婚礼そして再会
その日ザムルク城に隣接する聖堂にて、元義勇軍隊長ジュードとローレントの貴族カレンとの婚礼が執り行われた。
戦争が終結して早二月が経とうとしていた。カレンが戦争の爪痕が色濃く残る王都ではなく、幸運にも戦場となることがなかった彼女の出身地・父祖の代からの領地ザムルクでの挙式を決めたのは当然の選択だった。カレン自身派手な式は望まず、終戦後、騎士を辞めていたこともあり、招かれた者も親族とごく親しい友人、そして(招待客のほぼ半分を占める)ジュードの元部下たちだった。
招待客の中には共に戦争を乗り越えたローレントの騎士ダグラスと魔導士ルーシーの姿もあった。
「ジュード、あなたはカレンを妻とし、生涯愛することを誓いますか?」
「誓います」
「カレン、あなたはジュードを夫とし、生涯愛することを誓いますか?」
「はい、誓います」
「では、誓いのキスを」
聖堂での厳かな誓いの後、口づけを交わす新郎新婦にダグラスは微かな胸の痛みを覚えた。
新郎新婦がフラワーシャワーを浴びながら笑顔で退室するのに合わせ、招待客は宴のためにザムルク城の広間へと移動を開始したのだが、その最中ダグラスは見覚えのある後ろ姿を見つける。
――あれはまさか……
思わず隣を歩く同僚のルーシーを見る。ほぼ同時に気づいたらしい彼女がダグラスに頷き、ともに早足で件の人物に近づいた。
「スージー!」
声が聞こえるほど近づくとルーシーが呼び掛けた。相手が弾かれたように振り返る。
「ルーシー、ダグラスも……」
「やっぱりスーだったわ!」
「君も招待されていたのか」
戦争の間、ローレント王国と同盟関係にあったモビアナ王国の国王オーウェンの信頼篤い騎士であり、戦時中は皆に尊敬を込めて『デイム・スージー』、ごく親しい者には『スー』と呼ばれていた女性。
「あ、いえ、招待されていたわけでは……」
ダグラスの問いにスージーが弱ったような顔で後頭部を掻く。
「オーウェン様に言われてお祝いの品を届けに来ました。私はすぐにお暇しようとしたのですが、カレンに折角来たのだからぜひ出席してくれと言われて……」
「ああ……」
ダグラスが一人納得する。
――カレンはモビアナにはただ結婚する旨を伝えたにすぎないのだろうが、彼女もジュードも、オーウェンにとっては戦友だ。
自国を離れることができない自身の代わりに最も信頼する騎士を遣わしたオーウェンに彼の厚意が見て取れた。
「久しぶりね、スー」
「会えて嬉しいよ」
「私もです。……ところで。この服装、浮いていないでしょうか?」
カーディナルレッドの礼服を着て貴公子然としているダグラスと、淡いピンクのドレスを着ているルーシーを見てスージーが不安顔で尋ねる。
「モビアナ騎士の制服だろう? いいと思うが」
ジュードの元部下である男連中も街人の礼服の域を出るものではなく、モビアナ国王オーウェンの使者が出席しているという事実だけで十分だと思われた。
「よかった……」
スージーは一応ほっとしたものの、普段のローブ姿とは違うルーシーのたおやかで美しいドレス姿に、自身の野暮ったい恰好を否応なく意識してしまう。
「立ち話もなんだ。広間に行こう」
ダグラスが言い、三人の戦友たちは旧交を温めるべく、宴の席に急ぐことにした。
広間で手近な円テーブルに着いた三人は、給仕が運んできたワイングラスを合わせて乾杯した。次にダグラスが慣れたように大皿に盛られた料理を個々の皿へと取り分けていく。
「あ、私ときたら気が利かずに……」
「どうということはない。遠路はるばる来たのだろう。ゆっくりしていろ」
スージーが慌ててダグラスの持つトングに手を伸ばすが、そう言われて手を引っ込める。
――ああ本当に。皆が無事で、こうして集まれるのは奇跡みたいなものだわ。
