エピソード95 矛盾
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
新宿駅で俺は降りた。
ららは一度家に戻って、
キャリーを取りに行く。
それから茨城へ向かうらしい。
昨日の夜から今朝までの時間が、
まるで何かの準備みたいに思えた。
彼女になること。
抱かれること。
指輪を買うこと。
シャツを買うこと。
全部、明日からの自分を少しでも揺れないものにするための儀式みたいだった。
改札の前で、ららが小さく手を振る。
「気を付けて行くんだよ」
「うん。またビデオ通話するね」
そう言って、ららはいつもみたいに笑った。
その顔は、
これから初めてソープへ向かう女の子の顔には見えなかった。
むしろ、どこか満ち足りているようにすら見えた。
指には、さっき買ったばかりのリングが光っている。
ららはたぶん、自分の中でちゃんと意味を作ったんだと思う。
奏楽の彼女として。
奏楽を支えるために。
奏楽で始めるために。
その言葉が、ららの中では支えになっている。
でも、その支えの中心に俺がいることが、どうしようもなく重かった。
ららの背中が人混みに紛れていく。
俺はしばらく、その方向を見ていた。
引き止めることはできなかった。
止めたい気持ちがなかったわけじゃない。
でも、止めるなら昨日の夜、
彼女にしてほしいと言われた時点で止めるべきだった。
今さら「やっぱり行かないでほしい」なんて言葉は、
ららの覚悟だけを雑に揺らす気がした。
だから見送るしかなかった。
気を付けて、
なんてありきたりな言葉しか言えないまま、
俺はららを茨城へ送り出した。
まだ出勤まで時間があった。
家に帰るには少し中途半端で、
どこかへ行くにも気持ちが動かなかった。
結局、俺は一人でカフェに入った。
椅子に座って、
買ってもらったシャツの紙袋を足元に置く。
さっきまでららと手を繋いでいた指には、
まだリングの感触が残っていた。
でも、スマホを開けば、
そこには別の女の子たちとのLINEが並んでいる。
今日は、リコピンの予定しかなかった。
できれば、ほかの姫にも連絡をしたかった。
先輩から、姫といる時はあまりスマホを触らないほうがいいとアドバイスされていた。
だから昨日から今日にかけて、
あまりLINEを返せていなかった。
らら。
まお。
めろ。
麻衣。
みこち。
るな。
今、継続的に連絡を取っているのは、この六人だった。
名前を見ているだけで、
それぞれ別の顔が浮かぶ。
ららは、さっき茨城へ向かった。
まおは、群馬で会ったばかりだ。
めろは、相変わらず読めない。
麻衣はアイバンだから、
あまり勝手に声をかけるわけにはいかない。
みこちは、まだ距離を測っている途中。
るなは、仲直りの報告をくれたばかりだった。
ひとりひとり、温度が違う。
関係も違う。
かける言葉も、待ち方も、踏み込み方も違う。
それをひとつの画面の中で、
全部同時に扱わなければいけない。
ホストという仕事は、
そういうものなんだと思う。
さっきまで、
ららの覚悟を重いと思っていた。
まおの線を越えかけた自分を、
気持ち悪いと思っていた。
それなのに今、
俺はカフェでスマホを開いて、
誰に連絡すれば今日の店が少しでも形になるかを考えている。
その切り替わりの早さに、
自分で少しだけ引いた。
でも、やめるわけにはいかなかった。
店に立つ以上、
今日は今日の売上を作らないといけない。
ららがどれだけ重いものを背負ってくれても、
まおにどれだけ心を揺らされても、営業日は普通に来る。
感情が追いついていなくても、
LINEは送らなければいけない。
俺はまず、めろのトーク画面を開いた。
急に来てくれるとは思っていない。
でも、今日じゃなくてもいい。
後日に予定が作れれば、
それで十分だった。
指輪をはめたまま、
別の姫に営業LINEを打つ。
その光景が、ひどく自分らしくないようで、
もうすっかり自分の生活になっている気もした。
画面に文字を打ちながら、
俺は少しだけ思った。
誰かに支えられることと、
誰かを営業することが、同じ手の中にある。
この街では、
そういう矛盾もそのうち慣れてしまうのかもしれない。
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