Chapter18 ただいま
視点:山田ヒロアキ→蔵野まち
私の刃はいつだって簡単に命を奪う。奪う。奪ってしまう。二度と何も殺さないと誓った約束も、死なせないと誓った約束も、全部破れた。それでも貴方は私の手を引いて、「帰ろう」なんて……。
★
クリスマス・イブに、大きな集会が開かれている。そう推測した私とヒロアキは、〈器を生む者〉の本拠地に乗り込むことにした。
そこで私たちは、白衣を身にまとい、研究員になりすまして、無防備な中枢へと降りていった。
地の底で出会ったのは、一人の男。この研究を始めた連中の一人だった。
その岩城という男は、私の名前を呼んで、こう言った。
「蔵野まち君……君は、彼女に少し似ているな」
「彼女?」
「私やあいつ、そしてもう一人の馬鹿が好きだった女性だよ」
私は、目の前にあらわれた光景に、大きな衝撃を受けた。
暗闇の中でもはっきりと見えた。私と同じ顔の人間がそこにいて、ただ私を見つめていて……。
――鏡?
違う。私は制服に白衣。彼女はただの白い服……。
岩城が電気を点け、言う。
「これは、彼女の分身……器なんだよ……」
〈器〉……〈器〉で……〈器〉なのに、私と同じ顔……?
「まち、違う。まちは、まちだろ?」
ヒロアキの声。どうしてか、くぐもって聞こえた気がした。それだけショックだったのかもしれない。
「え、ええ。私は、そう。蔵野まち」
自分に言い聞かせる。
でも……あれ?
さいしょ、私に名前……無かった……。
「ほら、レイコ、挨拶しなさい」
岩城に促され、彼女は声を発した。
「……私は、森岡レイコ」
同じ声?
何で。もしかして……もしかして私は…………。
「森岡……というのはあいつの姓なんだ……。私達は悲しいだろう? あいつが動かなくなった後、ここでこうして…………」
奥には男の死体。
「あの奥の男性が……」
ヒロアキの声がする。また、ずいぶん遠くからの声のように感じられた。
「戻ろうか……全てを終わらせるために…………」
岩城は扉を開ける。
「……まち! 行こう!」
ヒロアキが私にしきりに声を掛けてくる。
そうだ……私は、ここに来たことがあるかもしれない……。
赤い螺旋の階段も、そのすぐ横の闇も、見た記憶がある気がする。
「まち?どうしたの?」
「ええ、そうよ、大丈夫」
大丈夫よ。大丈夫。でも……もしも私が……。有り得ない話だけれど、もしも私が器なんだとして……。〈器〉として〈器〉を壊していたなら……それは人間が人間として人間を殺すことと……同じ?
共食い?
そんな、嘘。嘘だ。有り得ない。有り得ない、そんなこと。私は人間として〈器〉を殺していた。それは罪深いこと。私は人間。だって、彼女たちとは違う。さっき見た私に似たレイコは私じゃないもの。
私は笑うし涙を流すし……怒る。
だれかを愛することだって……。
「まち!」
大きな声に、はっとする。
「え? あぁヒロアキ、何?」
「らしくないぞ、お前はまだ俺の手を引っ張るんだよ!」
いつのまにか、手を引かれていて、背中を押されて扉を開けろと急かされる。
「……あたしは……蔵野まち」
〈器〉ではない。
蔵野まちという名前の人間。
言い聞かせて、扉を開く。
「こっちだよ、蔵野まち」
岩城が手招きしている。
ついていく。
いくつもの箱が並んでいた。
その道を抜けると、岩城は立ち止まった。
「ここだ」
そう言って岩城は電話ボックスのような金属製の箱を指差す。
その箱は白く光っていた。
「これを壊せばここのコンピュータは全てのデータを失い、機能も停止する。この耳につくゴォゴォという風の音すらしなくなる」
「まち……」
ヒロアキが心配そうな目で私を見た。
心配なんてしなくていい。
鉄を切り裂くのなんて、人を切り裂くのより圧倒的に簡単なのだから。
「ええ……それじゃあ、岩城。壊すわね」
