17.エバー・アフター 前編
ルスランの体調が戻った後、二人は改めて事の次第を国王に報告しに行った。
ファティマがある程度報告してくれてはいたが、流石にディナラ王女の死は王家にとって悲痛な衝撃となった。
「まさかあの娘が魔獣を召喚して命を落とすなんて!」
王妃は涙し、国王も一気に老け込んでしまったかのように意気消沈してしまい、ザリーナとルスランは自分たちの結婚式をやり直すことを報告することを躊躇った。
「ねえ、しばらく内緒にしない?とてもじゃないけど言い出せる空気じゃないわ」
「……確かに、少しほとぼりが冷めるまで待った方が良さそうだな。父上にそう伝えておくから、ザリーナも魔塔の皆さんに伝えておいてくれるか?」
そうこそこそと示し合わせ、二人は王宮を後にした。
それでも二人の親密な様子を見て、周りの人間は「やっと寄りを戻したか!」と噂し合った。
「ザリーナ!騎士団長様と寄りを戻したそうじゃない!で、結婚式はいつやるの?」
ザリーナが久しぶりに町の飯屋に立ち寄ると、ハティシェが寄ってきて大きな声で言った。
ザリーナは、慌ててハティシェの口をふさぎ、小声で言った。
「どこでそんなこと聞いたの!」
「あら、騎士団の人たちが言ってたわよ。ルスラン様が毎日幸せそうで、やっと報われた様子だって。結婚式も秒読みだって」
ザリーナは思わぬ方向から話題が漏れたことに冷や汗をかいた。
――ルスランは騎士団にも結婚式をやり直すことはまだ報告していないはずなのに、まさかそんな風にバレるとは……。
「……えっと、まだ何も決まってないから、騒がないで、そっとしておいて」
「えー、じゃあ、決まったらすぐ教えてよ。『結婚おめでとう特別メニュー』を作って商売するんだから!」
「何よそれ?私達で儲けるつもりなの?」
「我が国の二人の英雄の結婚式よ。ここで儲けない奴は馬鹿だわ!」
ハティシェの商売人根性に辟易し、ザリーナは何も食べずに飯屋を出た。
ザリーナはふと思い立ち、屋台でカボチャパンを買って、ルスランの執務室に飛んだ。
執務室には誰もいなかったので、ザリーナは勝手知ったるかのように、ルスランの椅子に座ってカボチャパンを食べ始めた。そして、食べ終わったあとは、そのまま膝を丸めて椅子で眠りに落ちた。
副団長のムラトと共に部屋に戻ったルスランが眠りこけるザリーナを見つけて、シッと唇に指を押し当てるとムラトは声を出さずに了解を手で示し、忍び足で部屋を出た。
ルスランはザリーナの横の机にもたれかかり、眠り姫の顔をじっと見つめた。
金色の長いまつ毛が影を落とし、薔薇色の頬に陰影ができてあたかも彫刻のように見えた。
そのままルスランはザリーナに口づけをしようと顔を寄せたが、寸での処でザリーナの目がパチリと開いた。
「あら、ルスラン。帰って来たのね」
ルスランは残念に思いながらも、まだ眠そうに目を手でこするザリーナから顔を離した。
「ただいま、眠り姫。そんな姿勢で寝てたら身体が痛いんじゃないか?今度君専用のソファを用意するよ」
「大丈夫よ。それよりお腹空いてない?カボチャパンがあるわ。座って」
ザリーナは椅子から下りて、ルスランを代わりに座らせた。
「ありがとう。君は食べた?」
「ええ。あのね、今日ハティシェの所に行ったら、結婚式はいつかって聞かれてとても気まずかったの。だからあの店で何も食べずに出ちゃった。で、屋台でこれを買ったのよ」
「結婚式?何で彼女が知ってるんだ」
「……貴方の所の団員様方が察しが良くて、噂してるのよ」
「ああ……」
ザリーナが恨みがましくそう言うと、ルスランも言葉を失くした。
「まあ、私も隠すつもりはないけれど、結婚式については王様に報告が必要だし、どうしたらいいかと思って」
「そうだな。……よし、父上とファティマさんから報告いただくのはどうだろう。その後、陛下からお呼び出しいただいて、改めて婚姻の報告をするということで。私達がいきなり陛下にお伝えするよりも角が立たないだろう」
