのことだろうか。

 だが、そんなことより、俺には気に入らないことがあった。


「気安く名前を呼ぶんじゃねぇ。俺を名前で呼んでいいのは……」


「じゃあアッキー」


「もっとダメだ」


「まぁさっきの見えなかったんだったら……」


「黒い刀だったな。短いの」


「へぇ……面白い」


「別に何も面白くはなかった」


「アッキー……」

 ひろみが心配そうにしている。


「大丈夫、負けないから」

 俺は優しく語り掛けた。


 こくん、とひろみが頷いた。


 不安そうな顔は変わらないけれど……それを変えてやろう。


 ――笑顔に。


 俺は背広を脱いで、ひろみの方へ投げ渡した。


 両手に持った刃を持ち直す。


 全身、黒ずくめ。まるで劇の黒子(くろこ)のような姿になって、ふぅと息を吐いた。


「この刀の名前は、イノセンス」

 男は言った。


「お前には名前無いのにな」

 俺は挑発した。


「どうして私に名前が無いってわかるのかな? まぁ確かに無いから構わないが……。とはいえ、名前だけあって中身がないよりはいいだろう?」


「名前も無くて中身もないのは救えないよな」


「言うね言うねぇ……」


 また男は、はっはという乾いた笑いをして、瞬間、真顔に変わる。


「〈器〉を守る……裏切り者めっ!」


 いきなり高速で俺に向かって来る。

 懐から抜いた黒刃。


 二振りの刃で受け止める。


 男は一度バックステップして距離を取った。


 まだお喋りがしたいらしい。


「イノセンス……良い名じゃないか、見てくれ、刃がこっち側についているんだ」


 自分の黒光りする得物を見て恍惚とする男。


 それはまちの持つ白い小太刀によく似ていた。


 大きく反り返った刀身。長さも見た感じではほとんど変わらない。違うのは色と、刃の付いている場所。弓で言うと、弦のほうに刃があった。つまり通常の刀とは反対。それだけで異端な刀だということがわかる。


「人を殺す、裏切り者め!」

 言って、構える。


「ヒロアキくん、どうも君は挑発が好きらしい」


 あぁ、確かに。この男の言う通り、いつも挑発ばかりしているかもしれない。しかし戦う以上気持ちで負けてはいけない。こういうのを、虚勢って言うのかもしれない。


 構えたものの、敵が今までの雑兵とは格が違うということがわかるくらいで、戦力は未知。


 対してさっきこの男は二人手駒を使って俺の動きを確認している。


 昔の孫子(そんし)とかいう兵法家が言うには、敵を知って己(おのれ)を知れば何回戦ってもしても負ける心配がないという話だ。相手がまさにその状態なわけだ。俺はと言えば、自分の力はわかるが敵の力を知らない状態。その兵法家の考え方でいくならここは戦っていい場面ではない。


