11.王女の悪あがき 前編
ザリーナがルスランと共に国に帰還し、アディーグ王国では平和な日常が戻った。ザリーナは持ち帰った素材で、新たな魔塔の医療研究計画を提案し、素材の栽培にも着手することになったため、忙しくしており、ザリーナとルスランの結婚は完全に棚上げになった。
ルスランは暇を見つけてはザリーナに会いに行った。ザリーナは快く迎えはするが、恋人同士のような雰囲気というより単なる友人の訪問のように扱った。
「……ザリーナに一線を引かれているような気がするんです」
ルスランはファティマに相談した。
「まあ、あの子が素直に帰ってきただけでもまずは良しとしないとね」
ファティマは慰め半分、諦め半分にそう言った。
「しかし、このままでは、私はもう二度と彼女に受け入れられないような気がしてなりません!」
「それは、あの子が結婚式で置いて行かれたことを、それだけショックに思ってるってことよ。あの時のあの子の顔、十五年前を思い出したわ」
「十五年前って、まさか」
「ええ、あの子の父親のティムールが土砂崩れに巻き込まれたって知らせが来た時よ」
ファティマの少し責めるようなその眼差しに、ルスランは息を呑んだ。
ザリーナの父親ティムールは魔塔の優秀な魔法使いで、特に錬金術を得意としていた。
愛妻の忘れ形見であるザリーナを目に入れても痛くないほど可愛がっていた。
『ザリーナ!僕の宝物』
それが口癖で、隙があればザリーナを抱きかかえ、ザリーナも嬉しそうにしていたのをファティマはよく覚えていた。
そんな彼がある嵐の夜に、仲間の魔法使いと土砂崩れが起こった現場から戻ってこなかったことはザリーナだけでなく、当時の魔塔全体で重苦しい記憶になっていた。
土砂崩れの影響は広範囲に及び、国の結界にも影響が出たほどだったのだが、ティムールの遺体だけでも見つかったことは幸いだったかもしれない。しかし、それは同時にザリーナから希望を永遠に奪うことにもなった。
「ザリーナをそんなに傷つけてしまっていたなんて……」
ルスランは執務室に戻り、頭を抱えていた。しかし、しばらくして扉をノックする者がおり、顔を上げざるを得なかった。
「入れ」
「失礼いたします。ルスラン様、ディナラ王女殿下が、お詫びをしたいと仰っておられます」
「お詫びだと?私は殿下には二度とお会いしないことで、国王陛下と話を付けている」
ルスランの不機嫌そうな声に、細身の侍従はおびえたように声を震わせた。
「はい、あの、それは存じております。ただ、お詫びの品をお渡ししたいと仰っておられまして、離宮までお越しいただきたく、お願い申し上げます」
「それぐらい貴殿が持ってくれば良いだろう」
「いや、大変貴重な品であるためルスラン様以外は触れてはいけないとのことです。どうか、お願いです。お受け取りいただけなければ、私どもの首が飛んでしまいます!」
「……分かった。今から行こう」
ルスランは渋々と立ち上がった。
「こちらでお待ちください」
離宮の応接室に案内され、ルスランは警戒するように椅子に座った。目前には香り立つお茶やお菓子が置かれていたが、手を付ける気にはならなかった。
それでもむせ返るような花の香りが充満する部屋の中で気分が悪くなりかけた頃に、やっと先ほどの侍従が大きな箱を抱えてやって来た。
「ルスラン様、こちらがお品でございます。どうぞ中身をお確かめください」
「うむ」
ルスランがその箱を受け取り、蓋に手を掛けようとした瞬間、横から手が伸びて来た。
「開けちゃ駄目」
振り返るとそこには険しい顔をしたザリーナが立っていた。
「ザリーナ、なぜここに?」
「王女様が輿入れ前に体調不良になったと陛下から相談を受けてきたの。今度は間に合って良かったわ」
「今度は?」
「ええ。貴方、アトラメンタムで酷い目にあったのに、その箱を開けたらまさに二の舞だったわよ」
「えっ?この箱に何が入っているんだ?またあの香みたいなものか」
「前回のとは違うけど、購入明細で王女様が貴方のために催淫薬を買い占めたことが分かったのよ。カンタリジンていう猛毒なんだけど」
「カンタリジン⁉︎あのツチハンミョウから取る有名な媚薬か?」
「そうよ。昇華性があるから、箱を開けた瞬間に吸い込んで、催淫効果が始まるわ」
カンタリジンは古代から媚薬として知られており、東大陸では娼館や貴族の遊びでよく使われている。しかし、その毒性は強く、分量を間違えて死に至り、裁判沙汰になったことでも有名だった。
ルスランは顔を青くして、箱をそっとテーブルに置いて後ずさった。
ザリーナはそれをさっと手に取り、マジックバッグの中にしまった。
「薔薇茶に、薔薇ケーキ、薔薇の香まで、ご丁寧に。貴方を落とす気満々ね。来月には輿入れなのに悪あがきにもほどがあるわ」
「薔薇も何かあるのか?」
「異性を引き付けるために香りは有効なのよ。匂いって思っている以上に精神に影響するの」
ザリーナはルスランの鼻をつまんで、口を不満そうにへの字に曲げてそう言った。
そうして頭を振ると、侍従を呼び留めた。
「ちょっとそこの貴方、王女殿下の所に案内しなさい」
「で、殿下の所にですか?駄目です。王女殿下はどなたにもお会いになりません」
「国王陛下からの御命令で診察に来たのよ。今すぐ案内しなさい。さもないと、反逆罪で騎士団長様に貴方を捕らえていただくわ」
ザリーナは親指でルスランを指さし、ルスランはそれに合わせるように、剣に手をかけるしぐさをした。
侍従は震えあがって、「はい!今すぐに!」と叫び、二人を王女の部屋に案内した。




