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10.許すとか許さないとか 中編

 ザリーナのことは何よりも信じている。信頼している。絶対に何とかしてくれることは確信できるほどに分かっているとルスランは思った。

――ただ、君に少しでも危険なことに関わってほしくないだけなんだ。

 その気持ちを口にする前に、ルスランはザリーナを強く抱きしめた。

 不安な気持ちを言葉に紡げば、本当になりそうで怖かった。また、ザリーナが目の前で消えてしまえば、今度こそ自分が狂うだろうことがルスランには予想できた。 

 そんな狂気に満ちた自分の感情を彼女にぶつけて、これ以上嫌われることを恐れて、ただ口をつぐむしかできない。そんな自分が情けなくて、ルスランはきつく目を閉じた。


「もう!駄目よ。もう約束したのよ。それに私、人身売買だけは絶対に許せないの。プエルト・レアルの奴隷市場には世界中から人を買い付けに来るそうなんだけど、奴隷商人なんてどこの人間でも悪人しかいないわ。この機会に叩きのめしたいの」

 ザリーナは自分が春京で拉致された屈辱を思い出し、声を低くして言った。

 そのあまりの迫力にルスランはビクリとしてパッと手を離した。

「……人身売買なんて、今まで関わったこともないじゃないか。まさか何かあったのか?」

 意外に鋭いルスランの心配気な様子に、ザリーナは慌てて首を振った。

「別に、何もないわ。何もね!ただ、人を勝手に拉致して売り飛ばすなんて、本当に卑劣だと思わない⁉︎」

 ザリーナは恥ずかしくて自分に起こった出来事だけは絶対に誰にも言えないと思った。これだけは黒歴史として永遠に封印する必要がある。ルスランはもちろん、魔塔の皆にバレたら、呆れられるか笑われるか分かったものではない。


 ルスランは訝しく思いながらも、頷いた。

「確かに卑劣な行為だ。ザリーナの考えは正義感に溢れ素晴らしいけど、これはただの海賊退治じゃなくて、戦争だ。君が関わっていることが大々的に知られたら、面倒なことになるよ」

「大丈夫よ。魔法は使わないの。その代わり、錬金術を駆使するわ」

「錬金術?」

「ええ。錬金術よ」

 ザリーナは自信たっぷりに頷いてみせた。


 ルスランの身体が回復したところで、アトラメンタムの総監と面会し、作戦会議が行われた。


「つまり、私が、海賊船の新しい船長の振りをして、プエルト・レアルに行き、ザリーナを奴隷市場に売り込むというのか。まさか!そんなことできるわけないだろう!」

 ルスランは作戦の全貌を聞き、怒り半分で言った。愛する人を自ら売るなんて想像しただけで、吐き気がした。

 しかし、ザリーナも譲ろうとしなかった。

「アトラメンタムの軍人なんて、喋り方や顔や雰囲気ですぐバレちゃうんだから仕方がないでしょう!ルスランはガタイが良くて、剣の達人で、最強なんだから、船長としての風格はピッタリだし、外国人だから、アトラメンタム側の人間だってバレないわ」

「しかし、私に、君を売らせるなんて、そんなことできるわけがない。嫌だ。無理だ。耐えられない」

 ルスランは今にも泣きだしそうな顔で首を振った。

「だから、振りだけだってば!」

 そんな言い合いを何度も繰り返し、何とかルスランを説き伏せ、作戦を決行することになった。


 海賊船の旗を新しいものにすげ替え、ルスランは日焼けした肌に、白いシャツで片目を隠すという海賊船の船長らしい姿になった。顔や身体には切り傷に見せかけたメイクも施された。

 いつもの大剣ではなく、海賊らしくカットラスを携え、知るものが見ても、震えあがるほど恐ろしい雰囲気に仕上がった。

「よしよし。海賊らしくて良いわね。どこからどう見ても由緒正しい海の男って感じだわ」

 ザリーナは満足そうに頷いたが、当の本人も珍しくお人形のようにレースをふんだんに使ったドレス姿で、どこからどう見ても百戦錬磨の魔女ではなく、どこかの貴族のお姫様にしか見えなかった。

