エピソード94 彼女っぽいこと
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
「シャツ買いにいこっか」
ららがそう言って、
自然に手を繋いできた。
その瞬間、
ようやく少しだけ実感が湧いた。
ああ、俺たち、付き合ったんだ。
昨日の夜、
彼女にすると言って、
抱いて、朝を迎えて、指輪まで買った。
それなのに、
そういう大きな出来事では、
不思議なくらい現実感がなかった。
むしろ、こういうさりげない仕草のほうが、
よほどちゃんと胸に落ちてくる。
指輪の重さより、
手のひらの温度のほうが、
ずっとわかりやすかった。
ららは何も特別な顔をしていなかった。
ただ、ごく当たり前みたいに手を繋いで、
次に行く場所を決めている。
その自然さが、
逆に少し怖いくらいだった。
「うん」
そう返すと、
ららは小さく笑った。
前と同じようにラフォーレへ入る。
前回からそんなに日が経っていないこともあって、
向かう店はある程度決まっていた。
店内を見て回りながら、
ららは時々立ち止まって、
「これどう」とシャツを持ち上げる。
俺が似合うとか、
似合わないとか答えるたびに、
ららは少しだけ楽しそうにする。
その横顔を見ていると、
昨日の夜に交わした重い言葉も、
今朝の指輪も、
全部が少しだけ遠いものみたいに思えてきた。
でも、たぶんそれでよかった。
重いことを重いまま抱え続けるより、
こうして普通みたいな顔で服を選んでいる時間のほうが、
ずっと現実だった。
結局、白をベースにしたシャツがいちばんしっくりきた。
派手すぎず、
でも店で着ればちゃんと映えそうな一枚だった。
鏡の前で軽く合わせてみると、ららがすぐに頷く。
「それがいい」
「ほんと?」
「うん。奏楽っぽい」
そう言って、ららは笑った。
その笑い方を見て、
少しだけ肩の力が抜ける。
結局そのシャツを、
ららに買ってもらった。
「いや、これはさすがに自分で出すよ」
「いいの。着替え面倒って言ってたし」
「でも」
「彼女っぽいことしたいだけ」
さらっと言うくせに、
その一言だけ妙に残った。
彼女っぽいこと。
指輪を買うのも、
手を繋ぐのも、
シャツを選んで買うのも、
ららにとってはきっとそのひとつなんだろう。
ららはたぶん、
自分で俺を満たしたいのだと思う。
昨日の夜からずっとそうだ。
揺れないために。
曖昧にならないために。
目に見えるものを、
ひとつずつ増やしていく。
それは少し急ぎすぎているようにも見えたし、
同時に、そうしないと不安なんだろうとも思えた。
会計を済ませ、
紙袋を受け取ると、
ららは満面の笑みを浮かべた。
その屈託のない笑顔が、
ホストである俺には少し後ろめたかった。
騙しているつもりはない。
好きなのも、本心だ。
でも、純度百パーセントの恋愛だとは、
どうしても言い切れなかった。
店がある。
売上がある。
担当と姫という関係がある。
その上に、彼氏と彼女という名前を重ねている。
ららが自分の中で、
どれだけ本気で昨日と今日を繋げようとしているのか。
その気配ごと、
紙袋の中に入っているみたいだった。
店を出ても、ららは手を離さなかった。
その手を握り返しながら、
俺は少しだけ思った。
この手の温度を、
売上の一部としてだけ受け取るような男にはなりたくない。
でも、そう思っている時点で、
もう完全に綺麗ではいられないのかもしれなかった。
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