二度目の告白
やがて陽気な笑い声と祝福ムードの中、広間ではダンスが始まった。新郎新婦を始め、皆が音楽に合わせて踊り出す。
明らかに男性の人数が多い会場でルーシーは数多の誘いを断り切れず、一人の青年と踊り始めた。ジュードの元部下たちも仲間同士ペアになり、酔っているせいかゲラゲラ笑いながら、覚束ない足取りでステップらしきものを踏んでいる。そしてスージーはというと――
「えっ、えっ!?」
「違う。足はそちらだ、スー」
片隅でダグラスとペアになり、ほとんど振り回されるようにして彼のリードで踊っていた。
「べ、別に無理に踊らずとも……」
スージーが懸命に脚を動かしながら言う。
「祝いの席でただ座っているだけなんて無粋なものだ。見てみろ。誰も皆、踊っているではないか」
「う……そうだけど……ダンスなんてやったことないわ」
「戦場ではまるで剣舞のように敵と切り結んでいたのにか?」
「戦いとダンスでは勝手が違うわよ!」
ダグラスの揶揄いにスージーが反論するが、彼は意にも介さない。
「そら、そこで右、次に左、早く動かないとどんどん遅れていくぞ」
「そ、そうは言っても……きゃあっ!」
ステップを追いつかせようとして焦り、スージーは足が縺れてダグラスの胸元へ倒れ込んでしまう。
「おっと。大丈夫か?」
細身ながら力強い腕で咄嗟にスージーを抱き留めたダグラスが彼女の肩を抱き起して顔を覗き込み――ほとんど至近距離で見つめ合う形になって数瞬、二人とも言葉を失った。
「あ……」
先に我に返ったスージーがバッとダグラスから離れ、火照った顔を隠すように俯いた。
「私、やっぱり踊れないわ。……ダンスが終わるまで広間の外に出てる」
そう言って足早に手近なドアから出て行った。それをポカンとした顔で見送ったダグラスだったが、すぐに追いかけるべきだと気づき、スージーに続いて広間を出た。左右を素早く見て通路の向こうに遠ざかろうとする背中を見とめ、駆け出す。
「スー! 待ってくれ!」
幸いにも、ダグラスの声にスージーは足を止めて振り返ってくれた。
「ダグ……私、ダンスは……」
「ああ、連れ戻そうと思って追ってきたのではないんだ。その……」
そこで何と言うべきか迷ったが、
「……少し、酔いを覚ますのに付き合ってくれないか?」
そう言って笑った。
ダグラスは家同士の付き合いで何度か訪れたことのあるザムルク城の間取りを思い出しながら、庭園に面した回廊にスージーを導いた。明るいうちに始まった婚礼も、今ではすっかり日が暮れて、辺りは暗くなっていた。静寂の中で夜風は肌に心地好く、庭園に咲く花々の仄かな香りを運んでいた。
「ここで休もう」
ダグラスは足を止めると等間隔に立ち並ぶ幅広の角柱の一つに背を預け寄り掛かった。騎士である彼は普段なら姿勢よく立つところだが、今は多少酔いが回っていたためだ。
スージーもダグラスの向かいの壁に同じように背を預け、彼を見るともなしに見た。左右の壁掛け松明の灯りが彼の麗姿を浮かびあがらせている。ローレントの貴族で戦争の功労者。……肩書だけでも目立つのに、更に彼は誰もが羨む美貌の持ち主だった。
――戦争がなければ、私のような者が決して、関わることのない人。
そんな人と異国の城の庭園に二人でいることが、スージーには不思議に思えてくる。
幾ばくかの時が経って、炎の影しか動くもののない静寂の中でスージーは徐々に普段の冷静さを取り戻した。
――酔い覚ましというのは建前で、本当は私を気遣って追いかけてきたに違いないのに。こんな高貴な人に気を遣わせて、何をやっているの、私は?
スージーが自嘲気味に思う。
「……ごめんなさい」
「何?」
「私が踊れないばっかりに、あなたまで広間に居づらくさせてしまって」
「ああ、そんなことか。気にするな」
暫しの沈黙。――それから。ダグラスは逡巡した後、静かに話し始めた。
「……俺とカレンは、いわゆる”幼馴染”というヤツだ。家同士の繋がり故に、幼い頃から会う機会があった。とは言え、それほど話したこともなかったし、ただ存在を認識していただけだった。だが彼女が騎士団に入団した時から、同じ軍人として関わることが増え……俺と彼女は何時しか友と呼べるような間柄になっていった。その頃からだ。親族連中が彼女を俺の結婚相手としてまことしやかに囁くようになったのは」
ダグラスは一度言葉を切った。
「カレンはギディオン王への忠誠心も篤く、心根も真っすぐだ。恋愛感情ではなくとも、友として彼女を尊敬し愛していた。だがもし本当に……彼女を伴侶とできるのなら、この上なく幸運なことだと思っていた。……何が言いたいかというと。つまり早い話、周囲が勝手に言っているに過ぎないことで、俺はいつの間にか”その気”になっていたわけさ。彼女と生きるこの先の人生に思いを馳せていた。だが戦争が始まって……“アイツ”が義勇兵を引き連れて王国軍に参加してきた……」
「ジュードのこと?」
スージーが漸く口を挟んだ。ダグラスが自嘲気味に笑う。
「ああ。そして仲間として戦ううちに……いつの間にかジュードとカレンは恋仲になっていて……結婚の約束をするほど互いを想い合っていた。……そして数年に亘る戦争を経て……遂に今日という日を迎えたわけだ。……アイツはいい奴さ。俺も友だと思っている。二人が幸福なら俺も嬉しいよ」
「ダグ……」
どこか寂しげに微笑むダグラスをスージーが痛ましげに見遣る。
「……二人の仲を知ったとき、俺は自分でも驚くほど……衝撃を受けてな。急に自分が孤独になったように感じた。”心にポッカリ穴が空いたよう”とでもいうのか? そしてそのとき初めて本気で……傍に居てくれる誰かが欲しいと思った。……まあ、そのときの俺は少し……”ヤケ”になっていたのかもしれないな。それからというもの、恋愛に積極的になってみたのだが……これがなかなか、上手くいかなくてな」
ダグラスは肩を竦め小さく溜息を吐いた。
「交際した人はそれなりの数いたが、『長く続く関係は望んでいない』とか『今まで楽しかった』と言われて破局したり、すれ違いや……裏切りもあったな。……ははっ。何にせよ、そんなことが続いた結果、交際して別れた相手の数が俺の“浮き名”として噂されるようになった。……そしてその“浮き名”のせいで真面目で真剣な告白も信じてもらえない、という悪循環に陥っている」
視線を上げてスージーのココアブラウンの瞳をじっと見ながら、ダグラスは言った。
スージーは彼の話に同情の念を抱くが――ふと彼女の胸に、彼がなぜ長々とこんな話を自分にしたのか、という疑問が湧いた。
――誰かに聞いて欲しかった?