 しかし逃げ道もない。


 将棋だったらむしろ追い詰めてるのは俺達っていう図になるんだけれど、現実は将棋ではない。


「アッキー…………こわい……」不安そうなひろみ。


「大丈夫だよ」

 俺は、丸めた背広を抱きながら震えているひろみを目の端で捉えた。


 絶対、守る、約束。

 誓い。

 二度と、霧野みやこがやられた時のような瞬間は見たくない。


「ふははは! 無邪気に踊れ、イノセーンス!」


 笑えるくらいにふざけた掛け声だな……。


 降りかかってくる刃をナイフでしのぐ。


 しかし笑ってしまいそうな掛け声とは裏腹に鋭い斬撃。

 その上一撃が重く、受け流す度に手が痺れる。


「…………っ」


 劣勢。


 劣勢なのは明らかだった。


 何度も刃を合わせる。


 軌道は読みやすい。


 スピードもまちよりは遅い。


 しかしまちよりも力は強いかもしれない。


 少なくとも俺よりは実力も、経験も上であることがわかった。


 ははは……完全に逃げる場面だな……。


 でもここで逃げたら……間違いなく、ひろみは死ぬ。


 逃げるわけにはいかない。

 壁に追い詰められた。


 振り下ろされる金髪の右腕。


 避ける。黒い刀が壁に刺さった。


 冗談じゃない……。


 全身を悪寒が貫いていった。


 あんなの喰らったら死ぬ。


 それはまるで死神の鎌のように見えた。


 まちの白い太刀なんかよりも遥かに禍々しい。


 腹を裂かれて死ぬビジョンが浮かんでしまった。


 振り払う。

 でも拭えない。恐怖。


 まちと戦った時と同じような、恐怖。


 死ぬのが怖い。


 ええと、そうだな、それよりも守るものが死ぬのが怖い、とかヒーローなら思ったりするんだろうけど、俺はやっぱりヒーローなんかにはなれないみたいだ……。


 何度も何度も紅潮した顔で黒刃を振り回す男、そのイノセンスとかいう刀に傷一つ付かないのに、俺のナイフはボロボロだ。


「……まち!」


 情けなく……女の名を叫んでしまった。


 くっそ、格好悪ぃ……。


「終わりかな」


「アッキー!!」

 それはもう悲鳴だった。


 ひろみ、ごめん、負ける。


 守れない。ごめん。


 金髪の刀は横一文字に動く。


 鈍い音が響いた。俺のナイフは右手を離れ、空中で砕けた。


 絶望。


 終わった。

 右手が空。左手には使い慣れないまちの小刀。


 その小刀も限界が来ている。


 あと二発くらいかな。壊れるまで。


 一矢報いる?


 そんな隙無いよ。

 また鈍い音。


 二発ももたなかった。一発で小刀も砕けた。


 ――あぁ、だめだな。


 だめ。だめだめだ。


 ――目を閉じた。










 ――――鍛錬不足よ。











 ごめん。












「ごめん」

 言って、目を開くと、赤い服に身を包んだ、蔵野まちが立っていた。


 戻ってきた!


「何してるの、早く立ちなさい」


「……まち!」


 思わず抱きついていた。


「何してんのよ! 馬鹿!」


 ドン!


