相談と恋バナ
それから暫く、グラスを傾けながら三人で歓談していたのだが、ふいにダグラスが改めて居住まいを正した。
「ところで。せっかくこうして会えたんだ。二人に相談したいことがあるのだが……」
「相談? ええ、私でよければ」
「もちろん、いいわよ」
「ありがたい」
快く承諾した二人にダグラスが顔を綻ばせる。そして一呼吸おくと、話し始めた。
「実は……俺はローレント治安維持部隊を新たに結成しようと思うのだ」
「「治安維持部隊?」」
「ああ。新たに結成すると言っても、新しく人を募るわけではない。ローレント騎士団を分隊して大陸のあちこちを巡りながら治安を維持できないかと考えたんだ」
「それは素晴らしい考えだと思うわ」
「いいんじゃないかしら?」
「そう思うか?」
「ええ。復興には何よりも安全で安心な環境が必要よ。治安が良くなれば復興もより一層捗るに違いないわ」
「まだ戦争が終わって日が浅いから、元脱走兵や職にあぶれた傭兵の中に悪さをする者もいると思うの。そんな連中が相手じゃ、街や村の自警団では手に負えないこともある……騎士団が見回るのは有効な手だと思うわ」
「二人とも賛同してくれて嬉しいよ」
ダグラスが二人の好意的な反応に安堵し、いざ計画に前向きになったところで、一つの考えが心を過ぎった。
――孤独な信念というものは、どんなに『自分で決めたことだから』と自身に言い聞かせたとしても、思いもかけぬ苦難に陥った時、心が折れそうになるものだ。そんな時に気の置けない友がいてくれたら……
ダグラスはそう考え、思い切って二人に協力を願ってみることにした。
「……二人とも。軌道に乗るまででもいいから、隊を結成した暁には俺を手伝ってくれないか?」
「……ごめんなさい。私、魔導士団の仲間たちとともに王都で後進の育成に携わろうと思っているの。あなたを応援はするけれど、協力はできないわ」
「ああ、いいんだ。夢に向かって頑張ってくれ。応援している」
済まなそうに告げるルーシーにダグラスは微笑んで返した。
「手伝う……とは、具体的にどのような?」
とスージー。
「隊の一人としてともに各地を回ってくれればいいんだ。スー、君は民間の出身で現場叩き上げの騎士だ。戦時中も国や立場の違う者たちを同じ一つの軍として上手く纏め、機能させていた。治安維持部隊も行く先々で志願する者を受け入れたり、よい人材がいればスカウトしたいと思っているから、君がいてくれれば心強い」
「……あはっ、軍として纏まっていたのはオーウェン様のご人徳だと思うけれど……」
スージーが照れたように後頭部に手を遣る。
「私自身としてはあなたの志にぜひ、協力させてもらいたいと思うわ。でもその前に……」
「オーウェン王の許可が要る、か?」
「ええ」
「そうだな。……ギディオン王は戦時中から軍事面でオーウェン王を頼っておいでだった。戦後もその状況が続いている。治安維持部隊のことはオーウェン王にも話した方がよいだろうから、そのときに君のことも話すことにするよ」
「わかったわ」
スージーはダグラスの申し出に頷いた。
「こんにちは!」
ほどよく酔いも回ってきた頃、ふいに聞こえた快活な女声に三人は振り向いた。カレンだった。彼女は落ち着いた碧色のイブニングドレスに着替えており、ハーフアップにしたブロンドとその青い瞳によく似合っている。今、彼女は輝くように幸せそうだった。
「みんな久しぶりね。私たちの式に来てくれてありがとう」
カレンが手に持っていた瓶で皆のグラスに順にワインを注ぎ足していく。
「おめでとう」
「カレン、おめでとう」
「本当におめでとう」
満たされたグラスを軽く上げて三人が祝意を述べるのに微笑みを返し、カレンは三人の座るテーブルの空いている椅子に腰を下ろした。そして戦時中の思い出話や近況などを話していたのだが、
「ダグ、あなたも早く恋人ができるといいわね」
ふと会話が途切れた時にダグラスの方を見てにっこりと笑い、言った。カレン自身にはダグラスを傷つけようという気持ちは少しもなかった。むしろ幼い頃から知る友人だからこそ、今日という日に一人でいる彼を見て、少し気に掛けていたというだけだったのだ。
だがカレンの言葉にダグラスが一瞬眉を顰める。と同時に招待状の宛名に『ダグラスとお連れ様へ』と書かれていたことを思い出した。カレンは今日の婚礼に彼がプラスワンを連れて来ることを期待していたのだろう。
――一人で出席している時点でパートナーがいないことはバレバレか……話題にされる度に俺が惨めな気持ちになることは、ジュードもカレンも気づかぬようだ。
「そうだな」
心の中で嘆息しながら、ダグラスはそれでもいつものように大人の余裕を顔に刷いて笑みを浮かべてみせる。
「ルーは? 誰かいるの?」
カレンが次にルーシーに話題を振ると、彼女は微かに強張った笑みを浮かべた。実は軍の中に好意を持つ男性がいたのだが、彼には恋人がいるのを知ったばかりだった。
「あはっ……私、失恋したばかりで。今はとても誰かと出会いたい、なんて気にはなれないのよ」
「まあ。そうなの?」
カレンが『それは初耳だわ』という顔をする。
「ええ。陳腐な言い方をすると『前に進む準備ができるまで、もう少し時間が必要なの』って感じかしら?」
「そうなのね。あなたが早く『前に進む準備ができる』のを祈っているわ」
「ありがとう」
とルーシーはぎこちない笑みを返した。次いでカレンはスージーに目を向けた。
「スー、あなたは?」
「え……と私、そういうの苦手で……」
「あら。あなた、戦時中、けっこうモテていたみたいだったけれど……」
「さ、さあ……?」
「スー。あなた、マシューとは結婚しないの?」
言葉に詰まるスージーにルーシーが尋ねる。
「え……マシュー? い、いえ。というか、付き合ってさえ……」
「あら、意外ね。彼のこと、好きなんでしょう?」
「そうなの?」
「ど、どうして私がマシューを好きだと?」
カレンも興味津々で訊いてきたのでスージーは内心焦りながら訊き返した。するとルーシーはさも当然、と言った顔で話し始めた。
「それは……マシューが功を焦って敵陣に踏み込み過ぎたとき、あなた、真っ先に彼のもとに駆け付けたでしょう? だからマシューのこと、命を懸けても救いたいほど好きなんだと思っていたわ」
「ああ、そういえば、あの時のあなたの勇姿は語り草になっていたわね」
「え、……っと、」
二人に追い詰められた態のスージーをダグラスが興味深そうに見守る。やがてスージーは戸惑いながら口を開いた。
「そんな風に思われていたのを初めて知りました。私はまったくそんなつもりはなくて……ただ仲間を見捨てたくなかったというだけで……」
あのときは自分も必死で、戦いが終わってから我に返ると自身の酷いケガに『ホントに死ぬとこだったかも……』と青くなったのを覚えている。
「あら、そうなの?」
「そうだったの?」
「ほう?」
二人の相槌に続けてダグラスが言い、頬杖を突いて面白そうにスージーを見遣った。
「君はマシューが好き、というわけではないんだな?」
「え、ええ……」
如何にもこういった話題が苦手だと言うようにスージーは目を逸らし、俯く。
「でも。気持ちを自覚するのに時間がかかることもあるわよね」
カレンが温かい目でスージーを見遣ると、立ち上がった。
「さて、と。私はそろそろ行くわね。皆がパートナーを見つけられるように願っているわ」
邪気なく微笑み、カレンは去って行った。




