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リロード  作者: 黒十二色
第二部:RE LOAD
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Chapter20 俺は馬鹿、あいつも馬鹿で、皆馬鹿

視点:新渡戸夕貴→山田ヒロアキ

 狭い世界は広がっていく。誰か一人に出会うたび。狭い世界は繋がっていく。誰か一人に触れるたび。死というものが視界を支配するなら、目を瞑ってしまえばいいそう思っていた。

 でも。

 思い出が心を支配するから。生きるを感じることができるから、幸せにならなかったら承知しないぞと、きっとあの娘は言うから。

 今、再び、弾丸を手に取る。


 ――何度でも、引き金を引き続ける。


  ☆


 年が明けたら言おうと思っていた。

 年が明けた。欲張りな願い事を、いるんだか知れない神様に祈る。

 「みんなしあわせ」

 心の中、高速で、……七回唱えた。


  ★


 色々なことがあったクリスマスも、なんだかんだと楽しく過ぎて、その数日後のこと。

 またいつものように皆で俺の家に集合である。


「ヒロアキ」


 部長の新渡戸が、俺の名を呼んだ。


「なんだよ」


 どうせろくなことを言わないだろうと思いながらも、やつの顔を見ると、無表情でこう言った。


「寒い」


 そしたらみんなが続いて、


「寒いよ」加賀。

「寒い」高島。

「さむい」ひろみ。

「寒いわね」まち


「皆して俺の顔を見て言われてもどうしようも無いんだが……」


「何言ってるの? ここはヒロアキの家なんだから家主が何とかしなさい」


 すっかり住み着いて好き勝手にやってる女が、そんなことを言う。


「理不尽な……」


 何でこんなことを俺が言われているかと言うと、数日前の深夜に遡る。


  ★


「ヒロアキ、布団に、入れてくれない? いい? いいわよね?」


 夜中、まちが俺の布団に問答無用で侵入してきた。


「ちょっ! まち!?」


 先日駅ビルで買った羽毛布団。

 それに包まってコタツのある居間で眠るというのが、習慣になりつつあった。


 ひろみが俺のベッドを占拠して、まちがコタツで眠る。


 そんな毎日だったはずなのだが……。


 あぁ、女性の身体が目の前に!

 いろんな意味で殺人的な女の子の匂いが、俺の理性を殺そうとしてくる……。


 だが俺は負けない。


「まち! まち!」


 起こそうとする。


「……ん……? ヒロアキ? 寝床に入ってくるなんていい度胸ね」


「いや、これ俺のふと――」


「出てけ!」


 えぇ?

 どかっと俺は蹴飛ばされ、布団から弾き出された。


 理不尽だ……。


 そして追い出された俺は……どこに行けばいいのだろう……。


 寒い……寒すぎる!


 急速に冷却された脳はそれでも休息を欲して少しでも暖かい場所を探そうとする。


 考え、すぐに思いついた。


 ――コタツがあるじゃないか!


