7.サリ村 前編
本日、3回更新予定です!
ザリーナはラドをおぶさったまま山の奥まで見える場所でとどまった。
ラドはあまりの高さに驚いて、ザリーナの背に顔を埋めて耐えた。
「ラド、景色に見覚えはある?北西はあっちね。とりあえずこのまま飛んでみましょう。村を見つけたら教えてね」
「ザリーナ!怖ーて目が開けられへん!」
「あらら。大丈夫。絶対落ちたりしないから!ゆっくり目を開けてみなさい!」
ラドが恐る恐る目を開けると、そこには夕日になる前の穏やかな太陽の光があり、山々がキラキラと輝いていた。
「わあ!きれーやな!」
「でしょ。どう?そろそろ知ってる場所はない?」
「あっ、あそこ!木、ないとこ!あれうちの村の牧場やわ」
「牧場?」
「うん。羊飼ってるねん」
「羊?もしかしてバロメッツって知ってる?」
「羊の木?なにそれ、変なの!アハハ」
ラドは聞き覚えがなかったようで笑い出した。
「そっかあ。残念。私、バロメッツを探してるのよ」
「羊シダならそこら辺の山に生えてるよ」
「そっちはあるのね!」
ラドの意外な答えに、ザリーナは喜んだ。とりあえず、目的物の一つは手に入るのだ。
ルーシェンから聞いた話では、羊シダの根茎は茶色の毛に覆われており、それが羊に似ているからその名が付いたとのことだった。その根茎が関節の拘痛、膝痛に効く薬にそして止血剤にもなるそうで、騎士達の負傷の手当用にぜひ手に入れたいと思っていたのだ。
ファティマも、腰が痛いと良く嘆いているので、彼女にも分けてあげたいと考え、魔塔で育てるために苗を探すつもりだった。
「じゃあ、あとで、少し分けてくれる?」
「もちろん、ええよ!あっ!うちの村!」
ラドが一際大きく叫び、指をさした先にはいくつかの小屋があった。
ザリーナがゆっくりと地面に降り立ち、ラドを降ろすと、ラドは少しよろめき、ザリーナが慌てて支えなおした。
「大丈夫?ラド、目が回った?」
「うん、大丈夫。でも今でも心臓がバクバクしてるわ。ザリーナはすごいな!導師様って呼ばれてる人たちに出会ったことはあるけど、空を飛べる人なんて見たことないで」
「そうなの?私の仲間に華春国出身の者がいるけど、彼もある程度は飛べるわよ」
ルーシェンや他の魔法使いとザリーナでは飛距離が全く違うのだが、それには触れずに首を傾げて応えた。
「そうなんや。前に会った導師様は普通に道を歩いとった。ただ滅茶苦茶足が速くて、一瞬で消えてたけど」
「それって、坊主頭の眉毛の太いおじさん?」
ザリーナはルーシェンの顔を思い浮かべながら言った。
「そや!背が高くて、がっしりしてはったわ。結構な年に見えたけど、誰よりも足が速かったなあ」
思い出すように首を傾げて話すラドの顔を見て、自分の魔塔仲間のことだとザリーナは確信した。
「その人こそ、私の仲間のルーシェンね。きっとあなたたちが驚いたらいけないから目の前で飛ばなかっただけよ。今度会ったら背中に載せて飛んで欲しいと頼んでみると良いわ」
「そうなん?会えたら絶対に聞いてみるわ!」
「ええ。……じゃあ、とりあえずあなたの家に向かいましょう。家族が心配しているに違いないわ」
そう言って、村の入り口に足を向けたとたん、前方から数人走ってやって来た。
「ラド!無事だったんやね!」
「母ちゃん!」
ラドは一番先頭を走って来た女性に駆け寄り抱き着くと、大声で泣き始めた。女性も周囲に者たちも皆大号泣で、ザリーナはしばらく待つ羽目になったが、彼らの姿に自身の幼少期を思い出した。
ザリーナの両親は二人とも魔塔の優秀な魔法使いで、ザリーナは赤ん坊の頃から魔塔で生まれ育った。
母親はザリーナが生まれて間もなく亡くなり、ファティマの助けを受けながら、父親に育てられた。
しかし、ある雨の日、国で事件が起こり、ザリーナは七歳にして唯一の肉親を失うことになったのだった。
――パパ!
