17.エバー・アフター 後編
結婚式の当日、騎士団の詰め所ではムラトが全騎士に伝令を行っていた。
「いいか!今日は我らが団長、ルスラン様の最も重大な日だ!決してルスラン様とザリーナ様の妨げにならないように、万全の態勢を整えろ!」
『ラジャー!』
通信石を通じて、全騎士が敬礼する。
「頼むぞ……。前回のような失態が起こったら、今度こそルスラン様の命も危ういかもしれんからな……」
ムラトは真剣な顔で呟いた。それを受けて新人騎士のバティルが軽口を叩いた。
「今回は大丈夫ですよ!そもそも団長は今回、通信石を外してるでしょう?天が落ちるか、あれがまた現れでもしない限り、お二人の結婚を邪魔する者なんていないですよ!」
「そうだと良いがな……。ルスラン様だからなあ……」
ルスランの最も身近な部下はルスランの肝心のタイミングでの運の無さを日々痛感していたので、胸騒ぎを覚えた。
「皆の者!今回は絶対に誰にも邪魔されぬように、全力で警護に当たるのだぞ!」
「御意に!」
神殿に設けられた結婚式の祭壇の前ではカミルが神経をとがらせて家来たちに号令をかけていた。
それを全く気にしていないかのように、彼の妻はファティマと楽しくおしゃべりに花を咲かせていた。
「やっと、あの二人も一緒になれますわね。可愛い嫁ができて本当に幸せだわ~」
「ネルメス様、あの子は魔法と錬金術以外あんまり何もできない子だけど、どうか容赦してくださいな。ただ、根は本当に良い子だから、貴女様のこともきっと実の母のように大切にしますよ」
「もちろんですわ。ザリーナほどの嫁を得られるのはルスランの、いえ、我がザネイ家の幸い。決して粗末に扱いません。ファティマ様もどうぞご安心なさって。あっそうだわ!これを機にぜひ、魔塔の皆さんとザネイ家が家族ぐるみで付き合えるように、定期的に家宴を催しますわ!」
ネルメスは前回のザネイ家の宴が楽しかったので、定期的に開きたいと考えていた。魔塔との付き合いという名目はカミルを説き伏せるのにピッタリだと思い、ワクワクと頭の中で計画を立てた。
べルスランを始めとする魔塔のいつものメンバーは気楽に寛いでいた。
「ああ、やっとこの騒動も終わりそうだな。思ったよりも長引いたな」
「そうだな。本当に長かった」
「何にしろ、ザリーナも騎士団長も無事で良かった。マンティコアに遭遇して生き残れるなんて奇跡に近い」
「それを言うなら華春やアトラメンタムにあてもなく行って、無事に帰ってこれたルスランは悪運が強いな」
「違いない!」
そこで三人で笑いあった瞬間、後ろから魔塔の女性陣達が三人の頭を小突いた。
「笑い事じゃないよ!あんたたちもザリーナに気軽に何でも吹き込むから、あの子が無鉄砲にどこかしこに行っちまうんだよ。少しは反省しな!」
ファティマに続く、NO2の魔女、テジラがピシりと叱ると、三人は身を縮こませた。
そんな風に皆がワイワイと騒がしくしていると、ついに鐘が鳴り、儀式の時間となった。
参列者達は慌てて座席に着席し、入り口に目をやった。
そこには盛装したルスランと、あのドレスに身を包んだザリーナが並び立っていた。
二人が一歩、また一歩と祭壇に近づく姿を皆が温かい目で見守っていた。ファティマはもちろん、べルスランの目にも涙が浮かんでいる。べルスランはティムールとスヴェトラを自分の子供のように見守っていたので、彼にとってザリーナは孫娘のようなものだった。
「二人にも見せたかったな……」
「ええ」
べルスランの呟きに、ファティマも静かに頷いた。
祭壇の前に辿り着いた二人が、ゆっくりと跪き、頭を垂れる。
神官が二人の頭に順番に手を乗せ、祝詞を述べ、二人が神に向かって深く礼を取る。
神官は二人を立たせ、向かい合わせた。
「では、神の目前で互いに婚姻の誓いを立てなさい。ルスラン・ザネイ、貴方は健やかなるときも病める時も、彼女を愛し、敬い、支えることを誓いますか?」
神官の問いを受けて、ルスランが口を開きかけたその瞬間、カンカンカンと有事を告げる鐘の音が鳴り響いた。
「なんだ!何事だ!」
皆、何が起こったのか分からず動揺が走る。
「ルスラン!取り合えず早く誓いの言葉を言うんだ!何があっても結婚式を先に終わらせろ!」
カミルが叫び、べルスランも同意する。
「そうだ!早く早く!何が起こっても三分ぐらい俺が何とかしてやるから早くやれ!」
ルスランは強く頷くと、改めてザリーナに向かい合った。
「ザリーナ!私はどんな時も貴女を愛し、敬い、支えることを誓う!この命を懸けて!」
ザリーナは早口でそう言い切ったルスランの必死な様子に自然に笑みがこぼれた。
「ふふっ!ルスラン、私もどんな時も貴方を愛し、敬い、支えることを誓うわ!」
そう言うと、ザリーナはルスランの襟元を掴み、その唇を奪うかのようにキスをした。
「じゃあ、行きましょう!何が起こってるのか見に行かなくちゃ!」
ザリーナはルスランの手を掴むとそのまま神殿の外に駆けだした。
「地竜だ!また地竜が出たぞ!今度は百匹を超える大群だ!」
