Chapter13 青い表紙のノートから
視点:新渡戸夕貴→加賀遊規
ヒロアキの家。赤いカーテン、赤い空。霧野みやこを思い出す。
赤い布団に白衣の少女。霧野みやこを思い出す。
★
教室で、彼女は転入の挨拶をした。
「私は蔵野まちです」
波立った。
憎しみが覆った。
あれは、どう見たって、あの女だった。
あの女の投げたナイフが、霧野みやこを殺したナイフが。
憎い。
どうしてあの女がまたここに来た?
どうして?
「あ、あー、じゃあ、そういうことだから、仲良くするように」
仲良く?
誰と誰が?
ありえない。
★
昼休み、僕は人気のない場所でヒロアキを問い詰めた。立ち入り禁止の屋上の手前にある踊り場には、人の気配はない。あまり人が近寄らない場だった。
「何であの女がいる」
「何でって言われてもなぁ」
頬を人差し指の爪でポリポリと掻きながら僕の話を聞くヒロアキの態度が気に入らなくて、僕は修学旅行の夜話した時のように語気を強めてまくし立てる。
興奮するなとか、落ち着けという方が無理な話だ。
そして最悪の可能性へと行き着いて、その可能性を潰すために僕は言う。
「本当は仲間でしたとか言うなよ? 実は命令してたのはヒロアキで、霧野を殺させたのは実は俺でしたとか言うなよ?」
「そんなわけないだろう? ただ、蔵野まちは、組織を裏切ったんだ」
わかってるさ。
ヒロアキのことは信じてるさ。
仲間だって思ってるさ。
だから、そう考えるならあの女がここにいるわけがないんだ。
「どういうことだよ!」
「あたしたちも聞いていいかな」
高島さんと新渡戸が物陰から出てきて、三人でヒロアキの話を聞くことになった。
ヒロアキの話によれば、元級長の蔵野まちという女は、器を追う組織を裏切ってしまって追われる身となり、ヒロアキの身を頼ってきたと言うのだ。
そして、彼女が組織を裏切ったのは、僕達が霧野みやこを守ろうとしたからだ、と、そんな風にヒロアキは言った。
思えば、そんなことをヒロアキから言われても、信じようがないのだ。
本人の口からしっかり聞かなければ、信じられるわけもない。
たとえヒロアキの言うことが本当だったとしても、それが霧野みやこを殺してしまった事実は曲げようもなく、また、絶対に赦せることではない!
「そんなこと、信じられるもんか!」僕は言った。
「放課後、皆で話を聞こうじゃないか。加賀もヒロアキも、それでいいか?」
そう言って話をまとめたのはやっぱり新渡戸だった。
あらためて放課後に、ということだろう。
「あ、あたしも聞くよ!」
「ああ」
気付けば、昼休みはもう終わってしまっていて、僕ら四人は申し訳なさそうに教室に入って、英語教師に苦しい言い訳をしたのだった。
幸い、女教師の機嫌が良かったらしく、閻魔帳に「遅刻」いう文字が記されることはなかった。
★
そして放課後になった。
僕ら以外誰もいなくなって、運動部の部活の音がわずかに聴こえてくる教室で、僕らは蔵野まちとかいう女から話を聞く。
誰の気配もなくなったのを確認して、僕はたぶん険しい顔で彼女に向けて言葉を発した。
「どういうことか、説明してもらおうか」
「えっと、だから、彼女は、もう殺さないって……」
「ヒロアキは黙ってなよ」
「……あ、あぁ……すまん」
「加賀遊規」
「何だよ? 今さら謝る気かよ」
僕はそう言って、彼女をにらみつける。
謝られたところで、霧野みやこは戻ってきたりしない。
今さら何を言われたって、お前を許せるわけはない。
僕はいつになく強気だった。
だけど、返ってきた言葉は――。
「ありがとう」
「……は?」
予想外すぎて、変な声がでた。
殺人犯は続けて言う。
「加賀遊規だけじゃない。新渡戸夕貴にも、礼を言わなくてはならない。私は今まで、器という人間が、虫以下のものに見えていた。器も生きた人間だと、どうしても思えなかった。霧野みやこを殺してしまったことについては、謝っても謝りきれないし、悔やんでも悔やみきれない。もう彼女はいないのだから。でも私は彼女を殺してしまったこと、加賀遊規と新渡戸夕貴に関わったことで、自分の大きな過ちに気付くことができた。だから、今、ありがとう、と言った。嘘じゃない。演技でもない。これは、私の本心」
何を言ってるんだ、この女。 と思った。
しかも、この女は、あろうことか、「貴方たち全員と約束したい」などと言い出した。
約束?
