17.エバー・アフター 中編
ルスランはザリーナを裏庭の泉に連れ出した。
「ほら、ここなら静かだろ」
月明かりが泉を照らし、昼間ほどではないにしても、はっきりとルスランの顔が見えた。
端正なその作りが、ますますこの世のものではないくらいに美しく映る。
ザリーナは見惚れながらも少し緊張して彼に従った。
「渡したいものがあったんだ」
「渡したいもの?」
「ああ、まずはこれ」
そう言ってルスランは小さな枝を差し出した。そこには少し乾いた緑色の葉っぱと、白い木の実のようなものがついている。ザリーナはそれが何か気付いて声を上げた。
「ルスラン!これどこで手に入れたの?」
「華春だよ。君が探していたバロメッツってこれだよな?」
それはルスランがグーゴンスーから受け取った蚕の殻と桑の葉だった。
「すごい。本当に伝説のまんまね」
ザリーナは思いがけないプレゼントをそっと受け取った。
「私も華春で蚕を見せてもらったの。タルタルスの人にも色々聞いて、伝説のバロメッツは蚕のことだと確信したわ」
「まあ、確かに羊のように糸が採れるわけだし、蚕の白い毛で覆われた姿は小さな羊みたいといえばそうだったな」
「でしょ。うふふ。蚕の殻が枝についたまま手に入るなんて嬉しいわ。ありがとう」
「喜んでくれて良かった。……それからもう一つ。これも君に」
ルスランは小さな箱を取り出した。それは前回の結婚式で渡すつもりで、ずっと大切にしていたものだった。
「まあ、なあに?」
ザリーナが箱を開けると小さな金の指輪が入っていた。
「ファティマさんから聞いたんだ。君のお父さんはプロポーズの時に金の指輪を贈ったって」
ザリーナは何も言わないまま、そっと金の指輪を取り出した。月明かりに指輪がきらりと光る。
その指輪には左右対称のつる草模様の透かし彫りが刻まれていた。
ザリーナは嬉しそうにその指輪を左手の中指に付けた。
「……嬉しい。ありがとう。大切にするわ。……私も贈り物を持って来るべきだったわ」
「何もいらない。君が最高の贈り物だ。ザリーナ、私の黄金」
そう言って、ルスランはザリーナに優しく口づけした。すぐに離れたそれに、今度はザリーナが追いかけるように口づけた。
カミルとファティマが国王に二人の再婚約を報告し、結婚式の日取りが正式に決められた。
ルスランとザリーナが再び王宮を訪れると、思いの外温かい祝福を受け、ほっと胸をなでおろすことができた。
そうして英雄二人の結婚式が再開されることが国中に広まり、一躍お祭り騒ぎが始まった。ハティシェのように商売根性を丸出しに、結婚式にあやかろうとする者が続出し、ルスランとザリーナをイメージする商品が次々と売り出された。
特にルスランがザリーナに金の指輪を贈ったエピソードが大いに盛り上がり、宝飾店は「好きな人にプロポーズするなら金の指輪を用意すれば間違いなし!」と銘打って、恋人に指輪を贈ることが一躍のブームとなった。
「ねえ、指輪見せてよ」
ハティシェが羨ましそうにそう言うので、ザリーナは一瞬だけ見せたあとに、サッと指を隠した。
「ケチ!ああ、私にも誰か指輪を贈ってくれないかしら」
「騎士団にお気に入りがいたじゃない。彼はどうなったの?」
「あーあれね。ダメダメ。他の店の女の子にも声を掛けてるのを見たわ。もっとこう、一途に私を想ってくれる人はどこかに転がっていないかしら?あんたのルスラン様みたいに」
そのニヤニヤと笑っている目を見て、揶揄われていると知り、ザリーナは顔を赤くして目を逸らした。
「でも良かったわ。前にあんたが行方不明で、途中うちの店に来たじゃない?あの後大変だったのよ。あんたを探して、町中を騎士団がひっくり返すような騒ぎになって」
「何それ?そんなことになってたの?」
「ファティマ様が命じたらしいんだけどね。あんたも大概にしなさいよ。あんたを心配してるのは騎士団長だけじゃないのよ。ファティマ様や魔塔の人たちはもちろんだろうけど、もう、国中よ!く・に・じゅう!本当に、戻ってきてくれて良かったわ」
