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泥を流す聖女として捨てられた私、死神皇帝に拾われて世界の心臓として溺愛される 〜不浄だと追放した王国が枯れ果て、私の涙一滴を乞うてももう遅い〜  作者: 蒼城レイ


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第14話 騎士団のアイドル(聖女)様

「……やはり、着替える必要はないのではないか」


 ヴィルフリート陛下が、私の腰に手を回したまま、忌々しげに目の前のドレスを睨みつけていた。

 鏡の中に映っているのは、帝国第一騎士団が「自分たちの給金三ヶ月分を出し合って」特注したという、目の覚めるような蒼銀色のドレスだ。

 

 深海の静寂を切り取ったような布地に、銀の糸で繊細な星屑の刺繍が施されている。

 私の黒い髪をハーフアップにまとめ、シモーヌ様が選んだ「月光石のティアラ」を載せれば、そこにいるのは泥を流す少女ではなく、夜の闇を統べる幼き女王のようだった。


「陛下、そう仰らないでください。シモーヌ様たちが、あんなに楽しみにお待ちですわ」


「……連中の目は節穴だ。このような目立つ装いをさせて、万が一、他の男が君に懸想したらどうする」


「……ふふ。その時は、陛下が守ってくださるのでしょう?」


 私が少しだけ首を傾げて微笑むと、陛下は喉を鳴らし、私の頬を指先でなぞった。


「当然だ。……その男の魂を地獄に叩き落としてからな」


     ◇


 陛下に連れられ、後宮の外――「第一演習場」へと足を踏み入れた瞬間、私はその光景に立ちすくんだ。


「総員、敬礼ッ!!」


 シモーヌ様の凛とした号令が響き渡る。

 整列していた五百人以上の黒甲冑の騎士たちが、一糸乱れぬ動きでその場に跪き、胸に拳を当てた。


「「「エルゼ様、御光臨ごこうりんに感謝いたします!!!」」」


 地鳴りのような太い声が、演習場の空気を震わせる。

 あ、圧倒される……。アステリアで私を囲んでいたのは「冷たい蔑み」だったけれど、ここに満ちているのは「熱狂的な崇拝」だ。


「え、エルゼ様! そのドレス、やはりお似合いですわ! ああ、神よ、私の目に映るこの至宝を永遠に焼き付けてください……!」


 シモーヌ様が、騎士団長としての威厳をどこへ投げ出したのか、目を潤ませて私に駆け寄ってきた。

 その後ろでは、強面の副団長や屈強な兵士たちが、まるで生まれたての小鹿を見るような慈愛に満ちた(あるいは限界を迎えた)表情で私を見守っている。


「……シモーヌ。一歩下がれ。エルゼが驚いているだろう」


 陛下の冷たい牽制も、今の彼らにはどこ吹く風だった。


「陛下! 我らが聖女様を、いつまで後宮に隠しておくおつもりですか! これほどの奇跡を目の当たりにした我々には、彼女の微笑みこそが最高の活力なのです!」


「……死にたいのか、貴様」


 火花を散らす陛下と騎士団。

 その時、列の端にいた一人の若い騎士が、苦しげに顔を歪めてよろめいた。


「あ……くっ……」


「ロラン!? どうした!」


 シモーヌ様が駆け寄る。その騎士は、訓練中に負ったらしい古い呪いの傷が悪化し、腕がどす黒く変色していた。

 帝国の「死の魔力」が溢れるこの地では、一度呪われた傷はなかなか治らない。


「あ、の……」


 私は、陛下の腕をそっと離れ、その騎士の元へ歩み寄った。


「エルゼ? 危ない、その男は魔力酔いを……」


 陛下の制止を無視したわけではない。けれど、苦しんでいる人を見過ごすことは、アステリアで泥の中にいた私にはできなかった。


「……少し、失礼します」


 私は、ロランと呼ばれた騎士の、黒ずんだ腕にそっと手を触れた。

 私の指先から、一筋の黒い魔力が流れ込む。

 

 瞬間。

 私の瞳から、一滴の黒い涙がこぼれ落ち、彼の傷口に吸い込まれた。


 ――パキィィンッ!


 凍てついた氷が解けるような、清涼な音が響いた。

 黒ずんでいた肌は、瞬く間に健康的な血色を取り戻し、こびりついていた「死の呪い」が、漆黒の蝶となって空へ溶けていく。


「な…………っ!?」


 ロランが、呆然と自分の腕を見つめる。

 痛みは完全に消え去り、そこには傷跡一つ残っていなかった。


「……治、った。数年間、どの治癒魔導士も匙を投げた呪いの傷が……触れただけで……?」


 静寂が演習場を支配した。

 そして次の瞬間、先ほど以上の熱狂が爆発した。


「奇跡だ……! 本物の奇跡だ!」

「触れただけで呪いを浄化するなんて、やはりエルゼ様は『夜の女神』の再来だ!」

「エルゼ様万歳! 我らが聖女様万歳!!」


 騎士たちが、もはや陛下への遠慮も忘れ、私を囲むようにしてひれ伏す。

 シモーヌ様に至っては、鼻血を出さんばかりの勢いで「エルゼ様、私のこの古傷も……! いいえ、お手を煩わせるわけにはいかないけれど、拝ませてください!」と拝み始めた。


「……ふん。余計なことを」


 陛下が、不機嫌を極めた顔で私を抱き寄せ、マントで覆い隠した。

 彼の独占欲が、物理的な圧力となって私を包む。


「……連中の怪我など、放っておけばいい。君の魔力を、このような有象無象のために使わせるのは……」


「陛下。……私、嬉しいのです。私の流すものが、誰かを救えるのだと分かって」


 私が彼の首に腕を回して囁くと、陛下は絞り出すような溜息をついた。

 

「……ああ。君は、そうやって無自覚に世界を虜にする。……私の理性も、そろそろ限界だ」


 陛下が私の唇を奪おうと、その顔を近づけた――その時。


 演習場の入り口から、冷ややかな、けれど鋭い魔力を持った声が響いた。


「――お熱いところ失礼いたしますわ、ヴィルフリート陛下。そして、噂の『泥の聖女』様」


 現れたのは、白い法衣を纏った一団。

 その先頭に立つのは、冷徹な美貌を持つ女性司祭。

 彼女の手には、聖教会の刻印が押された、不吉なほど真っ白な羊皮紙が握られていた。


「聖教会より、通達がございます。……エルゼ・アイゼン殿。貴女に『聖女認定試験』――という名の、異端審問への出頭を命じます」


 熱狂に包まれていた演習場が、一瞬にして凍りついた。

帝国騎士団を、わずか数分で「エルゼ様守り隊」へと変貌させてしまったエルゼ様。

触れるだけで呪いを浄化するその力は、戦う者たちにとっての究極の希望でした。

陛下が「俺のエルゼを勝手に治癒に使うな」とでも言いたげに嫉妬する姿、目に浮かびますね。


しかし、平和な時間は長くは続きません。

聖教会からの「異端審問」への呼び出し。

それは、エルゼ様の力を認めない勢力による、事実上の宣戦布告でした。


次話、ついに現れる「冷徹なる審問官」。

陛下は、愛するエルゼ様を教会の魔手からどう守り抜くのか。

そして、エルゼ様が磨き上げられた「聖女」として、教会の欺瞞に立ち向かう第一歩が始まります。


「騎士たちの反応が最高!」「教会の奴らを黙らせて!」と思ってくださった皆様、ぜひブックマークや評価での応援をお願いいたします!

皆様の応援が、エルゼ様の浄化の力をさらに強めます。

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