殺人犯と何を約束しろっていうんだ。
「私、蔵野まちは二度と誰も殺さず、殺させないこと。そして、悲劇を生み出す器を生む者を壊滅させることを」
約束?
約束……。
「約束なんかできるかよ! 絶対に許せるわけないだろ! わかってんだろ! そんなこと!」
僕は差し出された女の右手を弾き飛ばした。
憎しみ。悲しみ。怒り。負の感情に覆われる。
パンドラの箱に入っていた全ての負の感情を抱いた気がした。
「今すぐじゃなくていい! いつか私が、私を信じられるようになった時でいいから!」
何を言われても受け付けない。
許さない。
「蔵野……まち……まちって呼べば良いのかな?」
高島さきはそう言った。そう言って、手を差し出していた。
「そう……呼んで欲しい……できれば、級長……とは呼ばないで……」
何でだよ、何で手繋いでんだよ。
何泣いてるんだよ?
嘘泣きかよ。
騙されないぞ!
霧野みやこを殺して、皆を傷つけて!
こんな女。
「まち……あたし、経緯はよく知らないけど、まちの気持ちに嘘がないことはわかったから、あたしたち、友達だよ?」
嘘だよ!
高島さんなんで?
友達?
殺人犯だぞ!?
友達?
それも、その友達の友達を殺すような!
馬鹿! 何だよ! 嘘だろ! ふざけんな!
「やれやれ、高島がそう言うんじゃ許さないわけにはいかないじゃねえか」
新渡戸まで!?
何で?
そいつ、夕実ちゃんも殺したんだぞ?
頭おかしいんじゃないのか!
何だよこれ! どこだよここ!
審判! 審判どこだよ! 見てるんだろ!
おかしいだろ! こんなの!
こんな女、レッドカードでさようならじゃないのかよ!
取り返しのつかないことだろ!
じゃあみやこは何のために死んだんだよ!
僕がこの女を受け入れて、それで、誰を憎んで生きていけばいいんだよ!
冗談だろ!
「新渡戸!?」
ひどい馬鹿! 馬鹿ばっか!
敵だろ!
敵! 敵だよ! 敵! エネミー!
そんなに簡単に許せるわけないだろ?
殺して、どこかに持って行って。
そんなの、許せるわけないだろ!
許さないんだよ!
過ちに気付いた!?
遅いんだよ!
遅いんだよ!
全て!
こんな女の近くになんか、いたくない。
半径数メートルに近づきたくない。
こんな人殺し。
最悪の、殺戮者。
世界で一番憎い女。
「だって、僕は……こんな女……」
絶対に許さない、死んでしまえばいい。そう言おうとした。その時だ、
「加賀君加賀君」
僕を呼ぶ声がしたかと思ったら、高島さきが、僕の右頬を叩いた。
「高島、さん?」
何だよ、高島さんまで……。
何でみんな、僕の思った通りにならない?
こんな人殺しの女の言うこと信じて……。
バシン!!
さっきより強く。
高島さんは二度も叩いた。
「おい、高島、やめろ」
ヒロアキが高島さんを取り押さえた。
「離して!」
高島さきの瞳から涙が飛び散っていた。
僕も右頬が痛くて泣いた。
すごい痛いんだ。
あぁ、もう……。
「いい? 今みやこちゃんのためにできることを考えてみてよ!」
ない。
霧野みやこはもういないから。
「一つしか、ないでしょうが!」
なに、それ。
何も思いつかない。
思考はとっくに停止している。
「みやこちゃんが、皆が喧嘩したり、水面下でいがみ合ったり、自分が死んだせいで誰かがものすごく気持ちを沈めてしまったりすることを望むわけ無いでしょう! それは加賀君が一番、加賀君が一番知ってることじゃない!」
霧野みやこの望むことを知っている?
僕が、一番……?
「何でいつまでもそんななの!? 加賀君が今! みやこちゃんに与えられるものは何!? 考えなさいよ! 考えるの得意なんでしょ!?」
得意じゃないよ……すぐわけわかんないことになる。
「馬鹿!」
はい。
「嘘つき!」
はい。
「卑怯者!」
はい。
「あたしがあんたのこと好きだって知ってるくせに! 何でここまで言わすのよ! 最低!」
はい。
「あえて言うわよ! 死んじゃえ! 死んでみやこちゃんと仲良くしてればいいのよ!」
そんなの、きっと霧野みやこは望まない……。
――じゃあ、何を望むだろう…。
「高島! 言いすぎだよ!」
ヒロアキの声。
「だって! こんな加賀君! 見たくないもん! 殴ってもいいよ! 殴られるだけのことは言ったよ! 加賀君にそんな勇気があるんなら! 殴ってみなさいよ!」
殴れるわけない。
……霧野みやこがこの場にいたら、何を望むだろう?
