10.許すとか許さないとか 前編
「ザリーナ、ごめん。すまなかった。私を許してくれ……」
ルスランはザリーナの頭に顔をうずめながら、力いっぱい抱きしめた。
「ちょっと、離しなさいよ!」
ザリーナはすぐに嫌そうな顔をして、腕を剥がそうともがくがルスランの力は強くビクともしない。
「……あのね、とりあえず、ベッドに戻って。貴方、毒にやられてるのよ。まだまだ絶対安静なんだから」
「しかし……」
手を離せばまたザリーナがどこかに行きそうで怖くてできないとルスランは思った。またいなくなったらもう心が耐えきれない気がしたのだ。
「あの店で焚かれてたのはコリアリアっていう毒草なの。その煙を吸い込むと、痙攣と昏睡に陥り、最悪の場合死に至るのよ。実際、貴方、三日も昏睡してたんだから」
「三日?」
子どもに言い聞かせるような口調のザリーナの様子と、三日も自分が昏睡していたという事実に、ルスランは渋々とベッドに戻った。
素直に言うことを聞いたことを誉めるかのように、ザリーナが頭を撫でてくれたので、ルスランは少し機嫌を良くした。
「喉が渇いたでしょう。お水をどうぞ。あとお腹空いていない?お粥もすぐ用意できるわ」
ザリーナはベッドの横の椅子に座ると、ルスランにコップを渡し、さらにサイドテーブルにお粥の椀を出した。そして、ルスランがまだ痺れが残り水を少し零したのに気づくと、甲斐甲斐しく口元を拭い、お粥も手ずから食べさせてあげた。
ルスランはザリーナに優しくされるたびに、幸せを感じ、子犬のように大人しく静かにザリーナにされるがままになった。
粥を平らげた後、ザリーナはルスランの目や手、足を一つずつ確認し、言った。
「まだ麻痺が残っているみたいね。二、三日で取れると思うけど、こまめにお水を飲んでね」
「ザリーナ、ありがとう。ところで、ここはどこだ?アディーグか?」
「まだアトラメンタムよ。でもクンカンじゃなくて、首都のメシトリなの。ここは総監邸」
「総監邸?」
「ええ。クンカンがあまりにも危なすぎたので、こっちで色々用事を済ませたの。そうしたら、こっちのお店の人に助けをお願いされて、結局なんやかんやで、ここに招待されたの」
「助け?」
ルスランは訝しそうに眉根を寄せた。ザリーナが他国で何か危ないことに首を突っ込んでいるのではと一気に不安が押し寄せて、すぐに抱きしめて、無理やりアディーグに連れ帰りたくなったが、また逃げられても困ると、何とか気持ちを押しとどめた。
そんなルスランの焦りを知ってか知らずかザリーナは淡々と話を進めた。
「ええ、クンカンにも海賊が多いのだけれど、彼らの本拠地は港から少し離れたところにある小島なの。そこに沢山の人が捕らえられていて人質交渉に使われたり、人身売買されたりしてるらしいのね」
「あの店で私を捕まえようとした奴らみたいなのがか」
「ええそうよ。本当なら、それはこの国の事情なので、私が口出すようなことじゃないんだけど、お世話になったお店の人に、どうしても一人助けてほしいってお願いされてしまって」
「そんなに重要な人物なのか?」
「うーん。重要っていうかお店と取引のある商人の息子さんだったの」
「じゃあ、もう助けたのか」
「ええ。そしたら、そのまま総監邸に招待されて今に至るってわけ」
ザリーナはクンカンの危なさに辟易した後、すぐにメシトリに飛んだ。
メシトリは海側から離れた内陸にあり、議院があったり、治安を守る総監邸があったり先進的な町並みだった。治安もあまり悪くないとガッドから聞いていた通り、平和そうに見えたので、ザリーナはガッドの紹介してくれた店に真っ直ぐ向かった。
「ごめんください。烏羽玉はありますか?」
店の中には恰幅の良い、見るからに元気そうな中年男がいた。
「烏羽玉かい?あるにはあるけど、……あんた、もしかしてガッドの知り合いかい?」
ザリーナが頷くと男は相好を崩した。
「良かった!あんた、ザリーナってんだろ?ガッドから聞いてるよ。お願いだ。助けてほしいんだ。なあに、難しいことはない。ガッドもあんたなら簡単に解決できるって言ってたさ。助けてくれたら、烏羽玉だってなんだってただであげるよ」
捲し立てるように言う男にザリーナは圧倒されながらもなんとか口を挟んだ。
「ちょっと、ちょっと、待って!一体なにがあったの?それから人にものを頼むなら自己紹介ぐらいしてちょうだい」
「ああ、悪かった。俺はガッドとは馴染みで、ディマスってんだ。実はうちの取引先で困ったことが起きちまって」
「困ったこと?」
「ああ、うちの取引のある商人でヘルバシオってのがいるんだが、俺が頼んだ荷を運んでる途中で、息子さんが海賊に拉致られて、このままなら売り飛ばされそうなんだよ」
「また人身売買⁉︎」
ザリーナは春京に続いてまたかと思い、そう叫んだ。
「えっまた?」
ディマスが驚いて聞き返し、慌ててザリーナは首を振った。
「ごめんなさい。続けて」
「あ、ああ。おうよ。最初は身代金を要求されて、払って返してもらおうと思ったんだが、あいつら、足元を見てきやがって、吹っ掛けられてさ。ヘルバシオでも簡単に用意できないような金額で、期限に間に合いそうになくて困ってるんだよ」
「じゃあ、その息子さんを助け出せばいいのね」
「ああ、頼まれてくれるか?」
「魔法使いの私にとってお安い御用よ。じゃあ、その息子さんと敵について詳しく教えて頂戴」
ザリーナがにっこりと笑いながらそう言うと、ディマスはホッとしたようにうんうんと頷いた。
ザリーナはあっという間に商人の息子を助け出し、ついでに海賊船を一瞬で制圧し、他の捕らわれの人たちも解放した。
その話があっという間に総監に伝わり、今は海賊退治に協力してほしいと、総監邸に滞在している所だった。
ルスランは海賊退治と聞いて頭痛が増した。いくらザリーナが強いからと言っても、海賊は人数も多いし、大国間の政治的事情もあり、簡単に手を出して良い相手とは限らない。
「全員潰せってんじゃないわよ。ただ、バッカニアを潰してほしいらしくて」
バッカニアとは、アトラメンタムの隣国である島国プエルト・レアルの私掠船のことだ。プエルト・レアル自体が海賊達が興した国であり、海賊の本拠地ともいえる場所である。
ルスランは顔を青くした。
「アトラメンタムはプエルト・レアルに戦争を仕掛けると言ってるのか⁉︎」
「まあ、そうとも言えるわね」
ザリーナはあっけらかんと答えた。
「ザリーナ、流石にそんなことに関わるべきじゃない。帰ろう。今すぐ」
ルスランはまだよろける身体を何とか奮い起こそうしたが、ザリーナに簡単にベッドに押し戻された。
「大丈夫よ。それよりも身体が動くようになったらルスランにも協力してほしいのよ」
「協力だって?」
「ええ。実はプエルト・レアルの奴隷市場に私と一緒に潜り込んで欲しいの。海賊として」
「……何を言ってるんだ?」
ルスランは首を傾げた。
「つまりね。今回手に入れた海賊船を使って、私達も海賊の振りをして、プエルト・レアルに皆で乗り込もうってわけ」
「危なすぎる。却下だ」
「何でよ。私のことを信じてないの?」
「信じるとか信じないとかじゃないんだ」
本日更新3回です。