「……そんなに騒がせてしまったのね。ごめん」
「そうよ!私だってね。あんたがいつもの寝ぼけた顔でカーシャを食べに来ないから寂しかったんだからね!」
ハティシェは軽くこずくようにザリーナの肩にこぶしを当てた。 ザリーナは、幼馴染が自分が思っていた以上に気に病んでくれていたことを感じて、急に申し訳なくなった。
「ハティシェ!ごめんね!」
「わあ!何すんのよ」
ザリーナがいきなり抱きついてきたのでハティシェは慌てた。
「……私、あまりに自分勝手だったわ。たくさん大事な人たちを傷つけてたみたい」
「……まあ、分かれば良いのよ。次からはどこにいつまで行ってくるかくらい、ちゃんと周りに伝えてから行きなさいね。特にルスラン様にね」
「うん。言う通りにする。だからハティシェ、これからもカーシャを食べさせてね」
「ちょっと!私の価値はカーシャだけ?」
「ハティシェの店のカーシャは一番だもの!とてつもない価値があるのよ!それこそ私の中で一、二を争うくらい!」
その言葉にハティシェは思わず噴き出した。
「フッ!じゃあ、あんたの中ではルスラン様とカーシャが同列なの?」
「カーシャじゃないわ!ハティシェが大事なの!言わせないでよ!」
幼馴染の大親友のハティシェはザリーナにとって家族に等しい。ルスランと新たな家庭を築いても、まだまだハティシェはザリーナの中で大事な人であることは変わらないだろう。
ハティシェもザリーナのそんな気持ちが伝わってきて、抱きしめ返した。
「そんなに大事なら、もっと大切に扱いなさいよ!」
「うん」
「これからはご飯を抜かずに、ちゃんとうちに食べに来なさいね」
「うん」
「で、私にもちゃんと良い男を紹介するのよ!」
ハティシェが笑いながらそう言って手を離し、「幸せにね」と呟いたので、ザリーナはまた頷いて返した。
結婚式の準備が進むある日、ファティマがザリーナを呼び出した。
「おばば!来たよ!」
「はいよ!入りな!」
ザリーナがファティマの部屋に入ると、ファティマを始めとした魔塔の女性陣が数名で待っていた。
その中央にはザリーナの婚礼衣装が飾られていたが、ザリーナは目を見開いた。
ザリーナは前回と同じものを着るつもりだった。クロゼットに入れていたので、そろそろ再試着したほうが良いなあと思っていた所だったのだが、目の前のそれは前回のものと違って見えた。
「えっこれどうしたの?」
ファティマが満足げにザリーナに見せたのは、前回の白に金糸の刺繍が入ったドレスではなく、白いシルクの生地に銀糸で縁取られたレースが重ねらたかなり凝ったものだった。
「どうだい?前回と同じじゃケチが付くと思って、みんなで突貫で仕立て直したのさ」
見渡すと皆がやはり朗らかに微笑んで、口々にザリーナに「結婚おめでとう!」「幸せにね!」と声をかけた。
「……みんな、ありがとう。着てみても良い?」
ザリーナが照れ臭そうに頬を染めながらそう言うと、ファティマは、「もちろんさ!」と言って、着替えを手伝った。
着てみると、レースの重さはあまり感じられず、意外に動きやすかった。ザリーナがくるっと回ってみせると女性陣から「わあ!」という歓声が上がった。
「ザリーナ!世界一綺麗よ」
「ルスラン様も惚れ直すに違いないね!」
「国中の男たちが悔しがるだろうね!」
皆が口々に褒めたたえる声にザリーナは自分が魔塔の中でどれだけ気にかけられ大切にされて来たか改めて知れた気持ちになった。
――パパが亡くなってから、私は憐れまれるだけの子供だと思ってたけど……。
母親の愛を知らないザリーナだが、魔塔の仲間たちは母であり姉妹であり続けてくれた。
――私はずっとこんなに素敵な家族に囲まれて来たんだ。
ザリーナは鼻の奥がツンとするのを押さえようと、唇をぐっとかみしめた。その泣き笑いのような表情にファティマがザリーナの顔を自身の肩に押し付けると、ザリーナはもう涙をこらえることができなかった。




