8.苦しい時の神頼み 中編
「あっ騎士団長が来ました!ルスラン様!こちらです!」
ザリーナの横に立っていた騎士団員がルスランに気付き大きく手を振っているが、ルスランの目はザリーナを一直線に見つめていた。この時点では、一目惚れしたというよりもこれだけのとてつもない魔法を見せつけられ、畏怖の念を覚え、警戒する様な気持ちが先立っていた。
「ザリーナ、騎士団長のルスランだ。貴女がこれを片付けてくれたのか?」
「ルスラン様、こんにちは。お話しするのはこれが初めてかしら?お顔を存じ上げていましたけど」
ザリーナは気さくに微笑みを浮かべて会釈した。
その顔が凄惨な場所では不釣り合いなほど愛らしく、ルスランは息が苦しくなった。
――美女だとは思っていたが、とてつもない美女だな!その上、愛嬌があって可愛らしいとは、何て人なんだ!
ルスランは喉が一気に乾いて、言葉を発することが難しく感じ、咳ばらいをした。
「あら、風邪?魔塔に良い薬がありますよ。一包お渡ししておきますね」
ザリーナが指を鳴らすと油紙に包まれた薬と、小ぶりな瓶がルスランの手の中に現れた。
薬包の中には黄色い粉末があり、瓶の中には金色の液体があった。それが蜂蜜であることにルスランは気付いた。
「いや、大丈夫だ。こんな高価なものはいただけません」
「あら、ご遠慮なさらずに。団長様のご体調管理は国のための重要業務です。どうかお納めください。寝る前にお茶変わりに飲んでくださいね」
ルスランはためらいながらも手の中の薬と瓶を懐にしまった。そして、ザリーナの目を見て言った。
「……では、いただいておく。お気遣い感謝いたします。」
「どういたしまして!」
ザリーナは蕾が花開くように、先ほどよりももっと自然な笑みを浮かべて言った。
「さて、報告させていただくわ」
「ああ、どんな状況なんだ」
「ええ、今回現れたのは地竜六匹。一番大きいものはあの真ん中の奴。二メートル超えてたわ」
「二メートル超え!?新記録じゃないか」
ルスランは驚愕した。記録によれば人間の背丈より少し大きい程度とされているからだ。
「まあ砂漠の方では三メートル越えのものも目撃談があるから、それほどおかしくないわ。それよりも残念なお知らせがあるの。これ、凍らせたぐらいでは死なないのよ。粘液のせいで燃えにくいし、殺すためには頭を切り落とすしかないのよね」
「これらはまだ死んでないのか?」
「ええ。氷が溶けたらまた動き出すわ。それから穴がいくつか開いてるんだけど、調べた結果、奥の方にまだまだ地竜がいそうなのよね。そうね、あと二十匹くらい」
「二十匹だって!?」
ルスランは冗談であってほしいと願ったが、ザリーナの顔は真剣そのものだった。その場にいた二人の騎士達もすでに聞いていたようで、力なく頷いていた。
「……では城に戻って、すぐに対策を練らなければ」
「ええ、魔塔には連絡したから、騎士団にも声を掛けてくれます?この氷はとりあえず、一週間は持つのだけど、できたら数日中に処理したいのよ」
「しかし、燃やせないし、凍らせても死なないならどうやって殺せばいいんだ?」
騎士の一人の愚痴のような言葉にザリーナは頷いた。
「首を落とせば死ぬのだけど、その時に毒液がかかる可能性が高いのよね。それを何とかする対策を考えないといけないわ。あとは二十匹以上いる地竜をどういう作戦で処理するのかということも相談しないと」
ルスランはテキパキと話すザリーナに意外な印象を持った。魔塔の最強魔法使い、アディーグの黄金と呼ばれるザリーナは誰のことも気にしない孤高の魔法使いだと噂で聞いていた。
その彼女が、下っ端の騎士の疑問に対して、丁寧に答えている。
ルスランがザリーナの聡明な顔から眼を離せずにいると、突然ザリーナが振り返って、笑顔を向けた。
「アディーグ騎士団長、ルスラン様!地竜討伐は貴方達の精鋭部隊の腕にかかっているわ!毒液を何とかする方法を考えるから、騎士団は地竜の首を一撃で落とせるように、準備しておいてくださいね!」
その顔があまりにも美しく見えて、ルスランは声が出せずにただ頷くしかできなかった。後から「不愛想に思われたのでは?」と後悔したことは、今となっては懐かしい思い出だった。
「……地竜の状況は以上です」
ザリーナが国の重鎮と、魔塔の面々、そして騎士団の幹部の前で事の次第を説明すると、騎士達は顔を青くし、魔法使いは頭を悩ませ、国王はじめ、各氏族長は大きくため息を吐いた。
騎士団の副団長のムラトが静かに挙手をした。ザリーナが頷くと、ムラトが口を開いた。
「毒液を対策できれば倒せるなら甲冑を備えれば楽に倒せるのでは?」
「そうね。地竜の毒液だけど、体の表面の毒性の粘液とは別に、体内に毒があるのだけど、そっちは強酸性で普通の甲冑では溶ける可能性があるのよね、一回ぐらいは防げるかもしれないけど、何度も防げるかどうか……。地竜は攻撃されると毒を吐き出して抵抗する性質があるし、甲冑でスピードが落ちるのは不利になるわ。それに、切り落とす時に毒液が噴き出すから……」
「地竜はそんなに動きが速いのか?」
国王が眉根に皺を寄せながら苦々しく言った。
「ええ、かなり速いです。私が凍らせることを選んだのも、地竜があまりにも素早く地面から出たり入ったりしたからです。家畜はもちろん、飛竜が低空で飛べば捕まる可能性があります」
「飛竜でも?」
ザリーナの説明に今度は全員顔を青くした。飛竜はハヤブサのように早く飛ぶわけではないが、それなりのスピードは出る。そのスピードで避けることができないのなら、地面で甲冑を着て動く人間などひとたまりもないだろうと思われた。