「ああ、この瞬間のために私は生き延びたんだ。お願いするよ。こんな馬鹿げた研究、もうおしまいだ」
「っは!」
声を出す。箱は縦に真っ二つ。
ゴォという機械の排気音は止まらず響いていた。
「岩城、機械が止まっていないじゃない? どういうこと?」
「……今、切れたのは、自爆装置のスイッチだよ。起爆したんだ」
「え……!?」私は信じられなかった。
「自……爆?」ヒロアキも信じられいというような声を上げた。
だまされた。
「そう、ここに仕掛けられた六十の爆弾の起爆装置」
「下に人がいるんでしょう!?」
「ああ、大勢いるな」
そう言って、岩城は笑った。
笑う。その行動が許せない。
「急がないと!」
走って走って、機械が並ぶ部屋の入口あたりを差し掛かったとき、ヒロアキは倒れている六人の戦闘員に視線を向けた。
「まちはそいつらと上を頼む! 俺は下に行って報せて一人でも多く逃がすよう叫んでくる!」
「え、ええ!」
私は転がっている六人をひとしきり起こそうとしたが皆気持ち良さそうに眠っていて起きそうになかった。
一人、起きた人は襲い掛かってきたのでまた気絶させてしまった。
でも私はやるだけのことはやったつもり。
遠くで笑い続ける岩城の声が聴こえる。悔しい、憎い。殴りに行きたい気持ちは、なんとか抑えた。
扉を勢いよく開けて、閉じる前に私はあの部屋へと入った。
超高速で移動し、扉を一瞬で開閉する。
目の前には森岡レイコ。
明かりをつける。
はっきりと私の顔が浮かび上がった。
「森岡……レイコ……」
さっきおぼえたばかりの、彼女の名前を呟く。
レイコは私の呟きに小さく頷いた。
「逃げるわよ、私と来て。早く!」
私は強引に腕を掴んで引っ張った。
しかし明らかな抵抗。とても強い力で拒まれた。
首をブンブン振って、まるで幼児のように首を振って。
「何で!?」
思わず叫ぶ。
目の前の自分と瓜二つの器に向けて。
レイコの視線の先には、岩城が「あいつ」と言っていた〈器〉を生み出した張本人の死体。
「あいつと一緒にいたいの?」
こくんと頷く。
「いたい」
はっきりと、強い意志の色を込めて。
「でも、もう死んでいるのよ」
「ちがう、動かなくなっただけ」
「それを死んでいるって言うの」
「違う」
「……いいわ。一緒に連れ出してやろうじゃないの」
それでこの私の分身のようなこの子が生き延びてくれるのなら!
二人分くらい!
私はよくわからない素材でできた透明なカーテン状のものを小太刀で切り裂く。
男は死体らしく冷たかったが、いやな臭いもないし、それは死んで時間がそれほど経っていないような状態だった。
実際はどのくらいの時間死体であるのかは知らない。
知らなくてもいい。そんなことは関係ないのだから。
私は軽々とその死体を背負い、
「レイコ、この上に乗って、私によく捕まりなさい」
「…………」
人一人分の重みが追加された感覚を合図にして、私は立ち上がり、扉を開いて外に出た。
急ぎ螺旋階段を走る。
ずいぶん後方で、扉の閉まる音がきこえた。
「レイコ?」
「……ん」
背中にいることを確認。
一つハァと溜息を吐く私。
目を閉じ、勢いよく開いて、再び赤い螺旋の階段を走りだす。
どこかでこんな風景を見たことがある。
誰かが息を切らせてこの階段を上る。
私は……たぶん、その人の背中にいて……ここに来てから私はおかしい。
多くの既視感に襲われて……。
私はさっきレイコがそうしたように頭をぶんぶん振った。思考を止めるためだ。
今は、上を目指すことだけを考えるんだ。
「レイコ……大丈夫……絶対、助ける」
自分に言い聞かせて強く、地を蹴った。さすがに二人は厳しかった。
一人は何度も背負ったことのある重み。
だけど二人分の重みはあまり経験したことがない。
それは確実に私の機能を低下させた。
「まち!」
ヒロアキの声。
一人背負ってもらえれば、私も楽になれる……。
