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泥を流す聖女として捨てられた私、死神皇帝に拾われて世界の心臓として溺愛される 〜不浄だと追放した王国が枯れ果て、私の涙一滴を乞うてももう遅い〜  作者: 蒼城レイ


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第9話 真夜中の舞踏会、あるいは断罪の宴

「……準備はいいか、エルゼ」


 巨大な黒檀の扉を前に、ヴィルフリート陛下が私の耳元で低く囁いた。

 扉の向こうからは、帝国の名だたる貴族たちが奏でる喧騒と、贅を尽くした管弦楽の調べが漏れ聞こえてくる。


 今の私は、鏡を見るのも恐ろしいほどに「造り替えられて」いた。

 黒真珠と魔導銀の糸で編み上げられた、深淵よりも深い黒のドレス。

 シモーヌ様たちが徹夜で磨き上げた私の肌は、夜光石のように微かな光を放ち、黒い涙の跡さえも、星々が流れた軌跡のように神秘的な模様となって目元を飾っている。


「……はい、陛下。少し、足が震えておりますが」


「案ずるな。君が歩く道は、私がすべて切り拓く」


 陛下は私の腰を強く抱き寄せると、重厚な扉を自らの手で押し開けた。


 刹那、会場中の視線が私たちに突き刺さる。

 好奇、蔑み、そして――アステリアから流れてきた「泥を流す女」という噂への、隠しきれない嘲笑。

 会場を埋め尽くす貴族たちは、皆、光り輝く白いドレスや黄金の装束に身を包んでいた。その「光」の海の中に、漆黒を纏った私たちは、文字通り異端として現れたのだ。


 ざわめきが波のように広がる。

「……あれが、噂の泥女か?」

「陛下もおいたが過ぎる。あのような不吉な色を後宮に入れるなど……」


 心無い囁きが聞こえた。

 けれど、私たちが一歩、二歩と大階段を降りていくにつれ、そのざわめきは、急速に別の色へと塗り替えられていった。


 陛下の「死の魔力」が、氷のような威圧感を持って会場を支配する。

 そして、その隣を歩く私の姿が、シャンデリアの光を浴びて、誰の目にも疑いようのない「美」として結実した瞬間だった。


「…………っ、なんだ、あの美しさは」

「影そのものを纏っているのか? 光を弾くのではなく、すべてを飲み込んで輝いている……」


 嘲笑が感嘆へ。蔑みが畏怖へ。

 階段を降り切った私たちの前に、貴族たちが一人、また一人と、逆らえない力に屈するように跪いていく。

 それはアステリアで私に石を投げた者たちには、決して真似できない、本能的な服従の光景だった。


「……私の隣に並ぶ者が、不浄に見えるか?」


 陛下の声が、会場全体に響き渡った。

 彼は私の手を取り、わざとらしく、けれどこの上なく愛おしげに、その指先に口づけた。


「彼女こそが、我が帝国の夜を照らす唯一の月。……文句がある者は、今ここで名乗り出ろ。その首を、彼女への供物に捧げてやろう」


 誰も、言葉を発する者はいない。

 貴族たちはただ、陛下の圧倒的な独占欲と、私の纏う「格の違う美」に圧倒され、平伏するしかなかった。


(……ああ。私は、本当に別の世界へ来たのだわ)


 以前の私なら、この視線の重さに潰されていただろう。

 けれど今、私の腰を支える陛下の腕の熱さが、私を強くさせてくれる。

 私は、自分を蔑んでいた者たちを、静かに、そして気高く見渡した。


「皆様。私はエルゼ・アイゼン。……この国の陛下と共に、夜を共にする者です」


 私の凛とした声が響き、会場に再び熱狂的な拍手が沸き起ころうとした。

 ――その時だった。


 会場の最奥。

 本来、皇帝以外の者が立ち入ってはならない「神聖歩廊」から、数人の白い法衣を纏った男たちが現れた。


 その中心に立つのは、慈愛の仮面を被った、しかし瞳の奥に冷酷な計算を宿した老人。

 聖教会の枢機卿、ボニファティウス。


「……そこまでになさい、陛下。そして、不浄の娘よ」


 彼の声は、祝祭の熱気を一瞬で凍りつかせた。

 枢機卿は手に持った黄金の杖を床に突き立て、私を、穢れた獣を見るような目で指差した。


「帝国は光の神の加護を受ける国。あろうことか、黒い涙を流し、泥を撒き散らす魔女を妃に迎えるなど、神への冒涜に他ならない。……その娘は、今この場で教会が身柄を預かり、『浄化の儀』にかけさせてもらう!」