「ぅぁっ」


 蹴られた。


 というか突き飛ばされて踏まれた。


 痛い……。


 金髪の男は少し遠くで目を見開いてこちらを見ている。


 俺の左手にある小刀は砕け散っていて、まちがギリギリで救ってくれたに違いなかった。


「まっちー! アッキー!」

 ひろみの声が一気に明るくなった。


 そうだな、やっぱりひろみの傍にはまちがいなくちゃな。


「ごめんまち……勝てない、かもしれない」


「……もう戦わなくていいわよ、あとは……」


「いや、違うんだ! でも俺がこいつ倒す!」


 一度諦めてしまった。でも、まちが来てくれた。ひろみは殺されない。


 戦える。希望を抱いて戦える。


「……どうしても?」


「どうしてもだ」

 俺は、ひろみみたいに大きく頷く。


 ここでまた逃げてしまったら、俺はもう全てから逃げてしまう気がして、退けない。

 一対一の、勝負。

 勝っても負けても、なんとしても、ここだけは立ち向かう。


 勝ちに行く。


「聞いたな、金髪。本番だ」と俺は言う。


「…………」


 今までだって手を抜いていたわけじゃなかった。


 でも、まちが近くにいてくれるといないのとでは全然違うんだ。


 俺は、まだいくらだって頑張れる。


「そこの金髪の男、一つ、言っておくわ」


「何だ?」


「その太刀をそんな風に持つのは、弱い奴の持ち方よ」

 まちは、あからさまに挑発した。


 まちも挑発好きだよな……。


「…………何だと?」


 金髪野郎は俺に刃を向けていた。


 その手がピクリと動く。


「ヒロアキ、これ……もう武器ないでしょう? 使って」


「……でもこれは……」


「名前はリグレットですって。壊したら蹴るわ」


「リグレット……?」


 洋風だな。


 俺は白く反り返った輝く白人を受け取った。

 その形状は、男がもつ黒いイノセンスとかいう刀とは真逆の存在に思えた。


「ええ。ヒロアキ、負けないでよ?」


「ありがとう」


「外で……あの公園で待ってる」


「まち!」


「何?」


「これ、返す」


 そう言って、俺は眼鏡を外して投げ渡した。彼女はキャッチした。


 刃を構えながら、まちの言葉を待つ。


「…………待ってるから」


「ああ」


 待っていろ。

 必ずこいつを倒して、二人の傍に帰るから。


 まちはひろみを連れて階段を上っていった。


 リズミカルに。


 ひろみが俺に何か応援の言葉を言ったようだった。耳には入ったが頭には残らなかった。


 俺は呼吸を整える溜息をひとつ吐いて、いつでも動けるように構えた。


「……ヒロアキ、あの女、何者だ?」


「名前を呼ぶな、あの女とか言うな、俺の、家族だ」


 男は黙り込んだ。


「ひろみの命を狙ったんなら、お前も死ぬ覚悟をしてきたってことだよなぁ!」


 俺は右手に持ったリグレットを突きつける。

 金髪野郎に白刃を向けた。


「弱い、持ち方……。私が、弱い? いや、私は誰にも劣ってなどいない。私は強い、そうだろ? イノセンス」


 刀は答えなかった。

 俺も答えなかった。


 静かな地下室に、男の声がよく響く。


「いいだろう……真剣勝負だ。互いに同格の武器を持ち一対一。命を賭けた戦い……」


 金髪男は右手に持ったイノセンスを突きつける……俺に黒刃を向けた。


 だんだんと互いに近づいていく。


 切っ先が触れる。


 離れた、瞬間、


「ぉあ!」

 気を吐きながら、真正面から金髪男が飛び込んできた。


「っく」

 俺も真正面から受ける。


 リィン、刃と刃が信じられないほどの高音で鳴いた。


 美しい音色だと、思った。


 人生で聴いた中で最高の音だと思った。


 小難しいことを考えすぎてショートした頭は真っ白で、沸騰しそうに高温で、目の前の金髪男を叩き伏せることしか考えていなかった。


 しかし防戦。

 熱は冷めていく。


 敵の刃は重く、しかし鋭くはない。

 強引な力技。


 剛の剣。


 たとえばまちならあの黒い刀、イノセンスを持って敵を殺そうとしたならば敵の横を駆け抜けるついでに引っ掛けるようにして刃で敵の体を包み、敵が気付かないうちに上下真っ二つにするだろう。


 しかしこの男は俺よりも長いリーチを活かし、まるで鎌で雑草を刈り取るように攻撃してくる。


 さらに、あわよくばその怪力でもってリグレットを絡めとろうという動き。


 懐に入ろうとすると、必ず刃をこちらに向けて牽制。


 ついでに両手で金髪の攻撃を受け止めている俺とは違い、片手が自由。


 もし突っ込めば突っ込んだスピードの分だけリスクを伴うし、そもそも俺の鍛錬不足のせいで、相手を凌駕するほどのスピードはない。


 しかし敵も人間である以上、どこかに必ず隙ができるはずだ。


 級長だった頃の蔵野まちでさえ隙はあった。


 そしてこの男は攻撃を喰らうという経験が少ないと推測される。


 ああ、またつい細かいことまで考えてしまった。


 でも何も考えず戦って勝てる相手ではない。


 側面をとってしまえば一気に攻勢に転じられるとは思うが……敵は確実に俺の動きを捉えてくる。


 一発当たれば命はないだろう。


 まちに任せてしまえばよかった、とかそんな情けない思考がよぎった。


 振り払う。

 俺が戦うと決めた事。

 今まで逃げ続けてやっと今、命を懸けようと思った。


 まだ本気じゃない。

 まだ命を懸けてなどいない。


 まちが帰ってきたから、今現在守るべき人はここにはいない。


 消化試合みたいなものだ。


 そう考えてしまっている。


 負ければ死ぬという実感が薄い。

 死んだらどうなるかという推測はできない。


 いけない。弱気になっている。


「っはぁ!!」

 声を出す。


 虚勢。

 でも勢いであることに違いはない。


 手元の刀を見る。

 リグレットという名前らしい。


 血の気配がしない。白く輝く刀身。


 こんなにも美しかっただろうか?


 俺が数ヶ月前に見たこの刃はひたすらに禍々しかったはずだ。


 ……そうか。そういうことなんだな。


 まちは誰の血も流させずに戦いを終わらせてきた。


 命を懸けてきた。


 それは確信できる推測。


 俺はその刀を託されているのに、まだ命を懸けられないでいる。


 もしも金髪の刃が俺の体を通り越したら、そのまま自分の方へ引き寄せて、それで俺は背後から斬られる。


 鎌は手前に引くことで対象を斬る。


 ――斬られる。斬られる。


 俺は怖がっていた。


 でも待てよ……その時、その一瞬こそが隙なのか……。

 命が危険に晒されるその一瞬が。


 ――決めた、命を賭けよう。


 飛び込もう。


 迷っていた。ずっと迷っていた。強さが欲しかった。殺さなくても相手に殺されない方法をずっとずっと考えていた。そのためには鍛錬を積んで積んで紡いで紡いで強くなるしかないと知っていた。


 でも怠った。


 俺は馬鹿だった。


 霧野みやこを守るために続けなければならない鍛錬を怠って、不様に自分の自分に課した約束を破った。


 守れなかったことは罪じゃないのかもしれない。


 本当に罪深かったのは、全く真剣じゃなかったその心。


 自分で詰め込んだ約束の銃弾を、俺は撃たないうちに銃を置いていたんだ。

 放ったつもりで。


 愚かだった。


 実力に差が無いとき、根性とか強い意志が勝敗を分かつって、漫画とかアニメとかでよく見る。


 俺はいつも逃げる気だった。殺しているという事実からさえ逃げていた。だから、勝てるわけがないんだ。戦う気がないんだから。戦う前から逃げた、負け犬なんだから。


 まちは……すごいよな……。「殺してしまっている」という事実に気付いてすぐに、根本的解決を目指した。そして見事、〈器〉を生み出す研究も消滅させ、〈器を追う者〉たちと話をつけてきた。俺は、そんなまちを見てきた。まちの苦悩も、他の誰よりも知っているはずだ。


 そうだな……以前の俺には本当の本気で戦う理由が無かった。


 目的が無かった。


 でも、今は違う!