誰でもよかったが偶々この場にいたのが自分だった。けれど、そう考えても何かもの言いたげにこちらを見つめるダグラスにそれだけではないと直感が働く。ふいにスージーは居心地の悪さを感じ、目を逸らした。
「……もうダンスも終わる頃かも。広間に戻りませんか?」
「スー。戦時中に俺が言ったことを憶えているか?」
スージーが提案するが、ダグラスはそれには答えず、訊いた。
「ええと……?」
――どの会話を指して言っているのかしら?
「『スー、決して無理はするな。必ず生き延びてくれ』……と」
「……ああ。そう言えばそんなことも……」
そこでスージーはハッとする。
――その後、私は……確か……
スージーの表情から、そのときの会話を思い出したことを察して、ダグラスは思わず微笑んだ。
「俺は君に『なぜ私にそんなことを……?』と問われて『君のことが好きだからだ』と言った」
「そう……ですね」
スージーは落ち着きなく視線を彷徨わせた。
「だが……君は信じなかった」
「……ええ。私は『私があなたの言葉を信じるとでも? 口説くならどうぞ他の方を』と」
そのとき既に目の前の男の数々の浮名を聞き及んでいたスージーは欠片ほども彼の言葉を信じなかったのだ。ダグラスが目を伏せる。
「俺はただ……俺のことを君の心の片隅にでも憶えておいてほしかっただけだ。だから気持ちを伝えた。……あのとき俺はルーシーと同じく、君がマシューを好きだと思っていたからな。……だが今日、そうではなかったことを知った」
ダグラスが目を上げて真っすぐにスージーを見た。
「……だからスー、今一度、君に告げる。君が好きだ」
「……」
スージーはダグラスの、まるで懇願するような必死さを湛えた美しい双眸を見つめ返した。
――本気、なの? この人のこの美貌で、こんな目で見つめられたら……信じてしまいたくなる。
けれど、とスージーの冷静な部分が問いかける。
――今の話が本当だという証左はない。相手を落とすための作り話でないと、言えるの?
それでも。ダグラスが長きに亘る戦争で共に戦ってきた仲間を弄ぶとは思えなかった。戦友として、少なくともそれだけの信頼は築けているという自負があった。スージーは迷った末、自身の判断に従うことにした。そして……
「……あなたの言葉を、信じます」
はっきりと、言った。その瞬間、ダグラスの美しい貌が切なく歪み、ツ、と涙が二筋、頬を伝った。スージーはそれを目の当たりにして殴られたような衝撃を受ける。
――何故あの時、私はこの人を信じてあげなかったんだろう。
彼女の胸に激しい後悔の念が湧き起こった。
――大丈夫。時間はかかってしまったけれど、まだ十分、間に合う。
スージーは意を決し、壁から身を起こしてダグラスに近づき、彼の濡れた頬を指の甲でそっと拭った。
二人は間近で見つめ合って、どちらのものともわからない微かな吐息が零れたのを合図に唇を重ねる。
掌や指先で髪や頬、首に触れながら口づけを深めると、先ほどまで飲んでいたワインの味が微かにした。
お互い夢中で相手を味わって、触れて。
「……はぁっ、ダグラ、ス……」
「スー……」
漸く離れたのも束の間、ダグラスはスージーを強く抱き締めた。
「やっと、俺の気持ちを君に信じてもらえた」
そして震える声で言ったとき、彼の胸に一抹の不安が頭を擡げた。
「スージー」
「何?」
「俺は長く続く関係を望んでいて、ただ楽しむだけの関係は望んでいない。君は、その……」
消え入るようなダグラスの声に、彼が今までの相手のように扱われることを心配しているのだとわかって、スージーは軽く笑った。
「私も、そうよ」
「そうか。よかった」
ダグラスは微笑んでスージーの赤みがかった茶色の髪に顔を埋め、愛しい温もりに目を閉じた。
-fin-




