6.灯台下暗し、は大体遅きに逸する
ルスランは二日かけて華春国にようやく辿り着くことができた。飛竜はアディーグ国にしかおらず、町中に飛竜で降り立てば悪目立ちしてしまう。そのため、春京の町から少し離れた山の中に静かに夜間に降り立った。
山の中を辿って、途中小さな村に行き当たったが、村の中は通らずに、外を通って道に出たところで、村人らしき老人と出会った。
「旅人かね?」
老人の問いかけに、ルスランはルーシェンに持たされた紙を見せた。
「春京に行きたいのか。じゃあ、この川沿いに行けば迷わんよ。途中険しい道もあるが、お前さんなら大丈夫だろう」
身振り手振りで道を指し示す老人に、ルスランは頭を下げて応えた。
それから半日も罹らずに、ルスランは春京の門まで辿り着いた。門番にやはりルーシェンに持たされた通行証を見せ、絹商人の店を目指した。
絹商人の店は大通りに面しており、朱塗りの柱は他の店よりも太く、その権勢の大きさを知らせていた。
ルスランが店の中に入ると、中年の男が出迎えた。
「いらっしゃいませ」
「ルーシェンの紹介だ。私はルスランと言う。仕事を頼みたい」
男はルスランのアディーグ語は理解できなかったが、「ルーシェン様⁉︎」と頷きながら奥に入った。
しばらくして、恰幅が良く、身形も良い男が現れ、ルスランに向かって頭を下げた。
「ルーシェン導師様のご紹介ですね。私はこの店の主人でグーゴンスーと申します。奥へご案内申し上げますので、こちらへ」
男は滑らかなアディーグ語で喋り、ルスランを奥の個室に案内した。
個室には黒檀に貝細工が施された美しい丸テーブルと椅子が置かれており、ルスランはその内の一つの椅子に座った。
「私はルスランという。アディーグの騎士だ。今日は貴方にお願いがあってきた」
ルスランはそう言いながらルーシェンが書いてくれた紹介状を渡した。グーゴンスーはそれを丁寧に受け取ると読み進め頷いた。
「かしこまりました。ルーシェン導師様からのお願いです。ルスラン様の華春国ご滞在中、全てお世話させていただきます。ご遠慮なく何でもお申し付けください。……とりあえず、その恰好では目立ちます。衣服をご用意いたしますので、一度風呂にでも入ってお身体をお清めください。奥様にお会いになられた時にも身形を整えられておられるほうがよろしいでしょう」
「何から何まですまない。これは心ばかりの感謝の印だ」
そう言って、ルスランが砂金の入った袋を渡すと、グーゴンスーは顔に笑みを浮かべ、有難く受け取った。
ルスランは焦る気持ちもあったが、目当ての薬草店の開店時間までまだ時間があり、旅の汚れを落とした後、グーゴンスーが用意した食事を摂ることにした。
「なるほど、奥様は薬草店と、タルタルス人と羊シダの根茎を探しに山に入った可能性があるのですね」
「そうだ。タルタルス人はこの近くにいるかどうかご存じか?」
「ええ、北西に二十里ほどいった山の中に一つ集落があります。絹を育てているので、うちの店とも取引がありますよ」
「北西に二十里?じゃあ、ここに来る途中に通った村だろうか」
「開けた谷間ですか?それでしたらサリ村でしょうね。確かにタルタルス人の村です」
それを聞いて、ルスランはもしかしたらあの村にザリーナがいたのではと頭に過ったが、まずは立ち寄った可能性が高い薬草店に行くべきだと考えた。
「タルタルス人は絹を育てているのですか?」
「ええ。絹がどうやってできるかご存じですか?ああ、我が家でも少し育てております。ちょっと待っていてください!すぐにお持ちしますから!」
ルスランが自身の商売のことに興味を持ったと思ったのか、グーゴンスーは嬉々として部屋を出て、すぐに箱を抱えて戻って来た」
「絹が何でできているのかご存じですか?」
ルスランは首を振った。絹が何でできているのか想像したこともなかったのだ。
「じゃあ、驚かないで下さいよ。ほら、これが絹の原料です!」
「これが⁉︎」
ルスランは目を見張った。箱の中には白い羽根と毛を持った丸々と太った虫と、卵のような黄色染みた白い殻があった。そして殻は何かの木の枝ににひっついており、あたかも実のようだった。
「この虫は蚕と言います。この白い殻から先ほど出てきたところです。殻が絹の原料で、本当は生まれる前に茹で上げて、殻から糸をほぐすのですが、これはもう穴が開いてしまったので、糸を取ることをできません。記念にどうぞ」
そう言って、グーゴンスーは殻のついた木の枝をルスランに渡した。
「もしかして、これが……」
ルスランはそれを受け取りながら確信に満ちたものを感じた。
――ザリーナに良い土産ができた。
ルスランはザリーナを喜ばせることができそうだとグーゴンスーに感謝した。
「じゃあ、そろそろ店が開く時間です。まずは薬草店に向かいましょう」
グーゴンスーに促され、ルスラン達は大通りに出た。
見慣れぬ光景に目を奪われることもなく、ルスランは真っ直ぐグーゴンスーについて歩いた。すぐに市場に辿り着き、人ごみを避けながら前に進んだ。
「さあ、こちらです」
グーゴンスーが手招きし、ルスランも店の中に入った。中には誰もおらず、グーゴンスーが大きな声で店員に呼びかけた。
「ラオレン、いないのかい?聞きたいことがあるんだ!」
「なんだグーゴンスーか。蚕がまた弱ったか。それとも酒の飲みすぎで薬が欲しいのか」
「いや、異国から客人が来られており、ラオレン、あんたに聞きたいことがあるんだよ。最近、木天蓼を買いに来たお客さんはいなかったかい?異国人だと思うが」
「おお、いたいた。生と乾燥と十ずつ買って帰ったな」
「いたか!それはいつだい?」
グーゴンスーの質問に店主は指を折った。
「ああ、五日前だな。だがその翌日も来たぞ」
「四日前もか。その後どこに行くと言っていた?」
「迷子を連れてきていてな。サリ村の子で、村の場所を説明したから、サリ村に行ってるんじゃないか」
「サリ村に⁉︎」
ルスランは華春語で交わされた会話に入ることができなかったが、「サリ村」と言う言葉は聞き取ることができた。
「グーゴンスー、サリ村と言ったか?ザリーナは、彼女はサリ村に行ったのか?」
グーゴンスーは問い詰めるようなルスランの言葉に、気まずそうに頷き、アディーグ語で答えた。
「そのようです。迷子を送って行ったみたいですね」
「じゃあ、行きがけにあの村に寄っていれば……」
「いや、それは分かりません。ここに最後に寄ったのは四日前だそうです。もうサリ村にもいなかったでしょう」
「そうだろうか。とにかく、サリ村に行かなければ!」
挨拶もそこそこに、ルスランはグーゴンスーと彼の従者を連れてサリ村に急いだ。
そして彼が出たすぐ後に、この店にまたザリーナが現れたことを知るのは、この数時間後となった。




