第13話 皇帝陛下の甘い拘束
柔らかな陽光が、瞼の裏を優しく叩いた。
アステリアの冷たい雨とは違う、黄金色に輝く帝都の朝。
目覚めて最初に感じたのは、身動きすら取れないほどの重みと、肌を灼くような熱だった。
「……ん」
私が微かに声を上げると、腰に回された太い腕が、さらに強く私を抱き寄せた。
背中から伝わる、トクトクと力強く脈打つ鼓動。
耳元で、甘く、低い吐息が零れる。
「……まだ、離さん。どこへも行かせないと言ったはずだ、エルゼ」
ヴィルフリート陛下。
漆黒の髪を枕に散らし、まだ夢の残滓を纏った瞳が、私を捉えて離さない。
昨夜の誓い。アステリアの空を塗り潰したあの黒い薔薇の旋風。
それらすべてが現実であったことを、私の全身に刻まれた彼の熱い指先の記憶が物語っていた。
「陛下……もう、太陽があんなに高いですわ。シモーヌ様たちが、お迎えに……」
「誰も来させない。……今日は一日、こうして君を閉じ込めておくと決めたのだ」
陛下は私の首筋に顔を埋め、深く、深く、その匂いを吸い込んだ。
獣が獲物を自らの巣に隠し、誰の目にも触れさせまいとするかのような、執拗で独占的な仕草。
帝国の「死神」と恐れられる男が、今、私の腕の中でただの「愛に飢えた男」として震えている。
そのことが、私の胸を言いようのない甘美な痛みで満たした。
「……私の髪、乱れていますわ。陛下が、ずっと触れていらっしゃるから」
「構わない。乱したのは私だ。……このまま、私の指の形を君のすべてに焼き付けてしまいたい」
陛下は私の手を取り、その指先一本一本に、熱い口づけを落としていく。
アステリアで「泥を撒き散らす」と疎まれた私の指。
それが今、この大陸で最も尊き男の唇に愛でられ、宝物のように扱われている。
「……陛下。……あ、の……お腹が、空きました」
恥ずかしさで顔を赤くして告げると、陛下はようやく、いたずらっぽく目を細めた。
「そうだな。君の心臓を動かす燃料を、私が与えなければならない」
陛下が合図を送ると、扉の外で待機していたのであろう侍女たちが、音もなくワゴンを運び入れてきた。
けれど、陛下は私をベッドから降ろそうとはしなかった。
真っ白なリネンの上に、銀のトレイが並べられる。
焼きたてのパンの香ばしい匂い。新鮮な果実の甘い香り。
陛下は手ずから、紅く熟した苺を一粒手に取った。
そして、それにたっぷりのクリームを添え、私の唇へと持ってくる。
「……陛下、自分で食べられますわ」
「ダメだ。君のすべてを私が養うと決めた。……さあ、口を開けて」
断ることなどできない。
私は、彼の指先に触れないよう慎重に、その果実を口に含んだ。
「…………っ!」
瞬間、頭の中が弾けるような衝撃に包まれた。
甘い。
ただ甘いだけではない。
果実の瑞々しさが舌の上で踊り、クリームの濃厚なコクが喉を滑り落ちていく。
アステリアで食べていたものは、すべて砂の味がした。
けれど今、私が味わっているのは、紛れもない「生命」の味だった。
「……美味しい。美味しいです、ヴィルフリート様……!」
私の瞳から、一筋の黒い涙がこぼれ落ちた。
それは悲しみの泥ではなく、喜びが溢れ出した宝石の雫。
陛下はその涙を指で掬い、自らの口に運んだ。
「……ああ。君が喜ぶたびに、私の呪いも溶けていく。……エルゼ、これが『味』だ。君が、私と共に生きていく世界の色だ」
彼はそのまま、私の唇に残ったクリームを、自身の唇で直接奪い去った。
深い、深い口づけ。
苺の甘みと、彼の熱が混ざり合い、私の思考を真っ白に染め上げる。
もう、アステリアの冷たい朝を思い出すことはない。
私の世界は、この人の腕の中にしかないのだから。
「……さて。腹ごしらえが済んだら、次は着替えだ。シモーヌが、君のために用意した『騎士団が総出で選んだドレス』が控えている」
「……えっ? 騎士団の皆様が、ドレスを……?」
「ああ。君が昨日、あんなに美しく薔薇を咲かせるものだから……今や城中の騎士たちが、君の信者と化している。……まったく、不愉快なほどに」
陛下は不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも、私の腰を離そうとしなかった。
どうやら、帝国の後宮は、私の想像以上に「騒がしく」、そして「重たすぎる愛」に満ちているようだった。
第1章の激闘を終え、ついに始まった「帝国溺愛編」。
エルゼ様の失われていた味覚が、陛下の「あーん」によって完全に開花しました。
苺一粒でこれほどまでに官能的で甘いシーンが描けるのは、二人の絆が魂のレベルで繋がっているからこそですね。
それにしても陛下、独占欲が服を着て歩いているような重さです。
「騎士団がドレスを選んだ」と聞いた時の陛下の不機嫌そうな顔が目に浮かびます。
次話、ついにエルゼ様が後宮の「外」へ。
待ち構えていたのは、シモーヌ様率いる「聖女様を守り隊」化した騎士団による、全力の歓迎でした。
陛下の嫉妬の炎は、どこまで燃え広がるのでしょうか……?
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第2章も、皆様の糖分補給を全力でサポートさせていただきますわ。




