Chapter6 山田ヒロアキの戦い_4
公園に着いた。
級長と加賀、そして霧野みやこを発見した。
発見したものの……。
え……?
え…………?
え………………?
何だこれ……ふざけるな。俺に、これ以上何を見せる?
樹木に上って見た光景は、霧野みやこの背中にナイフが突き立っているという景色。
あれは、俺のナイフだ。
級長に奪われた俺の、ナイフが、霧野みやこの命を奪おうとしている。
俺のナイフが、殺す?
また?
霧野の中の新渡戸夕実を?
あぁ、また雨が降り始めた。
俺は飛び出して暴れてやりたい気分を抑えつつ、木から木へ飛び移って機会を待つ。
隙の無い級長に、隙ができるまで。
ひたすらに気持ちは押し殺す。
今出て行ったら、救える命も救えない。
慎重に、慎重に動かなくてはならない。僅かなミスも許されない。
新渡戸が加賀たちの前についた頃、ようやく俺は死角に着いた。
距離も近い。声が、聞こえる。
「……う、そ、だろ? 霧野? 霧野ぉ……」
加賀は絶望の表情。
「嘘じゃないわ。止まったの」
止まった?
せめて死んだと言え。そしてまだ死んでいない。どう見たって生きている。
どうして必要のない挑発をする?
「うああああああああああ!」
加賀が級長に殴りかかった。
「何で! 何で殺した! 何で! あいつが、霧野が、みやこが、何をしたよ! 新渡戸夕実が何をしたよ!? 何で! わけもわからず殺されて! わけもわからず生かされて!! わけもわからず殺されるんだよおおおおお!!」
まったくだ。
「加賀……落ち着け」
新渡戸が止めようとするが、止まらない。
「落ち着けるわけ! ないだろうが! 器!? しらねぇよ! 人間だったじゃねえか! 霧野みやこは確かにいたんだよ! 生きてたんだよ! 笑ってたろ!? ちゃんと魔女の役もこなしてさ! 何だよ……お前ら全員見ただろうが! 頑張ってただろうが! 何で死ぬんだよ! ふざけ――」
級長の太刀による音も無い打撃が、加賀を気絶させた。命に別状はなさそうだ。
「お前たちを殺す気はない。ただ、そこにいる女の形をした器を壊す」
まだだ。まだ、今じゃない。
俺は懐から拳銃を左手で持ち出して構えた。
級長と新渡戸との会話。
もしかしたら、隙が生まれるかも知れない。
「させない……って言ったら?」新渡戸は言う。決意に満ちた口調で。
「抵抗してもいい。そこにいる加賀遊規のようになるだけだ」
「クラスメイトだろう? 話し合わないか? 級長だろ? 学級委員だろ?」
「ここは学校じゃない」
取り付く島もなさそうだ。
もう話し合いでどうにかなるレベルはとうに過ぎている。
「霧野みやこを殺したければ殺せばいい。だけど、覚えておけよ。お前らの言う、その器とかいうのをを壊すということは、二人の人間を殺すということなんだよ!」
「違う。それは人間じゃない」
「人間だ」
「人間じゃない」
「本当はお前も疑ってるんじゃないのか?」
「何を」
「人形のような、人間だっているだろう?」
「いない」
「お前は?」
「私は人形じゃない」
「じゃあ霧野はもっと人形じゃない!」
その時、級長に一瞬の隙!
「私は人形じ――」
最大火力で、死角から! 引き金を引く!