 それにしても時々まちが寝ぼけるのはギャップがあっていいんだが、俺に迷惑を掛ける寝ぼけ方は正すべきであるな。


 そんなことを考えて、暖かいはずのコタツに足を入れた。


「え、さむっ……」


 冷気。


 スイッチは、入ってる……コンセント……も差し込まれてある。スイッチを一回切って再び入れる。コンセントを一回抜いて再び挿す。反応が無い。


「ぉぉお……コタツよ……死んでしまうとは……」


 俺は仕方なくコタツから布団を外し、それに包まって寝た。


 まちの匂いがしたとかそんなこと考えたとか、言えない。言わない。

 そんなこんなで、壊れてしまったコタツ。


 酷使しすぎたかもしれないな……。


 皆で足を入れる意味を失った四本足のそいつが、悲しそうに俺を見ている気がした……。


 こんなことを思ってしまう程俺は加賀や高島に影響を受けてしまいつつあるようだ。


 ――ごめんよ、コタツさん。


  ★


「それで、どうすれば暖かくなるだろうか」


 新渡戸が、ババンと死んだコタツさんを両手で叩いて、そう言った。


 今日の議題は、もちろんこれである。


 なお、別にこんな風に叩きすぎて壊れたというわけではなく、単なる寿命だと思われる。


「さぁ……新しい暖房が欲しいところだと思うんだけども……」加賀。


「このコタツさんはお払い箱だと?」


 俺が、そんな風に言ったとき、


「コタツさん!? 山田君がコタツさんって……」と高島。


「そうだね、たしかに今、コタツさんって言ったよな……」と加賀。


「ああ……まさかヒロアキの口からそんな言葉が飛び出るとは……」新渡戸。


 そこで俺は、


「長い間使っていれば愛着と言う感情も湧いてくるものだろう! ましてまちの――」


 と、言いかけて、やばいことを言いそうになっていることに気付いて止まる。

 このままだと、俺がまちに特別な感情を抱いていることがバレてしまう。それは避けなくては。


「……まちの?」と高島は興味津々。


「私が何よ?」攻撃態勢に入りながら、


「まちの……寝床だし?」


 事実である。まちのにおいがする布団だなんて言うわけにはいかない。


「そんな暖かくならないのに興味ないわ」とまち。


 コタツさんが泣くぞ!