少なくとも、こんな言い争いなんて望まないだろう。きっと、彼女は、この自分を殺そうとした女のことだって赦してしまうに違いないんだ。でも、だからこそ僕はこの女の存在を許すわけにはいかない。許せはしないけど……。
「……ごめん」
と言った。
「謝るなって言ってんでしょ!」
また怒られた。
「ごめん。わかったよ……協力する。許すことはできないけど、それでも、……だから、絶対にその器を生む研究みたいなの潰すって、約束して欲しい。本当に、これ以上辛い思いする人が、いなくなるように……」
僕に何ができるだろう?
もしもあの時、霧野みやこを守れる力があればって思った。
僕はあまりにも無力で、思いもよらない現実に戸惑って、霧野みやこを守れなかった。もう、誰かを殺されて失うなんて、そんな想い、したくないし、誰にもさせたくない。いつか僕の大好きな人、僕を好きだと言ってくれる人を守りたい。だけど、僕には、ヒロアキみたいに力がないし、悔しいけど、そのヒロアキよりもこの女の方が力がある。
現実を見ろ、と高島さんに言われた。
確かに現実的に考えたら、彼女の強大な力は敵に回せば恐ろしく、味方にすれば心強い。
でも、そういう問題じゃないんだよ……。
でも……だけど……だから……。
僕はもう、僕の好きな人が、一人だっていなくなってほしくないんだ。
「ありがとう。絶対、絶対に、潰す」
女は言った。
だから、約束してやる。
協力してやる。
少し俯いた後、顔を上げた僕の目に映った光景は……。
制服の袖で涙を拭きながら、
「ばか」
と呟くように言った好きな人の姿だった。
ハンカチを貸してやるとかそんな余裕が無かった僕が少し許せなかった。
★
その後、ヒロアキの家にみんなで行くことになった。
女と別れ、高島さんと僕の背中を押して、ヒロアキは歩き出す。
馬鹿野郎、一人で歩けるよ……。
途中の道で、高島さきは言った。
「あの娘が、みやこちゃんを、その、殺したの?」
「……イエスだ」
ヒロアキはそう言って俯いた。
「だけど約束したんだ。もう二度と、誰も殺さないって。霧野みやこを殺してそれに気付いたって」
「…………」
「僕って、何か、間違ってるかな……。絶対に彼女を許せないんだけど……」僕は言った。
「誰も、何も、間違ってないよ……。俺と蔵野まちは、お前たちのために罪を償っていく。それで赦してもらおうなんて思ってないけど、それでも、いつか赦して、本当に加賀が受け入れてくれるまでずっと。受け入れてくれた後もずっと……赦してもらうまで……それだけの、一生かけても許されないことを俺は、お前や新渡戸にしたんだよ……」
「僕達は、悲しいね」
罪で繋がれた絆ばっかりで、僕の狭い世界は埋められる。
色あせたり、錆びてるのに切れない絆ばっかり。
輝く絆を見つけても、僕の手はそれを掴むのを躊躇う。
――僕だけが幸せに?
そんなの……。
定期券を改札の機械に読み取らせる。改札を抜ける。
高島さんが切符買うのを皆で待って、駅のホームへ降りていく。
四人。すぐに列車が来て、目の前で止まり、扉が開く。
僕らはそれに乗り込んだ。
地下鉄の列車の中。新渡戸が最初に口を開いた。
「おい、ヒロアキ。あの女がわざわざ俺達のクラスに入って来たのには理由くらいあるんだろう?」
「やっぱ新渡戸は話が早くていいな」
「おい、それまるで僕が馬鹿みたいな言い方じゃないか」
「「ちがうのか?」」
新渡戸とヒロアキが同時に言った。ハモった。
高島さんが笑っていた。
ひどい。
僕は、それでちょっとだけ不機嫌になり、黙った。
そこからしばらく、新渡戸とヒロアキが会話する形になった。
新渡戸はこほん、と軽く咳払いをして言う。
「話を戻そう。で、ヒロアキ、あの女が俺達のクラスに来た理由」
「ああ、実は蔵野まちが〈器〉を連れて逃げてきたんだよ」
ヒロアキは無理に彼女の名前を呼んでいるようだった。
そういう発音の不自然さがあった。
「なるほど、そういうわけか」新渡戸は納得してみせた。
ヒロアキも頷いた。
多くの言葉を交わさなくても、二人の間には知識が共有されているようだった。
「つまり、俺は霧野みやこを生存させていた技術を新渡戸から聞きたいってわけだ。ついでに奴らの本拠地とかについても何かわかることがあればいいんだがな」
ヒロアキは言って、新渡戸に何か知っていることはないか確認する。
「……すまん、見当もつかん」
「ああ、構わん構わん。何も知らないとか言ったら、蔵野まちはどう思うか知らんがな……」
「まぁ、なんとでもなるさ」
「言っとくがな、あいつ、滅茶苦茶怖いぞ?」
「なんだ、もう尻に敷かれてるのか?」
「嫁には絶対もらいたくないから冗談でも言うなよ」
「あはは、悪ぃ悪ぃ」
そんな会話をしていて、そこに僕も入って行きたかったけれど、そうすると高島さんが一人寂しいと思ったので……。
「高島さん高島さん」
話しかけたのだが、あれ、返事が無い。
「高島さん高島さん?」
これにも答えない。
「……さきちゃんさきちゃん!」
下の名前で言っても返事が無い。
「…………」
無視……?
