第10話「勇者の到来(死亡フラグ)」
俺が不本意ながらも領主となってしまった旧グレイマン子爵領、改めアルノス領は、ベルドリスたちの手腕によって驚くべき速さで復興を遂げていた。
周辺の領地も次々と俺の支配下に入ることを表明し、魔王軍の勢力圏は、この数週間で数倍に膨れ上がった。
民衆は俺を解放王アルノスと呼び、崇拝しているらしい。
俺は何もしていないのに。
玉座でふんぞり返りながら、報告書に目を通す毎日。
もはや気分は中間管理職だ。
そんなある日、魔王城に激震が走った。
影王フェンリルが率いる諜報部隊が、緊急の報せをもたらしたのだ。
「申し上げます! 人間たちの国家、アークライト王国が、魔王アルノス討伐のため、勇者を派遣することを決定した模様!」
玉座の間にいた四天王たちに、緊張が走る。
「勇者、だと……!?」
ヴァルガスが唸る。
「厄介なことになったわね。この時代にも、まだそんなものが残っていたなんて」
リリアナが顔をしかめる。
『勇者!?』
俺は、その単語を聞いた瞬間、血の気が引くのを感じた。
勇者。
それは、ファンタジーRPGにおける、まごうことなき主人公。
魔王を倒すために存在する、物語の主役だ。
そして、俺は魔王。
つまり、ラスボス。
主人公に倒されるために存在する、物語の終着点だ。
『死ぬ! 俺、ここで殺されるんだ!』
背筋を冷たい汗が流れ落ちる。
ゲームのNPCならリスポーンもするだろうが、バグでこの身体に囚われている俺が死んだらどうなる。
本当に死んでしまうのか。
それとも、やっとログアウトできるのか。
どっちに転んでも、ろくなことにならなそうだ。
頭の中に、巨大な死亡フラグという文字が点滅する。
ベルドリスが冷静に分析を始めた。
「今回派遣される勇者は、アルトと名乗るプレイヤー。サーバー最強の呼び声も高いトップランカーです。ユニーククラス『勇者』のスキルは未知数ですが、単独でレイドボスを討伐したという逸話もあるほどの猛者。決して油断はできません」
『トップランカー!? 無理無理無理! 勝てるわけない!』
俺はただの会社員だぞ。
ゲームは好きだが、プレイヤースキルは中の下だ。
そんな俺が、サーバー最強のプレイヤーに勝てるはずがない。
四天王たちは、俺とは対照的に闘志を燃やしていた。
「面白い! 勇者とやら、どれほどのものか、この俺が試してやろう! ふふ、返り討ちにして、人間の希望を絶望に変えてあげるのが楽しみだわ」
『やめて! そんなことしたら、プレイヤーたちのヘイトが全部こっちに向くじゃないか!』
なんとかして、勇者との戦いを回避しなければ。
そうだ、逃げよう。
三十六計逃げるに如かず、だ。
俺は、おもむろに玉座から立ち上がった。
「……少し、考えがある。席を外す」
そう言って、こっそり裏口から逃げ出そうとした。
しかし、その行動は、またしても勘違いの燃料となる。
ベルドリスがハッとした顔で俺を見た。
「魔王様! まさか、勇者アルトを迎え撃つための、新たな策をお考えに……!」
『違う! 逃げるための策を考えてるんだ!』
俺は無言で歩き出す。
とにかく、この場から離れたい。
すると、ヴァルガスが俺の前に立ちはだかった。
「お待ちください、魔王様! どこへ行かれるのですか! 勇者との決戦を前に、武者震いが抑えられないお気持ちはわかりますが、まずは我らにご命令を!」
リリアナも目を輝かせて俺に詰め寄る。
「そうですよ、魔王様。我ら四天王がいるのですから、魔王様が自らお手を下す必要はございません。どっしりと、この玉座で構えていてくださいませ」
『それが一番嫌なんだよ! ラスボスが玉座で待っているなんて、死亡フラグのテンプレじゃないか!』
四方八方を忠誠心溢れる部下たちに固められ、俺の逃走計画はあっけなく失敗に終わった。
結局、俺は玉座に座ったまま、刻一刻と迫る勇者の軍勢を待つことしかできなくなった。
ベルドリスが立案した迎撃作戦は、完璧そのものだった。
まず、アルノス領の民衆を安全な場所へ避難させ、勇者軍が略奪などを行えないようにする。
次に、地の利を生かした罠を幾重にも張り巡らせ、敵の戦力を削いでいく。
そして、決戦の場として選ばれたのは、魔王城へと続く最後の砦、絶望の谷。
全ての準備が、着々と、俺の意志とは無関係に進んでいく。
『ああ、もうだめだ……おしまいだ……』
俺は、処刑台へ送られる罪人のような気分で、決戦の日を待った。
数日後、ついに勇者アルト率いるアークライト王国騎士団が、アルノス領に侵攻してきた。
その数、およそ一万。
王国が本気で俺たちを潰しに来たことがわかる。
絶望の谷で、両軍は対峙した。
俺は、魔王軍の最後方に位置する本陣の、さらにその奥にある移動式玉座に座らされていた。
『なんで決戦の場に玉座まで持ってくるんだよ! 悪目立ちするだろ!』
遠くに見える王国軍の先頭に、一人、ひときわ輝く鎧をまとった青年が立っているのが見えた。
あれが、勇者アルト。
金色の髪をなびかせ、聖剣と思しき剣を携えている。
まさに、絵に描いたような勇者様だ。
対する俺は、絵に描いたような魔王様。
物語は、役者を揃え、最終決戦の舞台へと突き進んでいく。
俺の意思など、ひとかけらも反映されることなく。
胃が、猛烈に痛かった。