スージーが改めて感慨深く思う。
それから、料理と酒をいただきながら互いの近況などを話していたところ、
「……ギディオン王は、いつご快復なさるかしら」
ふと持っていたフォークを下ろして、ルーシーが呟いた。
「快復?」
「ギディオン王は今、病床に伏しておられるのだ」
「え……」
それはスージーのあずかり知らぬところだった。
「もう半月になるわ」
「医師や司祭が手を尽くしてはいるけれど……」
顔を曇らせたルーシーに、ダグラスが労わるように肩に手を置いた。
「……きっとよくなるさ。あまり心配し過ぎぬようにな」
「……ええ」
「ああ、そうだ。モビアナではこれから国を挙げての祝い事があると聞いたぞ」
暗い話題を忘れるようにダグラスがスージーを見て話題を振る。モビアナ王国では近々、オーウェン王と隣国の王女の婚礼が執り行われることになっていた。戦時中は結婚どころではなかった人々が戦後、一斉に結婚し始めて今まさに上も下も結婚ラッシュに沸いている。
「ええ。城中が準備に大忙しです。……きゃっ!?」
笑顔で答えたスージーだったが突如、誰かの腕が肩に廻されて驚き振り向くと、空いた手にグラスを持った新郎ジュードがニヤリと笑っていた。彼はタキシードの上着は着ておらず、蝶ネクタイも外し襟元を緩めた、ややラフな姿をしていた。
「ジュード、もう! 驚かさないでよ!」
「はは、スー、ダグ、そしてルー。久しぶりだな」
ジュードがスージーの肩に廻していた腕を解いて立つ。戦争後、義勇兵から成る部隊は解体されていたため、戦後は暫く王都にいたにも拘わらず、ダグラスとルーシーに会うのは久方ぶりだった。
「会えて嬉しいわ。結婚おめでとう」
「いい式だった。おめでとう」
「おめでとう」
「皆ありがとう。俺も混ぜてくれないか?」
三人の祝意に礼を述べるとジュードは空いていた椅子に座った。そして半分ほど残っていたワイングラスを傾けながら皆と他愛のない話をして笑い合う。そんな中、ジュードはふとダグラスの方に目を遣った。
「……ところで。お前は誰かいないのか? お前もそろそろ結婚を考える歳だろう?」
その問いが、彼にとってほとんど挨拶がわりの、親友であるが故の気安さから出ているものだとダグラスは理解している。カレンも時折、尋ねていた話題だった。
「残念ながら、な」
ダグラスはあっさり答えて困ったような顔をしてみせた。いつもはそれで終わっていた。
「浮き名を流してばかりいないで、いい加減一人に決めたらどうだ」
だが今日は更にジュードが畳み掛け、ダグラスは彼の言いように一瞬、息を詰めた。
――浮き名、だと?
今まで交際することもあるにはあったが、価値観の相違や様々な理由で不本意ながら誰とも続かなかったのだ。ダグラスが言い返そうと口を開きかけたそのとき、
「ジュード」
固い声でルーシーが口を挟んだ。
「誰もが望めばパートナーを得られるわけではないわ。意中の人がいても想いが叶わぬことも、出会うことさえできぬ者もいるのよ。あなたとカレンのように相思相愛のパートナーと生涯を共にすることを誓い合えるのは、奇跡にも等しいことだと思ってもらわなくては」
ジュードはルーシーの言葉に当惑して、まじまじと彼女を見返したが――やがて俯き小さく溜息を吐いて『無神経だった。許せ』ともごもご言って去って行った。
「ルー、さっきはありがとう。アイツに悪気がないのはわかっているが――はっきり言って会う度に訊かれるのにはウンザリしていたんだ」
ジュードが別のテーブルで元部下たちと楽しげに談笑し始めたのを見て、ダグラスはルーシーに向き直り、礼を言った。
「どういたしまして。私も訊かれることがあるから」
「カッコよかったわ」
「ふふ、ありがと」
スージーが感心したように言うと、ルーシーは微笑んだ。