 ただでさえ美しい金髪を綺麗に結い上げ、襟の詰まった清楚な姿は、ルスランはもちろん、アトラメンタムの男女問わず見惚れさせるに十分だった。

「……綺麗だ。綺麗すぎる。やっぱり、その姿で海賊の前に現れるなんて、その場で奪い合いが始まるに違いない。駄目だ。却下だ。今すぐ国に帰ろう!」

 ルスランはザリーナを抱き寄せ、口笛を吹いて飛竜を呼び寄せ、飛び乗ろうとして、ザリーナにガツンと頭を殴られた。

「いい加減にしなさい!男のくせに往生際が悪いわね。まったく、情けない!」

「なんとでも言ってくれ、私は君さえ無事なら何でもいいんだ。そうだ。分かった。君の代わりに私が今からプエルト・レアルに乗り込んで、海賊どもを皆殺しにして来よう。大丈夫一晩で全員血祭りにあげてくる」

「何、馬鹿なこと言ってるの!」

 今度は単身海賊退治に乗り出そうとするルスランをザリーナが必死に腰につかまり抑えようとする。

 その漫才のような様子をやはり、海賊に扮したアトラメンタムの兵士たちは呆れたように見つめ、「本当にこの二人を頼って大丈夫なのか?」と心配そうに呟いていた。



「あんたが、海の宝石号の新しい船長かい?その顔立ちは東の人間だな」

「ああ。向こうの船員だったが、船が転覆して、海の宝石号に拾われたんだ。しばらく船倉で下っ端をしていたが、前の奴を怒らせて、反対に叩き潰した。ルスと呼んでくれ」

 海賊船がプエルト・レアルの港に着くと、どこからどう見ても役人には見えないほどガラの悪そうなフォアマンが、ルスランを待っていた。

 ルスランは男にさっさと砂金の入った袋を渡して、交渉が楽に進むようにしたが、当たり前のように袋を受け取った男はまだまだのらりくらりと話を引き延ばす気満々のようだった。


「で、今日は品物は何人だ?それとも買い付けだけか?」

「人探しをしてるんだ。転覆時にはぐれた私の弟がいないか市場を見たい。あと、前の船長が捕まえていた極上品を代わりに売ろうと思っている」

「極上品?」

 男はその言葉に目を鋭くした。ルスランが顔をクイッと後ろのマテオという名の船員(に扮したアトラメンタム兵)に向けると、レースのベールを被ったザリーナが前に出た。その姿を見て男は「おぉ」と感嘆の声を上げ、嬉しそうに手をこすり合わせた。

「これはとんでもない美女だな。あのおっさん、こんな隠し玉を持ってたのか!」

「これなら市場で高く売れるだろう。代わりに俺の弟の情報が欲しい。名前はテムル。俺と同じ黒髪で、顔も体系も似ているが俺より少し小柄なんだ」

 テムルはルスランの従弟の名前で、確かにルスランとよく似ていたが、実際は元気にアディーグで暮らしている。しかし、本来嘘が苦手なルスランの言葉に信頼を持たせるため、テムルのことを持ち出すよう、作戦会議で決まったのだった。

「お前みたいなでかい色男なんてみたことないがな。まあいい。この美女は今日の目玉になるのは違いない。ルス、歓迎するぜ。ただし、入って良いのはお前以外にもう一人だけだ」

 ルスランは頷き、ザリーナとマテオと三人で、フォアマンの指し示す方向に進んだ。

 港からすぐに酒場や宿屋が並ぶ通りがあり、見るからに海賊といった者から、貴族や商人とその護衛、酒場で働く女たちまで、享楽にふけっていた。プエルト・レアルの島自体はかなり大きく、奥の高原にはサトウキビ畑が広がっており、国民の大半は農民か漁師だと言われている。その漁師たちが武器を持って、周辺を航行する船を襲うようになったのが海賊国家の始まりだった。


 奴隷市場に着くと、ルスランは断腸の思いで、市場の管理人にザリーナを引き渡した。

 木札を渡され、夕方から行われる競りの結果如何で支払われる金が決まると言われ、無表情に頷いた。

 ザリーナはルスランを振り返らずに、静かに市場の檻の中に捕らわれた。そして、ルスランとマテオの二人は競り会場に移動した。


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