何だろう、この電話掛けた方が無言電話くらってる気分は……。
勇気出して名前でまで呼んでみたってのに……。
ところで、さきちゃんって呼びやすいな。
いずれ、こっちで呼んでみよう。どんな顔するかな。
「高島さん高島さん!」
今までより少し大きな声で、僕は話しかけた。
「え? どうしたの? 加賀君」
どうしたのじゃないっすよ。返事がずっと無くて心配とか不安でいっぱいだよ。突発性の難聴とかもあり得ないことはないしな。そして、何を言おうと思っていたんだか忘れた。
あれだけしつこく呼んでおいて「何でもない」とか言ったら完全に変な人だ。
今日あったことを回想して、不自然じゃない言葉を探した。
「さっきは、ありがとう」
殴ってくれて、目が覚めた……のかな?
正直、よくわからないうちに結局は蔵野まちを受け入れてしまったように思う。
中途半端だな、やっぱり、僕は。
「どういたしまして」
と、いつもの笑顔で応えていた。
いつもの高島さきだ。そのはずだ。でもどうしてだろう、僕には高島さきが、悲しそうに、寂しそうな顔をしているように見えていた。
電車を降りて、階段を上る。前を新渡戸とヒロアキが。僕と高島さんはそれに続く。改札を抜けて、また階段を上る。さっきより少し長い階段。
新渡戸とヒロアキは、「もし、蔵野まちがヒロアキの嫁に来たら」というテーマで延々と話していた。
高島さんは、珍しく無言で、どこか心ここに在らずといった面持ちだった。
階段を足滑らせて落ちたりしないように、いつでも手の届く場所を歩く。
僕が車道側に立って放心する高島さきちゃんを守る。
何をそんなに考えることがあるんだろうか?
珍しいこともあるものだ。
しかし、姫をお守りする騎士のようで、これはこれで悪くないと思った。
姫を守っているうちに、ヒロアキの家に着いたようだ。
ヒロアキの家には何度か来たことがあった。
特に何かある部屋でもない。
どちらかといえば、無機質な部屋だったと記憶している。
かつて、その部屋を見て思ったのは、何を楽しみにして生きているんだろうということだった。
……失礼かな、これ。
ヒロアキが扉を開ける。
「笑うなよ?」
笑うような何かがあるんだろうか?
僕は何が目に飛び込んでも良いように、気を張って、扉の 向こうの風景を受け入れようとする。
鉄扉が開かれ、その先には、蔵野まちが半身の姿勢でこちらに眼鏡越し、鋭い目を向けて立っていた。
笑うどころか驚くわ!
何で後に出たはずの蔵野まちがこっちにらんで立ってるんだよ。
「おかえり、遅かったわね」
「お……おう……すまん」
ヒロアキが狼狽えた様子でそう言うと
「入って」
と女は言った。
あれ?
ここ、ヒロアキの家だよな?
「ここって山田君の部屋だよね?」
高島さんも同様のことを思ったらしい。
「ああ、だが修学旅行から帰ったら、こんなことになっていた」
見渡すと、ヒロアキには似つかわしくない内装だった。
ヒロアキは、何と言うか、僕の中では質実剛健ってイメージなのだが、かわいらしい女の子の部屋が広がっていた。
……蔵野まちの趣味か?