「ていうかまちさ、コタツ点けたままで寝ると身体熱くなりすぎて危険じゃない?」


 俺は言ってやる。そしたらまちは、


「そう思うんならそれは鍛錬不足よ。鍛錬次第でどうとでもなるわ」


「じゃあ鍛錬次第で布団なしで眠ることもできるわけだ」


「チッ」舌打ち。「ああ言えばこう言う……」


「どっちが」


 だんだん頭に血がのぼってきた。


「まぁ、ヒロアキもまちも落ち着けって」


 と新渡戸が言うが、


「落ち着いたら! 寒いだろうが!」


 俺は心の底から叫んだ。


「一理あるな……」


 新渡戸は納得し、こんどは加賀の方を振り向いて、


「加賀! 何かいい方法を考えろ」


「え? 僕? うーん……暖かいものを想像する」


「何だそのマッチ売りの少女的な……」


 新渡戸がぬるいツッコミを入れたとき、ひろみが反応した。


「まっちー売り?」


「ひろみ、私は売り物ではないわ」


「マッチってなにー?」


「マッチというのは所謂チャッカマンよ!」と叫ぶ高島。


「それ違う商品だよさきちゃん」加賀。


「火を点けるという意味では……」高島がつぶやく。


 チャッカマンか。よくわからないが、スーパーマンとか、スパイダーマンとか、そういう類の存在だろうか。そこで俺は、


「どんなヒーローだ?」


 と問いを放った。


「ひきこもる少年たちのやる気に着火するというヒーローだよヒロアキくん」


 新渡戸が、大喜利気分で言った言葉らしいのだが、この時の俺は、本気で何かのヒーローのことなんだと思っていて、新渡戸の言葉に納得してしまった。


「へぇー」


 そしたら新渡戸は慌てて、


「いや! へぇじゃないから! 嘘だから!」


 新渡戸は慌てたツッコミのあと、げふんと咳ばらいをして続ける。


「あー話を戻そうか。じゃあ高島、何かあるか?」


「冬が寒いのは当り前でしょ? だから地球的には平和なんじゃないかな」


「そうか、じゃあ加賀と一緒に外に出ろ」


「寒いじゃん」


「言ってることと矛盾してないか?」


「人間は矛盾した生き物なのよ」


「論点がずれているぞ」


 続いて、新渡戸が指名したのは、


「じゃあ次、まち」


「……新しいコタツが欲しい」


 その言葉に、俺は黙っていられなかった。壊れたコタツの弁護人になり、立ち上がる。


「待つんだまち!」


「何よ」


「あのコタツさんはどうなる?」


「粗大ゴミ?」


「この薄情者! 毎日あそこで眠っていて愛着はないのか!?」


「ないわ」


「一ミリもか?」


「全くないわね」


「俺はあのコタツを支持するね!」


「ふ……わかったわ……じゃあコタツを賭けて勝負よ!」


 びしりと指をさしてきた女。


「しょ、勝負って……俺とまちが?」


「もちろん」


「俺が負けたら?」


「コタツは粗大ゴミ。私が負けたらコタツは捨てない。どう」


「種目は?」


「あら、やる気なの?」


「戦わなかったら不戦敗になるんだろう?」


「わかってるじゃないの」


「まちの考えなんか読めるさ。単純だからな」


 挑発してみる。


「言ってくれるわね」


「新しいコタツなどと地球に優しくない発想をする最低女め」


 そしたら論争が始まった。


「果たして本当にそうかしら?」


「なに、どういうことだ?」


「旧型の電化製品は得てして燃費が悪い! 長い目で見たときそれでエコと言えるのかしら!?」


「うっ……」


「六人座れるコタツを買うほうが私達の精神的にもエコロジーなんじゃないの!?」


「うぐぐ……」


「これでも勝負する気?」


「……だがこのコタツは俺が山田ヒロアキになる前からの付き合いなんだ……そう簡単には……」


「引導を渡してあげるわ」


「冷血女め……」


「ふ……ありがとう」


「褒めてないよ」


 そこに新渡戸が割って入って、


「まぁ待て、二人とも」


「新渡戸は黙っていなさい」


「そんな勝負だ何だって殺伐とするなって、平和にしていないとひろみが怯えるだろう?」


 新渡戸も、最近、ちょっとだけ、まちの扱いというか、そういうのを身に着けてきた気がする。鍛え上げられた観察力と対応力の賜物だろうか。


「そうね……それは確かに……ごめんなさい」


「す、素直で可愛いじゃないか……」と新渡戸が顔を赤くした。


 俺は、その反応に驚いて、「新渡戸? 何いってんだ」


「あぁいや、えぇとだな、ここは民主主義らしく多数決で決定しようぜ、それで良い人!」


 新渡戸の声に、俺とまち以外の四人が「はーい」と挙手した。


「よし、それでは、このコタツを粗大ゴミに出したくない人挙手!」


「はーい」

 なんと……六人全員が手を挙げていた。


「一つ、言っていいか? まち」


「何よヒロアキ」


「まち……何でその左手の先は天井を向いているんだ?」


「愛着くらいあるわよ」


「さっきと言ってることが違うじゃねぇか」


「人間は意見を変える生き物なのよ。さ、コタツを修理しましょ」


 平然と、彼女は言った。


「できるのか?」


「なんとかなる……なんとかするわよ」


「じゃあ、手伝うよ」


「ええ。お願いするわ」


 勝手に盛り上がって、勝手に結論を出した俺たちに、いくつかの冷ややかな視線が送られる。


「お前らなぁ…………」


「何だよ、新渡戸」


「いや、何でもねぇよ……」


 もう何も言えない。そんな感じで、この議題は終了した。


 コタツの命は救われたのだ。


 そして復活したコタツは、また、まちのベッド代わりになった。


 あらためて、コタツがベッド代わりって変だ、とか今さら思ったけれど、折角俺の愛したコタツを好きになってくれたのだから何も言わないことにした。


「まち。ありがとな、コタツ直してくれて」


「別に、ヒロアキのためじゃないわよ」


「まっちー、ありがとうぅ」とひろみ。


「ひろみのためでもないわ」


「自分のためか?」


 そしたら、まちは、思いもよらない答えをしてきた。


「いいえ……私『たち』のためよ」


 きっとこのコタツに感情があるなら、喜んでいると思いたい。

 人間の勝手な発想かもしれないけれど。もしかすれば、ようやく眠りにつけると思っていたところを起こしてしまったかも知れないけれど……。


  ★


 数日後、年明けを間近に控え、また俺たちは集まった。


「なぁ、正月のさ、何と言うか祝い方…………っていうのかな……知ってる奴いるか?」


 そう言った新渡戸。今日の議題はこれらしい。


 皆、顔を見合わせている。


 詳しくは知らない、ということなのだ。


「そうか、知らないよな」


「ああ、でも新渡戸はどうなんだよ?」


「実は俺もよく知らん。知らんのだが、やはり文化というものは実際に実行して継続して伝えていかなければならないと思うんだ。だからできれば正月の正しい祝い方というものを実行するのを第七帰宅部としての活動として、と思ったんだが……」


