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泥を流す聖女として捨てられた私、死神皇帝に拾われて世界の心臓として溺愛される 〜不浄だと追放した王国が枯れ果て、私の涙一滴を乞うてももう遅い〜  作者: 蒼城レイ


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第38話 三つ目の獅子の使者

腰を抱く手の力が、一層強くなった。

 深夜の執務室に響いた鐘の音。ヴィルフリート様は私を膝に乗せたまま、冷徹な皇帝の顔で扉の向こうのシモーヌを睨んでいた。


「……シモーヌ。我が国の港は、いつからどこの馬の骨とも知れぬ鼠の入港を許すほど緩くなったのだ」


「申し訳ございません。ですが陛下、相手は通常の魔導船ではありません。……海の底から浮上し、我が国の沿岸警備網を文字通り『透過』してきたのです」


 シモーヌの言葉に、私は息を呑んだ。

 帝国の防衛網を抜ける。それは、教皇庁の結界さえ凌駕する技術か、あるいは全く異質の魔術であることを意味している。


「透過、だと?」


 ヴィルフリート様の赤い瞳に、鋭い不快感が走る。

 彼は私を抱き上げたまま立ち上がり、そのまま窓の外を見下ろした。

 遠く、帝都の港に、青白い光を放つ三隻の巨船が停泊している。その帆に刻まれているのは、昼間見たあの銀のメダルと同じ――三つの目を持つ獅子の紋章。


「……陛下、私も行きます。お母様が遺したあのメダルの意味を、知らなければなりません」


「……断る。お前はここで寝ていろ。私がすべてを沈めてくる」


「いいえ。……私が行かなければ、彼らは納得しないでしょう? 逃げるのは、もうやめると決めたのです」


 私の言葉に、陛下はしばらく沈黙した。

 やがて、彼は私の首筋に深く、熱い口づけを落とすと、呪いのように囁いた。


「……ならば、私の腕の中から一歩も出るな。……誰かがお前に指一本でも触れようとした瞬間、この帝都を血の海に変えてでもお前を連れ戻す」


     ◇


 港に降り立った使節団は、夜だというのに陽光のように眩い、銀色の礼装を纏っていた。

 その中心に立つ、長い銀髪の男。彼はヴィルフリート様を前にしても、膝を折るどころか、薄く笑いながら顎を上げた。


「……野蛮な国の王よ。長らく我が国の『姫』を保護していただいたこと、感謝しよう。……だが、もう良い。エルゼ様をこちらへ返してもらおうか」


 姫。

 男の言葉に、周囲の近衛兵たちがざわつく。

 ヴィルフリート様は一歩前へ出た。ただそれだけで、港の気温が氷点下まで下がったかのような錯覚に陥る。


「……返せ、だと? 貴様のその醜い口が、私の妃をどう呼んだ」


「妃? 冗談はやめていただきたい。……彼女、エルゼ・リュミエール・トリニティは、海の向こうに座す覇権国家『トリニティ公国』の第一公女。……アステリアの凡庸な貴族に預けておいたのは、あくまで『夜の女神』としての覚醒を待つための、汚れ仕事に過ぎない」


 汚れ仕事。

 アステリアで泥を流し、虐げられていた私の日々を、この男は「必要悪」だと断じた。


「お母様は……リュミエール様は、貴方たちから逃げていたはずです。なぜ、今になって……!」


 私の叫びに、銀髪の男は優雅に首を振った。


「リュミエール様は、公王閣下の愛が深すぎるあまり、少々混乱しておられたのだ。……エルゼ様、貴女の本当の父、クロムウェル公王は、貴女が星の心臓として目覚めるのを今か今かとお待ちだ。……さあ、その穢れた死神の腕を離れ、清らかなる深淵の王座へ」


 男が手を伸ばした瞬間。

 

 ドォォォォォンッ!

 

 爆鳴と共に、男の足元の石畳が粉々に砕け散った。

 ヴィルフリート様から放たれた、漆黒の殺気が形となった「死」の波動。


「……貴様、聞こえなかったのか。……エルゼは、私のものだ」


 陛下が大剣を引き抜く。

 その刃から滴る黒い魔力が、港の海面をどす黒く染め、魚たちが一斉に腹を見せて浮き上がった。


「公王だろうが神だろうが関係ない。……私の妃を『商品』のように扱うなら、その海の向こうの国ごと、地図から消してやる」


「……ほう。帝国皇帝、噂通りの狂犬か。……だが、エルゼ様を渡さぬというなら、これは外交問題ではない。……『略奪者』に対する、聖戦となるぞ?」


 銀髪の男の背後に、魔導船の砲門が一斉にこちらを向く。

 だが、その脅しをヴィルフリート様は鼻で笑った。


「聖戦? ……笑わせるな。……これは、ただの『害虫駆除』だ」


 一触即発の緊張感。

 けれど、男が最後に放った言葉が、港の空気を完全に凍らせた。


「……エルゼ様。貴女は知らないようだが、貴女がこのまま帝国に留まれば、その皇帝は確実に死にます。……貴女の『星の心臓』が放つ銀の力は、いずれ死神の魔力を内側から食い破る。……彼を生かしたいなら、貴女は我が国で『神』として凍りつくしかないのですよ」


 私の手が、小さく震えた。

 

 陛下を、救うために。

 私は、また「愛する人」から離れなければならないのか。

「エルゼ様を守るために、陛下が死ぬ」

使者の残酷な宣告が、二人の幸せな凱旋を打ち砕きます。

アステリア、聖域、そして今度は「実の父親」が治めるという公国。

エルゼ様を巡る世界の欲深さが、ついに陛下という「絶対の盾」を内側から壊そうとしています。


ですが、陛下がそんな言葉に従うはずもありません。

「神を殺してでもエルゼを奪う」と言い切った陛下が、この絶望的な予言にどう抗うのか。


次回、第39話「お前を連れ去る神などいない」。

使者の船を陛下が物理的に沈めようとしたその時、エルゼ様の中に眠る「新たな力」が暴走を始めます。


「使者、帰れ!」「陛下、死なないで……!」と思ってくださった皆様、ぜひブックマークや評価、応援の感想をいただけると嬉しいです!

皆様の熱量が、陛下を運命から救う唯一の魔力となります。

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