ヒロアキの方を振り返る。
白衣に身を包んで、妙に大きい体躯、と思ったらヒロアキも一人背負っていた。
心の中で舌打ちする、アテが外れたわ、と。
「まち! 二人は無理だ!」
何を言っている。大丈夫。問題ない。
「大丈夫よ、ヒロアキ。あたしを誰だと思っているの?」
「俺を背負ってここまで来て、その上こんな階段ばっかり移動して、疲れてないわけないだろ? もう階段走ってたんじゃ間に合わないんだよ!」
「あら……じゃ……あ飛ぶわよ。レイコ、しっかり捕まってなさいね」
返事は無かった。
でも息遣いは感じた。
確かに背中にいる。
それだけでいい。
死体と森岡レイコと呼ばれる〈器〉を背に乗せて、手すりを踏み台にして飛んで行く。
不意に、男の声。
「――離せ! 夕実を! つく…………ぅうわあぁぁぁぁぁあぁぁ」
そんな、闇に飲まれて小さくなっていく声が聞こえた。姿は見えない。
「ヒロアキ? 大丈夫? ヒロアキ?」
そんな……返事が無い。
全く無い。
…………でも私はもう、信じて昇っていくしかない。
急斜面、縦長の道。
絶壁。
今朝のヒロアキの寝癖を昇っているみたい。
そう考えると少し気が安らいだ。ほんの、ほんの、少しだけ。
道から離れないように、一歩ずつ進む。
あと何分何十秒?
時計を見ている暇などない。
頂上が見えた。
私達が入ってきた扉。
もうあと一跳ねでそこまで行ける。
「まち!」
ヒロアキも間に合った!
その刹那、響く轟音。どこかが爆発した音。
行かなきゃ。
もう跳ばなきゃ。
この闇なんか超えて、三人で平穏を……いいえ、レイコも入れて四人で!
もう一人家族が増えたって笑うんだもの!
跳んだ――瞬間!
目の前で爆発が起きた。
振動、熱。
――ヒロアキ!
頭の中で絶叫する。
螺旋の階段が闇の側に傾き、手すりが遠ざかる。
ヒロアキ! 手を!
爆風で目に焼かれるような痛みが走る。
頭がクラクラして、目の焦点が定まらない。
私の左手は手すりを掴めなかった。
「っく……」
だけど、ヒロアキの手が私を掴んでいた。
「ヒロアキ!」
ありがとう、ヒロアキ。
貴方は足手まといなんかじゃないわ。
これで、帰れる。私たちの家に帰れるんだ。
「まち……ごめん……お願いが……」
どういうことだろう。何を言い出すんだろう。
引き上げて終わり、そのはずでしょう?
「何よ! こんな時に! はやく引き上げて!」
何を躊躇っているの?
今さら〈器〉とか死体とか言うつもり?
「まち……一人……捨ててくれ…………」
「馬鹿! ふざけんじゃないわよ! 変身ヒーローなんでしょ! その眼鏡何よ! 外せば本気出るんじゃないの!?」
立て続けに遠くで沢山の爆音。
「まち、ごめん……鍛錬不足だ…………」
何が鍛錬不足よ。本当に許さない……。
「……レイコ……ヒロアキの手に捕まって……」
どちらかを助けるのなら、やはり生きている人間を助ける。
レイコは私の双子の姉。
そういうことにするって決めた。
肌と肌が触れる音がして、私の背にある二人分が少し軽くなったように感じた。
「いいわね、掴んだわね!?」
「ああ!」
「じゃあ……」
私は死体を……背中から降ろした。
声無く落ちていく、その直後、白い影が私の視界に入った。
反射的に手を伸ばして掴んだのは、
――レイコの右腕だった。
轟音、爆風。近くで爆発だった。
ヒロアキの顔が、ワイシャツが朱色に染まる。
「ヒロアキ! ちゃんと掴んでなさいよ!!」
「ごめん! いま二人とも、引き上げるよ」
ヒロアキの腕が少しずつ上に上がる。私はレイコを安心させようと彼女の顔を見た。呼びかける。
「レイ――……え……?」
「……………………」
その口は、何と動いただろうか……。
「お……ね……がい……?」
私は彼女と同じように口を動かし、声を発した。
――おねがい。彼女はそう言ったのだろうか。
お願い? 何を?