 家族なんだ……家なんだ……ただのマンションの一室じゃないんだ。

 第七帰宅部部室で、俺たちの部屋だ!


 守るべきものは、俺だ。


 俺が死んだら、まちも、ひろみも、絶対絶対、絶対悲しむ!


 だから、命を、賭ける!


 負けるものか!


 好きな人を悲しませない!


 戦う!

 もう逃げない!


 ――俺はただ、その一瞬を待つ。


 相変わらず頭の最深に響くような高い高い音色が、不規則に鳴る。この世の戦闘ではないような錯覚(さっかく)があった。常に、常に俺は押されていた。でも、目の光はたぶん失わなかった。壁に、追い詰められた。


 左頭上から黒刃が襲う。壁を滑りながら迫る。

 俺の右足が壁を蹴った。


 躊躇い。殺さない。


 完全にもらった。


 命を奪う戦い、たとえば狩りならば俺は今の一瞬で完全に勝ちだ。


 目の前には敵の着る薄い緑のワイシャツ。


 俺はくるりと刀身を回し、男の横を駆け抜ける。


 体を刃の無い方で引っ掛けるようにして引きずり、足を掛け、大外から刈り取る。


 背中から倒した。


 攻撃した瞬間の隙を突かれ、倒れる金髪男は、コンクリートの床に背を打ち、仰向けに倒れた。


 すぐに立ち上がろうとしたところで、俺は再び男に刃を向けた。

 今度は近距離、男の体の左側から、顔のすぐ前に突きつける。

 勝負あった。


「これで俺の……っ!」


 言いかけて、途中で止めた。金髪男は諦めていなかった。


 正面からイノセンスが俺を襲う。


 鎌のように襲う。


 リグレットで受け止めた。

 刃の無いほうで受け止めた。


 二つのフックを引っ掛けたような形。


 今までより少し鈍い音がして、アルファベットの「x」を描いた。


 このとき、男は片手で刀を持っていた。


 俺は両手でリグレットを思いっきり、まるで地中深く埋まった何かを引き抜くように頭上へと掲げた。


 黒い刃は男の手を遠く離れて宙を舞い、コンクリートの天井にぶち当たり、床に落ちた。


 カラン、という音。

 今まで鳴っていた音と比べれば、遥かに低音。


 静寂。


「……これで、俺の勝ちだな」


 俺が言うと、男は、「そうだな」と呟き、ついに負けを認めた。


「今まで何人殺した?」


「ゼロだ」


「本当か?」


 どうもこいつからは、自分と同じ臭いがする。

 嘘の臭いが。


「……さぁな」


「手を引くと誓うか?」


「誓うと言って簡単に信じるのか?」


「信じない」


「はっは」

 男はまた乾いた笑いを浮かべる。


「…………」


「山田ヒロアキ。私は、お前のことが気に入ったよ……」


「光栄ですとでも言えばいいか?」


「いや……さっきの質問、今まで殺した数だったか……………」


 静かな時間があって、金髪男は口を開いた。


「………七十二人だ」


「数えて――?」


「ああ。すぐに気付いたよ。人殺しと変わらないということは。でもそんな気付きに蓋をした」


「何故だ?」


「この……イノセンス……。刀をもらってしまったから、期待されていると思ってしまったから……。私は必要とされたかった」


「そういう気持ちは少しは理解できる……けど」


「〈器〉を直接壊す罪の意識に耐えられなくなった俺は、一線から退いて、こうして、『人間を使って人間を殺す役目』をもらった。それで殺した数も入れて七十二人。その頃にお前の話を聞いた。かつて組織最強だった俺の再来だ、という話だったが……その後すぐにそいつが裏切ったことを聞いた。俺は、俺自身と戦わなくてはならないと考えて、何度もお前と戦おうとした。過去の自分に勝って、今の自分を肯定したかった」


「負けたらどうする予定だった?」


「負ける? 負けるなんて考えもしなかったさ。ただ……今も〈器〉というものの存在は許せはしないし、今回は俺にとって一歩前に進む絶好の機会だった。結果、進めはしなかったが」


