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泥を流す聖女として捨てられた私、死神皇帝に拾われて世界の心臓として溺愛される 〜不浄だと追放した王国が枯れ果て、私の涙一滴を乞うてももう遅い〜  作者: 蒼城レイ


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第31話 教皇の眼差し、歪んだ追慕

「……お、母様……。どうして、こんな……」


 私の喉から漏れたのは、言葉というよりは、血の混じった喘鳴ぜんめいだった。

 氷の壁に縫い付けられた母リュミエール。その肌は透き通るほどに白く、銀の針が刺さった箇所からは、血の代わりに凍てついた魔力の結晶が溢れている。

 かつて私を抱きしめてくれたあの温もりは、どこにもない。

 

「……ああ、なんと美しい絶望だ。リュミエールが君を逃がしたあの日から、私はずっとこの瞬間を待っていたよ」


 氷の玉座のさらに奥、深い影の中から、一人の男がゆっくりと姿を現した。

 純白の法衣を纏い、黄金の杖を手にした男。

 教皇グレゴリオ。

 

 その顔は、驚くほど若々しく、そしてどこかヴィルフリート様に似た「死の気配」を纏っていた。

 

「貴様が……教皇か。趣味の悪い装飾だな。……その女を今すぐ解放しろ。さもなくば、その杖で貴様の墓標を立ててやる」


 ヴィルフリート様が、私の肩を抱く腕に力を込めながら、抜剣した大剣を教皇へ向けた。

 陛下の「死」の魔力が、聖域の冷気を食らい、黒い霧となって足元から広がっていく。


「ふふ……死神の皇帝。君の執着もなかなかに心地よいが、理解していないようだ。リュミエールをこうしたのは、私ではない。……彼女自身だよ」


「……え?」


 私は顔を上げた。

 教皇は、愛おしそうに氷壁の中の母を見つめ、細い指先で氷の表面をなぞった。


「彼女は、君という『黒い心臓』を産んだとき、聖域のすべての穢れを自身に引き受けようとした。君がアステリアで泥を流さずに済むように、自分が世界の毒を飲み干す『器』になると申し出たのだよ。……だが、人間の肉体では耐えきれなかった。だから彼女は、自ら結晶となり、時間を止めることで世界の崩壊を食い止めている」


 教皇の言葉の一つ一つが、私の心臓を鋭く抉る。


「エルゼ殿。君が今、銀色に染まっているのは……母が耐えきれなくなった『世界の重み』が、血縁を伝って君へ還っているからだ。……母を救いたいか? ならば、君がその結晶を引き継げばいい。彼女の代わりに、永遠の沈黙の中で世界を支える『心臓』になるのだ」


 視界が、涙で歪んだ。

 母は、私を捨てたのではなかった。

 私を「人間」として生かすために、自分を犠牲にして、世界の毒を一身に引き受けていたのだ。

 

「……私の、せいで……。お母様は、ずっとここで、独りで……」


「そうだ。君が『幸せ』を感じるたびに、彼女の凍結は深まった。……君がその男と愛を語る間も、彼女は銀の針に貫かれる苦しみを味わっていたのだよ」


 教皇の歪んだ追慕の声。

 私は、自分の右手の漆黒の指輪――陛下の愛の証を見つめた。

 この指輪が刻む「痛み」さえ、母の犠牲の上に成り立っていたものだとしたら……。


 絶望に飲み込まれそうになった私の体を、強引に、けれどこの世で最も優しく、引き寄せる腕があった。


「――下らん」


 ヴィルフリート様の、冷徹な声。

 彼は教皇の言葉など一欠片も信じていないかのように、鼻で笑った。


「母親の自己犠牲がどうした。世界の崩壊がどうした。……そんな安い物語で、エルゼを縛れると思うな」


「陛下……?」


「エルゼ。……お前の母親が、お前を逃がしたのはなぜだと思う? 代わりの人柱にするためか? ……違う。お前に、私のような男と出会い、世界を敵に回してでも愛し合えと願ったからだ」


 陛下は大剣を一閃させた。

 漆黒の斬撃が、教皇が張っていた見えない防壁を強引に削り取り、床の大理石を粉砕する。


「教皇。……貴様の聖域も、神の理も、私の愛の前ではただのゴミだ。……エルゼを犠牲にして世界が救われるというなら、私は今この瞬間、この世界を滅ぼしてやる。……そうすれば、犠牲を払う必要も、凍りつく必要もなくなるだろう?」


 狂気。

 けれど、それは私を闇の中から救い出す、唯一の救い。

 

「……くく、ははは! さすがは死神。……だが、リュミエールの魂を繋いでいるのは、この城の核そのものだ。……彼女を解放すれば、エルゼ殿も、君の帝国も、すべて銀の塵になるぞ?」


 教皇が杖を高く掲げた。

 氷の城全体が、不気味な脈動を始める。

 

「さあ、選ぶがいい。エルゼ・リュミエール。……母を見殺しにして、皇帝の腕の中で『自分だけ』の幸せを貪るか。……それとも、母を救い、君自身が『神』となって消えるか」


 レオンが私の傍らに現れ、耳元で囁く。

『……お姉様。僕と一緒に来ようよ。……そうすれば、誰も傷つかない。お義兄様も、お母様も、みんな救われるんだ』


 銀の結晶化が、私の腕を這い上がる。

 究極の二択。

 

 けれど、私の腰を抱く陛下の腕は、微塵も揺るがなかった。

 

「……選ぶ必要などない。……エルゼ、私を見ろ」


 陛下が私の顔を両手で包み込む。

 その赤い瞳に宿っているのは、世界を滅ぼす覚悟を決めた、静かな……そして深い、狂愛。


「……第3の道は、私が創る。……神の喉元を喰らい尽くし、お前もお前の母親も、すべて奪って帰る。……私を、誰だと思っている」


 漆黒の指輪が、叫ぶように輝いた。

 

 絶望の白銀を、陛下の「死」が塗り替え始める。

 氷の城の最深部で、真なる「世界の終わり」と「愛の始まり」が激突しようとしていた。

第31話をお読みいただき、ありがとうございます。

教皇グレゴリオの登場により、母リュミエールの衝撃的な真実が明かされました。

「自分が幸せになるたびに母が苦しむ」……エルゼ様にとって、これほど残酷な呪いがあるでしょうか。


しかし、そんな「世界の理」さえも、「下らん」と一蹴するヴィルフリート陛下。

世界が滅びてもエルゼ様を優先するという彼の愛の重さが、今、物語を全く別の結末へと導こうとしています。


次回、第32話「陛下、氷の迷宮を焼き尽くす」。

教皇の秘術に対し、陛下が皇帝としての全魔力を解放!

そして、エルゼ様自身が、母の想いと陛下の愛、その二つを一つにする「黒い奇跡」を再び起こします。


「陛下、かっこよすぎて語彙力が……!」「お母様もエルゼ様も、二人とも救われて!」と思ってくださった方は、ぜひブックマークや評価、応援の感想をいただけると嬉しいです!

皆様の応援が、極寒の城を溶かす「漆黒の太陽」となりますわ。

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