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泥を流す聖女として捨てられた私、死神皇帝に拾われて世界の心臓として溺愛される 〜不浄だと追放した王国が枯れ果て、私の涙一滴を乞うてももう遅い〜  作者: 蒼城レイ


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第6話 泥の決別、あるいは黄金の誓い

「……エルゼ。嘘だろう、そんなはずはない。お前のあの汚れは、忌むべき呪いのはずだ!」


 尻餅をついたまま、ジュリアンが喉を掻き切るような叫び声を上げた。

 目の前で咲き誇る、魔導の光を纏った黄金の薔薇。

 その神々しい香気は、彼の背後で立ち枯れている母国の惨状を、より一層残酷に浮き彫りにしていた。


「聖女はセラフィナだ! 光こそが正義なのだ! お前のような、影を流す女が奇跡を起こすなど……あってはならないんだ!」


 叫ぶほどに、ジュリアンの顔は醜く歪んでいく。

 対して、私の横に立つヴィルフリート陛下の表情は、深淵のように静かで、冷たかった。

 陛下は私の肩を抱き寄せ、その大きな掌で私の耳を塞ぐように覆った。


「汚いな。エルゼ、このような男の鳴き声を聴く必要はない」


「……待ってください、陛下」


 私は、陛下の手にそっと自分の手を重ねた。

 震えてはいない。

 私は一歩、前へ出た。

 

 かつて、この背中を見送りながら、私は何度も「行かないで」と心の中で叫んだ。

 けれど今、私の前に跪いているこの男は、驚くほど小さく、無価値に見えた。


「ジュリアン様。貴方は仰いましたね。私の涙は不吉で、この国を汚すと」


「そ、それは……! そう教えられてきたからだ! だが、現にこうして薔薇が咲いている! なら話は別だ、エルゼ! お前が戻りさえすれば、我が国はまた……!」


「……いいえ、戻りません」


 きっぱりとした拒絶に、ジュリアンの動きが止まった。

 私は彼を見下ろし、静かに言葉を紡ぐ。


「私が流していたのは、この国の『穢れ』でした。貴方たちが、光を享受するために裏側へ追いやってきた、すべての淀み。私はそれを一人で吸い取り、涙として流し続けていただけなのです」


 これは、陛下に拾われ、シモーヌ様たちに磨かれる中で気づいた真実。

 私の瞳が黒いのではない。この国の影が、あまりに深かっただけ。


「貴方たちは、私という『蓋』を自ら捨てた。……溢れ出した泥に飲み込まれるのは、当然の帰結です」


「なっ……何を……。ならば、お前が蓋に戻ればいいだけの話だろう! 公爵家の地位も、婚約者の座も、望むなら今すぐ返してやる! だから……!」


「――くどいな」


 ヴィルフリート陛下の声が、地を這うような重圧を持って響いた。

 彼が指先を微かに動かすと、ジュリアンの足元の地面が、爆ぜるような音を立てて陥没した。


「貴様はまだ理解していないらしい。この娘がどれほどの価値を持つかではなく……私が、この娘を誰にも渡すつもりがないという、極めて単純な事実をな」


 陛下は、私の腰を強引に引き寄せ、そのまま私の首筋に深く鼻先を埋めた。

 人前であることを厭わない、獣のような独占の儀式。


「この命の雫、髪の一房、爪の先に至るまで……すべては私のものだ。例え一国が滅びようと、神が膝を折ろうと、私の腕から彼女を奪うことは許さん」


「ひっ……あああ……!」


 殺気に当てられたジュリアンは、ついに泡を吹いてその場に卒倒した。

 セラフィナも、変わり果てた自分の肌を掻きむしりながら、絶望の悲鳴を上げている。

 

「シモーヌ。ゴミを片付けろ。視界が汚れる」


「御意に、陛下」


 シモーヌ様が、軽蔑の眼差しをアステリアの騎士たちに向け、無造作に剣を鞘に納めた。

 

 会談は終わった。

 いや、それは最初から会談などではなく、陛下が私に「過去を捨てるための舞台」を用意してくださっただけだったのだ。


 再び馬車に乗り込み、国境を離れる。

 窓の外、急速に遠ざかっていくアステリアの灰色の空。

 私は、自分の胸元で熱を持っているペンダントを握りしめた。


「……陛下」


「何だ」


 不機嫌そうに窓の外を見ていた陛下――ジュリアンの執着に、まだ腹を立てているらしい――の服の裾を、私はそっと引いた。

 彼は驚いたように私を見やる。


「ありがとうございました。私……ようやく、自分が誰のものか、分かった気がします」


 私が微かに微笑むと、陛下の赤い瞳が大きく見開かれた。

 次の瞬間、視界が反転し、私は彼に押し倒されるようにしてソファに沈み込んでいた。


「……エルゼ。今、何と言った?」


 耳元で囁かれる、熱く、震える声。

 彼の「死の魔力」が、私の肌に触れて、甘く溶けていく。


「君は、誰のものだ?」


「……陛下、ヴィルフリート様のものです」


 恥ずかしさで火が出そうだったけれど、私は逃げずに彼を見つめ返した。

 

 陛下は、絞り出すような溜息をつくと、私の額に、そしてまぶたに、何度も何度も、噛みつくような激しい口づけを落とした。


「……逃がさない。例え君が、元の世界に戻りたいと泣いて縋っても、私は君を地獄の果てまで追いかけて、鎖で繋いででも離さない」


「はい。……鎖は、できれば柔らかいものがいいですわ」


 私が冗談めかして言うと、陛下は一瞬呆気にとられたような顔をし、それから、これまでで一番、人間らしい顔で笑った。


 帝国の空は、アステリアよりもずっと高く、そして深く、美しい紺碧に染まっている。

 

 そこは、私が初めて見つけた、私のための色だった。

「私は、陛下のものです」

エルゼ様のこの一言で、陛下が完全に理性を飛ばしかけてしまいました。

元婚約者の前ではあれほど冷酷で強大だった「死神」が、エルゼ様の前ではただの「愛に飢えた獣」になってしまう……。このギャップこそが、帝国の至宝の醍醐味ですね。


ジュリアン王子たちは、自分たちが捨てた「蓋」の真の役割を知り、文字通り絶望の淵に立たされました。

しかし、これで終わりではありません。

アステリア王国は、生き残るためにさらに醜悪な「手段」を選ぼうとします。


次話、舞台は帝国の華やかな夜会へ。

「泥の聖女」から「帝国の夜の女神」へ。

エルゼの真価が大陸全土に知れ渡る時、新たな伏線が動き出します。


第1章のクライマックスに向けて、物語はさらに加速します!

面白かった、スカッとした!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや星の評価で、エルゼ様と陛下の門出を祝っていただけると幸いです。

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