11.王女の悪あがき 後編
「ルスラン!貴方から来てくれるなんて!」
ベールで顔を隠したディナラ王女がルスランに飛びつこうとするのをザリーナが制した。
「王女殿下、御自重ください。貴方はパールサ帝国に輿入れされる身ですよ」
「ザリーナ!お前、何でいるの?」
大嫌いなザリーナの顔を見て、王女はヒステリックに叫ぶように言った。
「貴女の診察に来たんですよ。ほらベールを上げて」
ザリーナがパチンと指を鳴らすと、王女の顔を隠していたベールが舞い上がった。蕁麻疹だらけで赤く腫れあがった肌が露になり、王女は「ひぃっ」と叫ぶと慌てて両手で顔を隠し俯いた。
「これは深刻な中毒症状ですね。一体何を摂取したんですか?」
王宮の食事には毒見役がいるので、そこに毒物が仕込まれているようなことは考え難かった。
体に合わないような何か食べ物か薬でも摂取したのなら、このようなことも稀に起こるので、ザリーナはそれを疑った。
「お茶とか、薬とか、最近新たに飲み始めたものとかはないですか?」
「あっ、もしかして……」
王女付きのメイドが小さな声を上げたのは、ザリーナは聞き逃さなかった。
「心当たりがあるのね」
「ええ、最近王女様が購入された『美人になれる薬』というものがありまして」
ザリーナはいつかのラドたちとの会話を思い出し、もしかしてと思った。メイドは続けた。
「最初お試しということで、数包戴いた時に、王女様が飲まれたら、確かに肌が白く艶やかになったんです。その後、たくさん購入なさったんですけど、先日飲まれた後、急に体調が悪くなり、蕁麻疹も出てしまわれて、」
「……それって、南方葛?」
「あ、はいそう仰ってました。確かにお湯で解くと葛のようにトロミが出ます」
「あちゃー。偽物に当たったのね。これは解毒薬と内臓の回復薬の服用が必要ね。輿入れに間に合うかしら。その薬の残りはある?」
「はい。ただいまお持ちします」
メイドは一度奥に下がり、すぐに小さな箱を持って帰って来た。その箱の様子はカンタリジンを入れていた木箱によく似ていた。
「これ、さっきの媚薬と同じ商人から買ったの?」
ザリーナは箱に鼻を近づけて匂いを確認するような仕草をした後、そう言った。
「……あ、あの先ほどの箱のことでしょうか。そうです。あの、でも媚薬かどうか中身については存じ上げません」
侍女は言い訳するようにそう言った。
「まあ、大体、分かったわ。その商人てどこの者?」
「パールサの商人だと仰ってました。パールサの使者様の紹介ということで、離宮に出入りされています」
「パールサ?パールサの商人なんて珍しいわね。名前は何というの?」
「確か、プシマフ様というお名前です。ご本人は名乗られませんでしたが、使者様がそう仰っているのを耳にしました」
その答えにザリーナは顔色を変えた。
「プシマフ?本当に?どんな姿?もしかして、おでこに星形のような傷がなかった?」
「傷ですか?それはちょっと。いつも目元にマスクをされておられるので」
「マスクですって?じゃあ、年齢はどれぐらい、五十歳前後じゃない?」
侍女は思い出そうと首を捻った。
「そうですね。声は確かにそれぐらいかもしれません。少なくとも若者という感じではないですね」
それを聞いて、ザリーナは真剣な顔をして考え込んだ。
メイドに薬を後で送ると言い終えて、ルスランと共に離宮を出た。
何か考え込むような様子のザリーナに、ルスランは静かに声を掛けた。
「……ザリーナ、どうしたんだ?プシマフという名前に心当たりでもあるのか?」
「ええ。プシマフってうちの魔塔に昔いた魔法使いなんだけど、随分前に行方知らずになったの」
「行方知れず?」
「そうよ。……私の父が亡くなった土砂崩れ。あれに一緒に行っていたのがプシマフなのだけど、結局彼の遺体は見つかっていないの」
「じゃあ、そいつがまた現れた可能性があるってことか?」
「……でもプシマフほどの魔法使いが結界を出入りすれば私達魔塔が必ず気付くのよ。彼が国を出入りした形跡もないのに、パールサの商人として、パールサの使者と関わるなんておかしいわ」
「でも十五年も誰にも見つからなかったならやはり国を出ていた可能性が高いんじゃないか?」
「そうね。とにかく、このことはおばばに一度相談してみないと」
「私も一緒に行こう。必要があれば、直ちに部下に探させよう」
ザリーナはルスランの申し出に頷いた。