「え、レ、レイコ! 何してるの!」
レイコは私が掴んでいる右手の指を、私とレイコを繋いでいる指を一本ずつ解いていく。
丁寧に。
でも力強く。
「や、やめて! やめて! やめなさいよ! ねぇ! やめてよ! おねがい! ヒロアキ! 早く! 引っ張り上げてよ! 何してるのよ!」
「まち! 暴れるなよ! 今――」
ぁ……………………。
あれ?
私の顔が……幸せそうに微笑んだ…………。
「ありがとう」
そう聞こえた気がした…………。
あれ?
どうして…………?
私が落ちていく…………闇の…………中へ。
私が……。
あれ……?
「いやあああああああああああああああああああああ!!!」
「まち! まち! 落ち着け!」
「だって、レイコが! 私が! 何で! 何でよ! ヒロアキ!」
「まち!!」
ヒロアキの手が軽く私の頬に触れた。優しく優しく、叩かれた。
涙が、涙が止まらない。
前なんか見えない。
悲しい悲しい悔しい辛い。苦しい悲しいどうして。悲しい苦しい。
「まち! 急ごう!」
彼はそう言って、私の手を取って、走り出す。
崩れる回廊。ゆっくり進む世界。
ようやく見えた世界では、鉄の扉が視界を塞いでいて、それが憎くて憎くて憎くて憎くて渦巻いて、大きな声を上げて、
「うぁああああああああああああああああ!!」
その扉を三枚に刻んで……。
ガラガラと音を鳴らして地に落ちて。
「いいぞ、まち!」
いつか私に負けたあいつが私の名前を呼んで、私の手を引いて暗い通路を走り抜ける。
その先に光なんかなくて、もう夜の闇で……時折オレンジが、進む先の壁を染めて。
私はただ手を引かれるままで。
冷たい外の空気に触れた瞬間、私を包み庇うように倒れこんで……。
「ぅく……ぇっく…………ぅぁ…………っく……」
仰向けに倒れた私の目には、闇に浮かぶ星空と、私の眼鏡を掛けたあいつがいて。
背中ではドォンドォンって何回も振動していて……。
私はどうしてかしゃくり上げて泣いていて……。
「まち……」
名前を呼ばれた瞬間に――
「わあああああああああああああ!!」
決壊した。
★
それまで生きた分溜め込んだ涙を全て流すように、私はヒロアキの腕の中で泣き続けている。
森の中、出口で誰かが出てくるのを待っているのに誰も出てこない。
それさえも涙を流す要因になってしまう。
たとえばレイコを連れて帰って二人で新渡戸をいじめたり、同じ声で同じこと言って笑いあったり、喧嘩なんかしてみたり、そんな風に、一緒に笑いあえるように……そんな風に……。
妄想……。
自分の半身を失ってしまったような感覚が、錯覚と呼べないくらい確かに、私を傷つける。
加えて私自身がもしも森岡レイコやひろみ、そして霧野みやこ……それから今まで数多く殺してきてしまった者たちと同じだとしたら……。
色んな思考が渦巻いて、全部全部悲しくて、涙が全く止まらない。
「まち、大丈夫?」
「ぅう……ぅ、うん……だっは、大丈……夫」
なかなか声が形になってくれなかった。
「全然大丈夫じゃねぇじゃねえか……」
「ご……めん……」
「俺はな、お前がいないとパーティ会場帰れないんだよ、足が遅いからな」
「ぅぁああああ」泣いた。
「なんで今泣くんだよ! 困るじゃねぇか……」
「私……て……何者なのかな」
「今さら何言ってんだよ」
「え」
「元級長にして第七帰宅部副部長で赤い眼鏡がとっても似合う、ひろみのお母さんだろ」
「うあああああああああぁ」
「何言っても泣くんだな」
「だって……」
「そんな泣いてると、新渡戸に馬鹿にされるぞ」
「それは嫌……」
私は首を思い切り振ってみせる。
「まち、ちょっと目瞑れ」
「……何する気?」
「キスとかはしない」
私は頷き、目を瞑った。
頬と耳にくすぐったい感触が走る。