銃声。
「っく」
銃弾は級長の左足を掠めた。
わずかな出血。傷は浅い。
左足に意識が行った瞬間に発射した二発目は右肩に直撃した。
傷は深い。右手はもう使えないだろう。
つまり俺と同じになった。
「これであいこだな」
俺は木から飛び降りると、新渡戸の意識を奪う。殴り倒す。
「ごめん新渡戸」
わざわざ呼び出しといてこの仕打ちは考えてみれば結構非道いかもな。
後で、謝ろう。できれば、笑いながら謝ってやりたい。
級長は、傷ついた右肩をおさえることなく、直立したまま俺を責める。
「こんな場所で銃? 何を考えてるの?」
一般人を巻き込まないように、銃の使用はなるべく控える。それが掟だ。
だから、俺の銃撃は掟破り。
けれど、俺には関係ないね。もう組織の人間じゃあない。
「花火だと思うさ」
「冗談……っ」
銃声二発。
「っっぅあぁ!!」
カラン……。
俺の撃った銃弾は、二発のうち一発が、級長の左手を貫いた。
両手の自由を失った級長は太刀を落とした。
「うぅ……」
苦しげに声を上げる級長。
「……なんっで? 狙って?」
我ながらすさまじい集中力だと思う。
俺が狙ったのは、級長が移動する先だ。
一発目で左腕を狙う。そのときに、どう回避するか計算して、回避先を狙撃した。
未来を見た銃撃。
自分でもびっくりしたくらいだ。
「っく……」
死角をとって攻撃することに特化した俺たち〈追う者〉は、どうやら死角をとられて攻撃される経験が極端に少ないようで、隙や死角を突かれると、脆いのかも知れない。
それは優秀な隠密であればあるほど虚を突かれると劣勢になりやすいということ。
俺はそう考えている。
唯一の弱点。
……欲を言うと足も封じたい。
でもきっと、今度は狙っても当たらない。
銃器の扱いには慣れていても、同じ手段が二度通用する相手ではないだろう。最初の弾丸が毒入りとかだったら都合が良いんだが、さすがにそこまでのシナリオは描けないな。
「級長さん、さっきさ、好きな色は赤って言ったよな」
「……ええ。それが?」
「実は俺は、緑が好きなんだ。何でだかわかるか?」
級長は答えない。
赤いものを見続けると、緑色の残像が見えることがある。目をつぶって強い光を見上げた後に目を開くと、世界が緑がかって見えることがある。それは脳が反対の色を同時に呼び出して、中和させているからだ。赤は、緑の保護色ってやつで、緑は赤の保護色だ。
つまり――、
「赤の、反対だからだ!」
装填された弾はあと2発。
ナイフは2本。弾はポケットに残り4発あるが、再装填している暇はないだろう。
どう使う?
級長は地面に落ちた太刀を右手で拾い上げようとするが、力が入らない様子。苦い表情をしている。
両手が使えない。そこを突く。敵が足技しか使えない今。きっと勝機はある。
足一本を犠牲にしてでも足一本を潰せれば……。
四肢のうち三つを潰せばもう、戦えるはずがない。俺は引き金を引ける片腕が残っていればいい。
「っらぁ!」
俺は体の痛みを吹き飛ばすように声を出して、級長に先攻して仕掛ける。
「っく」
威力は下がったものの級長の足技は健在で、発火しそうなほど、空気を摩擦した。
だが、どんな攻撃も、当たらなければ無いのと同じ。
俺はポケットに入っていた銃弾を、級長の顔めがけて投げた。
避けられた。
俺は銃を頭上に投げて懐のナイフを左手に持つと、そのまま級長の右足を斬ろうと薙いだ。
避けられた。
俺は刃を返すような動作で、そのままナイフを投げる。
四肢の自由をひたすらに奪おうと、俺は攻撃の手を緩めない。
放たれたナイフは級長の右足を傷つけた。浅くはない。が、動かなくなるほどではない。
俺は背後に飛び退くと宙を舞っていた銃を受け取り、撃った。
避けられた。しかし、着地でよろめく。
俺はもう一度ポケットの銃弾を、今度は一発ずつ、時間差で投げる。二発目が、級長の髪の毛を掠めた。やはり、攻めることにかけては勝てないが、級長は守ることにかけては俺とそう変わらない。不安定。
一拍置いて、もう一度、銃を上に投げた、その刹那、級長は飛び上がり、俺の投げた拳銃を蹴り飛ばした。そして左足に伸びた俺の手がナイフを手にする寸前に、
「うっ……」
俺は、強烈な衝撃を受けて、三メートルほど、靴底が擦り切れそうな速度でスケートした。
蹴り出された拳銃は緑の中に消えた。
俺は何故銃を投げた。
ナイフ日本を抜き取るためだったとはいえ、もっと他に方法があったのではないか。
軽率。馬鹿。
何とでも言ってくれ。今は反論している暇はないが。
俺はようやくナイフを両手に握ると、雨の中、級長と対峙した。
霧野みやこを、新渡戸夕実を、加賀遊規と新渡戸夕貴、ついでに高島さきも、そして俺、山田ヒロアキの、ささやかな幸せとかいうやつを守るために。
絶対に、殺させやしない。




