第7話 帝都凱旋、熱狂の黒
馬車の窓から差し込む光が、これまでの人生で見てきたどの光よりも鮮やかで、眩しかった。
帝都エイゼン。
漆黒の石材を基調としながらも、随所に金銀の細工が施された街並みは、威厳と繁栄を同時に物語っている。
驚いたのは、その活気だった。
「……すごい。人が、こんなに……」
沿道は、溢れんばかりの群衆で埋め尽くされていた。
アステリア王国では、私が外を歩けば人々は不吉を避けるように窓を閉め、石を投げられないだけ幸運という扱いだった。
だから、私は無意識に身をすくめてしまう。陛下の腕にしがみつき、視線を落とした。
「エルゼ。下を向くな。前を見ろ」
耳元で、ヴィルフリート陛下の低く心地よい声が響く。
彼は私の震える肩を抱き寄せ、優しく、けれど拒絶を許さない力強さで私の顔を上げさせた。
「君を歓迎しているのだ。……この国で、私に真っ当な凱旋を望む者はいない。だが、君を連れ帰った今日だけは、連中も理性を失っているらしい」
陛下が窓を開けると、津波のような歓声が車内に流れ込んできた。
「陛下! ヴィルフリート陛下万歳!」
「聖女様だ! 本当に、黒い涙を流す女神様を連れてこられたぞ!」
「見てくれ、陛下が笑っておられる……! 死神の呪いが解けたんだ!」
罵声ではない。
それは、心からの祝福と熱狂だった。
陛下は窓の外へ手を振ることさえせず、ただ傲慢な態度で座っているだけ。けれど、その腕に私を抱いているという事実だけで、民衆は狂喜乱舞している。
やがて馬車が宮殿の正門前で止まった。
陛下にエスコートされ、一歩外へ踏み出す。
その瞬間、一人の少女が、警備の騎士の隙間を縫うようにして駆け寄ってきた。
シモーヌ様が即座に反応したが、陛下が「待て」と片手で制止する。
「お、お姉様……!」
少女は、泥に汚れたような茶色の服を着ていた。手に持っているのは、野原で摘んできたばかりの、小さな、けれど瑞々しい青い花。
私は、思わず後退りした。
(だめ。私に近づいたら、その花が枯れてしまう……)
黒い涙の跡が残る私の顔。
汚れの象徴であるはずの私の姿を見て、少女は怯えるどころか、キラキラと瞳を輝かせた。
「お姉様、とっても綺麗……! お顔の模様、お星様が溶けたみたいで、すごく素敵だよ!」
「え……?」
少女は私の手を取り、その小さな手のひらに青い花を乗せた。
私が触れた瞬間。
アステリアでの常識なら、花は黒ずみ、腐り落ちるはずだった。
――けれど、違った。
花は、私の指先から伝わる微かな魔力を吸い取り、みるみるうちに輝きを増していった。
花弁の端から銀色の光が走り、普通の野花が、まるで宝石を削り出したかのような幻想的な光を放ち始めたのだ。
「わあ……! 魔法だ! 魔法のお花だ!」
少女が声を弾ませて飛び跳ねる。
周囲の民衆からも、地鳴りのような歓声が上がった。
「聞いたか! 触れたものを宝石に変える聖女様だ!」
「不吉どころか、富と命をもたらす御方じゃないか!」
私は、自分の手の中の輝く花を、信じられない思いで見つめていた。
汚れではない。呪いでもない。
私の持っていたものは、こんなにも誰かを笑顔にする「贈り物」だった。
熱いものが込み上げ、視界が黒く滲む。
一筋の漆黒の涙が、私の頬を伝った。
それを、陛下の手袋をしていない指先が、直接拭い去った。
「言っただろう。君のそれは、世界で最も純粋な光なのだと」
陛下は少女の頭を一度だけ無造作に撫でると、私を再び抱き上げ、宮殿の階段を登り始めた。
背中で、民衆の歓喜がいつまでも鳴り止まない。
豪華な宮殿の内装。
ひれ伏す何百人もの侍従やメイドたち。
彼らもまた、陛下に抱かれた私を、畏怖と期待の入り混じった眼差しで見つめている。
「……陛下、降ろしてください。皆様が見ています……」
「見せびらかしているのだ。私の選んだ妃が、いかにこの国に相応しいかをな」
陛下は止まらない。
そのまま、私を誰も立ち入れないはずの「皇帝の居室」へと運び込み、大きなソファに乱暴に、けれど慈しむように横たえた。
彼は上着を脱ぎ捨て、私の首元に深く顔を埋める。
「エルゼ。君は今日、この国の希望になった」
囁きと共に、彼の熱い唇が私の鎖骨に触れる。
「だが、勘違いするな。民に希望を与えるのは君の力だが、君のその涙も、声も、体温も……それを受ける権利があるのは、世界中で私だけだ」
熱を帯びた独占欲が、言葉となって私の肌を灼く。
外の熱狂とは対照的な、静かで、重すぎる愛。
「……はい、陛下。私のすべては、貴方だけのものです」
そう答えると、陛下の赤い瞳に、さらに深い欲望の影が差した。
「ああ、そうだ……。さて、エルゼ。明日の夜会に向けて、君をさらに完璧に磨き上げねばならない。……シモーヌたちが、君のために『宝石を食べる』ような贅沢な美容プランを立てている。覚悟しておけ」
「ほ、宝石を食べる……!?」
帝国の常識外れな溺愛生活は、まだ始まったばかりだった。
帝都の民衆からの熱烈な歓迎!
「お星様が溶けたみたい」という少女の言葉に、エルゼ様と一緒に涙腺が緩んでしまいましたね。
自分の「欠点」だと思っていたものが、場所を変えるだけで「最大の魅力」に変わる。
これこそが、この物語で描きたかったカタルシスの一つです。
しかし、陛下。
喜びのあまり、民衆の前でエルゼ様を抱き上げて自慢するのは、少々やりすぎではありませんか?
(もっとやってください)
次話、後宮の侍女たちによる「聖女磨き」がスタートします。
「宝石を食べる」なんて、一体どんな贅沢なのでしょうか。
そして、あまりに美しくなっていくエルゼ様を見て、陛下の嫉妬の炎がとんでもない方向に燃え上がります。
「エルゼ様が幸せそうで嬉しい!」「陛下の独占欲、もっと見せて!」と思ってくださった皆様、ぜひブックマークや評価での応援をお願いいたします!
皆様の応援が、陛下のデレ度をさらに加速させます。