「ハイ、もう目開けていいぜ」
目を開けると、少し視界が狭くなっていて、視界にヒビが入っていて……。
私の眼鏡が掛かっていた。
「これで、いつもの蔵野まちだろ」
そしてこつんと頭を叩かれた。
「制服は、ちょっと汚れてるけどな」
「……あり、がとう」
また泣いてることに気付かれないように、俯いて、白衣を脱ぎ捨てて背中を向ける。
「さ、帰るわよ、乗りなさい!」
涙声。俯いた意味がなかった。
「わーい、まっちー」
後ろから抱き付いてきたヒロアキ。
その声が少しだけ震えていた。
私は、そのときヒロアキが泣いているんじゃないかって気がして……何も言わず背に乗せて、ゆっくりと夜の森を歩き出した。
「ごめんな、まち……」
その、これでもかってほどに震えて上ずった声を、私は、きこえない振りをした。
★
ヒロアキの家の前に立った。
「私、どんな顔して会えばいいのかわからない」
私がそんなことを言うと、ヒロアキが自信満々にふんぞり返った。
「よし、わかった、俺が見本みせてやるぜ」
ピンポーンと彼は自分の家のインターホンを押した。
勢いよく扉が開いて、新渡戸が顔を出した。
「何だ、ヒロアキか」
「新渡戸!」
言って、いきなり抱きしめた!
「ちょ、な、なんだお前急に……」
「新渡戸! ごめんなぁ……」
「何がだよ、どうしたヒロアキ」
「いや、なんでもないけどさ」
「ところで、なんかお前、女の匂いするな。クリスマスにデートか? で、服ボロボロだから修羅場か? ていうか靴どうした?」
「うるせー、おかえりくらい言ったらどうだ」
「はいはいおかえりなさいませご主人様」
そこに、部屋の中から高島さきがパタパタとやって来て、ドアからひょこんと顔を出した。
「何なに? 山田君帰ってきた? おっ。おかえりーきったない格好だねー」
「お、ヒロアキ、おかえり」
加賀遊規も迎えにやって来た。
ぞろぞろと玄関に皆が集まってきた。
私は、どういうわけか心の底から恥ずかしくて、皆の前に顔を出せない。
思えば、久しぶりに皆に会う。
「聞いてくれ加賀よ、ヒロアキが女の匂いいっぱいつけて帰ってきた」
「あたしはそんな新渡戸君が可哀想に思えてくるよ」
「どういう意味だよ」
「そんなに女の子の匂いに敏感になっちゃうくらい女の子に飢えているのね」
「だが高島。貴様のような貧乳に興味はない」
「そ、そんなこと今関係ないでしょう!?」
「新渡戸……さきちゃんに何てこと言うの?」
加賀遊規は怒りをあらわにし、新渡戸は落ち着けのジェスチャーをしながら、冷や汗のうちに、「いや、なんでも……」とか言ってごまかした。
「ほら、とりあえず上がりなよ」高島さき。
「上がりなよって言うかここ俺の家な」
ヒロアキが待ってましたとばかりに言う。
みんなの間には、もうかなりの数の「お約束」みたいなのがあって、私なんかがその輪の中に入れるのかどうか、今更ながら不安になる。
「細かいことは良いんだよ、ほら、ひろみちゃんも待ってるよ」
加賀遊規が言った後すぐに、ひろみの声がした。
「アッキー……まっちーは……?」
「第一声がそれかよ…………おーい! まち! 何してんだー?」
呼ばれた……。
何て言って皆の前に出ればいいんだろう。ヒロアキの見本は全然、参考にならなかったし……。
私は半開きの扉に手を掛ける。
何回も通ったその……厳寒の玄関を、通り抜ける。
厳寒?
暖かいじゃない……。
「ただいま……」
私はポツリとそう言った。
「メリークリスマス!」
クラッカーの音が鳴り響く。
私は本当に約束を果たせたのかな。私は本当に皆の仲間になれたのかな。私はここにいても――
「まっちー!! おかえり!」
ひろみはそう言って、私を抱きしめた。
何て……なんて……温かい…………。
あぁ……もう…………好きだ!!




