12.十五年前 前編
「プシマフが現れた⁇」
魔塔でファティマとべルスランに王女の離宮であったことを報告すると二人とも信じがたいと言うように顔色を変えた。
「まだ実物に会ってないから本人かどうかは確証はないの。でも、カンタリジンや南方葛を勧めてくる辺りが、プシマフおじさんぽいでしょ。手段を選ばないって感じがして」
ファティマとべルスランはザリーナのその言葉に半信半疑のように首を振った。
「プシマフが生きてたなんて」
「信じがたいよな」
「ねえ、おばば。十五年前何があったの?私、覚えてるわよ。あの土砂崩れの前に、プシマフおじさんとうちのパパって喧嘩してたよね」
「そんなこと覚えてるの?」
「ええ。普段は仲が良いのに、あの時は殴り合いになってたもの。パパが、プシマフおじさんに近づくなって言ってたし」
「ああ、そうだったんだね」
「まあ、ティムールがそう言ったのも無理はないな」
ファティマとべルスランは顔を見合わせた。
「あの頃は、ちょうどティムールが塩銀の精製に成功したところだったのよ」
「塩銀?ああ、そうだったわ。覚えてる」
ザリーナはガラス瓶に入れられた塩銀の美しい銀色を思い出した。
「塩銀?なんだそれは?」
ルスランだけは全くの初耳だったようで、疑問を投げかけた。
「塩銀ていうのは、錬金術で塩から取れる鉱物なの。とても柔らかいんだけど、美しい銀色をしていて、何よりすごい特徴があるの」
「特徴?」
「ええ、水をかけると燃えるの」
「はあ?水をかけると火が消えるのが普通だろ?」
「そこが面白いところで、塩銀は水に反応してすごい熱を帯びて発火するのよ。だから、新しい火薬の一種として錬金術師の間で、すごく注目されているんだけど、最初に精製に成功したのが、私のパパってわけ」
ルスランは信じがたいと言うように、首を振った。
そんなものができたのなら戦い方が変わってしまう。例えば、先日、海賊船を火の海に沈めたところだが、塩銀を使えば、もっと容易にできただろうとルスランは思った。塩から生成できるというのも原料が大量にあるということで、いくら塩がアディーグ王国では貴重品と言っても、火薬よりも大量生産ができてしまうかもしれない。
しかし、そんな考えを見透かしたかのように、ザリーナは言った。
「まあ、塩銀の精製は簡単じゃないのよ。魔法を使うか雷を使うかなんだけど、魔力も大量に必要だから、塩銀をたくさん生成できる魔法使いはそんなにいないわ。雷なんて本当に扱いにくいし」
「雷を使うのか?そっちの方が危ないじゃないか」
ルスランは塩銀の大量精製が全く現実的ではないことを知り、逆にホッとした。
「じゃあ、プシマフは何で、君のお父さんと喧嘩したんだい?」
ザリーナも首を捻って、ファティマの顔を見た。ファティマは観念したように口を開いた。
「プシマフはティムールの作った塩銀を盗もうとしたのよ。それが見つかって殴り合いになったの。プシマフは塩銀を大量に作って、売りに出そうとも言い出したの。でもティムールはそんなこと許さないと言ったわ。だって、プシマフは戦争の道具として利用しようと言い出したから」
「そんなこと言ったの⁉︎それは殴られて当然ね。ねえ、じゃあ、プシマフは塩銀の研究成果を持って、パールサに行ったのかしら?だけど、プシマフが国境を抜けた形跡はなかったのでしょう?」
「でも、あの時は土砂崩れがあったじゃないか。そのせいで、結界が一時的に壊れたんだ」
べルスランが眉根を寄せて悔しそうにそう言った。
「でも、でも、じゃあ、今度はどうやってアディーグ王国に戻ってきたの?門を通るときに誰も気付かないなんてあり得ないし、結界が破られたら、それこそ気付くわ」
「……こないだ、結界を超えて入って来た奴らがいたじゃないか」
ザリーナの疑問に今度はファティマが答えた。
「結界を超えて?えっそれってまさか……」
「そう、地竜どもだよ。プシマフなら地竜を操って地中に穴をあけて、国に戻ってくるぐらい朝飯前さね。何しろ彼奴のあだ名は『蟲使い』だからね」
「あいつ!プシマフ!とんでもない奴ね!」
ザリーナは怒りに任せて、机を叩いた。
その音にべルスランはビクッと身体を振るわせ、ルスランは急いで、ザリーナの手を取った。
「ザリーナ、落ち着いて。ほら、手が赤くなってるぞ。痛くないか?」
ザリーナの手の痛みを紛らわそうと、ルスランはフーフーと優しく息を吹きかけた。ザリーナはそんなルスランを気にせず、会話を続けた。
「じゃあ、プシマフは一体何が目的で国に戻ってきたのかしら。何か企みがありそうよね」
「そうさね。魔塔の研究成果でも狙って来たのかね」
「でも塩銀なんて、錬金術師は手習いで精製に挑戦をすることはあっても、基本的に使えないから、すぐに取り組まなくなるわ。だから魔塔でもほとんど、研究が進んでないじゃない」
「しかし、パールサにプシマフが行ったなら、何か成果を出さないといけないからね。元々、錬金術はパールサが本場だけど、ここ数十年何か革新的な研究成果があったなんて聞いたことないしね」
首を傾げるファティマに対してべルスランもうーんと唸りながら言った。
「ネタでも探しに来たんじゃないか?それか、王女に手を出したってことが気になるな」
ザリーナがハッとして顔を上げた。
「まさか、パールサがうちの侵略でもする気とか?」
「もしうちの侵略をするなら、王女じゃなくて、騎士団を狙うんじゃないか?」
その言葉に、ザリーナとルスランは顔を見合わせた。
「狙われたわ。王女が購入したカンタリジンはルスランに使われるところだったんだもの。我が国の騎士団長で、英雄のルスランによ」
「えっなんだって」
「カンタリジンが、面白半分に広まったら、皆身体を壊して死人も出るわ。南方葛の方だって、本物が話題になった後で、偽物を売りつけたら、とんでもない被害が瞬く間に広がっちゃうわ」
四人はそれを想像して冷や汗をかいた。