「よくわからんけど、要するに何だ?」と俺が要約を求める。


「正直よくわからないので、正月っぽいことをしよう」


「正月って言ったら寝っころがってダラダラするんじゃないの?」と高島。


「日本人としてさ、儀式としての正月も勉強しないといけないと思うけどそれ以上に楽しまないとと俺は思うんだが……」


「皆でいれば大体楽しいよ」


 真面目に考え込む新渡戸とは対照的に、加賀は身も蓋もないことを言う。


「と、とにかく祝おうじゃないか」


「よくわからんけど、わかったぜ」


 俺は、結局これから何をするんだか、よくわからないながらも、親指を立てた。


 そして俺達六人は、年越しそばを食べ、近所の神社に初詣に行き、近所の寺に行って、高島が家から持ってきた重箱に詰められた御節(おせち)料理を食べ、迷惑極まりないことに高いマンションの屋上に不法侵入して初日の出を見て、そして今、新渡戸の家に来ていた。


 新渡戸が「うちに来ないか?」と言ったためである。


「どういう風の吹き回しだ?」と俺はきく。


「何が?」


「お前、以前言ってたろ? 自分の家で会議したくないって」


「あー、そんなこと言ったか?」


 これは確かな記憶だ。絶対に言った。


「新渡戸君新渡戸君」と高島が新渡戸を呼ぶ。


「ん?」


「新渡戸君の部屋でこんなものを見つけてしまったんだけど」


 高島が手に持っていたのは、中学時代のアルバムだった。


「お前……他人の部屋漁るとかどうかしてるぞ……」


「加賀君が良いって言ったんだもん。調査だ! とかって」


「あの野郎……」


「山田君も一緒に見ようよ」


「ああ、まぁいいが……他の皆はどうした?」


「まちとひろみは探検中よ。加賀君は新渡戸君の部屋で……いや……えっと……トイレかなー?」


 途中から誤魔化すように言ったけど、そんなもの新渡戸に通用するはずがない。


「おい……加賀は俺の部屋で何してるって……?」


 しかし、あくまで高島は、時間稼ぎや誤魔化しを遂行しようとする。


「お、加賀君若い!」


 ただ、新渡戸もそれをわかりながらも、高島の時間稼ぎに付き合ってやっているようだった。


「若いっつっても二年前だぜ?」


「でも……やっぱり男の子って変わるんだねぇ」


「女の方が変わるって聞くがなぁ」


「で、新渡戸君が昔好きだった女の子はどれ?」


「俺? 俺はいないよ。夕実のことでそれどころじゃなかったし……」


「山田君は?」


 急にこっちにふられたので、答える。


「俺は……そうだな、この娘かな……って何で高島にそんなこと言わなくちゃいけない?」


 俺は何をやっとるのだろうか。


「ほう……可愛い子じゃん。告白とかしたの?」


「いやぁ、告白しなかった。それに、その娘は好きな奴いてな」


「へぇ」


「新渡戸のことが好きだったね」


「……初耳だぞそれ……」


 そりゃあ、初めて言ったからな。


「あはは、山田君てそんなのばっかだよね」


 ちょっと頭にきた。確かに、俺は好きなやつがいる女の子を好きになる傾向にあるけども、高島に言われると、本当に傷つく。そこで俺は、腹いせとばかりに、こう言ってやった。