――ザリーナ!僕の宝物!
いつも優しく抱きしめてくれた父の笑顔はもう朧気であいまいだが、その温もりはまだ覚えていた。ザリーナは思わず自分の両腕を握りしめた。
「母ちゃん!このお姉ちゃんが人買いから助けてくれたんやで。お礼したいねん」
「まあまあ!ありがとうございます!娘を救って下すったんですね。どうかおもてなしさせて下さい」
「いえ、私もたまたま巻き込まれただけで。私は華春国の言葉をあまり喋ることができないので、ラドが通訳をしてくれてとても助かりましたし、気にしないでください」
「遠慮せんといてください!とりあえず何もないとこですが、うちへどうぞ。お茶でも出しますし、今日はもう日も沈みますから泊ってください」
「ありがとうございます。じゃあ、遠慮なく」
ザリーナはラドによく似た女性の勢いに押されながらも、嬉しそうに頷いた。
「この村は、タルタルス人の方だけが住んでいるのですか?」
「ええ、そうです。もともと先祖は遊牧をしてましたが、何代か前にこの地に定住してから少しずつ大きくなったようです。といっても二百人もいない小さな村ですが」
ラドの母親、スーが出してくれた桑の葉茶を飲みながら取り留めなく話を聞いた。
そうして分かったことは、歴史上遊牧民だったタルタルス人は戦争で散り散りになった後、この村のようにいくつかの地域に定住するようになったこと、そのせいで、牧羊や馬を持つ数も減り、今では華春国の他の山間部の村人と同じように、山で狩りをし、蚕を育て、絹織物の生産を生業としているということだった。
「蚕を育てているんですね」
「ええ、ええ。狭い部屋でも沢山育ちますからねえ。羊に代わる貴重な財産です」
「見せてもらうことはできますか?」
「ええ、こちらです」
スーに案内され、薄暗い狭い部屋に入ると、たくさんの小さな白いイモ虫がもしゃもしゃと葉っぱを食べていた。
「蚕は昔から育ててているんですか?」
「ええ、古くは絹虫と呼んでたそうですね。我らタルタルス人が華春国から西方に蚕を伝えたと言われてますから」
スーは誇らしげに笑った。遊牧民のタルタルス人が華春の絹虫を世界各地に伝えたというのは確かに理に適った話なのでザリーナは頷いた。実際、絹織物はタルタルス人が最初に西側に広めたと言われている。
「きっと、初めてこの虫を見た者は驚いたでしょうね。虫から糸を取れるなんて。普通は糸と言えば羊か草から取りますから」
「タルタルスの衣服や帽子は昔は羊毛が多かったんですが、特別なものは絹で作ってたんですよ。特に裏地に使うと肌触りが良いって、今でも麻布の裏地に絹を使用したりしてます。全部に使うのはもったいないですからねえ」
スーがケラケラと笑いながら言う中で、ザリーナは確信した。
――やっぱりバロメッツというのは蚕のことに違いないわ。
ザリーナはバロメッツの正体を綿とする説に疑問を持っていた。なぜなら綿は南方由来の植物で、タルタルスの物ではなく、別の国の産物だったからだ。
タルタルス人が絹織物を伝えたと言うなら、やはり「羊の木」は蚕が相応しいと考えていた。
証明ができたと言うほどでもないが、ザリーナは自分の考えが正しかったと、旅の一つの目的を達成して満足感を得た。結婚を止めた甲斐があったというものだ。
「スーさん、貴重なものを見せてもらってありがとう」
「どういたしまして!さあさあ、大したものはありませんが食事をご用意しますんで、良ければラドとしばらくお喋りでもしててください」
「ええ」
「ザリーナ!村の中案内したげるわ。行こ!」
ザリーナはラドに引っ張られて、家の外に出た。夕暮れで空は赤くそまっているがもう既に太陽は見えなかった。黄昏時の薄暗い中、一軒一軒に明かりが灯り、夕食の支度のためか煙も立っている。
あまり変わり映えのしない家々を横目にぶらぶら歩いていると、一つの家に顔色を変えた二人の大人たちが駆け込んでいくのが見えた。




