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泥を流す聖女として捨てられた私、死神皇帝に拾われて世界の心臓として溺愛される 〜不浄だと追放した王国が枯れ果て、私の涙一滴を乞うてももう遅い〜  作者: 蒼城レイ


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第16話 帝都のお忍びデート:光の降る街

「……やはり、この格好は落ち着かんな」


 目の前で不機嫌そうに自らの襟元を正しているのは、漆黒の簡素な外套に身を包んだヴィルフリート陛下だった。

 簡素、と言っても、帝国の仕立屋が最高級のウールを贅沢に使った特注品だ。隠しきれない肩幅の広さと、そこから伸びる長い足。髪を少し乱し、深紅の瞳を魔法の眼鏡グラスで隠していても、彼から放たれる「統治者」としてのオーラは一滴も薄まっていない。


「お似合いですわ、ヴィルフリート様。いつもの軍服も素敵ですが、こうして並んで歩くと……少しだけ、普通の恋人同士みたいです」


 私が鏡越しに微笑むと、陛下は一瞬絶句し、それから顔を背けて絞り出すような溜息をついた。


「……君は、自覚がないのか。その姿が、どれほど私の理性を削っているか」


 私の装いは、帝都で流行しているという紺碧のチュニックに、動きやすい柔らかなスカート。髪は三つ編みにまとめ、黒いリボンで結んだ。

 アステリアでは、外出といえば「晒し者」にされる儀式でしかなかった。けれど今、私の胸は、期待で小刻みに震えている。


「さあ、行こう。……私の腕から離れるなよ。一歩でも離れたら、この街ごと君を連れ戻すからな」


 冗談ではない熱を帯びた声。

 陛下の手が私の指を絡め取り、私たちは秘密の通路を通って帝都の喧騒へと踏み出した。


 一歩、外へ出た瞬間。

 私の視界を埋め尽くしたのは、溢れんばかりの「色彩」だった。


「……っ、わあ……!」


 石畳の路面を黄金の陽光が叩き、色とりどりの屋根が並ぶ市場には、香辛料や焼きたての菓子の匂いが立ち込めている。

 アステリアの街は、私の目にはいつも灰色に沈んでいた。けれど、今の私にはわかる。

 果実の赤、布地の青、そして道行く人々の、生き生きとした笑顔の輝き。


「陛下、見てください! あんなに大きなパンが! それに、あの噴水……お水が虹色に光っていますわ」


「……ただの噴水だ。そんなに珍しいか?」


 陛下は冷たく突き放すような口調だが、その瞳は優しく私を追っている。

 彼は私が興味を示した露店を見つけるたびに、無造作に金を払い、品物を買い与えていった。


「……陛下、そんなにたくさん持てませんわ」


「構わん。君が欲しがるものすべてを買い占めても、私の蔵は揺るがん。……それより、これだ。君が昨夜、食べたいと言っていた菓子だろう」


 差し出されたのは、串に刺さった小さな白い団子のようなもの。

 『雪解け蜜』と呼ばれる、帝都名物の菓子だ。


 私はそっと口に含んだ。

 瞬間、口の中で淡雪のようにシュワリと溶け、後から濃厚な蜂蜜の香りが追いかけてくる。


「……美味しい。美味しいですわ、ヴィルフリート様!」


 私が満面の笑みを浮かべると、周囲を歩いていた男たちが、一斉に足を止めた。

 彼らの視線が、私に釘付けになる。

「……おい、今の娘を見たか?」

「なんて透明感だ。あんな美少女、この街にいたか?」


 その瞬間、私の隣に立つ「温度」が、一気に絶対零度まで下がった。


「……あ」


 陛下が私の肩を抱き寄せ、マントの裏側へ隠す。

 彼の周囲の空気がピリピリと震え、物理的な圧力が路上の男たちを襲った。


「……見せるなと言ったはずだ。……帰るか? 今すぐ宮殿の奥底に閉じ込めて、私だけのものにするか?」


「陛下、落ち着いてください。皆様、ただ驚いただけですわ」


 私が慌てて彼の胸元に手を添えると、ようやく魔圧が収まった。

 けれど、受難は終わらない。


 路地裏から現れた、数人の酒臭い無頼漢たちが、私たちの進路を塞ぐように立ったのだ。

「おいおい、そこの美男子。連れてる姉ちゃん、ちょっと俺たちにも拝ませろよ。そんな安物の外套着て……」


 無頼漢が私の髪に触れようと手を伸ばした。

 私は恐怖で身をすくめる――必要さえなかった。


「……不浄な手が、私の宝に触れようとしたな」


 陛下が眼鏡の奥の瞳を細めた、次の瞬間。

 パチン、と乾いた指パッチンの音が響いた。


 ――ガァァン!


 衝撃波すらない。ただ、無頼漢たちの足元の石畳が、彼らの存在を拒絶するように爆ぜた。

 悲鳴を上げる暇もなく、彼らは重力に逆らうように吹き飛ばされ、そのまま壁にめり込んで動かなくなった。


「……殺したか? いや、生きてはいるな。一生、手が動かぬ程度に呪いを刻んでおいた」


 陛下は事も無げに言うと、私の頬にこびりついた「不快な視線」を拭い去るように、何度も何度も指先でなぞった。


「ヴィルフリート様……やりすぎですわ」


「足りないくらいだ。……エルゼ、君はまだわかっていない。君の一呼吸、一微笑が、男たちを狂わせる猛毒だということを」


 陛下は私の腰を引き寄せ、人混みの中で堂々と私の額に口づけた。

 その独占欲に満ちた熱。

 アステリアで泥に沈んでいた私が、今は帝都の中心で、この世で最も尊き男に跪かれている。


 けれど、その幸せな熱狂の中で。

 私は、通りの向こう側――白く輝く大聖堂の影に、一人の男が立っているのを見つけた。


 真っ白な、一点の汚れもない法衣。

 こちらを見つめる、氷のように冷たく、けれど燃えるような好奇心に満ちた双眸。


(……あの方は……?)


 異端審問官、ザカライアス。

 彼が微かに唇を吊り上げ、優雅に一礼した気がした。


「……エルゼ? どうした」


「……いえ。なんでもありませんわ。少し、風が冷たかっただけです」


 私は陛下の腕に、ぎゅっとしがみついた。

 味がわかり、色がつき、幸せに満たされたこの世界。

 それを奪おうとする影が、すぐそばまで迫っていることを、私は本能で察していた。

陛下との初めての街歩き、いかがでしたでしょうか。

「雪解け蜜」を食べるエルゼ様の無邪気な笑顔と、それを見て発狂寸前の独占欲を見せる陛下……。

平和なデート回のはずが、陛下の「指先一つで更地にする」勢いの愛の重さが際立ってしまいましたね。


しかし、お忍びの最中にエルゼ様が目撃した「白い影」。

ザカライアスの冷徹な視線が、二人の幸せな時間にじわじわと毒を流し始めます。


次回、帝都の中枢へ。

エルゼ様の魔力を解析するために、帝国が誇る「自称・天才魔導士」のカイルが登場します。

「エルゼ様は僕の研究対象です!」と食い下がるカイルに、陛下の嫉妬が再び大爆発……!?

そして、ザカライアスが仕掛ける、狡猾な「聖女の証明」の罠とは。


「デート回、もっと甘くして!」「ザカライアスの鼻を明かして!」と思ってくださった皆様、ぜひブックマークや評価、応援の感想をいただけると嬉しいです!

皆様の応援が、エルゼ様を守る漆黒の結界をより強固にします。

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