 会場が騒然となる。

 聖教会の権力は、時に皇帝さえも凌駕する。

 騎士たちが動揺し、シモーヌ様が剣の柄に手をかけた。


 だが、私の隣に立つヴィルフリート陛下は、動じなかった。

 むしろ、これまでで一番残酷で、美しい笑みを浮かべたのだ。


「浄化だと? ……老いさらばえた枢機卿よ。貴様は、その薄汚れた光を維持するために、どれほどの影をこの娘に押し付けてきたかを忘れたのか」


「何を仰る! その娘は悪魔のしるしを持つ者。さあ、エルゼ・アイゼン! 我が教会の『裁きの光』の前に出なさい! 貴女が真に聖なる者なら、この光に焼かれることはないはずだ!」


 枢機卿が杖を掲げると、会場の天井から、目が眩むほどの真っ白な魔導光が私に降り注ごうとした。

 それは「光」という名の、対象の魔力を強制的に暴走させる拷問術。


「エルゼ……!」


 シモーヌ様が叫ぶ。

 逃げ場はない。けれど、私は逃げようとは思わなかった。


 私は一歩、陛下の手を離れて、光の直下へと歩み出た。

 枢機卿の口元に、勝利を確信したような醜い笑みが浮かぶ。


(……私は、もう、泥を恐れない)


 光が私を飲み込む。

 けれど、次の瞬間。

 会場中が目撃したのは、聖教会の「裁きの光」が私を焼く光景ではなく――。


 私の身体を通り抜けた光が、漆黒の粒子へと反転し、漆黒の薔薇の花びらとなって会場中に舞い散る、あまりにも幻想的で、圧倒的な奇跡だった。


「なっ……光が、黒く……!? なぜだ、なぜ浄化されない!」


 愕然とする枢機卿。

 私は、舞い散る黒い花びらの中で、静かに涙を一筋こぼした。

 

 その涙は、もう泥ではなかった。

 光を吸い込み、結晶化した、黒曜石の輝きを持つ宝石。


「……枢機卿様。貴方の光は、少し眩しすぎますわ。……夜には、夜の、安らぎがあるというのに」


 陛下の「死の魔力」が、私の黒い涙と共鳴し、会場全体を柔らかな、けれど絶対的な闇で包み込んでいく。


「……これこそが答えだ、ボニファティウス」


 陛下が私の背後から私を抱きしめ、枢機卿に死の宣告を下すような冷たい声を放った。


「私の妃は、光を吸い取り、安らぎに変える。……貴様の言う『神』とやらも、今夜は私たちの前で膝を折るがいい」

聖教会の枢機卿による「断罪」を、エルゼ様が自らの力で「奇跡」へと変えてしまいました……!

「光を吸い込んで、黒い薔薇に変える」

この瞬間、帝国の貴族たちは、もはやエルゼ様を聖女と呼ばざるを得なくなりましたね。


しかし、枢機卿の背後に蠢く、更なる巨悪の影。

アステリア王国での「聖女システム」の真実、そしてエルゼ様の母が遺したペンダントの謎が、この事件をきっかけに大きく動き出します。


そして、舞踏会の夜はまだ終わりません。

これほどの大活躍を見せたエルゼ様を、陛下がそのまま寝かせてくれるはずもなく……。

次話、高揚した陛下による「ご褒美」という名の、甘すぎる独占の時間。

そして、敗北した枢機卿が打つ、最後の手札とは。


「エルゼ様、かっこいい!」「枢機卿のざまぁ、もっと見たい!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや評価をお願いいたします。

皆様の応援が、闇夜を照らす黒い薔薇の力になります!

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