だとしても、ぬいぐるみとかあるし……こんなこと言ったら怒られるだろうから言わないが、全然似合わないな。
「……紹介するわ。この子は、山田ひろみ。ヒロアキの従兄妹」
コタツに座っている女の子。
この子ならどんなメルヘンな部屋でも似合うな。綺麗で可愛らしい子。
……これが、さっき言っていた〈器〉とかいう人間か。
霧野みやこと同じ……似たような……。
山田ひろみは、電気炬燵に入って白いティーカップで紅茶を飲んでいた。
「アールグレイ」
とヒロアキが言い、蔵野まちが、
「ダージリンよ」
と言った。
「そればっかだな」
「それしかないのよ、この家」
「……皆に何か飲み物ないのかよ」
「水でいい?」
「紅茶あるなら普通紅茶出すだろ!」
「冗談よ」
「お前ら、何か夫婦みたいだな」
本当に、イライラするくらい仲がよさそうだった。
さっき新渡戸とヒロアキで話していた笑い話の延長なんだろうと思って、とりあえずへらへら笑っておいた。
★
ヒロアキがテーブルを持ってきた。六人が三人ずつ向かい合って座れるくらいの細長くて背の低いやつだ。それを炬燵にくっつけてさらに細長い座席が誕生。女性陣が炬燵に入って、僕たちは寒い寒いと文句を吐きながら布団のないテーブルサイドに座った。
どうやら、今後についての話し合いをするつもりみたいだ。
「確かに、みやこちゃんにどことなく似てるけど……」
そんなことを高島さんが言ったので、
「霧野さんには似てないじゃん」
と間髪入れずに言った。似てることを認めたくなかった。
「…………」
高島さんの目を見るのがなんだかこわかった。
「な、何だよ、叩かれるようなことは言ってないぞ?」
「別に何も言ってないじゃない」
「何も言わないから不安になるじゃんか」
「おいお前ら喧嘩するなよ」と新渡戸。
「喧嘩なんかしてないもん」
「いいから話し合いとやらを始めるんだろ?」
「ええ、加賀君も高島さんも……」
「さきでいいよ」
「…………」
「さきって呼んでよ」
「さき」
と、また新渡戸。
「新渡戸君はダメ」
「えー」
「……加賀君も、さきも……静かにしていて。あと新渡戸も」
「何で俺急に呼び捨てられたの!?」
「うるさい」
女は、どうやら級長時代の名残らしく、仕切りたいようだった。
名残……というか、そう簡単に性格なんて変わらないだろうから、元々、そういう性格なのだろう。
新渡戸と少し似ているのかな。
そして、女は、炬燵から出て、立ち上がって言った。
「係を決めます」
「係? そんな、学級委員じゃあるまいし」と新渡戸。
「今私を学級委員と言ったお前。お前が書記。ここで話し合ったことを書き記せ」
新渡戸が書記になった。
「異議あり! 書記なら俺より加賀にやらせた方がいいと思います」
「根拠は?」
「ほら、俺って自分に都合のいい情報しか書かないだろ?」
「一理あるわね……じゃあ加賀君お願い」
僕が書記になった……って――
「僕!? 何で? ヒロアキは?」
「俺? 俺はホラ、右手まだ完治してないから」
ヒロアキは別に包帯もテーピングも何もしてない右の手をぶらぶらさせた。
「こんな時ばっかり怪我持ち出しやがって……」
ていうか、授業中ノートとってたじゃないか……右手で……。
「いいから早く準備しろよ、級長殿がお待ちだよ」と新渡戸が言う。
「級長と呼ぶな」不快感を示す女。
「準備ったって……」
「適当なノートとペンさえあればいい」
まぁ、紙とペンさえあれば何か書けるからな。
僕は鞄を漁り……悩んだ末に結局は、青い表紙の世界史のノートをテーブルに出してシャープペン(B)を手に取った。
「何かタイトルとかは?」
「無題でいい」
「無題……と」
僕は『無題』とノートの上段の空白に書き込む。
ていうか、書記以外の係はないのか…?