「そうね!そうだ。カミル様に私も改めて挨拶に行った方が良いわよね。ずっとご心配も掛けてしまったし」
「じゃあ、近いうちにザネイ家で食事会をしよう。ファティマさん達も呼んで!」
ザリーナが魔塔に戻った後、ルスランはすぐに父親に伝書を送った。
「何!ザリーナが我が家に来るだと!皆の者!集まれ!全力でおもてなしを行うのだぞ!今度こそ息子の嫁を!我が国の黄金を絶対に逃がしてはならん!」
「かしこまりました!」
ザネイ家は家長の号令に嵐が吹き荒れるかのような騒ぎとなった。
カミルの妻でルスランの母親のネルメスは、ここぞとばかりに仕切りだした。
「はいはい。じゃあ、ここの飾りつけはザリーナの金とルスランの黒をモチーフにしたタペストリーに変えて。それから廊下の花はザリーナの好きなガリカで統一して。お料理は、あの子は何が好きだったかしら?何でも食べる子だけど、ロブスターを食べたがってたわね。あと、ファティマ様はカボチャがお好きだからカボチャパイは必ず用意して!」
ネルメスはお気に入りの嫁がやっと家に来てくれると大喜びで、嫁に贈るための宝飾品選びにも余念がなかった。元々、結婚式が終わったら渡そうと思っていたが、今回はさっさと渡してしまおうと決意した。
――また逃げられたら大変だもの!贈り物を渡してしまえばもう断れないでしょうよ。
そんな計算もあって、特別に豪華な贈り物を選び、更に新しくいくつか買い付けもした。
そうこうする内にザリーナの訪問日となり、ザネイ邸には一族が集まり一際賑やかになっていた。
「ちょっと、何でこんなに人が多いの?聞いてないわよ」
まるで披露宴の予行のような人の集まり具合に、ザリーナはすぐにその場を立ち去りたい気分になった。しかし、両腕をファティマとべルスランにつかまれ逃げることは叶わなかった。
「まあまあ、我が国の宝石が来訪すると言うことで一族皆がこぞって集まってしまったんだ。どうか気にせずに寛いでくれ」
カミルも今度こそ逃がさないとばかりにネルメスと共にザリーナを迎え、奥に案内した。
その後ろではルスランが「すまない」と言うように手を合わせている。
ザリーナは覚悟を決めて宴会場の入った。
「ザリーナ、改めてありがとう。我が息子を選んでくれて」
「カミル様、私のほうこそ、一度お断りしてしまったのに、再び受け入れて下さってありがたく存じます」
ザリーナはカミルにお茶を差し出し、カミルがそれを受け取った。
そしてネルメスがザリーナに婚約の贈り物のイヤリングを渡した。それは大粒のエメラルドを中心にルビーがあしらわれた金細工でできており、とても美しいものだった。
「お嫁さん、貴女がザネイ家に来てくださってとても嬉しいわ。どうか何も心配せずにいてね。私たちは貴女を心から大事にするから」
ネルメスがザリーナの手を取り、嬉しそうにそう言うので、母親の温もりを知らずに育ったザリーナは少し照れ臭く感じた。
「……ありがとうございます。私もルスランと皆さんを大事にします」
アディーグ王国の婚約では花嫁を迎える婚約式で一族が音楽や踊りを披露することが習わしになっている。しかし、前回の結婚のときは、先に結婚式を終えてからザネイ家で祝宴が開かれる予定だった。
それもルスランとザリーナが共に国の重要人物で忙しかったせいもあった。
だから今までカミルとネルメス以外のザネイ家の人間と会う機会はザリーナにはあまりなかった。
だが、流石五大家のザネイ家である。今、広い邸宅の庭が解放され、華やかな音楽が鳴り響き、大勢が踊りを披露している。特に近しい重要人物だけのはずではあるが、あまりの人数に、ザリーナは挨拶するだけで疲れてしまった。
ひと段落したところで、ルスランがこっそりとザリーナに耳打ちした。
「疲れただろう。ちょっと抜けよう。まだまだ宴は終わらないからね」
ザリーナはルスランに手を引かれて、喧騒から離れた。
本日 3回更新。 いよいよ完結です!