「ちなみに加賀の好きだった子はこれだ」


「ほう……これが例の吉田さん……美人だねぇ」


「面食いだからな。加賀は」と新渡戸。


「吉田さんは性格抜群によかったけどな。ちなみに、吉田さんも新渡戸のことが好きだったね」


「くそ、初耳だぞ……知ってたら絶対付き合ったのに」


「『絶対に言わないで』って言われてたからな」


「ヒロアキお前……友達だろ……? 言えよそういうことは……」


「だって新渡戸ばっかりモテモテでその上鈍感でイライラしたからな」


「つまり山田君、こういうことね。加賀君と新渡戸君と吉田さんの間で三角関係だった……」


「その通りだ高島。それを知ってるのは吉田さんのみっていう状態だったが、それでも三角関係は三角関係さ」


「三角関係って、エターナルトライアングルって言うんだって」


「高島は妙なこと知ってるよな」と俺はしみじみと言ってやる。


 高島はへへへと笑った。


「これはね、授業中に電子辞書で見たのよ。エターナルトライアングルって格好いいじゃない?」


「真面目に授業受けなさい」と新渡戸。


「新渡戸君に言われたくないわ」


「高島って授業真面目に受けてるように見えるけど、実は真面目じゃない?」


「いっつも関係ない事考えてるから……」


「加賀のこととか?」


「そうそう……って何言わすのよ恥ずかしいなぁ!」


「何を今さら……」


「それでそれで! 他に何か面白エピソードとか無いの?」


「そうだなぁ……加賀は……」


 そんなところで、加賀がリビングにやってきた。


「新渡戸。さきちゃんに何吹き込んでるんだよ!」


「おー加賀くん、はろー」高島が手を振る。


「はろー」手を振ってこたえていた。


「加賀君加賀君、吉田さんとあたし、どっちが好き?」


「……何ばらしてんだよお前ら……」


「いいじゃねぇか、もう過ぎたことだし……」


 そういいながらも、俺は、ちょっと後ろめたくて、目をそらしながらそう言った。


「もちろん、さきちゃんが好きに決まってるじゃんか。世界で、たぶん一番……」


「え、たぶんって何よたぶんって……」不満そう。


 その様子を見て、まずいと思ったのか、加賀は、新渡戸に向かっていう。


「ところで、そうだ新渡戸、これ、一昨日実家に帰って見つけたんだけど……」


 そう言って加賀が新渡戸に差し出したのは、一枚の写真だった。


「この家の中回ってみてさ、昔のアルバムとかも探してみたけど無かったからもしかしたら残ってないんじゃないかなって思ってさ。右端に新渡戸家の人間じゃない奴写ってるけどそこ切れば家族写真だろ?」


 新渡戸の家を背景に、新渡戸の親父さんが左端、その右に新渡戸夕貴が誰よりも前に立って両手をカニみたいに二本指立てて馬鹿みたいな顔してて、新渡戸夕貴を挟むように右側に、たぶん母親だろう、美人が「しょうがない子ね」というような笑顔で立っていて、そこに手を繋いだ女の子……俺が殺してしまった……夕実が幸せそうにそこにいて、その更に右に新渡戸夕実と手を繋いだ加賀遊規が恥ずかしそうに立っていた。


 そんな写真。


「加賀……泣くぞ?」


 新渡戸がそう言うと、


「泣けば?」

 突き放したようにそう言った。既に泣いてたな。


「お前、こんなの反則だろ」


 新渡戸は言いながら、俺の服の袖で涙をぬぐう。


「ばーか……泣いてねぇよ……」


「新渡戸君でも泣くんだね」と高島が感心したように言った。


「さきちゃんって僕以外には何か冷たいよね」


「……そう? でも……妬かない?」


「妬く」


「そう思って」


 そんなタイミングで、俺も、新渡戸を放って、平然と繰り広げられる会話に参加する。


「じゃあつまり高島は俺のこと嫌ってるわけじゃないんだな!」


「え、山田君? うん……微妙」


「ひどいな……」


「あはは、冗談だよ、皆、好きだよ」


「お前ら皆好きだ」


 新渡戸はそう言って、まだ俺の袖で涙を拭いていた。


 何で俺の袖使うんだ?