体よく面倒ごとを押し付けられたような気がする。
「さて、それじゃあまず最初の話だけど、〈器〉について、よ」
ノートにペンを走らせ、『器について』と書いた。
「新渡戸。何か知ってることを言ってみなさい」と女が言う。
「何かお前、俺に対して態度きつくない?」
「気のせいよ。いいから早く」
「その前に、お前やヒロアキがどの程度奴らのやり方を知ってるのか聞かせてもらえないか? 俺がそれに補足する。その方が無駄がないだろ?」
新渡戸の促しに、女は、たしかにそうね、と呟き、
「じゃヒロアキ、どれだけ知ってるかだそうよ」
「俺が言うのかよ?」
「私は面倒なのは嫌い」
「俺だってそうだぞ?」
「お、もう尻に敷かれ――」
「「うるさい!」」
と、ヒロアキと蔵野まちが同時に新渡戸を責めるように声を出した。いいかげんしつこいと言っているようにも聞こえた。それに対して新渡戸は、やれやれというような雰囲気で溜息をひとつ吐いた。
「しょうがねぇな、じゃあ知ってること列挙していくから書いてくれよ?」
ヒロアキが僕に向かって言った。
「ああ」
僕はそう返して、ペンをくるっと一回転させてから握り、ヒロアキの次の言葉に備える。
「加賀にも以前話したと思うが、まず器が完成するまでに五年かかること。次に、器には、元の人間の体を使っていないこと。これは、きっと奴らが実験のために器を作っているだろうということ。記憶を送り込むのに、薬を使うこと。薬を飲まないと頭痛が起きること。……このくらいかな」
そこに新渡戸が補足する。
「なるほど……だいたいそんなもんだけど一気に薬とかを投与すると死ぬし、途中で薬を飲ませなくなっても、死ぬって聞いたな。あと、〈器〉は必ず学校のような所に入れるみたいだな。理由はよくわからんが、社会に溶け込めるようにとか何とか言ってた」
「霧野みやこの人格は薬を投与されて生まれたもの? それとも自然に発生したの?」と、級長。
「わからない。でも、夕実のものではなかったから、自然に発生したんだと思う。俺の推測を言っていいか?」
「言って」
新渡戸は頷き、続ける。
「たぶん、薬は、そういう〈器〉自身の自我を抑える役目も担っていて、その供給が断たれたから霧野みやこに自我が生まれた。習慣化していておかしくない薬を飲むという行為をやめた理由がわからないが…あ、あと、薬を直接血液から投与することも一応できるらしい。成果は不明らしいけど」
「なるほど……ひろみは薬を与えられなくなってから、どのくらいかしら。もう自我が目覚めてる?」
新渡戸は、山田ひろみのほうをちらりと見て、言う。
「いや、わからないな……。投与される前の人間の人格とかを知らないと、どっちの意識だかもたぶんわからない」
「使えないわね」
「なんつーこと言うんだお前は」
「だって大した情報がないんだもの」
「お前……俺に何か恨みでもあるのか!」
「馬鹿は嫌いなだけ」
「馬鹿って言った奴が馬鹿なんだよ!」
「二人とも馬鹿な争いはよせって……」
ヒロアキが止めに入るが……、
「「馬鹿はお前だ!」」
級長と新渡戸が見事にハモっていた。なにその奇跡みたいなハーモニー。
それにしても、ヒロアキでも仲裁し切れないらしい。
犬猿の仲とはこのことだろうか。
と、そんな時、ふと炬燵の方を見ると、高島さんが所在なさそうにしているじゃないか。
「高島さん高島さん」
話しかける僕。
「我が国へ侵略か!」
おかしなことを言い出した!
何とか王国とか脳内で建国しているに違いない。
「違います! 話し合いに来ただけです! 撃たないでっ」
「何か用?」
うわ、何か怒ってる? 眉間にシワが……。
「何怒ってんのさ?」
「え? 怒ってるように見える?」
「怒ってないの?」
「ないよ?」
よかったけど……。
そして高島さんは、普段の表情に戻って、
「して、我が国へは何の用?」
「いや、ずっと一人にしちゃってて悪いなって……」
「一人? うちの国の人口は二人よ。ね、ひろみちゃん?」
「…………」
山田ひろみは一度、首を縦に大きく振った。
言葉の意味が通じての頷きなのかそうでないのかわからなかったが、まぁ、そんなことはどうでも良いことだとすぐに気付いて、高島さんのほうに向き直る。
「……そっか……ならいいんだけど……ちょっと高島が、さび――」
寂しそうに見えたから……と、言おうとしたのだが、
「こら、加賀! 書記がどっかいってどうする。俺の話を書け!」
なんだかいつも邪魔が入る気がする。
新渡戸のやつ、狙ってやってるんじゃないだろうか?
