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泥を流す聖女として捨てられた私、死神皇帝に拾われて世界の心臓として溺愛される 〜不浄だと追放した王国が枯れ果て、私の涙一滴を乞うてももう遅い〜  作者: 蒼城レイ


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第15話 宝石を食む晩餐と、失われた味覚

「異端審問――」


 その不吉な響きに、私の心臓が冷たく跳ねた。

 演習場の入り口に立つ女司祭、ソニア。彼女が掲げる真っ白な羊皮紙は、アステリアにいた頃の私にとって「死刑宣告」と同義だった。

 教会の認める『光』以外の力は、すべて悪。

 私の黒い涙は、彼らにとって最も焼き払うべき『穢れ』なのだ。


「聞こえませんでしたか、ヴィルフリート陛下。その娘を速やかに教会へ引き渡してください。さもなくば、帝国は神の加護を失うことになりますわ」


 ソニアの傲慢な声が響く。

 騎士たちが怒りに顔を歪め、剣の柄に手をかける。だが、教会の権威は重い。


 その静寂を、乾いた笑い声が切り裂いた。


「……加護、だと?」


 ヴィルフリート陛下が、私の肩を抱いたまま一歩前へ出た。

 彼の周囲の空気が、ミリミリと音を立てて凍りついていく。


「この地に一度でも神の加護などあったか? あったのは、触れるものすべてを枯らす私の呪いと、それを放置してきた貴様らの無能だけだ」


「な……陛下! 言葉を慎んでください!」


「慎むのは貴様の方だ。……誰の許可を得て、私の庭で、私の女に、その汚らわしい紙を向けている?」


 陛下が指先を微かに動かした。

 瞬間、ソニアが持っていた羊皮紙から、どろりとした漆黒の霧が立ち上る。

 悲鳴を上げる間もなく、聖なる刻印が施されていたはずの紙は、灰にさえならず、空間ごと「無」に帰した。


「あ、ああ……っ! 聖なる親書が……!」


「失せろ。次は、その腕を消してやる」


 地を這うような死神の宣告。

 ソニアは恐怖に顔を土気色に変え、腰を抜かさんばかりの勢いで逃げ出していった。


 演習場に再び訪れた静寂。

 けれど、私の胸のざわつきは収まらなかった。

 私のために、陛下は神を敵に回した。その重みが、嬉しくて、けれど恐ろしかった。


「……エルゼ。あのような連中の言葉に、一分いちぶたりとも心を割く必要はない」


 陛下が私の額を、自身の額に優しく押し当てた。

 冷徹だった瞳には、今や私への執着と慈しみだけが溢れている。


「……さあ、戻ろう。不快なものを見た後は、美味いもので口直しをせねばならん」


     ◇


 その夜、私は宮殿の最上階にあるダイニングにいた。

 窓の外には、宝石をぶちまけたような帝都の夜景が広がっている。


「……陛下、これは……?」


 テーブルの上に並べられたのは、料理というよりは「芸術品」だった。

 透明な琥珀の中に閉じ込められた金粉、虹色に輝く魚の鱗を模したジュレ。

 そして、メインディッシュとして運ばれてきたのは、銀の皿に鎮座する、透き通った紫色の果実。

『星辰のせいしんのか』――帝国の聖域で、百年に一度だけ実ると言われる伝説の果実だ。


「魔力の結晶と言ってもいい。君の『世界の心臓』を活性化させるために、これ以上の贅沢はない」


 陛下が自らナイフを入れ、その一切れをフォークで掬い上げた。

 これまでは、陛下が一度口に含んだものを頂くことで、かろうじて「味」を感じていた私。

 けれど今、陛下はあえて、そのままの果実を私の唇へと運んできた。


「……あ」


 口に含んだ、その瞬間。


 ――世界が、爆発した。


 舌の上に触れたのは、暴力的なまでの「甘美」。

 花の蜜のような芳醇な香りが鼻腔を抜け、次に高原の風のような清涼感が喉を駆け抜ける。

 そして最後には、完熟した果実の、痺れるような濃密な甘さが脳を直接揺らした。


(……美味しい。……ああ、本当に、美味しい……!)


 視界が急激に鮮やかさを増した。

 シャンデリアの輝きが、陛下の瞳の深紅が、ドレスの漆黒が、これまでの千倍もの解像度で迫ってくる。

 砂を噛むようだった私の世界に、今、すべての「色」と「喜び」が還ってきたのだ。


 頬を、黒い涙が伝う。

 けれどそれは、かつてのような濁った泥ではなかった。

 光を吸い込み、月光を反射して輝く、漆黒のダイヤモンドのような宝石の雫。


「……陛下。……味が、いたします。貴方の手を借りなくても……こんなに、美味しい……」


 私が泣き笑いながら告げると、陛下は一瞬驚いたように目を見開き、それから、魂の底から安堵したような微笑を浮かべた。


「……そうか。ようやく、君の魂がこの世界に根を下ろしたのだな」


 陛下はテーブル越しに私の手を握り、その指先に、誓いを立てるように深く接吻した。


「エルゼ。君の味覚が戻ったのは、君がこの世界を『美しい』と認めたからだ。……ならば、その世界を壊そうとする者は、私が誰であろうと許さない」


 彼の独占欲は、今やエルゼという個体を超え、彼女を取り囲む「世界そのもの」を支配しようとする域に達していた。


「……ヴィルフリート様。私……もっと、色々なものを食べてみたいです。貴方と一緒に、この世界のすべてを味わってみたい」


「ああ、いくらでも与えよう。……まずは明日、お忍びで街へ出るぞ。君に、この国で一番甘い菓子を食べさせてやらねばならん」


 陛下の赤い瞳に、熱い欲望が混ざる。

 味を知った少女を、今度はどんな甘さで蕩かしてやろうか。そんな愉悦に満ちた、恐ろしくも愛おしい眼差し。


 その頃。

 帝都から遠く離れた聖教会の回廊で、一人の男が報告を受けていた。

 冷徹な美貌を持つ異端審問官、ザカライアス。


「……陛下が親書を灰にした、か。面白い。……神を敵に回してまで守る価値が、その『黒い泥』にあるというのか」


 彼は静かに、漆黒の法衣を整えた。


「よろしい。ならば私自らが出向こう。……皇帝の理性を壊し、その聖女を絶望の底に突き落としたとき、彼女がどんな色に染まるのか……非常に興味がある」


 新しい影が、確実に、エルゼの小さな幸せを飲み込もうと動き始めていた。

ついにエルゼ様の味覚が完全に回復しました……!

「美味しい」と泣き笑う彼女の姿に、読者の皆様も一緒に乾杯したい気分ではないでしょうか。

陛下の愛が、彼女を呪縛から解き放ち、この世界の住人へと変えた瞬間です。


しかし、幸せな晩餐の裏で、最悪の強敵・ザカライアスが動き出しました。

これまでの「小物」とは格の違う、知的で冷酷な審問官。

彼はエルゼ様の力をどう利用しようとしているのでしょうか。


次回、陛下との「甘々お忍びデート編」!

市場の屋台で初めての菓子に目を輝かせるエルゼ様と、彼女を狙う不穏な視線。

そして、陛下の嫉妬が再び大爆発……!?


「エルゼ様、おめでとう!」「デート回楽しみすぎる!」と思ってくださった皆様、ぜひブックマークや評価、応援の感想をいただけると嬉しいです!

皆様の応援が、エルゼ様の食べるお菓子の甘さをさらに引き立てます。

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