 意味わからん。俺の頭が興奮でどうにかしてしまっているのか、この男が俺の理解できない話をしているのか判断がつかなかった。


「…………その刀」と金髪は言った。


「ん? これか?」


 手元にあるリグレットを見る。


「いや違う、私が持っていたやつだ。イノセンス」


 床に落ちている黒い刀に目を向けた。


「あの刀がどうした?」


「……あれを、お前にやる」


「え?」


「私は使い方を間違えていたらしい。多くの血を吸ってしまったが、頼む、……浄化してやってくれ……」


「浄化? どうしたって刃物は命を奪うものだろ?」


「そうかもしれん」金髪は一つまばたきをして、「だが……お前が持っていたほうが、そいつも喜ぶ気がしたんだ」


「何で?」


「何となくだ」


 俺は、男が持っていた黒い刃を手に持った。反り返った刃。ずしりと重たい刀だった。


 男は、まだ倒れたまま俺に向かって語り掛ける。


「鞘については、あの女に言えば何とかなるだろう」


「あの女とか言うな」


「では何と言えばいいんだ」


「蔵野まち」


「そうか。蔵野まち、良い名前じゃないか」


「ありがとうよ」

 まちのかわりに、俺が言ってやった。


「さ、行けよ。全ての戦いは終わった。お前の勝ちだ」


「…………ああ」


 俺は頷き、立ち上がる。


 ようやく体を起こした金髪男に背を向けて、歩き出す。


「最後の〈器〉、か」


 金髪男は呟いたが、俺の脳はそれを理解する暇も惜しんでいるようだったから、聞こえなかったことにした。


 さぁ、彼女たちのところへ帰ろう。


 勝ち取った自由を喜び合おう。

 駆け出す。


 俺はイノセンスを右手に、リグレットを左手に持って地上へ続く階段を駆け上がる。


 かつて同志だった者達と、ついさっきまで敵だった者達が倒れていた。


 階段を上がったところで、金髪男が俺に向かって何か叫んでいたようだったが、これもさっきと同じようによく聞き取れなかった。


  ★


「勝ったのね!」

 公園の、ブランコに座って待っていた二人が駆け寄ってきた。


「勝ったよ」


「それは……?」

 俺の持つ黒い刃物を見てまちは言った。


「これか? これは、もらった」


「そう……そっか……それでこそ私の……弟子ね!」

 弟子、ね。


「師匠、はいこれ、返すよ。リグレット。ありがとう」

 刀身を持って、柄を向けて手渡す。


「…………」


 まちは白い刀を受け取って、それを静かに落とした。


 そして……俺に抱きついた。


「おかえり! ヒロアキ!」


 川沿いの公園。ブランコを背に。

 ちょっとびっくりした。


「アッキー、それセクハラ?」


「ちがうよ」

 言って、笑う。


 俺も黒い刀を静かに落として、まちの背中に手を回す。


 抱きしめた……温かくて、やわらかくて、これ以上ないくらい、いとおしかった。


 少し離れて、言う。


「ひろみ、まちも、十秒間目を瞑って」


「え? こう?」


 ひろみはあっさり目を閉じた。

 まちは少し経っても目を閉じないので、もういいや、と思って……俺は、まちにキスをした。


「……ちっとも驚いたりしないのが可愛くないな」


 まちは、無表情で俺の顔を眺めていた。

 だけど、それは、どう反応していいかわからない、という顏にみえたね。


「アッキー? 瞑ったよ? どうしたのー?」とひろみが言う。


「もう開けていいよ」


 そして俺は、二人に向けて言うのだ。


「二人とも、ただいま」


「ひろみがいるところなんて、あんまりムードないわよね」


 拗ねたようにそんなことを言う蔵野まち。

 まあとりあえず、「ごめん」って謝っておこう。


「おかえり! ヒロアキ!」


「ああ、ただいま!」


 言って、蔵野まちを、もう一回抱きしめた。

 どんな顔してるか、見えないな。


「アッキー、セクハラー?」


「知らん!」


 漆黒の服を身にまとい、長い長い永遠みたいな一瞬に触れ合って、寒いねって言い合って、帰ろうって言って。


 自由と平和と幸福連れて、赤い服着たそのひとと、白っぽいパジャマの女の子を経由して、手を繋ぎながら歩いていく。


 まだ太陽が昇っていない世界。少しだけ積もっていた雪は、さっき降った雨で溶けてしまっていた。


 雪遊びはまた今度。今年積もらなかったらまた来年。暖かいコタツさんのいる部屋に帰っていく。




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