「あ、ちょっと……高島さんとぅぁ……服引っ張るなって」
正直に言いたい。
腕と頭が疲れたので休憩したい。もう書記なんてやめたい。
でもそんなこと言ったら、蔵野まちと新渡戸に怒られそうなので言えない。
猛獣は刺激しないに限る。
「襟引っ張るなよ、首絞まるだろうが」
「職務放棄して遊んでるからだ。もう次の議題に突入だよ」
級長は言う。
「次は、……どうしようかしら。器を生む者の本拠地について考える」
僕は『器を生む者の本拠地について』と書いた。
「各自、どこにあるか予想、はいヒロアキから」
「俺? えっと、東北っぽい」
「次、新渡戸」
「九州だな」
「私は関西地区。加賀君は?」
「僕は、案外ここから近い、関東地方にあると思う」
どうでもいいが、何だこの邪馬台国のあった場所を探すような感じは。
しかも全員根拠がなさそうだ。
不意に山田ひろみが立ち上がり、台所に歩いていった。
そして高島さきのカップに冷蔵庫から持って行った牛乳を注いだ。
少々イレギュラーな行動に、皆動向を見守っていて、ピンク色のカップでそれを飲んだ高島さんは、「美味しい!」と言って、見たこともない笑顔を見せた。
山田ひろみもまた、笑っていて、その笑顔は……霧野みやこのそれと、だぶって見えた。
ああ、確かに、霧野さんに似ているな。認めたくないけど、認めないといけないのかもしれない。
「高島さん高島さん?」
「え? 何?」
「敵の本拠地はどこにあると思う?」
「ええと……関東西部」
「何で?」
「富士山。何となく。不死の山って聞いたことあるし」
これまたただの勘でしかなさそうだ。全員そうだろうから何とも言えないというか、こんなもの書き取る必要があったんだろうか。なんか、正解に辿り着いた時、誰が一番近かったか賭けでもしてるみたいだ。関東にあった場合、東京二十三区から東なら僕の勝ちでいいのかな?
「いまいちまとまらないわね。そうだ、新渡戸、得意の占いでどこか当てなさい」
級長が提案した。
「何言ってんだ。占いなんてできねぇよ」
「えぇ? だって文化祭のときに、トランプ占いデース、とかやってたじゃない?」
「あれを占いなんて言ったら、占い師は全員詐欺師だ」
「……たしかに、ばら撒いたカード見ることすらしなかったものね」
「占いは、夕実が好きだったんだよ……」
「……そう」興味なさそうな声で、女は言った。「まぁ、保留かしら、これも。あぁ、もう。本当新渡戸って思ったより使えないのね!」
でも、興味がなさそうな声だったし、暴言だったけれど、何となく彼女には、後ろめたさを胡麻化すような雰囲気があった。
「協力してやってるだけでもありがたいと思いやがれ」と新渡戸。
「何偉そうに」級長も応戦。
「何だよ」
「何よ」
「喧嘩するなって!」
似たもの同士とは反発し合うものなのだろうか。磁石の赤い方と赤い方か。
というか、挟まれるヒロアキが可哀想だ。
「次、あ、そうだわ、全員に一度言っておかなきゃね。私達を追う者についてだけど」
僕は『私達を追う者について』と書いた。
「私は裏切り者だから当然のように追われる身。ヒロアキも今回のことできっと抹殺に踏み切られると思うわ」
「そんな簡単に何てこと言うんだよ……」とヒロアキ。
「そして、今、器を追う者の正体や秘密を知ってしまった貴方達全員、狙われるわ」
部屋が、静かになった。
聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「高島さんもか? 僕も? 新渡戸も?」と僕が言う。
「そうよ。殺されないとは思うけど、一生組織の建物の牢獄の中に閉じ込められるとか、十分あり得る話だわ」
「……それって、完全に巻き込まれてるよね、僕達……」
「巻き込んだわ」
言って、ふんぞり返りやがった。
「何だその態度……」
僕は怒りをぶつけたくてしょうがなかった。きっと僕だけじゃなく、新渡戸も同じ気持ちだろう。そういう空気を感じ取ってか、彼女は両手で空気をおさえて、落ち着けのジェスチャーをしてみせる。
「まぁ、待って」女は言う。「いがみ合っている場合ではない。今こうしている間にも刺客が迫っているかも知れない。その刺客がとんでもない卑怯者だったら、私やヒロアキを直接狙わずに、貴方達を捕らえて人質にして……なんてアニメチックな展開になってしまうかもしれない。おそらく私達よりも〈器〉であるひろみを壊すことを最優先に狙ってくるとは思うけど……」
その女は眼鏡をスイと持ち上げて掛けなおすと、続けて言った。
「だから、そのためにも私達は、結束しなければならないのよ!!」
そうかもしれない。
でも、でも、この人が言うとすごい腹立つんだけど。
僕は、そう言いたい気持ちを我慢すべきかどうか思案する。
