8.苦しい時の神頼み 後編
その日は良い案が出ぬまま散会となった。
ルスランは帰ろうとするザリーナに慌てて声を掛けた。
「ザリーナ!少し話したいのだが、如何か?」
「ルスラン様。ええ、大丈夫です。何かご質問ですか?」
「ああ、どうか、ルスランと。貴女は若いが、実績は十分だ。私の方こそ、貴女に対して敬意を払うべきだったと反省している」
「じゃあ、ルスラン。お互い魔塔と騎士団の代表として率直に話しましょう。あっそうだわ。これを付けておいてもらえる?」
ザリーナはそう言って、手の中の赤い石のピアスを差し出した。
「これは?」
「私専用の通信石。これからしばらくは地竜退治の件もあるし、連絡を密に取りましょう。よろしくね!」
「あ、ああ、こちらこそよろしく頼む」
「じゃあ、ルスランの方の話はなあに?」
ザリーナが小首を傾げ、上目遣いで覗き込んできたので、ルスランは一気に全身の血が顔に上って、真っ赤になった。
「いや、その、ゴホン!こ、この通信石の件だ。直接連絡を取る方法があればと思って、助かった。何かあれば遠慮なく言ってくれ」
「ええ、そうね。地竜なんだけど、今の時点で三十匹近くいるわけじゃない?一刀で何匹も倒せないと思うから、多めに用意しておいてほしいのよね。大丈夫かしら?」
「問題ない。騎士団の現在所持している剣は一万本以上ある。地竜討伐用に特別に切れ味の良いものを用意させよう」
「良かった。さっき、甲冑の案が出ていたけど、体内の毒液は強酸性だから逆に革性の防具の方が、多少防げると思うのよ。でも表皮の毒液は革を溶かすし、素手で触れば手がただれるから注意が必要ね」
「厄介だな。討伐後の死体の処理はどうすればいいだろうか」
「死んでからならしばらく乾燥させて、それから焼けば大丈夫だと思うのよね。ほとんど水分だから塩をかけてもいいんだけど、塩は貴重だから無駄にできないわ」
「確かに、この国では塩は貴重すぎるし、それ以前にあの巨大生物に塩をかけても焼け石に水だろうな」
ルスランが何気なくそう言うと、ザリーナは目を丸くして突然笑い出した。
「あはは、そ、そうよね。嫌だわ。あの地竜が塩で埋もれた姿を想像しちゃった!だめよ。そんなに大量の塩はあり得ないし、谷に塩をふりまいたら、近くの植物も全滅するし、下手したら下流の畑も終わっちゃうわ」
ザリーナの頭の中には降り積もった雪に埋まったかのような塩まみれで干からびていく地竜が再生されていた。その想像がツボにはまった様で、苦しそうに笑っていた。
「……君が言い出したことじゃないか」
ルスランは自分が笑われたようで不満そうに言った。
「そ、そうね、自分の口から出た時は、何とも思わなかったのに、ルスランに言われたら、その様子が鮮明に思い浮かんじゃった。こんな時に笑ってごめんなさい」
胸をさすりながら素直に謝るザリーナに、ルスランは罪悪感で慌てて首を振った。
「いや、責めてるわけじゃないんだ。ただ、あんまり可笑しそうに笑う姿が可愛らしくて……」
「えっ、可愛い?」
「いや、ザリーナは噂に違わず美しいが、子どものように笑うと更に愛らしいというか、いや、その」
ルスランはだんだん自分でも何を言ってるのか分からなくなって、誤魔化すように言葉を繋げたが益々墓穴を掘っている気がして、押し黙るしかなかった。
「私のあだ名知ってる?『金の悪魔』よ。可愛いとか愛らしいなんて初めて言われたわ!うふふ!ありがとう!」
ザリーナがそう言って、ほんの少し顔を赤くして嬉しそうにしていたので、ルスランもなんだか嬉しくなって、やはり顔を赤くして「……ああ、どうも」と頷いた。
翌日、再び対策会議が行われた。
魔塔から、噴出される毒液に対して、風魔法で対応する案が出され、騎士と魔法使いが連携して一匹ずつ倒していくことになった。
その日の午後に、凍らせている六匹の地竜の内、地面に完全に出ている一匹を解凍して、ルスランとザリーナで処理することになった。