外では騎士団員が飛竜に乗って前回の谷の方向に向かっていた。
ザリーナ達の後を追って来た魔法使い達も皆顔色を変えて、それぞれ行動に移った。
そんな騒ぎを見て、ザリーナは眉をしかめた。
「また?今回も誰かさんの嫌がらせかしら?」
脳裏にプシマフの皮肉な笑みが再現され、さらに眉根の皺が深くなった。そんなザリーナの手をギュッと握り、ルスランが微笑む。
「誰のせいかは分からないけど、私がザリーナと共にあることだけは絶対だ」
「そうね。じゃあ、すぐに谷に向かわなきゃね。旦那様、準備は良い?」
「もちろん!」
ザリーナとルスランは婚礼衣装のまま、飛竜に飛び乗った。
「新婚旅行というには物騒だけど、初めての共同作業としては印象深いわね」
二人の様子を見守っていたハティシェが面白そうに呟いた。
ザリーナがルスランと谷に着くと、プシマフが大量の地竜の上に立ち、大きな声で言った。
「結婚おめでとう!これは心ばかりのお祝いの品だ!気に入ってくれると嬉しい」
「やっぱりあんただったのね!気に入るわけないでしょう!」
「心外だな~。地竜の素材は高額で取引されるんだが」
「だからってこんなに要るわけないでしょう!」
ザリーナの魔法が谷を埋め尽くすような地竜の群れを一瞬で凍り付かせる。
その様子にプシマフは満足そうに笑った。
「またな!」
いつもと同じように蛾が現れてプシマフの姿が消える。
「あいつ!また厄介ごとだけ起こして!」
怒り心頭のザリーナを、よしよしとルスランが宥める。
「まあまあ、前回助けてもらった礼もまだできてないから、仕返しは次回に取っておこう」
「うっ、悔しいけどその通りね。まずは目の前のこれから何とかしないと」
「前回と同じ方法でできそうか?」
「どうかしら?とりあえず、一度戻って対策会議でも開く?」
ザリーナはもう自分が一人で何かをやる必要がないことを知っている。ルスランにしろ、魔塔にしろ、騎士団にしろ、皆で取り組めばまた何か良いアイディアも出るかもしれない。
「さっき、地竜の素材が高く売れるって言ってたな」
「あっシェン爺が言ってたけど華春国では伝染病の特効薬として重宝されているそうよ」
「じゃあ、まず、彼にどの部分が売れるのか聞いてみないとだな」
そんな二人の元に、遅れてやって来た騎士達や魔法使い達が集まって来た。
その場でザリーナが手を叩き、大声で言った。
「はいはい!皆さん!緊急の会議を始めます!議題は『地竜百匹討伐作戦及び、地竜素材の回収について』です!」
「百匹?」
「ヤバすぎ!」
「魔法が溶けたら大災害確定だな」
皆が口々にそう言いながらも彼らの顔には悲壮感はなかった。
「ちょっと量が多いけど、みんなでやれば何とかなるわ!はい、じゃあ、何か意見や質問がある人!」
「多すぎるし、エリア分けする?」
「植物魔法で簡易の檻を作るのはどう?」
「いやいや、もう一匹ずつ凍らせて、凍らせたまま輪切りにしようぜ。前回鍛冶屋と相談して、地竜の首を凍らせたままでも切れる刃を開発してもらったんだ」
「騎士団としては、魔塔の叡智に従います。協力は惜しみません」
「素材の回収って何?こんな気持ち悪いものが売れるのか?食えるのか?」
「前回の討伐で、歯と革を引き取りたいって話があったな」
「えっいくらで?」
「確か、一頭分で金貨五十枚」
ある騎士のその何気ない一言が出た瞬間、皆の顔色が変わった。
「まじか!」
「えっボーナス期待できる?」
「ていうか、前回のその売り上げはどうなったんだ!」
「それは財務大臣が……」
「はあ?聞いてないぞ!」
だんだん収集がつかなくなってきたので、ザリーナとルスランは顔を見合わせた。
「もう、一旦切り上げて、前回の追求含めて王城で話し合った方が良さそうね」
「だな。じゃあ、一旦撤収!騎士団員は十名、見張りとして残れ。何かあったらすぐに知らせろ」
「はいはい。魔塔のみんなも、一旦王城に行きましょう。前回の素材売却の件含めて、白黒はっきりつけないとね!」
ルスランとザリーナがそう言うと、皆が渋々と言うように王城に向かい出した。
「さて、私達も行きましょうか」
「ああ、奥さん、言いそびれてたけど、今日の君は世界最高に美しい」
「貴方も、世界最高にかっこいいわ。旦那様」
ルスランとザリーナは静かに顔を寄せ口づけあった。
もう誰もいないのは分かっていたが、何だか気恥ずかしくなってすぐに離れて、周囲を窺う。
「じゃあ、出発!」
また飛竜に飛び乗り、城に向かう。
今回は転移を使わずに、空中での二人きりの時間を楽しみながら。
完
これにて完結です!
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お読みくださった皆様、ありがとうございました。
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番外編を後日掲載予定です。
その時はまたお読みいただけたら幸いです。