しばらく考え込んでいると、
「お前が言うとむかつく」
新渡戸が言ったよ。
「さて、最後の議題ね。これからこの六人で、何をしていくか」
無視しやがった。
「だから、〈生む者〉の本拠地を探して、〈追う者〉を撃退するんだろ……?」とヒロアキ。
「当り前じゃない」
「それ以外に何かやるのか?」と新渡戸。
「折角六人もいるんだもの、何か面白いことしたいじゃない」
「その意見には大いに賛同するが、俺はお前が仕切ってるのが気に入らない」
新渡戸が言うと、蔵野まちは、
「私以外に誰が仕切るのよ」
「俺に任せろ」
「私も新渡戸が仕切るのだけは気に入らない」
「新参のくせに何なんだお前は!?」
「新しいも旧いもないわね。実力で考えるなら私がまとめるべき」
「リーダーってのは、信用が一番大事なんだよ」
新渡戸も信用あんまりできないけどなぁ……。
「何よ、嘘つき」
「うるさい破壊人形」
「人格破綻者」
「救えないサディストめ」
「シスコン」
「お前ら、互いを貶め合うなよ……」
「「だってこいつが」」
ハモった。
「「お前が」」
またハモった。
「「…………」」
沈黙すらハモっているように見える。ここは、僕の出番に違いない。
「じゃあ僕が仕切る!」
「えー」
何か、全員からそんな声が出た気がする……心が折れそうだ。
どうやら僕の出番ではなかったようだ……が、一度立ち上がったからにはどうにかしなくては。
どうにか。どうにか。
「僕達は、特にやることもなく集まった」
演説調で言ってみる。
「あるじゃない。〈生む者〉潰して〈追う者〉払う」と蔵野まちがいう。
「う……でも……それ以外では特に無い」
「まぁ、確かに」
「加賀君がんばれー」
あぁ、高島さんが応援している。頑張らねば。
「まず皆の結束を高めるために、この集団の名称を決めようと思う」
そして、僕は言った。
「その名も!……第五帰宅部! だ!」
「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」
静寂をありがとう。そろそろ僕も引退だろうか。
確かに自分で言ってて変なこと言った気はしてる。
違うんです、違うんです。何か変な電波を受信してしまったんです。
僕の考えたことじゃないんです。
夢の中とかでこうしろって命令されたのかもしれないです。
ごめんなさい。まじごめん。
撤回したい。
何だ第五帰宅部って。センスねぇ……。
ちょっと……誰か何か言ってくれよ。不安になるじゃないか。
いや、かといっていきなり別の話題とか「へぇ……」とか言ったりはやめてくれよ?
「待て」
「はいヒロアキ! 何か反対意見とか!?」
「ああ」
助かった気がする。
「第五は既にどこかにある気がするぞ」
なんだそりゃ!
どこにあるんだそんなもの!
「第七くらいなら、無いんじゃないか?」
新渡戸が言った。
六を飛ばした意味がわからない。
「あー、反対意見とか……無いの? 決まっちゃうよ? この変な名前に……」
「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」
沈黙をありがとう……。
「ちょっと! 良いの!? これで? ちょっと真剣に考えて……」
僕は言ったが、
「良いんじゃない? 名前なんて、何でも良いよ。大事なのは中身!」
高島さんたら、こんな中身のできなさそうな集団に何を言ってくれる……。
「はい、じゃあ、加賀のせいで俺達は第七帰宅部になったわけだが」
「勝手に仕切るな!」
と蔵野まちが、新渡戸を制そうとするが……、
「メガネは引っ込んでろ!」
また争いが始まってしまった。
「何だとこの……」
「やめろって……」とヒロアキが困った顔で言う。
「あ、あー……一応部の名前を決めた僕が初代部長でいいのかな? で、この部長を、僕は、新渡戸に譲ります! 以上!」
「ほら、俺が部長だ。部長命令だよ。下がれ」新渡戸はふんぞり帰って女を指さした。
「とりあえず、仲良くやろうよ、二人とも」
僕の口からそんな言葉が出たことに、僕は自分で驚いた。
いつの間にか、蔵野まちに気を許していたという裏付けのようなものだと思い、よくわからない、ぐるぐるした気持ちになった。
「何よ、第七帰宅部って、馬鹿みたい」
蔵野まちが呟くようにそう言って、渋々床に座りこんだ。
今さら言わないでくれ、もっと前に言ってくれ。
赦せることではなかった。赦したわけではない。でも近くにいるのなら、共に楽しもうと思った。友になって、近づいてしまえば、悪い人ではないように思えた。
日常が楽しくなる予感はあった。日常が明るくなる予感があった。許していくような予感があった。
僕の予感は、アテにならないだろうけど。