騎士団の精鋭と魔法使いたちが見守る中、ザリーナとルスランが目当ての地竜の横に立った。
「これは中ぐらいのサイズだし、試し切りにはちょうど良いわね」
「そうだな、あんまり大きいものだと一太刀で倒せない可能性もあるが、これならまあ大丈夫だろう」
「良かった。でも気を付けてね。この子たち、氷の下でしっかりもがいてるから、解凍すると途中で急に大きく動き出すかもしれないわ」
「承知した。では、さっそくやってくれ」
革のマスクと、防具に身を包んだルスランが、剣を握りしめ、いつでも切りかかれるように構えた。その様子を見て、ザリーナは頷き、手に魔力を込めた。右の手に赤い炎が、左の手に渦巻く風が現れて、ボールを投げる様にまず赤い炎を目当ての地竜に飛ばした。
地竜は一瞬炎に包まれると、突然身体を大きく震わし、暴れ出した。
「ルスラン!」
「まかせろ!」
ルスランは大きく飛び上がり、地竜の首に向けて剣を振り下ろした。それに合わせてザリーナは左手の風を解き放った。ルスランの剣が地竜の首を切り落とし、毒液が噴き出すと同時に渦巻く風がそれらを包み込み、拡散を防いだ。
地竜は轟音と共に地に倒れ伏し、しばらくして完全に動きを止めた。
「ヤッター!」
「うまく行ったぞ!」
二人の様子を見守っていた者たちから次々に歓声が上がった。倒し方が分かれば、あとは実行するだけだ。
「ルスラン!怪我はない?」
「ああ、君が守ってくれたから、まったく問題ないよ」
「良かった!さあ、この毒液、気化しても身体に悪いから一度この場から出ましょう。残りはまた地道に倒していくしかないわ」
「分かった。ではザリーナ行こうか」
ルスランが手を出し、ザリーナはその手を自然に取った。
二人はどちらともなく笑いあった。
その後、残りの地竜討伐は思いがけないトラブル等もあり、困難を乗り越える中で、二人の絆は深まっていった。また残務処理で走り回る中、いつしか恋仲となり、地竜対策が完全に整った後にあの結婚式が行われたのだが、もうそれも遠い過去のことのように思えて、春京の片隅でルスランはうな垂れていた。
「ルスラン様、まあそう落ち込まれずに。腹が減っては何とやらです。とりあえず、お食事をお召し上がりになって、今日はもうお休みください。明日になったら、また何か考えましょう」
あまりに落ち込み廃人のようなルスランを何とか屋敷に連れ帰ったグーゴンスーは、春京名物の鶏の丸焼きや羊肉の煮込み、蟹、魚料理などこれでもかというほど豪華な食事を出して慰めようとした。
ルスランは何とか白い丸い蒸しパンを齧って、そのもてなしに応えようとしたが気持ちは晴れず、ただ暗く澱んだ表情をしていた。
グーゴンスーは何とかならぬものかと、頭を悩ませて、地元の迷信に思い至った。
「え、ええとルスラン様、うちの裏の広場に一願成就の桃の木と呼ばれるものがございます。その木には、昔仙女がこの地に降り立ち、苦しむ人々の願いを叶え、最後に桃の種を置いて去っていたという伝説があります。その種が育って、今のあの木になったと謂れがあり、今でも一生一願が叶うと言われております。良ければ、願掛けに行ってみませんか?」
「……案内してください!」
苦し紛れのようにそう言ったグーゴンスーの言葉に、ルスランは一縷の望みを見つけたようで、よろよろと立ち上がった。
広場に着くと、そこには大きな太い幹の桃の木が立っていた。枝葉は何度も切られているようだが、それでも古来からあるのが分かるほど立派な姿だった。
もう寒くなってきたので、木には葉もあまり残っていなかったが、今までの人々の願いが無数の赤い帯となってかけられていた。
「さあ、ルスラン様もこの帯を枝に掛けてください。きっと奥様と再会できますよ」
グーゴンスーが赤く長い絹の布を差し出し、ルスランはそっと受け取り枝に掛けた。
――ザリーナ、どうか私の元に戻ってきてくれ。
ルスランの願いは赤い帯となって、夜風にたなびいた。