 そこにやって来たのは、まちとひろみだった。


「ヒロアキ、新渡戸を泣かせているの?」


「あー、アッキー新渡戸君までいじめてる?」


 まちとひろみが探検とやらから戻ってきたらしい。


「俺が他にも誰かいじめてるみたいに言わないでくれ」


「お前らも皆好きだ」

 また新渡戸は言う。


 六人が今、居間に揃っている。


 言ってしまおうか。俺の真新しい秘密。幸せなところ突き落とすようだけれど。


 しかし仮にここで言わなかったとして、その事実が新渡戸に知れた時、「どうしてもっとはやく言ってくれなかったんだ」と言われるのは嫌だ。


 何より、俺がはやく打ち明けてしまって楽になりたい。

 俺の胸のうちにいつまでもしまっておきたくない。

 今まで何か内緒にしてきていい思いをしたことがないし……。


 まして……生命に関わることだ。


 一刻も早く伝えるべきで、遅すぎたくらいだ。


 なんて、こうして少し考えたことを振り返ってみると、俺が如何に自分勝手かってことがわかる。

 放っておいて、まちが言うとも思えないし、新渡戸の親父を背負っていたのは俺だから、やっぱり俺が言わなきゃいけないだろう。


 心を決めるべきだ。


「実はな、新渡戸」


「何だよヒロアキ」


「いつか絶対に言わなきゃいけないことだから言うぞ?」


「何だよ、もったいぶって……」


 新渡戸は止まった涙を拭いてちょっと赤い目で俺を見る。


「〈器を生む者〉の研究所が爆発して壊滅したって言ったよな」


「ああ」


「実は、その中でな、お前の親父に会ったんだよ……」


 目をそらさずに言う。新渡戸は、驚いた顔をしていた。


「――助けられなかった。ごめん! 本当に、ごめん!」


「親父が? てことは……」


「たぶん、死んだ」


「そっか……」


 それきり、静寂。


 俺は、もう一回、謝罪を口にしようとした。


「ご――」


「お前のせいじゃないよ」


「………………」


 静寂。


「そういう届けとか、出さないとな」


 悲しくなさそうに、新渡戸は言った。

 悲しくないのか、という視線にこたえるように、新渡戸は続けて言う。


「実感がなくてな、悲しいのかよくわからん。死んだのか死んでないのか、よくわかんねぇ」


 その言葉に、誰も声を出せなかった。


「まぁこれで親父を追っかける必要もなくなったわけだな! やっぱ大学いくかなー」


「……新渡戸」と、ようやく加賀が声を出す。


「何だよ、深刻な顔して」


 怒ったような顔をして新渡戸が言う。


 加賀は、「さきちゃん、どう?」ときいた。


「嘘ね。本当は泣きたいくせに我慢してる。ってこれくらい加賀君にだってわかるでしょ?」


「……まぁ」


「何だよ! お前ら! 毎度毎度嘘だ嘘だって! 俺の親父のこと大して知らないくせに! 今、今涙流したら、さっきの涙の、幸せな涙が意味なくなるだろうが! 本当は泣きたいに決まってんだろ! 何だよ! どうしても泣かなくちゃいけないのかよ! なら泣いてやるよ! ほら涙ですよ! 見えますか? 俺が泣いてるよ?ほら」


 泣いていた。たしかに、泣いていた。

 いろんな感情が入り混じった、熱い涙だ。


「何か言えよ! 泣いてやっただろうが!」


 新渡戸は自分の袖で、涙を拭いた。


「まったく、正月とか関係なしかよ…………」


 呟いた新渡戸を見て、俺は何も言えなかった。後悔すらした。話すタイミングを間違えたとさえ思った。


 おそろしいほど長く感じる沈黙を破ったのは、


「ゆっきー」


「……ひろみ?」

 と彼女のおかげで、俺はようやく声を出すことができた。


「新渡戸君は、ゆっきー」


「おお、まっちー、アッキーに続いてゆっきーか」と俺。


「あたし、ゆっきーのこと好きだよ」


 突然のひろみの好意の表明に、


「俺もひろみのおっぱいは好きだ」


「そんな返しがあるか馬鹿」加賀。


「信じられない馬鹿だな」俺。


「この馬鹿は最低ね……」まち。


「どうしようもない馬鹿ね」高島。


「うるせぇよお前らも馬鹿だ」


 新渡戸が言うと、ひろみが馬鹿を指さし、


「ゆっきーが一番ばか」


「わかってるよ!」


「よしよし」


 ひろみが立ち上がり、新渡戸の頭を撫でていた。


「よしよしじゃねぇよ……セクハラだよ……」


 袖で涙を拭い続ける。


「これはセクハラじゃないよ」


 ひろみは一度手を止めてそう言った後、また撫で始めた。


「ああ……うん」


 こんなタイミングで言うべきじゃなかったかも知れない。でも他にどんなタイミングがベストだったというんだろう。俺にはわからない。


 とにかく「人の死」というものは少しでも早く伝えた方が良いと思ったから。元日だろうとそれはきっと関係なく、伝えなきゃいけないと思ったから……。


 でも、そうだな。俺にもっと力があれば……。


 鍛錬不足よ、とまちの言葉がオーバーラップ。バックパスで思考を止める。

 あぁ本当に、思ったよりもずっと簡単に人は…………。


 一つずつ、繋いでいく。絆。罪滅ぼしは終わらせたつもりだった。

 でもまだもう少し、やらなくちゃいけないことがある。




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